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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第10部 大連の戦い
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その1 洋上の戦いはまだ続く

大連

 陽が西の空に沈もうとしていた。神楽ら海軍陸戦隊は何とか中国軍の攻勢を防ぎきっていた。そして闇夜が彼らを覆いつくそうとしていた。しかし、まだ揚陸部隊は上陸をはじめていなかった。揚陸部隊は相変わらず洋上をぐるぐる回りながら準備完了の合図を待っていた。

 一方、中国軍も揚陸部隊攻撃を諦めてはいなかった。残存する潜水艦やミサイル艇が彼らをつけ狙っていた。




大連沖 韓国海軍潜水艦<張保皐(チャン・ボコ)

 新羅時代に海賊を平定し朝鮮と日本、中国にまたがる海上交易網を作り上げた歴史上の人物、チャン・ボコの名を与えられた韓国海軍の潜水艦は紅海の海面下に潜み、敵との遭遇を待っていた。

 彼らの任務は日本海軍部隊を海中の脅威から守ることだ。新興海軍である韓国海軍にとって誇らしいことである。彼らがそういう役割を仰せつかったのは別に日本の韓国に対する配慮というわけではない。単純に能力を評価してのことである。深く広い太平洋を主な活動領域とする日本海軍に比べて韓国海軍は黄海の浅い海域で活動することに特化しており、今回与えられたような任務には日本海軍部隊よりもむしろむいているのだ。

 だが結果は今のところ思わしくなかった。既に数隻の中国海軍潜水艦を撃沈していたが、それらの戦果も1隻の突破を許したことで帳消しにされる。その汚名を返上するためにも彼らは新たな獲物を捜し求めていた。

「ソナー感!敵潜水艦と思われます」

 しかし大洋ならともかくとして沿岸近くの浅瀬ではソナーに頼って戦闘は困難を極める。川が海に流れ込む水流、岸に打ちつける波、浅い海底に乱反射する音波。ソナーに頼る潜水艦には最悪の戦闘場所なのだ。

 そして、この時も<チャン・ボコ>できのソナー員はソナーによる探知を継続できなかった。敵潜水艦のスクリュー音は絶えない雑音の中に消えてしまった。

 だが韓国の潜水艦乗りはそれで諦めるつもりはなかった。わずかな時間の探知であったが、そこから目標のだいたいの位置を割り出し、海底図と照合して目標の進行方向を推測する。それを基に先回りをして待ち伏せを仕掛けようというのである。

 <チャン・ボコ>は海底を這うように進んだ。そして、ここぞという地点に着くと海底に鎮座して敵の出現を待った。しばらくするとソナーマンのヘッドホンにスクリュー音らしき音が響いた。

「ソナー感!敵潜水艦探知!」

「総員戦闘配備!配置につけ!」

「水雷戦用意!合戦準備!」

 探知と同時に艦内が騒がしくなる。

「魚雷管注水!発射管開け!」

 攻撃の準備が整えられてゆく。<チャン・ボコ>には8本の魚雷管があり、日本製の四九式魚雷が装填されている。魚雷と潜水艦をケーブルで接続し、有線誘導により<チャン・ボコ>から魚雷を操作することが可能であり、確実に相手に命中させることができる。<チャン・ボコ>の兵器管制システムは同時に2本の有線誘導魚雷を操作可能で、1隻の敵と戦うには十分な数だ。

 敵艦をパッシブソナーで探知したものの、その反応は相変わらず微弱なものであった。浅瀬ではそれがパッシブソナーの限界なのである。だいたいの敵艦の位置は推測できるが、魚雷を撃ちこむにはより精密な諸元が必要だ。

「探信音を打て!」

 艦長の命令。それに続いて艦首のアクティブソナーアレイから音波が敵艦の居ると思われる方向に放たれる。それが敵艦に当たって<チャン・ボコ>に跳ね返ってくる。

「方位2-4-0。距離2500」

 発射解析値の概算値は既に大まかな敵位置予測から算出されているので、後は修正を加えるだけだ。

「発射解析値、得られました」

「一番、二番魚雷、発射!」

 艦が揺れ、鈍い音が艦内に響く。魚雷が発射された音だ。

「魚雷正常作動を確認。目標に向かっています」

 敵潜水艦は探信音でこちらの存在に気づいて逃げようとしたが、既に遅かった。最大で70ノットに達する足の速さを誇る四九式魚雷から逃れる術はない。しかも照準は母艦の高性能な艦首ソナーによって行われ、母艦から直接誘導されているのだ。

 2本の四九式魚雷は敵艦の至近距離まで接近すると弾頭のアクティブソナーを作動させた。甲高い探信音が中国の潜水艦の横腹を捉える。中国の水兵たちには死神の叫び声に聞こえたに違いない。

「命中まで5、4、3、2、1…」

 ソナー員のカウントがゼロに達すると同時に激しい爆発音が海中に轟き、衝撃が<チャン・ボコ>の船体を揺らした。

「目標に命中。撃沈しました」

 ソナー員の淡々とした報告が艦内スピーカーから流される。すると<チャン・ボコ>の乗員達が一斉に歓声をあげた。

「バカ!でかい声を出すな!」

 艦長が乗員達の不注意な行為をたしなめたが、その艦長の表情もどこかしら緩んでいる。彼らは敵と戦闘し、勝利したのである。




洋上

 シーホーク対潜ヘリコプターのパイロットが目の前の海面から水柱が立つのを目視で確認した。やがて海面にアンテナマストが現れ、通信を送ってきた。相手は韓国海軍潜水艦<チャン・ボコ>で、1隻の中国潜水艦を撃沈したという。

 これで日韓軍が撃破した中国潜水艦は6隻目である。日韓軍は確実に黄海の制海権を掌握しつつあった。そしてシーホークは対潜戦闘のスコアを稼ぐべく割り当てられた哨戒区域へと防いだ。対水上レーダーに不審な影が映ったのはその時だった。

「水上に艦影を確認。数3。33ノットの高速で航行中!」

 わざわざ戦場に飛び込んでいる民間船が居るとも思えないし、なによりスピードが速すぎる。

「高速ミサイル艇か」

 センサー員の報告を聞いた機長はただちに確認に向かうことを決めた。シーホーク対潜ヘリコプターには赤外線暗視装置付高性能望遠カメラが装備されている。それで目視で目標を確認するのである。

 機長は操縦桿を押し倒してヘリの速度を上げ、一気に高度を下げた。やがてカメラが猛スピードで艦隊を目指す小型船の一群を捉えた。

「間違いない。中国海軍の21型ミサイル艇だ。攻撃しますか?」

 センサー員の言葉に機長は舌打ちして答えた。

「無茶を言うな。現在は対潜装備なんだぞ?」

 今のシーホークには新たな敵の存在を味方に伝えることしかできないのである。




第一水陸両用戦部隊旗艦 揚陸母艦<大隅>

 中国軍の高速ミサイル艇出現のニュースはすぐに揚陸艦<大隅>の司令部に伝わった。部隊の司令官はただちに迎撃を指示したが、問題はその手段であった。

「航空隊は陸戦隊にかかりっきりで。たかがミサイル艇程度に構っている余裕はないようです」

 副官の進言に部隊司令官は顔を顰めた。中国海軍の最大の攻撃を乗り切り艦隊は第二七一航空隊を本来の任務である海軍陸戦隊の支援に戻している。

「他の航空隊はまわせないのか?」

 部隊司令官の問いに副官は首を横に振った。

「翔雀のもう片方の航空隊は制空権維持に係りっきりです。大鷲の方はしばらく自衛以外の戦闘を控えていると回答が」

 中国空軍も大連の友軍を救うべく散発的に出撃しており、翔雀の航空隊はそれに対する防衛に全力を尽くしていた。しかし、もう一方の空母の対応が揚陸艦一筋の司令官には理解できなかった。

「控えているとはどういうことか?」

「ボイラーの蒸気圧が限界ギリギリまで下がっているようです。しばらくは出撃を避けて蒸気圧回復に努めたいと…」

 帝國海軍の空母はどれも蒸気(スチーム)カタパルトを装備しており、重油ボイラーから得た蒸気を使って航空機を射出しているのだが、射出するごとに蒸気圧は失われてゆく。原子力機関ならその圧倒的な出力にものをいわせて十分な蒸気をすぐに生み出すことができるのだが、重油ボイラーの場合は相応の時間がかかる。だからこの海戦の時の様に連続して航空機を射出するような状況が続くと、簡単に蒸気圧不足になってしまうのだ。ボイラーはタービンとも共有しているから、蒸気圧が下手に下がると航空機の射出はもちろん航行さえ難しくなるのだ。

「なるほどな」

 司令官も大鷲の判断に納得せざるをえなかった。航空隊が駄目なら、自分の部隊から自前の部隊を出さなくてはならない。両用戦部隊の艦艇の中で対艦ミサイルの運用能力を持つのは巡洋艦の<阿蘇><妙高>と砲艦の<太魯閣>と<阿里山>の4隻だが、巡洋艦の方は今回の任務はあくまでも陸戦隊支援なのでランチャーには対地ミサイルを装填しているし、砲艦の方は艦のバランスの問題からランチャーを下ろしていた。となれば、もはや砲填兵器による近接戦で決着をつけるしかあるまい。

「外縁の砲艦と韓国軍高速艇に迎撃を命じろ!」




韓国海軍 チャムスリ型哨戒艇357号

 韓国海軍第二〇一沿岸警備隊に所属する357号艇は韓国海軍の戦闘艦艇において数的には最大勢力となっているチャムスリ型の1隻である。前部甲板には40ミリ機関砲、後部甲板と構造物上に20ミリ機関砲シーバルカンを装備する。

 艇長である少佐は艦橋の操舵室の上にある戦闘指揮所に立っていた。そこは屋根のないむき出しの場所で、艇長や乗員たちは初春ながらまだまだ冷たい風に晒されながら任務を果たしていた。

「艇長!新たな任務です!」

 伝声管を通じて操舵室の副長から報告が入った。詳細を聞いた少佐はただちに進路変更と増速を命じた。満載排水量150t弱の小さな船であるが、最大で39ノットまで速力を出すことができる。チャムスリ357号艇は一気にトップスピードまで加速し、僚艦2隻を引き連れて中国海軍のミサイル艇を目指した。



 その東では、さらに別の2隻が迎撃のために艦隊を離れていた。<太魯閣>と<阿里山>という台湾の名所から名づけられた艦名をもつ砲艦2艦だ。76ミリ単装速射砲1門と40ミリ機関砲2門を主武装とする満載排水量1400tの小さな艦である。

 チャムスリ哨戒艇にしろ砲艦にしろ海軍の主力艦と比べれば小船のようなものだ。そして今、小船同士の戦いが黄海で始まろうとしていた。

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