その4 最後の切り札
一方、海軍陸戦隊は予備兵力となっていた第3中隊を投入しての夜襲も決行されていた。闇夜に紛れて山地を突破して突撃発起点まで前進した―例によって暗視装置が不足しており統制は困難を極めてたが、彼らはやり遂げた―第3中隊は砲兵中隊の砲撃を合図に中国軍部隊に突撃を仕掛けた。
中国軍は完全に意表を突かれた。不思議なことに自分が奇襲を仕掛けているときに相手が逆に仕掛けてくることはないと人間は考えてしまうようで、攻撃部隊を送り出した後での後方、側面への奇襲はまったく想定していなかったのだ。
海軍陸戦隊は持てる火砲や航空戦力を駆使して夜襲部隊を支援したが、数には限りがあった。砲兵は105ミリ榴弾砲が6門だけだし、海軍歩兵大隊直轄の81ミリ迫撃砲は4門しか配備されておらず奇襲部隊に割り当てられているのはその半数の2門に過ぎなかった。というわけで、前線で戦う海軍陸戦隊の兵士たちは白兵戦を挑むことになったのである。
海軍陸戦隊の将兵と中国の将兵は至近距離で相対して、建物や放置された自動車を盾にしつつ銃撃を交わした。闇夜の中で曳光弾の閃光と弾が障害物に命中したときに生じる火花が鮮やかに見えた。
海軍陸戦隊の砲兵が照明弾を撃ちこんできた。ある陸戦隊の兵士は上空で照明弾が輝く地上が照らされると同時に、中国兵がほんの1メートル前まで接近していたのを見つけた。陸戦隊の兵士は咄嗟に小銃を振り上げて銃床を中国兵の頭に叩きつけた。陸戦隊の兵士は中国兵が動かなくなるまで、何度も何度も銃床で殴り続けた。
激しい戦闘で双方に多くの犠牲者を出していたが、比較すれば精鋭部隊を夜襲作戦に送り出していたところへ奇襲を受けた中国側が押されていた。
大連沖
市街地で激戦が繰り広げられている頃、海上では掃海部隊が最後の仕上げに取り掛かろうとしていた。中国軍は多くの機雷をばら撒いていたが、その多くが旧式の係維機雷―海面近くに浮遊し、海底に下ろされた重石で固定されるタイプの機雷―で処理は簡単だったが、その中に少数ながら最新タイプの機雷が混ざっていたのが問題であった。
最新のものは海底に沈み、目標が接近すると音響センサーや磁気センサーで探知して爆発するものだ。大量の旧式機雷の中に紛れて発見が難しかった。
また機雷という兵器システムの特性の問題があった。つまり安全を確保できたかについて確認が難しいのだ。どれだけ処理しても、まだ処理残しがあるのではないかという疑いが残ってしまう。最終的には実際に船を走らせて確かめるしかないのである。だから掃海に携わる人々は神経質になる。それが計画が遅れた最大の原因だった。そもそも最初の計画は無謀すぎたとも言えるが。
しかしながら十分な時間をかけて掃海部隊は航行の安全に関して十分な確信を得ることができた。だが中国軍は簡単に増援部隊の上陸を許さなかった。
遼東半島各地に中国軍の電子戦部隊が展開し、アンテナを張って日本海軍艦艇が発するレーダー電波を傍受して動向を監視していた。そして、彼らはどうやら揚陸船団が動き出したらしいということを掴んだ。
その情報は最後まで温存されていた遼東半島の地対艦ミサイル部隊に伝達された。彼らは対水上沿岸レーダーをスタンバイし、攻撃のタイミングを待った。ミサイルの射程は100キロ以上あるが、沿岸レーダーの方は水上目標に対しては水平線よりも手前、およそ30キロ程度しか探知できないから、それが攻撃可能範囲となる。問題はどの時点でレーダーを照射するかだ。早くレーダーを照射すると、日本軍の電子戦部隊に探知されて目標を捉える暇もなく撃破されるだろう。できればレーダー照射してすぐに発射できることが望ましい。つまりレーダー視程内に日本海軍揚陸船団が入った瞬間にレーダーを照射するのが最適だ。
問題はそのタイミングをどうやって計るかである。手っ取り早いのはレーダーを照射することだが、それでは本末転倒である。つまるところ中国軍も現在電子戦のジレンマに囚われていたのである。
勿論、頼るべきものがないわけではない。電子戦部隊は相変わらず日本海軍のレーダー電波を追っているし、漁船に化けた偵察船も多くが健在である。目視による沿岸監視も古いが有効な手段で、暗視装置や光学機器が発達した現代ならなかなか頼りになる。
しかしどの情報も精度や正確性が万全とは言えない。最終的には指揮官の勘と経験に頼ることになる。半地下陣地に設けられたミサイル部隊の指揮所では、指揮官が各地から送られる情報が次々と書き込まれていく海図が広げられた机を睨んでいた。次々と書き加えられる情報は揚陸船団の接近を知らせるものであった。そして徹底的な情報があった。
「沿岸監視所から報告。日本軍の揚陸艦と思わしき船を目視確認!」
連絡員が電話を通じた報告を読み上げるとともに、地図に新たな情報を書き込んだ。それはこれまでの情報とあわせて指揮官に決断をさせるに足るものであった。
「よし。レーダーを照射せよ!探知と同時に攻撃だ!」
洋上 駆逐艦<冬月>
日本海軍も昼間の海戦から幾つか教訓を得て、それに対処もしていた。やはり揚陸船団の護衛が不十分ということで、石見中将の激しい要求もあり、防空艦を増強することになった。第1機動部隊から駆逐艦<冬月>と<河風>が水陸両用戦部隊に増強された。<冬月>を増援に送ったことで第1機動部隊は手持ちのイージス艦を失うことになった、山東半島沖から離れた第3機動部隊から第1機動部隊に<夏月>を派遣することで埋め合わせとした。
そして両用戦部隊に増派された<冬月>の逆探知装置が最初に中国軍ミサイル部隊のレーダー電波を捉えた。それから、すぐにSPY-1フェイズド・アレイ・レーダーは地上から多数のミサイルらしきものが飛来するのを確認した。例によって旧式ミサイルと新型ミサイルの混用である。
「敵地対艦ミサイル、発射を確認!」
「迎撃はじめ!」
防空指揮の任務を巡洋艦<阿蘇>から引き継いだ<冬月>はデータリンクを通じて指揮下の各艦に情報を送り、目標を割り当てた。各艦もそれぞれのレーダーで迫るミサイルを探知して迎撃の準備を開始していた。
「スタンダードSM-2、発射はじめ、用意、撃て!」
<冬月>の甲板からスタンダードミサイルが次々と発射され、接近する対艦ミサイルの群れに向かっていった。
一方、各艦とも電子戦用装備を最大限に駆使してミサイルのセンサーを狂わせようとしていた。妨害電波を出して敵のミサイルをあらぬ方向へと飛ばさせようとしたのである。旧式のシルクワームはそれだけで十分だった。旧式のシステムには高度な電子戦に抗う術は無い。
しかし、それは揚陸船団の後方を進む非武装の輸送船にとっては迷惑な話であった。彼らにはシルクワームのレーダーを惑わすための電子戦装備は無い。そこへ海軍艦艇の妨害電波で目標を見失ったミサイルが飛び込んでくるのだ。既に僚艦<紀淡>を失っている<土渕>にとっては重大な問題であった。
「取り舵!一杯!」
強力な対空レーダーもなく、データリンクを通じて他の艦艇から情報を受け取ることもできない<土渕>は、ひたすら針路変更を繰り返してデタラメな軌道でミサイルを惑わすしかなかった。
「面舵!一杯!」
何度目かの回頭の直後、<土渕>のすぐ近くの海面で爆発が起こり、船体が衝撃で揺さぶられた。
「近かったな、今の」
「危ない…」
一難去った<土渕>のブリッジでは船員がそんな会話を交わしていた。
一方、防空部隊は接近する部隊にうまく対処していた。防空ミサイル艦が前の戦闘の2倍に増強された上に、そのうち1隻はイージス艦であるのだ。
しかも、中国側はこの攻撃に地対艦ミサイル部隊しか用いなかった。それ故に航空機から高速ミサイル艇まで投入した前回の攻撃が多方向からの攻撃になったのに対して、今回は陸地方面からしかミサイルが飛んでくることが無かったのである。それも迎撃を容易にしていた。
しかしながら簡単な相手でも無かった。中国軍はこの攻撃に遼東半島に温存していたミサイルの全てを投入した。その暴力的な数量は無視できないものだった。そして日本海軍側は連続した戦闘で残弾が急速に減りつつあった。
「スタンダードSM-2、残弾なし!」
真っ先に弾薬が無くなったのは最も同時多目標交戦能力、連続攻撃能力の高いイージス艦である<冬月>であった。
「残る敵ミサイルの数は?」
「16です!」
イージスの能力があれば十分対処できる数ではあるが、もはやイージス艦には迎撃する術が無くなっていた。ただ高度な電子戦能力と管制能力は健在であり、それを駆使して他艦の活動を支援することはできた。それだけでも僚艦にとって大きな助けになったのは確かである。
しかし実際の迎撃はそれぞれの艦の能力に依存する以上、艦隊の迎撃能力が大きく落ち込んだのは事実であった。2隻の巡洋艦と駆逐艦<河風>は必死に迎撃ミサイル<石楠花>を発射し続けたが、1隻あたり1つから2つの目標しか攻撃できないのであるから、16発のミサイルを迎撃するには甚だ不十分であった。幾つかのミサイルが防空網を突破したのは必然だった。
防空艦の艦隊防空システムを突破した先に待っているのは各艦が自衛用に装備している個艦防空システムである。海防艦は短距離艦対空ミサイルESSMを撃ち上げたが、揚陸艦には電子妨害装置とCIWSしかない。
1発の鷹撃8型ミサイルがESSMの防衛網を突破して海防艦<白沙>に向かった。台湾の澎湖諸島を構成する島の1つから名づけられたこの海防艦は、最後の防御手段である20ミリCIWSファランクスを起動させた。回転銃身式の20ミリ機関砲が射撃をはじめ、接近するミサイルに向けて火線を張る。1発の20ミリタングステン徹甲弾がミサイルの推進器を捉えた。空中で起こる爆発。だが吹き飛んだのはミサイルの後ろ半分だけで、弾頭部分はそのまま<白沙>に突っ込んできた。
また1発は揚陸母艦<下北>に向かっていた。<下北>は回避運動をしつつ、<白沙>と同様にCIWSで弾幕を張ったが、こちらの場合は掠りもしなかった。ミサイルはそのまま<下北>の後部甲板へと突っ込んだ。
2発のミサイルの炸薬が爆発したのはほぼ同時だった。
最近、急速に執筆速度が落ちている独楽犬です。なんとか今月中という目標を守れました(汗