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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第10部 大連の戦い
87/110

その3 夜襲

大連

 一方、大連で対峙する海軍陸戦隊と中国軍は膠着状態に陥ったまま夜を迎えていた。そして、それぞれ事態を打開する為の策を考えていた。

 既に大連には電力の供給が断たれていて、街は完全な暗闇に覆われている。両軍とも、この闇夜を利用しない手はないと考えていた。暗視技術は発達しているが、入り組んだ市街地ではその能力も限定的である。そして、双方とも戦局を変えるべく動き出していたのである。互いに知らぬうちに。

 神楽小隊は相変わらず沙河口駅前のロータリーで防衛線を張っていた。夜になると携帯口糧(レーション)を取り出して夕食を取り始めた。その際にはコンビニに残るパンや菓子なども分配して、足しにした。

 勿論、食事中といえども警戒を怠ってはいない。第2中隊長の嶋大尉は配下の各小隊にそれぞれ1個分隊を分散して防衛線の前方に配置して前哨とするように命じ、さらに大連市中心部の占領警備任務を負っていた第2小隊を大隊戦闘群の支援部隊から臨時に編成した特設警備隊に交代させて、駅前を守る中隊主力の予備とした。そして自身も積極的に前線をまわり将兵を鼓舞し続けていた。

「かなり久しぶりに会ったような気がしますね」

 コンビニの裏に設置された小隊本部で分隊長たちとミーティングを行なっていたところに中隊長の訪問を受けた神楽少尉は、敬礼しながらそう言って彼を迎え入れた。

「総領事館の前で会って以来だったな」

 答礼しながら嶋は部下の輪の中に入った。そして部下達が手にしているものに目がいった。袋詰めの菓子パンである。

「どうせ、もう売り物にならないんだから、俺達で処理してしまおうと思いましてね」

 指揮官の視線に気づいた矢吹一等兵曹がバツの悪そうな顔で答えた。嶋は笑って答えた。

「略奪は戦場の兵士の特権だ。まぁ、ほどほどにしておけよ」

 その時、渡良瀬通信兵の背負う無線機が鳴った。

<6-0、こちら3-1。中国兵と思われる敵部隊を発見!>

 発信者は前哨に出した第3分隊の指揮官である徳永二等兵曹だった。矢吹は懐から地図を取り出し、広げて徳永の班の配置されている地点を確認した。神楽は無線機のマイクを手にして送信ボタンを押した。

「よし、陣地に戻れ。迎え撃つぞ」

 そう命じて発信ボタンから指を離すと、別の部隊から通信が入った。相手は第3分隊のもう1つの班の指揮官で、第3分隊の副長である津具(つぐ)二等兵曹だ。

<6-0、こちら3-2。敵部隊に動きあり。前線に向かっています>

 さらに今度は嶋大尉の引き連れてきた中隊本部付通信兵の背負う無線機が鳴った。相手は第3小隊長で、中国軍の動きを伝えるものだった。

「来るぞ!」

 嶋の言葉に神楽は無人で頷き、再び無線のマイクを手にして発信ボタンを押した。

「敵の全面攻勢だ!警戒を厳となせ!」



 軍備について主力艦隊を最優先する帝國海軍において陸戦隊の装備は恵まれているとは言えない。戦車や小銃、大砲といった正面装備については揃っているが、それ以外のところへしわ寄せがきていた。

 例えば暗視装置については各分隊に1つずつ程度しか配備されていない。そうした状況は陸軍とも共通するが、陸戦隊が陸軍に比べればずっと小さな所帯であり、装備の更新がずっと容易であることを考えれば事態はずっと深刻である。小隊長達はその貴重な暗視装置を前哨に派遣した班に分配していて、小隊の主力には1つか2つしか残っていない。というわけで、小隊の中で暗視装置を託された見張りの兵士の責任は重大だった。

 多くの将兵は暗闇に目を凝らしながら、小銃や機関銃を構えている。すると暗闇の向こうに動く影が見えた。

「まだ撃つな!」

 神楽は小隊の兵士達に命じた。いつ誰かが緊張のあまりに命令を待たずに銃撃を始めかねなかった。

「友軍です」

 暗視装置を使う見張りの兵士の言葉に兵士達の緊張が一気に解けた。彼らの前に現れたのは前哨に派遣された第3分隊の兵士達だった。神楽は先頭の徳永二等兵曹を迎えると握手を求めた。

「よくやってくれたぞ」

 徳永は神楽が差し出して右手を握り返した。

「ありがとうございます」

 その時、見張りの兵士が叫んだ。

「敵です」

 再び兵士達が緊張した面持ちになった。神楽は徳永に右方向を指し示した。

「右翼についてくれ」

 徳永は頷くと、部下を引き連れて指定された方向へと駆けていった。彼らが伏せて銃を構え、銃口を敵に向けるのを確認してから、神楽は無線機の発信ボタンを押した。

「吊光弾、撃て!」

 大隊の迫撃砲小隊に配置されている81ミリ迫撃砲4門のうち1門が嶋中隊の支援に充てられている。無線の相手はその迫撃砲分隊だ。その迫撃砲から1発の照明弾が打ちあげられ、神楽小隊の防衛線の正面を照らし出した。そこに現れたのは神楽小隊に迫る中国兵の群れだった。

「撃て!」

 神楽少尉の号令と同時に小銃と機関銃が一斉に火を噴いた。それと同時に中国軍部隊の先頭を行く兵士達が次々となぎ倒されていく。

 勿論、中国側も黙ってやられるわけがない。奇襲が失敗したのを知ると、神楽小隊の陣地に向けてAK-47アサルトライフルの中国バージョンである56式自動歩槍を乱射しながら駆け出した。海軍陸戦隊側の防御射撃によって中国兵は次々と倒れていったが、中国兵は臆することなく戦友の亡骸を文字通り乗り越えて神楽小隊の陣地に迫る。

 先ほど照明弾を撃ちあげた迫撃砲も榴弾を中国兵に向けて撃ちこむ。しかし、迫撃砲は中隊全体の支援を担当しており、中隊の担当する全域で中国軍の攻撃が始まっているので神楽小隊の前面だけに火力を集中することも出来ず、砲撃はまばらになりがちである。

 迫る中国軍の兵士。それを前に神楽は1つの決断を下した。

「剣着け!白兵戦準備!」

 激しい銃撃戦が続く戦場に響く神楽の声。現代の歩兵部隊において“剣”とは銃口の先に取り付ける銃剣を意味する。兵士達は射撃の合間の僅かな時間に銃剣を鞘から引き抜き、銃身の先端に取り付ける。

 遂に中国兵の先頭が陣地に足を踏み入れた。苛烈な近接戦の始まりである。至近距離での銃撃戦、そして銃剣による刺突。敵味方が入り乱れ、激しい戦いが繰り広げられる。

 神楽のもとにも数人の中国兵が迫ってきた。小銃を乱射して何人かをなぎ倒したが、最後の1人を倒す前に弾が尽きてしまった。咄嗟に肩から吊るしたホルスターから拳銃を引き抜いて小銃と持ち替える。神楽は自費でシグザウエルP228を購入して使用していた。それを迫る中国兵の頭部に向けると、つかさず引き金を引いた。中国兵の額が柘榴のように弾けとび倒れた。横に目を向けると、通信手の渡良瀬一等水兵に今まさに中国兵が飛びかかろうとしていた。神楽はその中国兵にP228の銃口を向け射殺する。迫って来ていた敵兵が突然倒れて驚く渡良瀬は横を向いて初めて上官が自分を救ってくれたことに気づき、頭を下げたが、神楽の方にはそれに応じる余裕は無い。すぐさま小銃に持ち替え、弾倉を交換すると再び迫ってくる中国兵に銃口を向ける。

 激しい近接戦であったが、終わりは呆気なくやってきた。幕引きをしたのは闇夜の向こうから銃撃の音に紛れて聞こえてきた風切り音だった。神楽が後ろを振り向くと、コブラ攻撃ヘリコプターの影が微かに見えた。



 前線の支援のために派遣されたコブラ攻撃ヘリコプターであるが、さすがに敵味方が混在する前線に攻撃を仕掛けることはできず、照準は自ずと後方から迫る中国兵の後続部隊に向けられた。

 歩兵部隊による攻撃ということでコブラは対戦車ミサイルTOWを装備せず、胴体から突き出たスタブウイングにはロケット弾ポッドを4基吊るしていて合計で76発の70ミリロケット弾ハイドラを装備し、それに加えて胴体下には三連装20ミリ機関砲も搭載されている。神楽小隊の陣地上空に派遣されたコブラは1機だけだったが、装甲に守られていない歩兵部隊を攻撃するなら十分な火力である。しかも夜であれば闇夜に紛れることで目視照準の携帯式対空ミサイルの脅威から免れることができる。昼の戦闘では1機を失ってしまったが、今こそその威力を中国兵に見せ付けるときだとパイロットは勇んでいた。

 赤外線前方監視装置(FLIR)を通してパイロットは敵の様子を昼間のようなクリアな映像で捉えて照準を行なうことができた。発射ボタンを押すと、ロケットポッドからハイドラ70が次々と撃ちだされ、神楽小隊の陣地に突入した中国兵の後ろに続く部隊に見舞った。爆発が連続し、無防備な歩兵達が吹き飛ばされる。

 突然の出来事に驚いたのは神楽小隊の陣地に攻め込んでいた中国兵達だ。後詰めの部隊を失い、さらに後方での爆発は退路を断たれてしまったかのような錯覚を抱かせた。

 バルカンの掃射により中国軍の後続部隊にダメ押しの攻撃を行なうコブラを背景に、中国兵達の動きが止まった。そのチャンスを海軍陸戦隊は見逃さなかった。

「突撃!」

 神楽の号令と同時に、これまで必死に中国兵の攻勢に耐えていた陸戦隊の兵士達が立ち上がり、逆に中国兵の中に突撃していった。

 先ほどまで決死の攻撃を仕掛けてきた中国兵だったがコブラの攻撃を見て意気消沈してしまったようで、続く陸戦隊の突撃にあっさり崩れてしまった。反撃に出た陸戦隊に対して果敢に挑む者も居たが、多くが形勢逆転に怖気づいてしまい四方に散り散りになってしまった。そして少数の勇敢な兵士も共に戦う者がいない状態ではすぐに倒されてしまった。

「撃ち方止め!撃ち方止め!その場で待機!」

 神楽が命じた。下手に追撃して深みに嵌る危険を侵すつもりはないし、補給も心もとない状況で攻撃を続けるのは得策ではない。命令が聞こえていないのか銃撃を続けている兵士を見つけた矢吹が怒鳴り散らしている。

「撃ち方止めだと言っているだろう!聞こえていないのか!」

 ようやく戦場が静かになった。陣地の前には数多くの中国兵が倒れていた。多くは屍だが、一部がうめき声をあげている。

「衛生兵!」

 勿論、一方的な勝利というのは望めるものではない。陸戦隊側も損害は避けられない。中隊付の衛生兵がやって来て、倒れている負傷者を診てまわる。

「負傷者と残弾のチェックを頼む」

 神楽は傍らに立つ矢吹に命じると、倒れた敵兵達に視線を戻した。彼は1人の事切れた敵兵が気にかかった。それは彼に飛び掛ろうとして拳銃で射殺した敵兵だ。あんな至近距離で人を殺したのは初めてのことだったし、自分で殺した相手をよく観察する機会も今まで無かった。さらに言えば今日が始まるまで人を撃った経験など一度も無かった。

 彼が殺したのは若い兵士だった。もしかしたら、まだ二十歳にもなっていないかもしれない。神楽はその兵士から目を離すことができなかった。

「少尉?」

 慌てて振り向くと、小隊の状態を確認してまわっていた矢吹が彼の傍らに戻ってきていた。

「どうだった?」

「幸い死者は居ませんが、予断はできません。負傷者は6人で、柏原(かしわら)、多々(たたら)は軽傷で戦闘に支障はありませんが、津具、古沢(ふるさわ)小松(こまつ)先崎(せんざき)の4人は後送が必要です。特に津具は意識がありません」

「津具?彼がやられたのか?」

 神楽は驚いた。津具二等兵曹は第三分隊副長で、1個班を指揮する地位にある。ベテランの下士官で、小隊の誰もが一目置いていた。まさかその彼がやられるとは。

「よし。すぐに後送するんだ。後任は曽我(そが)三曹に任せる」

 それから一息ついて、神楽は一言漏らした。

「厳しいな」

 矢吹は頷いた。

「はい」

 既に小田上等水兵が負傷して後送されている。それに加えて新たに4人。つまり神楽小隊は5人の兵士を失ったことになる。総勢27人の小隊にとって決して小さな損害ではない。

 戦いは激しさを増しつつあった。

 久々の投稿です。なんとか今月中に間に合いました。

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