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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第2部 それぞれの1月8日
8/110

その5 天空人

八戸空軍基地

 八戸基地は元々は陸軍の飛行場として開設され、現在では日本帝國空軍と在日米軍が共用している。日本側は主に防空基地として利用していて、迎撃機によって構成される第二〇飛行団の2個戦隊が配置されている。配備されている戦闘機は旧式の中島J15N天雷と新型のJ16N鎮守の2種である。

 前者は細長い機体と三角翼が特徴でソ連のSu-15フラゴンに似ていた。エンジンはロールスロイス・エイヴォン301R、すなわち名機として知られる英国空軍のライトニングと同一のものであり、天雷もライトニング程では無いが現在でも通用する上昇力を持っている。

 後者は1990年に初飛行したばかりの新鋭機で、日本の得意分野である素材工学を生かした炭素繊維強化複合材による軽量な機体と世界で初めて戦闘機に搭載されたアクティブ・フェイズドアレイ・レーダーが特徴の戦闘機である。


 1月8日の午後1時、その2機種がそれぞれ4機ずつ、八戸の滑走路を飛び立った。邀撃訓練が始まったのである。相手は在日米空軍第5空軍の戦爆連合、八戸基地の第34戦闘航空団のF-16C戦闘機4機と、百里基地の第475航空団に属するF-15Cイーグル戦闘機4機とF-15Eストライクイーグル戦闘爆撃機4機で構成される小規模なストライクパッケージである。


 空軍第64戦隊(あの加藤隼隊である)所属の鎮守4機を指揮するのは八木桂一(やぎ けいいち)空軍少佐で、遊撃手(ショートストップ)というTACネーム(注1)で知られる。彼は湾岸戦争時には天雷に乗り、サウジアラビア防空の任務に就いたが、結局は戦闘を一回もすることなく停戦を迎えた。彼の愛機が前線で空中戦をやるには機動性能が低すぎると判断されたわけだ。だが、鎮守ならばそのようなことは無い。エンジン推力が幾分小さいことを除けば、機動性能は十分であるしアヴィオニクスは世界最高峰で8目標に対して同時攻撃を行なうことが可能である。アフターバーナーなしでの超音速巡航(スーパークルーズ)も可能で、遠隔地への迅速な部隊展開ができる。

「ガーディアンーリーダーより全機へ。目標はストライクイーグルだ。イーグルに非ず。繰り返すイーグルに非ず」

 今回の訓練では、米軍が攻撃側になって八戸基地を狙う。それをGCI(地上邀撃管制/コールサインはマイホーム)の支援を下で攻撃を阻止するのが八木らの任務である。なおガーディアンは第64戦隊の鎮守部隊のコールサイン(注1)である。

 目標はF-15CイーグルとF-15Eストライクイーグルの編隊であるわけだが、八木はあくまでも後者への攻撃に拘っている。F-15Cイーグルは純粋な制空戦闘機であり、敵の戦闘機と空中戦をするために生まれた戦闘機である。一方、F-15Eストライクイーグルはイーグルを改造して爆弾を搭載できるようにして対地攻撃能力を高めた戦闘爆撃機だ。敵の目的はあくまで八戸基地の攻撃なのだから、ストライクイーグルを撃墜すれば任務は達成される。いや撃墜する必要さえ無い。敵が回避のために爆弾を棄てたり、逃亡したりすれば基地攻撃の阻止は成功なのである。だから極力はイーグルの相手をすべきではないのであるが、戦闘機パイロットというのはどうしても敵の制空戦闘機と空中戦をして勝利したいと考える性質の人種なのである。八木はそれを知っているので、部下に対して目標はストライクイーグルであると念を押している。

<スコッチ、マイホーム。敵のF-16が分かれたようだ。おそらくワイルドウィーゼルだろう。片付けろ。ガーディアンは本命を叩け>

 スコッチは天雷を装備する第65戦隊のコールサインだ。ワイルドウィーゼルはSEAD(敵防空網制圧)やDEAD(敵防空網破壊)を任務とする特別機を指す。ようするに敵の地上レーダーや地上発射型対空ミサイルを様々な手段で使えないようにするのが仕事の機のことである。また、本命はストライクイーグルを示す。

「頼む」

 八木はスコッチ編隊のリーダーにそれだけ言うと、無線を切り、愛機を急旋回させた。


 さて、一部の人々は<今や真のミサイル万能時代に突入したのだから格闘戦は起こりえない。だから戦闘機の運動性能は重視すべきものではない>と主張する。ミサイル万能論は1950年代に唱えられた思想で、ミサイル技術の発達により従来の機銃による格闘戦はなくなり、戦闘機はミサイルの運搬役に成り下がるというもので、当時の米空軍はそれを背景に戦闘機を開発していた。しかし、当時のミサイルはまだ性能が低く運用の問題もあり、ベトナム戦争時にはより旧式で安価ながら運動性能に勝るソ連製の戦闘機にアメリカの最新鋭の戦闘機が敗北する、という事態が頻発したのである。その為にアメリカはそれまでの戦闘機のコンセプトを改めて、敵との格闘戦も考慮した高い機動力を持つF-15やF-14といった新型戦闘機を次々と開発したのであるが、1980年代にはミサイル技術が更なる進歩を遂げたのであった。それを示したのが湾岸戦争であり、戦闘機同士の空中戦は全てミサイルによって決した。それ以降も何度も空中戦が発生したが、機銃による格闘戦になったという事例は存在しない。それは真のミサイル万能時代が到来した故であるというわけだ。

 だが、果たして戦闘機に運動性能は不要になったのであろうか?答えは否である。ミサイルの性能は確かに向上したが、万能になったわけではない。レーダーの捜索範囲や発射角の問題から攻撃できる範囲は自ずと制限される。またミサイルのロケットモーターの点火時間は長くても精々10秒強、短射程のミサイルだと数秒程度でしかないので、それが終わればただ惰性で飛んでいるだけなのでミサイルの運動性能は極端に下がる。射程ぎりぎりの距離の相手だと回避されてしまう確立も高くなるのだ。というわけで、敵に実際にミサイルを命中させるには、ミサイルが当る範囲の中に敵を入れなきゃならない。その範囲はパイロットを頂点として前方に円錐状に広がっていて、キルコーンと呼ばれている。現在の空中戦はようするに敵を自機のキルコーンの中に収めつつ、敵のキルコーンの中に出来る限り入らないようにすることが重要になり、それには運動性能が重要となる。それ故、現在でも機体の運動性能を最大限に生かす為のACM、ようするに空中戦闘機動の訓練が欠かされないのである。


「散開!散開!」

 4機の鎮守は2機ずつの編隊に分かれた。2機が囮として護衛のイーグルを引きつけ、もう2機がストライクイーグルを撃墜する算段だ。

<地上のレーダーが本命を失探>

 日本ではレーダーを海軍は電波探信儀、陸軍では電波警戒機と呼称していたが、その両者の影響力の下で誕生した空軍は、どちらを採用するかで揉めに揉めた。誕生したばかりの空軍は、防空・戦術空軍については陸軍、戦略空軍については海軍がその基礎となっている。規模的には戦術空軍の方がずっと大きいのだが、ベトナム戦争前のとにかく戦略核兵器が最重視されていた時代なのでその規模に対して戦略空軍の発言力もかなりのものであった。結局、両者の勢力は均衡してしまい妥協の末に欧米式にレーダーと呼ぶことになった。

 地上の管制官に対して八木は返事をしなかった。失探(ロスト)した位置からだいたいの飛行経路を予測できる。八木は涙滴型のキャノピーに顔を押し付けて下の様子を見た。下に雲の層がある。八木はハンドサインで僚機(ウイングマン)に高度を下げるように伝えた。雲の中に隠れるのだ。

 雲の中で八木はその時を待った。

<ショートストップ!、こちらボレロ!敵と交戦中!>

 それを聞いて八木は僚機とともに一気に高度を下げた。ストライクイーグルは囮への対応をイーグルに任せ、攻撃を避けて目標へ達するために低空へ逃げる筈だ。

雲から出ると2人のパイロットは敵機の影を探した。すると八木は空の彼方に豆粒のような影を見つけた。

「タリホー!すぐに見つかるとは運がいい」

 機種に備え付けられた四七式ろ3号レーダー(「ろ」は射撃管制、「3号」は航空機搭載を示す)を機動させた。噂のアクティブ・フェイズドアレイレーダーである。


 そもそもレーダーは電波を照射して相手にぶつかって反射され返ってくる電波を捉え敵の位置や動きを把握する装置である。しかし、電波は直進しかしないので通常型のレーダーでは電波を照射する正面の状況しか分からないので、レーダーそのものを機械的に動かすことで広い範囲を捜索するが、そうなるとある一点に照射を行なった後、その地点に再び照射を行なう間にタイムラグが生じ、そこにいる敵機なりなんなりを捕捉できなくなる。そしてそのタイムラグが高速化、電子化の進んだ現在の戦場では致命傷になりかねない。

 そこで小さなレーダーアンテナを多数並べて、それぞれから異なる方向に電波を照射して返ってくる電波を合成して走査することでレーダーを動かさずに広い範囲を探査可能にしたのがフェイズドアレイレーダーだ。


 レーダー波が照射され、敵に発見されたことに気づいたらしいストライクイーグルは散開して逃れようとしたが遅かった。八木は2機を、僚機は1機をロックオンした。訓練の規定ではこれが撃墜判定。哀れにも撃墜判定を喰らった3機はそのまま空域を離脱していった。だが、1機はなんとか回避したようだ。

「よし。敵を追うぞ」

 八木はアフターバーナーを点火した。アフターバーナーはジェットエンジンの排気に残る酸素に燃料を噴射、燃焼させることで推力を急上昇させるもので、現在のジェット戦闘機には欠かせないものとなっている。

 敵機は上昇していたが、八木らはあえて降下した。F-15に対してパワーで劣る鎮守が追いつくには、急降下で速度を稼ぐ必要がある。速度を十分に稼いぐと、機体を上昇させてストライクイーグルを追う。

「分かれよう。うまくやれよ」

 僚機とは長い付き合いなので、この一言で十分だった。2機の鎮守は二手に分かれた。




ドイツ ラムシュタイン空軍基地

 ドイツ中央部の西側、フランスのロレーヌ地方に面するラインラント・ファルツ州。そこに12ある独立市の1つであるカイザースラウテルンの郊外にラムシュタインという人口8000人弱の小さな街がある。日本では聞きなれないこの小さな街に欧州防衛の中枢が配置されているのだ。

 ラムシュタイン空軍基地は2000メートル級の滑走路を2つ備える飛行場で、NATOの西欧における航空作戦を統括する中央ヨーロッパ連合空軍AAFCEの司令部と、その配下にあってドイツ南部を担当する第4連合戦術空軍の司令部が置かれている。


 格納庫から1機の航空機が引き出された。それは第4連合戦術空軍にイギリス空軍が提供している機体で、エンジンポッドを埋め込まれた直線翼はまるで第2次大戦期にでも開発されたかのようであるが、紛れもないイギリス空軍の現役機であった。イングリッシュ・エレクトリック社の誇る傑作機キャンベラである。

 キャンベラはイギリス空軍向けに開発され1949年に初飛行した戦術爆撃機で、高い運動性能と優れた能力が高く評価され、あのアメリカ軍もB-57の形式名を与えて配備した程である。そして爆撃機としては引退しているものの、偵察機型は西暦2000年現在でも現役なのである。

「寒い!」

 コ・パイのフレデリック・マーティン中尉が待機室から飛び出して一言目に出た言葉がそれであった。ドイツの冬はなかなか厳しいのだ。飛行場も雪で覆われている。

「こんな日は一日中ベッドの中に居たいよ」

「そういうな。俺達は飛ぶことで給料(ペイ)を貰っているんだ」

 パイロットのエドワーズ・サリバン大尉がサリバンの後ろに続いていた。

「しかし、仕事と言っても、あれの囮だろ?」

 そう言ってサリバンはキャンベラの向こうに見えるニムロッド.R1を指差した。ニムロッドはキャンベラほどでは無いものの、それなりに古い飛行機で、原型は空中分解事故が多発したことで知られる曰くつきのジェット旅客機コメットである。それを対潜哨戒用に改造したのがニムロッドなのであるが、ニムロッド.R1はその派生型の1つで、敵のレーダー波や通信を傍受する電子偵察機である。ようするにサリバンらの任務とは、東ドイツの領空に接近して防空部隊を刺激して電波を出させ、ニムロッド.R1の情報収集を手伝うことなのである。

「おい!そこ!なにを下らないことを言っているんだ?あそこにあるのはただの哨戒機だ。貴様の任務とは関係ない」

 愚痴を言う二人に向かって怒鳴り散らす女が居た。二人の上官である<牝牛>ことナタリア・ハモンド中佐である。大柄でなかなかの美人なのだが、その性格の為に誰にも女性と思われていない。

 ニムロッド.R1はその特殊な任務の故に機体の存在自体が極秘事項として取り扱われている。

「はいはい。あの醜いデブは俺らの任務には何の関係ありません」

「まったくその通り」

 サリバンとマーティンはそう言うと自分の機体に向かった。

「よろしい。では幸運を祈る。事前に説明した通り、東西ドイツの間の国境線の偵察が任務だ」

 ドイツ南部を担当する第4連合戦術空軍において東西ドイツ国境とは、かつてチェコとドイツの国境線が敷かれた地域を指す。今やチェコはズデーテン帝国大管区とベーメン・メーレン保護領に分割されて東ドイツの支配下にある。

「作戦予定空域までの途中で、アメリカ軍の機甲騎兵連隊が演習をやっていて、標的機代わりにレーダーロックされるかもしれんが無視しろ。以上だ」

 ハモンドは手を振って2人を見送った。




西ドイツ 北バイエルン州上空

 30分後、キャンベラは空を飛んでいた。

「よし。マーティン。デジタルカメラを作動させろ」

 機体は古いが、偵察システムは最新のものが装備されている。それがこの旧式爆撃機が現役でいられる理由でもある。キャンベラは優れた性能を持ちながら、速度性能の点で他の新型機に劣るために前線から一度は淘汰されたものの(同様の経緯を辿った航空機としてアメリカの高高度偵察機U-2がある。これは後にTR-1として蘇った)、SR-71のような新型の超音速機に比べると運用コストが格段に低く、偵察器材の発達に伴い危険な空域に侵入しなくても多くの情報を集められるようになったので再び注目されるようになったのである。

 おまけに防空ミサイル網の発展によって超音速機と言えども任務の達成が難しくなり、戦略偵察の主流は航空機から人工衛星に移行した。しかし衛星は衛星軌道上を廻っているだけなので航空機のように特定時間に特定空域に展開、というような事を行なうのは難しい。よって安全な範囲では小回りの効く航空偵察が重用されるわけだが、その手の任務にはキャンベラのような機体が最適なのだ。

 さらに言うと、実は元キャンベラパイロットの退役軍人会が政治的圧力団体に成り果てているのも現役の理由の一つであると言われる。

「おい。なにを言っているんだ?まだ作戦空域じゃないぜ?」

「下は演習場だ。植民地(アメリカ)人どもがどんな演習をやっているのか、探ってみようじゃないか」

 デジタルカメラが下で演習中の第11機甲騎兵連隊の写真を撮り始めた。ハモンド少佐が言っていたようにレーダーを照射されたが、2人は無視した。撮影された写真がモニターに映されて、それを見たマーティンが驚いた。

「こりゃスゲェ!どうやら噂のステルスヘリのようだ。帰って分析してみないと正確なところは分からんが」

「凄いな。みんなに自慢できる」




国境線上空

 そんなこんなでキャンベラは作戦空域に達した。下にはオーバープファルツの森が広がり、小さな山々や森林の様子を見ることが出来た。東西ドイツの―正確にはかつてのドイツとチェコスロヴァキアとの―間の国境線である。マーティンは偵察器材のスイッチを再びONにした。

「ESM(電波探知器)に感あり。ナチどもが持ってる全てのレーダーをこっちに照射してるんじゃないか、ってくらいだ!」

「ニムロッドは大収穫だな」

 デジタルカメラは国境線に配備された東ドイツ軍の様子の撮影を続けている。こちらの方は見る限りは前と大きな変化は無さそうだ。

 すると上空を警戒飛行中のNATO諸国が共同運営するAWACSであるE-3セントリーから警告を受けた。

<ナチの戦闘機が後方より接近中!警戒せよ!警戒せよ!>

 後席に座るマーティンが体をくねらせて顔を後ろに向けた。双発のジェット戦闘機の姿を確認できた。

「見えたぞ。“ファッジ”だ!」

 2機のメッサーシュミットMe1126戦闘機、NATOコードネーム“ファッジ”がキャンベラを追尾している。機動性能と加速力に優れるその機体は対地対空の両用をこなす万能の戦闘爆撃機として使われている。その翼の下には左右にそれぞれ一発ずつ空対空ミサイルらしきものを搭載していた。

「レーダー照射された!どうする!」

 コクピットに響き渡る警報音にマーティンは混乱しているようだ。

「撃ってきはしないさ。優雅に飛んでいればいい」




 その日、東ドイツ空軍大尉であるリタ・ジークリンデ・バルクホルンはアラート待機中に緊急発進(スクランブル)命令を受けて愛機のMe1126に乗り込み、ピルゼン―チェコ語ではプルゼニ―近郊の飛行場から発進した。そしてすぐにキャンベラを目視で確認した。

「こちらアドラー1。目標を確認した。指示を請う」

<アドラー1。目標はまだ領空外だ。監視を続行せよ>

 あからさまな敵対行動に対してなにも手を出すな、というのは納得しがたい命令であったが、リタは不平の言葉を口にすることも無く表情も平静を保っていた。しかし同僚の方はそうはいかなかったようだ。

<アドラー1、こちらアドラー2。上層部はなにを考えているのでしょう?どうして敵を目の前にして!>

 ともに出撃した僚機に乗るクリス・リッター少尉が無線を通じて不満をリタにぶつけはじめた。

「アドラー2、落ち着け。ただの挑発行為だ。いちいち相手にすることじゃない」

<アドラー1、しかしですね>

 さらに“演説”を続けようとするクリスだが、リタは許さなかった。

「いいかげんにするんだ!命令は命令だ」

 “演説”に対して“説教”を始めようとしたところで、地上の管制所から新たな指示が入った。

<アドラー1。奴と“遊ん”でやれ>

「それは正式な命令ということでよろしいのか?」

<相変わらずの堅物だな。命令だ。奴らを慌てふためかせてやれ!>

 それだけ言うと通信は一方的に切れた。リタは一度、溜息をついてから命令の実行にかかった。

「アドラー2、こちらアドラー1。援護しろ。ちょっと脅かしてやる」

<ヤー。大尉、期待していますよ>

 クリスのアドラー2は、リタのアドラー1の前に出た。彼はキャンベラ乗員の注意を惹きつける囮役だ。アドラー1はそのまま旋回して離れていった。アドラー2はキャンベラに急接近した。

「畜生!ジェリー(注2)め!気でも狂ったか?」

 マーティンが後ろに顔を向けて叫んだ。それをサリバンが宥める。

「大丈夫さ。俺達をからかっているんだ。どうだ様子は?」

「また離れていったよ。怖い怖い」

 そう言ってマーティンは姿勢を直して顔を前に向けた。

「畜生。だからこの手の任務は嫌いなんだ」

 その時、コクピット内に警報が鳴り響いた。それはキャンベラが照準用レーダーの照射を受けたことを示す、すなわちロックオンされてしまったことを意味するのだ。

「やばい!」

 サリバンは咄嗟に機体を急旋回させた。回避行動である。だが、ロックオンは外れる気配がない。次の瞬間、1機のメッサーシュミットがキャンベラのすぐ上を掠めた。2機の間の距離は10m前後。ニアミスである。

「あの野郎!やりやがったな」

「落ち着け。からかっているだけだ。元のコースに戻るぞ」

 キャンベラを掠めて飛んだのはリタのアドラー1である。

「相手も冷や汗をかいたようだな」

<やりましたね。大尉!>


 その後、キャンベラは2時間ほど偵察任務を続けたが、2機のメッサーシュミットはずっと張り付いたままであった。




注1―コールサインとTACネーム―

 コールサインとTACネームは異なるものである。コールサインは無線通信の際に識別のために使用されるコードネームであり、部隊ごとに決められる。TACネームはそれとは別に非公式に使われるパイロット個人の愛称で、主にパイロット間の通信に使われる


注2―ジェリー―

 ドイツ人男性の俗称。ジェリ缶の語源。

・第2部はこれで終了し、次回より第3部<危機の始まり>が始まります


2014/8/7

 内容を一部変更

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