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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
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その14 抵抗と結果

 <阿蘇>と<妙高>から発射された<石楠花>ミサイルは両用戦部隊に向かう中国の対艦ミサイル群に向けて飛んで行ったが、僅か4発だけでは如何にも頼りなかった。しかし、両艦の古いFCSのシステムではそれが限界だった。

 それを補う為か、海防艦もESSMを発射して加勢する。ESSMこと発展型シースパローミサイルは、その名前の通り長年に渡って自衛用短射程艦対空ミサイルとして用いられたシースパローの後継として開発された。その特徴は慣性航法装置とデータリンクシステムを搭載することで獲得した同時多目標交戦能力、シースパローの二倍以上に伸びた射程、そして折りたたみ式の翼を装備することでVLS1セルに4発ずつ装填することを可能にしたコンパクト化といったところである。その能力は艦隊防空用ミサイルにも匹敵するものであった。

 <与那国>型海防艦は日本海軍で初めてESSMを搭載した艦であるが、それはあくまでも自衛目的の搭載である。それ故に<与那国>型のFCSの能力は艦隊防空艦に比べると大幅に簡略化されている。自衛とはようするに自分に向かってくる敵をとにかく攻撃すればいいのであり、FCSはレーダー反応が次第に大きくなる―自艦にまっすぐ突っ込んでくる―目標を標的として選択すればいいのだし、迎撃ミサイルの誘導も簡単だ。

 しかし艦隊防空では第三者の存在が登場する。迎撃しようとする相手が何に向かっているのか特定し、敵の目標になっている艦と自艦、そしてレーダー反応が複雑に変化しているであろう敵ミサイルとの相対的な位置関係を割り出し、それから敵の未来位置を推測して迎撃ミサイルを誘導しなければならない。処理すべき事項が圧倒的に複雑になっているのだ。そして<与那国>型のFCSはそれを実行するのに十分な能力を有していなかった。

 艦隊に配備された<与那国>型海防艦、<四季><七曜><白沙><沙弥>の4隻にはそれぞれ16セルずつMk41VLSを装備し、そのうち8セルをシーランス対潜ミサイルに充て、残りにESSMを装備する。ESSMは1セルあたり4発ずつ装填可能なので各艦32発、4隻で128発のESSMを搭載していることになる。

 この時、4隻の海防艦はそのうち3分の1を発射したが、命中率はそれほど高くはならなかった。少なくない数のミサイルが見当違いな方向に誘導され、叩くべき目標を見つけられないまま空中に散った。

 防空艦である<阿蘇>と<妙高>の命中率はそれほど悪くは無かったが、如何せん同時に発射できるミサイル数は少なく、敵のミサイル群は多すぎた。2隻の巡洋艦と4隻の海防艦は互いの弱点を補い合いながら、確実にミサイルの数を減らしていったが、全てを迎撃するには至らなかった。



「たく!こんな訓練したことがないぞ!」

 水陸両用戦部隊の上空へと駆けつけた旋風戦闘機の4機編隊のリーダーが毒づいた。彼らはさっきまで中国軍のミサイル艇狩りに勤しんでいた271空の所属であった。レーザー誘導爆弾を使い果たし補給へと戻る途中に水陸両用戦部隊の援護にまわるように命令されたのである。彼らは対戦闘機のみならず対巡航ミサイル迎撃能力を持つとされるAAM-3を装備していたが、あくまでもミサイル艇攻撃任務中に襲撃を受けた場合の自衛用で各機に2発ずつしか搭載していなかった。しかも、対地攻撃専門部隊である第271航空隊ではミサイル迎撃の訓練などほとんどしていなかった。

 パイロットたちは頭の奥底に眠る操作手順を思い出しながら必死に操作したが、4機のうち2機が発射のタイミングを逃して水上部隊上空を飛び去ってしまった。しかし、なんとか2機が1発ずつ発射に漕ぎ着けた。それで撃墜できたのは2発だけだったが、攻撃に晒されている水上艦隊にしてみれば貴重な2発であった。



 各人が最大限の努力を行ったが、数発のミサイルが防衛線を突破した。最初に発射されたミサイルの数に比べれば遥かに過ぎないが、まともな対空装備を持たない揚陸部隊には大きな脅威だった。

 揚陸艦3隻と運送艦2隻から成る揚陸部隊は艦首をミサイルの方向に向けた。レーダー反射を最小限に抑えるための措置である。そして20ミリCIWSファランクスと電子戦用装備を持つ揚陸艦が運送艦の前に出た。

 ECM装置がミサイルのレーダーを妨害し、チャフが空中にばら撒かれる。何発かのミサイルがそれによって目標を失って何もない海上に落下したが、数発は艦隊へと向かった。

 最後に残されたのは3隻の揚陸艦の艦首に1基ずつ搭載されたCIWSのみだった。3基のCIWSが唸りながら銃身を回転させて弾幕を張る。

 旗艦<大隈>艦橋では自艦から伸びる曳光弾の光の線と敵のミサイルが交差するのが見えた。手を伸ばせば届きそうな距離だった。次の瞬間、閃光が艦橋に立つ者の視力を一瞬だけ奪った。それに続いて何かが船体を叩くを音がいくつも聞こえた。

「ミサイル撃墜しましたが、破片が艦に降り注いでいます」

 水兵が報告の声をあげた。

「航海用レーダーがやられました!」

 揚陸艦<大隈>艦内に居る者にとってそれがミサイルの被害の全てだった。しかし、彼らの背後では本当の破壊が起こっていた。



 運が無かったのだ。被害に遭った者にしてみれば、そんなことを言われてもやるせなさが増すだけであるが、しかしそれが現実だった。

 運送艦<紀淡>に命中したミサイルは本来<紀淡>を狙ったものではなかった。実は揚陸艦を狙ったものだが、ECMにより目標を見失い飛び越してしまった。そしてレーダーが回復した所にたまたま捉えた<紀淡>をロックしてしまったのである。CIWSも電子装備もない<紀淡>にはもはや惨事を防ぐ手段はなにもなかった。

 命中したミサイルは僅か1発だけだったが、致命的な1発であった。甲板に積み上げられたコンテナの中に消えたミサイルは次の瞬間、大爆発を起こした。コンテナが甲板から吹き飛ばされて次々と海中に落下していく。大型貨物船の船体は最初の爆発には何とか耐えたものの、甲板の上では積載物に引火したらしく火災が起こっていた。真っ黒な煙が空に立ち昇り、火は燃え広がって行った。




中国海軍潜水艦<遠征63号>

 明級潜水艦の1隻、艦番号の363で西側には知られている遠征63号は潜望鏡を海面の上に上げた。すぐにペイ・フーアン少佐は潜望鏡に取り付いて、360度一回転するとすぐに潜望鏡を引き込んだ。レーダー探知を避ける為に一回の監視時間は数秒にも満たないが、フーアン艦長は必要な情報を入手していた。

「煙が見えた。おそらく日本海軍の艦が被弾したのであろう」

 中国海軍水上艦のうち、あれだけ盛大に煙が吹き上がるだろう大型艦は戦闘には参加していないので日本艦には間違いなかった。そして煙が上がっている以上、まだ沈んでいない。

「止めを刺しに行こう。もしかしたら救援艦も喰えるかもしれない」

 遠征63号は針路を<紀淡>から立ち上る煙の方向に向けた。




黄海上空 対潜ヘリコプター

 上空のヘリコプターからも燃える<紀淡>の姿をよく見ることができた。甲板には乗組員が出て船内からホースを伸ばして消火活動を行っていたがそれほど効果はあがっていないようであった。そのうち海防艦が近づいて消化の援護と救助活動を始める。重傷者がヘリコプターで海防艦に運び込まれる。

 一方、中国軍のさらなる攻撃を警戒して索敵も強化された。対潜ヘリコプターが潜水艦の姿を探して徘徊する。ソノブイが海面に幾つも投下され、時折ディッピングソナーを水面下に下ろし、敵の発する音を見つけようとしている。浅瀬の広がる濁った黄海においてそれは口で言うほど簡単な作業ではない。忍耐強く繰り返し、海の表情を見極めて、その上で運に恵まれたときだけ敵を探知することができるのである。

 そして、この時、ヘリコプターのクルー達は運に恵まれていた。

「微かですがスクリュー音です」

 ソナーマンが海中に吊るしたディッピングソナーが敵を捉えたことを伝えた。

「待って!失探!目標のスクリュー音が消えました」

 しかし、すぐにソナーマンは目標を見失ったことを報告して他のクルーたちを落胆させた。ただすぐに気を取り直して目標の再探知を目指して動き出した。対潜作戦とはそういうものなのだ。

「おそらく海底に沿って動いていると思われます。地形に隠れて我々の探知を避けているのでしょう」

 ソナーマンは日本海軍が製作した海底地形図を広げて言った。3年前まで大連は日本の統治下に置かれていたので、付近の海洋探査も十分に行われいた。しかし、それも3年前の話で、現在までに地形がどれだけ変化しているか、あるいはいないかは賭けであった。

 海底地形図を指でなぞって、先ほどの探知を基に敵の針路を予測する。ソナーマンは1つの結論を得た。

「キャプテン、こちらソナーマン。待ち伏せをしかけてみましょう」

 シーホーク対潜ヘリコプターはディッピングソナーを引き上げた。ホバリング状態から前進に移行し、スピードを上げた。

 海底地形図とGPSの座標を見比べてソナーマンに指定された待ち伏せ地点に到達したことを確かめたパイロットは機を再びホバリングさせた。ソナーマンはディッピングソナーの操作ボタンに指先を重ねた。一度、深呼吸をしてから指に力を込めてボタンを押した。

 機体側面のウインチに吊るされたディッピングソナーが下ろされて、水面下に消えた。それと同時に潜水艦にとっては死神の囁きに聞こえるであろう探信音が海底に対して打ちつけられる。そしてその反射がすぐにソナーに戻ってくる。

「見つけた」

 ソナーマンは海底からの反射に混じって別の反応を見つけた。

「攻撃用意!」

 ただちに敵艦の位置から発射解析値が算出され、それが短魚雷の弾頭にインプットされる。

「準備良し!」

「魚雷投下!」

「投下!投下!」

 短魚雷がシーホークの機体から切り離され、海中に落下する。それと同時に精巧な魚雷のメカニズムが覚醒した。指定された目標の位置に向けて一直線に突っ込み、自らも探信音を発して目標を捜し求める。そして魚雷のソナーは遂に敵の姿を捉えた。




太平洋 イール

 あからさまに歓声をあげることはしなかったが、乗員達は勝利に対して喜び表情を緩ませていた。

「目標捕捉!距離4000!」

 ソナーマンが報告を行うごとに、発令所に詰める乗員たちが海図が書き込みを加え、それに基づいて計算機を片手に魚雷発射に必要な諸元を計算する。

「発射解析値、得られました!」

 報告が上がるとともにリコヴァーは手にしたストップウォッチを止めた。探信音の発信から手作業による発射解析値の算出までの時間を計っていたのだ。勿論、コンピューターを使えばよりすばやく算出することもできるが、コンピューターは微妙な判断力について必ずしも人間より勝っているわけではなく、しかも機械は壊れることがある。だからアメリカ海軍は可能であれば必ず人の手による計算を併用することになっている。そして結果は上々であった。

「よくやった。次はあと5秒短縮できるとうれしい」

 そういうリコヴァーの表情も笑顔なので、発令所は締まらない。はっきり言えば時間の計測はおまけに過ぎない。ソ連艦に探信音をぶつけた時点で勝負は決しているのだ。そして勝利を得た以上、長居は無用である。

「急速潜航!離脱する」

 原潜<イール>は再び身を隠していた深海に消えた。後には敗者だけが残った。

 第5部その7の2を新規追加。第9部のタイトルを変更。

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