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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
82/110

その15 見えない敵

黄海

 短魚雷は自らのアクティブソナーで目標を捉え、一直線に向かって行った。標的となった潜水艦も魚雷の存在に気づき回避を試みたが、隠密行動中の潜水艦と全力疾走する魚雷の速度差は四倍以上になる。至近距離から投下された魚雷から逃れる術は潜水艦にはなかった。




中国海軍潜水艦<遠征63号>

<ソナー感!爆発音!>

 その瞬間、発令所は騒然となった。

「どういうことだ?報告しろ」

 ペイ・フーアン艦長が尋ねるが、返事ははっきりしないものだった。

<詳しくは不明ですが…爆発音です>

 それから暫くの沈黙の後、ソナー員が遠慮がちな声で報告を再開した。

<断定はできませんが…友軍潜水艦が攻撃を受けた可能性があります>

「友軍潜水艦が日本の水上艦艇に魚雷を命中させたのではないのか?」

 副長が指摘にソナー員はすぐに反論した。

<水上付近での爆発なら、もっと詳細が分かります。海底近くでの爆発だと思われます>

 地形に隠れて進んでいた潜水艦が日本軍に見つかり撃沈された。その音は地形に阻まれて不明瞭な形でしか<遠征63号>に届かなかった。筋の通った話である。

「しかし…友軍潜水艦が日本軍の潜水艦を攻撃したのかも」

 副長はさらに反論をした。

<もし日本軍の潜水艦なら水上艦隊に近すぎです。友軍相撃を防ぐ為にも活動範囲は明確に区分されている筈です。それに我が潜水艦部隊の攻撃目標はあくまでも日本の水上艦です。友軍相撃を防ぐ為にも潜水艦に積極的な攻撃を行うとは思えません>

 ソナー員の主張には一分の隙も無かった。

「確かに友軍潜水艦が敗れたと考えるのが自然だ」

 ペイ・フーアン艦長がそう言うと、発令所の中は重い空気に包まれ、必要最低限の会話さえもなくなった。誰もが沈痛な表情をしている。

「うろたえるな!」

 発令所の中に艦長の凛とした声が響いた。

「友軍潜水艦が犠牲になったのは遺憾なことである。しかし…いや、だからこそ犠牲を無駄にするな。日本帝国主義海軍が勝利に酔っているであろう今こそが最大のチャンスなのだ!仇を討つのだ!」

 声こそあげなかったが艦長の一言で乗組員達が明らかに顔が引き締まり、やる気を取り戻したようである。

「前進だ!敵を目指して前進する!」




艦隊旗艦<翔雀>司令部

 モニターの1つには炎上するタンカーの映像が映され、悲惨な様子を艦隊司令部に伝えていた。しかし司令部の空気はなぜか高揚しているようであった。

「大勝利だな」

 艦隊司令官が笑顔で宣言した。幕僚も相槌をうつ。

「はい。軍艦は一隻も沈んでおりません。中国軍が傷つけたのは貨物船だけです。見事な勝利です」

 それ故に中国軍の攻撃を凌いだというのが彼らの考えであった。日本側の被害は貨物船一隻だけで、軍艦は全艦無事である。それに対して中国軍は大型艦こそ温存しているが、多くの小型艦艇と航空機、それに数隻の潜水艦を失っている。海戦の勝敗は撃破した相手の数が多いという単純な価値観に海軍は縛られていた。

 勿論、縛られない者も居た。綾野もその1人だ。彼女には“勝利”を祝う周りの人間が理解できなかった。海軍の任務は海上連絡線を守り陸上部隊の兵站を維持することであり敵部隊の撃滅はその手段に過ぎない、というのが彼女の哲学である。彼女にとって炎上する貨物船の姿は日本海軍の敗北を示すものであった。どれだけ軍艦が残っていても海軍陸戦隊と彼らの物資を送り込むと言う任務に瑕疵が生じた以上、絶対に勝利ではありえないのだ。




<遠征63号>

 中国海軍潜水艦<遠征63号>は再び水面近くまで浮上し、潜望鏡を上げて周辺を偵察した。潜望鏡が水面上に出たのはレーダー探知を避けるためにほんの一瞬のことであったが、ペイ・フーアン艦長は必要な情報を捉えていた。

「目標を見つけた。距離はおよそ5000。2000で攻撃を仕掛ける」

 数度の潜望鏡偵察で目標から立ち上る黒煙の位置を把握し、後は経験と勘に頼って隠密航行した<遠征63号>は遂に日本の貨物船に食いついたのである。

「目標は停止している。攻撃には無誘導の長魚雷を使う。磁気信管を使用し船底で爆発させるぞ。海図、深度は十分か?」

 ペイ・フーアン艦長の指示が矢継ぎ早に出される。

 使用する魚雷は旧式だが信頼性の高い無誘導魚雷だ。わざわざ旧式を使うのは、相手が停止している為に推進音を追尾する誘導魚雷では逆に目標を探知できない可能性があるからだ。またソナー効率の悪い黄海の海では動いている相手に対しても誘導魚雷が正確に作動しない可能性がある為、ペイ・フーアン艦長は元より無誘導魚雷による昔ながらの襲撃方法で攻撃をするつもりであった。

 そこへソナー員から新たな報告が入った。

<艦長!新たにソナー探知!小型の戦闘艦艇が低速で航行しています>

「おそらく救難作業をしているのだ。あくまで目標は貨物船だ。速力を落とせ!海底に這いつくばってソナー探知を避けるんだ!急ぐ必要は無い」

 艦長は慎重な行動を心がけていた。厳しい黄海の環境は機械の能力を十分に発揮させることを困難にさせるが、根本的に性能面で日本海軍に中国が劣っている事実は無視できない。

 そこからは忍耐の勝負となった。慎重に海図と照らし合わせながら、海底地形の狭間をゆっくりと進み、音を立てないように近づく。次の瞬間には日本海軍に発見されて、魚雷を投下されるかもしれない。そんな恐怖と戦いながら<遠征63号>は確実に距離を詰めていった。

「艦長!まもなく距離2000です」

「よし。最後の潜望鏡観測を行う。攻撃準備!一番、二番魚雷、発射準備!」

 兵器管制盤に目標である<紀淡>との距離と角度の概算値が入力される。本来ならば、目標の針路や速度なども観測し、目標の未来位置に魚雷が突入するようにしなければならないのだが、目標は停まっているのだからその必要は無い。

 魚雷の発射角度が算出され、それが魚雷の航行装置に伝達される。後は艦長の観測の結果を基に微修正を加えて発射すれば、<紀淡>に向かって一直線に進んでいくはずである。

「潜望鏡上げ!」

「一番、二番魚雷管、注水開始!」

 潜望鏡が海面に上げられ、ペイ・フーアン艦長が目標である<紀淡>の姿を捉えた。潜望鏡に備えられた目盛り上での長さを測り、それを<紀淡>の実際の大きさと比較して目標との距離を割り出す。昔ながらの方法で、実行者に神業的な技量を要求する職人芸であるが、ペイ・フーアン艦長はそれを瞬時にやってのけた。

「距離1900。方位3-5-1」

 艦長の観測結果に基づいて兵器管制盤に入力された数値を若干修正された。

「魚雷管開放!一番魚雷発射!」

 艦首の魚雷管の外扉が開かれ、その直後に最初の魚雷が水中に放たれた。

「二番魚雷発射!」

 少し時間を置いて2発目の魚雷が発射される。二本の魚雷は<紀淡>を目指して一直線に進んだ。

「魚雷管扉閉めろ!急速潜行!離脱する!」




黄海海上

 最初に兆候を発見したのは周りを警戒していた対潜ヘリコプターであった。レーダーが水面上に一瞬現れた“何か”を捉えたのである。

「潜望鏡だと思うか?」

 コクピットに座る機長が後ろのキャビンに座り対潜機材を操作しているソナーマンに尋ねた。

「可能性があります。KMXを使いましょう」

 KMXは哨戒機に搭載される磁気センサーのことである。潜水艦は巨大な鉄の塊であり、それが航行すれば周辺の磁気が乱れる。それを探知するのだ。欧米ではMADと呼ばれるが、日本海軍では伝統的にKMXと呼称する。

 シーホーク対潜ヘリコプターのテイルブームから張り出したスタブウイングに装着された磁気センサーが機体から離れて、ワイヤーにより海面近くまで下ろされる。センサーを作動すると、すぐに反応があった。しかし、それはあまりにも広範囲に広がりすぎていた。

「なんてことだ」

 浅瀬の為、沈没船などにセンサーが反応してしまうのだ。

「ここらへんは大戦中、かなりの数の船が撃沈されたところだからな」

 機長がコクピットから海面の様子を覗きながら言った。

「こりゃ骨が折れそうだ」

 しかし、訓練されたソナーマンは微かな反応の違いから何かを見つけた。

「潜水艦らしきものがいます。ソナー下ろしてください」

 機長はその場でシーホークをホバリングさせ、ソナーマンはディッピングソナーを海面下へと下ろした。そしてソナーマンの耳に彼が一番恐れている音が届いた。

「ソナー感!突発音!魚雷を発射しやがった!」

「魚雷投下を投下するんだ!発射位置につく!」

 シーホークは一旦、ディッピングソナーを吊り上げて、その場を離脱した。そして空中で旋回し、目標の潜水艦の背後から接近した。

「魚雷投下!」

 シーホークから短魚雷が投下された直後、<紀淡>の方から爆発音が轟いた。




運送艦<紀淡>

 <紀淡>を囲む海防艦のソナーが高速スクリュー音を感知したのはシーホークが警報を発したのとほぼ同時であった。

 この時、2隻の海防艦が<紀淡>の周りをまわり救護作業に携わっていた。消火作業を支援し、負傷者がヘリコプターによって移送されてきていた。そこへ魚雷が飛び込んできたのだ。

 2本の魚雷のうち1本は信管が作動せず通り過ぎてしまったが、1本は<紀淡>の船底の下に潜り、そこで磁気信管が作動して爆発した。爆発エネルギーの大半は上方に向かって放出されるので、<紀淡>の船体は数百キログラムの炸薬の爆発エネルギーをもろに受けることになった。

 まず<紀淡>に爆発の衝撃波が到達し船体を揺らす。しかし致命的だったのは、バブルパルスと呼ばれる爆発によって生じた無数の気泡の衝撃だった。炸薬と酸化剤が化学反応を起こした結果、爆発エネルギーとともに生じたガスは気泡となり海面に向かって上昇していった。上昇して水圧が下がるとともに膨張するガスは無数の気泡の塊となって<紀淡>を襲い、その船体を持ち上げたのである。もちろん船体全体に均等に力が加わるわけではなく爆発地点の直上部分に圧力が集中するので、そこを支点にして船首船尾が垂れ下がって船体が歪み、亀裂が走る。

 しかし気泡はすぐに水圧に押しつぶされて、<紀淡>を持ち上げていた圧力は瞬時に消滅した。逆に流入する海水の力で<紀淡>は先ほどの支点を中心に海中に引きずり込まれて、船体を引き裂かれる。

 そして駄目押しとして爆発エネルギーを吸収して過熱した海水が圧力の低い海面に向けて一気に膨張し、海上ではそれが水柱という形で観測できた。水柱は<紀淡>の弱った船体を貫き、完全に真っ二つにした。断面から大量の海水が船内に流れ込み、巨大な貨物船は数分のうちに沈んだ。まさに轟沈であった。




太平洋 K123

 艦内は騒然となっていた。船体を叩いた探信音は“もし実戦だったらお前は撃沈されているぞ!”というアメリカ原潜からの明確なメッセージであった。乗組員達は突然のことにショックを受けているようであった。

 その静寂を破ったのはコースチン艦長の怒声だった。

「帝国主義海軍は優秀で狡猾だ!奴らは我々の未来を奪うべく日夜、暗躍している!」

 発令所に詰めていた全員の視線がコースチンに向けられた。彼は艦内各所のスピーカーに繋がるマイクを手にしていた。

「我々に敗北は許されない!我々にできることはなんだ!それは腕を磨き、新たな戦術を考え、奴らを上回ることだ!我々は常に前進しなければならないのだ!」

「前進あるのみ!」

 水兵の1人が叫び声を上げた。コースチンは彼を指さした。

「その通りだ。同志マルゲロフ一等水兵!我々は前進するのみだ!そして、この日を、この日の屈辱を決して忘れるな。敗北がなにをもたらすかを絶対に忘れるな。そして奴らに、今日という日にこのK123を葬らなかったことを必ず後悔させるのだ!」

 水兵たちは歓声を上げた。歓声は発令所だけでなく艦内各所から聞こえてくる。

「引き続き我々はK141護衛の任務を遂行する。K141の背後につけ!」

 命令を与えると水兵達はキビキビと動き出した。後には呆然としたまま発言の機会を失った政治将校が立ち尽くしていた。

それを見計らってベールイ副長がコースチンの横にやって来た。

「見事だな。ミーシャ」

 ベールイはどん底まで落ちた艦内の士気を高めたコースチンを褒めたのだ。

「少しうるさかったがな。アメリカの原潜に聞かれているかもしれんぞ?」

「アメリカ人に聞かれても構うものか。問題はこれからだ。あのアメリカ原潜は強敵だよ」

「それは間違いない」

 K141とK123の2隻は針路をカムチャッカに向けた。多くの課題を残して、1つの航海が終わりに向かっていた。

 加筆修正は今回はなし。天安沈没事件で話題になったバブルパルス効果の描写を取り入れてみました

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