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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
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その16 離脱

<遠征63号>

 海中に投下された短魚雷はそのシステムを覚醒させ、目標となる潜水艦<遠征63号>を捉えたのは、<遠征63号>の放った魚雷が<紀淡>に命中する寸前であった。

「高速スクリュー音を確認!」

 ソナーマンの報告に艦内の全員が顔を青くした。艦長を除いて。

「前進全速!ただちに戦域を離脱せよ!」

「艦長!速度を上げると魚雷に食いつかれる可能性が高まります!無音航行を!」

 副長が怒鳴るような口調で意見を述べた。速力を上げるためにスクリューの回転速度を上げれば当然ながら騒音が増大する。そうすると魚雷のソナーによる追跡も容易になる。

「構わん!前進全速!」

 しかし、ペイ・フーアンは引き下がらなかった。艦長の固い決意に乗員達は従わざるを得なかった。艦長の命令は絶対なのである。



 スクリューが回転数を増し、それに伴って騒音も増大する。魚雷のソナーはそれを捉えて確実に<遠征63号>との距離を詰める。<紀淡>に<遠征63号>の放った魚雷が命中したのは、まさにその瞬間だった。

 爆発の衝撃が<遠征63号>とそれを追う魚雷にも伝わり、揺すぶった。海水は攪拌されて聴音がだいぶ難しくなった上に、<紀淡>に命中した魚雷の爆発音が海底にぶつかり乱反射して<遠征63号>のスクリュー音を隠す。短魚雷は破壊すべき目標を見失い、海中をさ迷った挙句に燃料を失い海底に沈んだ。



 爆発の衝撃が収まると、乗員達の表情は緩み次第に明るくなった。彼らはハイテク装備を持つ艦隊の防衛網を突破し、敵軍の輸送艦を撃沈し、見事に生き残ったのである。

「速力落とせ!静粛を保て!無音航行!」

 相変わらずテキパキと命令を下すペイ・フーアン艦長であったが、彼の表情もまた緩みつつあった。だがここで気を抜いてはいけない。撃沈した艦の直衛艦は魚雷命中時の爆発音に紛れてやり過ごしたが、これからさらなる敵艦が待ち構えている可能性がある。警戒を怠ってはならない。

「諸君、我々はまだ敵の哨戒圏内に居ることを忘れてはならない。気を緩めるな!」

 一旦、日本海軍から距離をとってから再び哨戒任務につく予定であるが、ペイ・フーアンは接敵する機会があれば再び襲撃行動を行うつもりだった。だが、あのような大型貨物船を仕留める機会を得るという幸運が再び舞い込むことはそうないであろう。

 それからペイ・フーアンは撃沈からこれまで、素晴らしい戦果を残した乗組員になんら賞賛を送っていなかったことを思い出して艦内スピーカーのマイクを手にした。

「諸君。素晴らしい働きだった。我が艦は日本海軍の厳重な警戒網を突破し、彼らの物資を運ぶ大型貨物船を見事に撃沈したのだ!」

 マイクに喋りながらペイ・フーアンは周りの乗員の様子を伺っていた。

「日本海軍は我々よりずっと優れた兵器を持っている。だが敗北したのだ!堕落した帝国主義者に我々、人民の海軍は決して敗れはしない」

 乗員達は自信に満ちた顔をしていた。世界に名だたる日本海軍相手に勝利を掴み取ったのだから当然である。

「我々は勝利したのだ」




イール

 ソ連潜水艦に奇襲を仕掛けて溜飲を下げたイールの乗員達も自信に満ちた顔をしていた。しかし全員ではなかった。

 士官室には当直将校を除いた士官の全員が集まっていた。彼らは勝利を素直に喜んでいなかった。なにしろ一度敗れているのだ。

「ソ連原潜の能力は我々の予想以上。その能力は我々に決して劣っていない」

 リコヴァー艦長の言葉に士官たちは無言で頷いた。勝利の余韻から覚めると、士官たちはその事実に改めて戦慄を覚えていた。

「優位を取り戻すには相応の努力が必要だね」

 イールはアメリカ海軍の最新鋭潜水艦シーウルフ級の1隻である。これを超える能力を持つ潜水艦を建造するにはもう暫く時間がかかるに違いない。第一、シーウルフ級は既にシエラ級を上回るスペックを確保している筈なのだ。その上、さらにテクノロジーだけで優位を求めるというのは潜水艦乗りのプライドに反する。となると努力の方法は1つだけだ。

「明日から訓練内容を強化する」

 リコヴァー艦長の決断に士官たちはまた頷いた。異論はなかった。



 士官室での会合を終えた士官たちはそれぞれの配置に戻って行った。リコヴァー艦長は発令所に戻り航行の様子を確認した。なんの問題も無く順調に進んでいた。

 これよりイールは空母機動部隊の前衛任務に復帰する。既に一度、潜望鏡深度まで浮上し、通信マストを海面上に上げて艦隊からの通信を受け取り、空母の位置を確認してある。イールは空母の針路の先へと進み、また敵が待ち伏せをしていないか探るのだ。

 リコヴァ―はまた別の敵が居ることを望んでいた。力を試すチャンスは多いほうがいい。優れた敵との遭遇は最高の訓練なのだ。だが、あのような強敵と遭遇できる機会はそれほど得られるものではないだろう。



 かくして海上での戦いは終わった。だが戦争はまだまだ続く。

 記念すべき第80話目です。次回より新章です。


第10部 大連の戦い

 中国軍の激しい反抗に、遅れる揚陸。陸戦隊主力の到着まで神楽少尉達は市街地を守れるのか?

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