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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
80/110

その13 真の狙い

黄海上空 ホークアイ早期警戒機

 ホークアイ早期警戒機は機体の背部にAN/APS-145レーダーを搭載しており、同時に2000以上の目標を追跡することができる。今のその能力を最大限に発揮していた。ホークアイは中国空軍の動きを全て把握していたが、問題は乗員の方の処理能力が飽和状態に陥っていたことだ。結局のところ、どんなにシステムが進んでも画面に映る輝点から相手がなにをするつもりなのかを考えるのは人間の仕事なのだ。

 しかし、敵の動きから中国軍の航空機が“なにか”に攻撃をしかけようとしているのは理解できたし、友軍に警告を発することができた。

「敵の新たな航空攻撃を確認した。一群は山東半島の陰から、もう一群は遼東半島越しに艦隊を狙っている」

「新たな目標を捕捉!ミサイルだ!敵はミサイルを発射した!」




第二艦隊旗艦 <翔雀>

 警報は直ちに旗艦へともたらされた。データリンクを通じて送られてくるミサイルの位置情報が戦闘指揮所のモニターに映される。

「目標は大鷲か!」

 艦隊司令官はすぐに結論づけた。確かに中国空軍部隊の動きは大連沖で陸戦隊を援護中の航空母艦<大鷲>を狙ったようにも見えた。

「全力で空母を守れ!」

 司令官の怒声が指揮所内に轟く。オペレーター達が慌てて対処に動き始める中、神楽海軍大臣直属の連絡間として派遣された綾野少佐は1人だけ傍観者としていることができた。彼女の中でなにかが警告を発していた。

「地上の対艦ミサイルが発射された形跡は?」

 綾野に尋ねられたオペレーターはいかにも迷惑しているといった表情で返事をした。

「確認はされていません。だからなんだって言うんですか?」

 オペレーターの口調は上官に対するものとしては不遜すぎたが、綾野は意に介さず彼の報告の意味を考えた。なぜ遼東半島沿岸にも配置されているだろう地上の対艦ミサイルを使わない?空母は沿岸から近い海域にいるというのに…まさか山東半島に配備しておいて、遼東半島には配備するのを忘れていたとでもいうの?それとも標的は空母じゃない?地上のミサイルの射程圏外に真の目標が?

 彼女の思考はそこで中断された。オペレーターの1人が発した叫び声が原因だった。

「中国の潜水艦を発見!本艦を狙っています!」



空母<翔雀>より10キロの海域

 <翔雀>艦載のシーホーク対潜ヘリコプターは3機1組で中国潜水艦を追っていた。1機がソノブイを目標である潜水艦を取り囲むように投下した。ソノブイバリアと呼ばれる投下方法である。ソノブイが着水する音は潜水艦のソナーでも捉えられる。

 その名前の通りソナーを仕込んだブイであるソノブイは航空機より投下され、海面に浮いて海中にマイクロフォンを垂らし、捉えた音を海面上のアンテナから投下した母機に送信するシステムである。当然ながら近くを潜水艦が通れば、たちまち哨戒機に探知される。

 だから中国の潜水艦はソノブイの投下数が少ない海域を見つけて、その方向に逃げようとした。しかし、逃れたつもりの潜水艦は実のところ追い込み漁の罠に嵌っていたのだ。

 ソノブイバリアに意図的に開けられた穴の向こうには別のシーホークが待機していて、機体からディッピング・ソナーを海の中に垂らしていた。投下して使う広域探知用のソノブイに対して母機からワイヤーで吊るして使うディッピング・ソナーは捜索範囲こそ狭いが代わりにより高精度な探知が可能であった。魚雷攻撃に必要な発射諸元を得るのにも十分なほど。

「目標を捕捉。攻撃用意!」

 シーホークは2発の短魚雷を搭載できる。魚雷との接触を避ける為にディッピング・ソナーを吊り上げると、最後のシーホークがその脇を抜けて攻撃態勢に入る。

「発射諸元入力。攻撃準備良し」

 攻撃役のシーホークに搭載された三三式短魚雷が起動され攻撃準備が整った。

「投下!」

 魚雷がシーホークから離れ、海面に向けて落下する。次の瞬間、魚雷は海面の下に消えた。



海中 明級潜水艦<遠征53>

 艦番号353の明級潜水艦<遠征53>はソナーが大型艦船のスクリュー音を捉えたので、それを目指して追尾をしていた。艦を取り囲むようにソノブイが投下されたのは、追尾を開始した直後であった。

「微速前進!離脱する」

 艦長は騒音を最小限に抑えつつ、包囲を突破しようとしていた。しかし、その企みはソナーマンの報告によって打ち砕かれた。

「着水音!魚雷が投下された!」

「前進全速!取り舵一杯!回避するんだ!」

 艦長が命令を発すると同時にピーンという甲高い音が<遠征53>の船体を振るわせた。

「魚雷の探信音です。本艦は完全に捕捉されました」

 三三式魚雷はアクティブソナーを搭載しており、自ら探信音を発して反射を捉えて目標を追尾するのである。既に<遠征53>はシーホークが発した魚雷に発見されているのだ。

「距離がどんどん縮まっています!」

 探信音が徐々に大きくなり、音の間隔も狭まる。魚雷が確実に迫っている。

「衝突警報!総員、衝撃に備えよ!」

 乗組員達は恐怖に怯えながら、手近なものに捕まった。魚雷の命中した時に吹き飛ばされるのを防ぐ為の措置であるが、それにどれだけの意味があるのか乗組員達には分からなかった。

 探信音が止まった。次の瞬間、巨大な衝撃が<遠征53>を襲った。



空母<翔雀>

 巨大な水柱が海面に立ち、敵の潜水艦が撃沈されたことを知らせた。<翔雀>の乗組員達はそれを見て安堵をした。安堵しない者も居た。

「なぜ、ここまで接近されるまで発見できなかったんだ!」

 艦隊司令官は10キロという現代の戦場では極めて近い距離まで敵艦に接近されたことでパニックに陥っていた。

「黄海のソナー効率の悪さは想定以上で、十分な索敵が困難なのです」

 対潜ヘリコプター部隊の指揮官が弁解するように言った。綾野少佐はその様子を離れたところから見ていたが、彼女にしてみれば十分に予測できた事態であった。

 帝國海軍は広大な太平洋におけるソ連原潜艦隊との対潜作戦を想定して戦備を整えてきた。黄海のような浅瀬の海域における複雑な対潜作戦をまったく念頭においていなかったのである。まさに大海における戦闘ばかりを指向して沿岸作戦を軽視する帝國海軍の艦隊決戦主義が生み出した事態と言える。

 しかし、司令部には言い争いをしている暇はなかった。

「まもなく。第一機動部隊が迎撃戦闘を開始します」



イージス駆逐艦<冬月>

 第一機動部隊は、空母<大鷲>が所属する第一航空戦隊直属の防空駆逐艦2隻を空母の北側に配置して遼東半島越しに攻撃するミサイル群を迎撃させ、一方で第一機動部隊に配属されている第二水雷戦隊の艦艇を空母の南側に展開して山東半島方面から攻撃してくるミサイル群に対応させることにした。その中枢として機能していたのが第一航空戦隊に配備されたイージス駆逐艦<冬月>であった。

「ミサイル群が稜線を越えると同時に攻撃開始」

「スタンダードSM-2、発射はじめ!撃て(てっぇー)!」

 VLSから次々と放たれるミサイルが遼東半島を越えてくる中国の対艦ミサイルに向けて発射される。半島の浜辺の上空でいくつもの爆発が起こり、その度に地上へと破片の雨を降らせる。

 しかし全てを撃墜できるわけもなく幾らかのミサイルが<冬月>のSM-2第一波をすり抜けた。ミサイルの軌道を追いながら<冬月>のクルー達は第二次攻撃の準備をしていた。そして奇妙なことに気づいた。

「目標が離れていきます」

 ミサイルが空母を目指しているなら、間に入っている<冬月>とミサイルの相対距離はどんどん縮まっていくはずである。しかし、実際には相対距離は全然縮まらなかった。ミサイルは確かに南下しているが、別の目標を狙っているのだ。

「針路上にあるのは…両用戦部隊だ!」



第一両用戦部隊 巡洋艦<阿蘇>

 揚陸艦部隊である第一両用戦部隊の防空指揮艦に指定されている<阿蘇>の艦長は突然の事態に打ち震えていた。<阿蘇>には艦隊防空用のSAMシステムを一応は積んでいるが、今回の作戦においての役割はあくまでも艦砲射撃による上陸作戦の支援であって、防空任務ではないのである。

 <翔雀>と<大鷲>の両機動部隊が両用戦部隊に向かうミサイルを迎撃しているが、自分達を目指しているミサイルならともかくとして、自分達の脇をすり抜けようとするミサイルが相手では迎撃の効率があまり良くない。

「迎撃を続けていますが、いくらかのミサイルが防衛網を突破しました」

 オペレーターの言葉が<阿蘇>が戦闘を免れないことを伝える。

「<石楠花>迎撃始め!用意!」

 最初の目標が選定され、<石楠花>ミサイルランチャーが向けられる。全てを自動でこなすイージスと比べると遅さが目立つ。しかし、準備は出来た。

「発射始め!撃て(てっぇー)!」

 <阿蘇>と僚艦の<妙高>からほぼ同時にミサイルが放たれた。




太平洋 K123

 それは突然の出来事であった。

「ソナー感!」

 ソナーマンの報告に艦内の乗員全てが緊張を張り詰めさせた。

「どこだ?K141の追尾をしているのか?」

 コースチン艦長がソナールームに駆け込みソナーマンに尋ねる。しかし、ソナーマンは固まったまま何も語ろうとしない。

「同志!なにを感知したのだ!はっきり報告するんだ」

 コースチンが肩を揺さぶると、ソナーマンはようやく口を開いた。

「深々度のためスクリューキャビテーションは確認できませんが、潜水艦です。前方の下方から我が艦に向けて突進してきます」

 この時、コースチンは自分が裏をかかれたことを悟った。イールの放った探信音がK123の船体を揺さぶったのは、コースチンが発令所に戻り指示を出そうとした瞬間だった。

 改訂は第5部その7です。

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