その11 ミサイル迎撃
黄海
巡洋艦<青葉>から発射された2発の<石楠花>対空ミサイルは迫る対艦ミサイル4発に向かっていった。4発の内約は低空を飛ぶ鷹撃8型が3発で、残りの1発は比較的高空を飛ぶ海鷹2型である。<石楠花>は鷹撃8型に狙いを定めていた。
<石楠花>が先頭の鷹撃に接近する。しかし一発目の<石楠花>は鷹撃ミサイルを通り過ぎて、あさっての方向に飛んでいった。二発目の<石楠花>のシーカーはなんとか鷹撃の反応を捉えた。
近接信管が作動し、目標である鷹撃との距離を測り始めた。そして相対距離が減少から増加に転じた瞬間、つまり最も接近した瞬間に炸裂した。至近距離での爆発に先頭の鷹撃は姿勢を崩すとともに制御系等が損傷し、そのまま海に落ちた。
巡洋艦<青葉>
CICは敵ミサイル撃墜に対して歓声の1つも上がらなかった。まだ3発のミサイルが迫っているのだから当然だ。そして、既に<石楠花>を使いには近すぎる距離まで接近していた。
「ECM継続!」
「主砲撃ち方はじめ。用意、撃て」
高空を飛ぶ海鷹2型は<青葉>の実行したECM、つまり妨害電波の放出により目標を見失って海に落ちた。旧式のミサイルである海鷹には苛烈な現代の電子戦を戦う能力がなかったのである。
一方、まだ接近してくる2発の鷹撃8型には2基の主砲が向けられた。
主砲は艦首の<石楠花>ミサイルランチャーの後ろに背負い式で並べられており、1つの砲塔に2門の砲身を持つ連装砲塔であった。砲身は大戦中に開発された“長10センチ”こと65口径九八式一〇糎高角砲である。
砲身こそ大戦当時の設計であるが、油圧で動く射撃管制装置と連動して自動装填装置まで備えて完全に無人化されたC型砲塔が載せられている。そのシステムは正確に作動し、砲口は迫り来るミサイルを追尾し続けた。
CICの発射ボタンが押されて、4門の砲口から間隔を開けて砲弾が発射された。旧式ながら信頼性の高い射撃統制装置により算出された鷹撃8型の針路上に次々と砲弾が送り込まれる。砲弾の先端に取り付けられた近接信管がミサイルがもっとも接近するタイミングにあわせて炸薬を炸裂させる。迫る鷹撃8型の1つがその爆発に巻き込まれて、誘爆した。
しかし海面スレスレを飛ぶミサイルを正確に捉えるのは難しい。もう1発の鷹撃8型は海面からのレーダーの反射に紛れて若干反応が鈍かった。それ故に距離設定を誤り、砲弾は見事に外れてしまったのだ。かくして主砲の防御層を突破した。
だが<青葉>には最後の砦があった。艦橋前と後部ヘリコプター格納庫上に1基ずつ設置された20ミリCIWSファランクスである。CIWSとは近接防御火器システムの略で、その実態は傑作航空機用機関砲であるM61バルカン砲と目標追尾用レーダーを一体化したもので、接近する敵に対して自動的に弾幕を張ることができる。
電子戦員がECMを仕掛けて、鷹撃8型の針路を逸らそうと努力をしていたが、それは報われそうに無かった。最後の1発がまさに突っ込んでこようとしている。
それをファランクスのレーダーが捉えた。6連装の回転式銃身がミサイルを追って動く。目標が射程圏内に入ると銃身がグルグル回転して、チャフディスペンサーがミサイルのレーダーを撹乱するアルミ製の紙吹雪を空中にばら撒くの背景に、うなり声をあげながら銃撃を始めた。
連続して放たれる曳光弾の光が銃撃の行方を示し、それが常にミサイルを追っていることを見ている者に知らせるが、なかなか直撃弾がでない。
やがて1発のタングステン製の20ミリ弾がミサイルの弾頭を捉えた。レーダーシーカーを砕かれた鷹撃8型は目標である巡洋艦<青葉>を見失い、そのまま海に落下した。<青葉>のCICではレーダー上から自艦に向かってくる輝点がなくなり、乗員達はようやく一息つくことができた。だが艦長はそんな乗員達を一喝した。
「気を抜くな!まだミサイルを全て迎撃したわけではないぞ!」
撃破したのはあくまで<青葉>に向かってくるミサイルだけである。まだ多数のミサイルが空母を目指している。そして空母には<青葉>のような多重の防御網は存在しない。
日本海軍が空母の防衛に忙殺されている頃、航空部隊の主力とミサイル艇部隊が不気味に動き始めていた。彼らは地形の利を最大限に生かし、海面や山のレーダー反射に紛れて捉えにくくなる空域、水域を通り、既に飽和状態に陥っていた日本海軍のレーダー監視員たちの目から逃れようとしていたのである。
その試みは半分は成功した。しかし半分は成功しなかった。中国軍は日本海軍将兵の技量を過小評価していたし、イージスシステムの処理能力も甘く見積もっていた。またレーダー回避のための航行は小型艇にも飛行機にも危険な行為であり、大規模部隊が攻撃態勢を維持したまま動くには電波による管制が不可欠であり、その電波はどうしても艦隊電子戦部隊の目を引くことになった。だから別の攻撃部隊が背後で動き出しているらしいという事実を日本海軍は掴みつつあった。
しかし日本海軍は徹底的なミスを侵していた。艦隊司令部はあくまで攻撃目標を空母であると考えていたのである。
駆逐艦<涼月>CIC
「敵の第二次攻撃が迫っているぞ。注意しろ!」
「各艦、残弾数を知らせろ!」
<翔雀>を狙った第一次攻撃は切り抜けつつあったが、攻撃はさらに続く見込みであり防空統制艦である<涼月>のCICでは怒声が飛び交っていた。
笹島はその状況を一歩引いた立場から眺めていた。彼女には1つ、気がかりなことがあった。揚陸艦部隊の防空が手薄なことだ。
揚陸艦が集中配置された第一水陸両用戦部隊には水上戦闘艦艇が20隻あるが、防空能力を持つ艦はそのうち6隻に過ぎない。
うち2隻の栗駒型打撃巡洋艦は<石楠花>艦隊防空システムを装備しているが、所詮は一世代前の旧式である。
また4隻の与那国型海防艦はESSM、つまり発展型シースパロー対空ミサイルを装備している。このミサイルは射程で<石楠花>を上回り、さらにスタンダードSM2ミサイルと同様に慣性誘導とデータリンクシステムを装備しているので限定的ながら多目標に対する同時攻撃が可能である。しかしながら発射する方の海防艦の方のシステムはあくまで自艦防空用のもので、他艦へと向かうミサイルを迎撃する能力は限定的である。
せめてイージス艦を1隻でも配置できたらと笹島は思った。
「敵ミサイル艇群を対潜哨戒中の対潜ヘリが目視確認!データ、転送されました」
正面の大型ディスプレイには新たな目標が表示された。
「待機中の二七一空の発進を急げ。兵装はそのままだ」
古瀬の声を聞いて笹島は彼が対地攻撃専門部隊である第二七一航空隊を本来の任務である海軍陸戦隊支援から外して待機させた理由を理解した。そしてミサイル艇の存在を失念していたことを恥じた。しかし、新たに気づいたこともあった。
「対潜ヘリコプターにペンギンかヘルファイアーを搭載できるようにしておけば、わざわざ二七一空を使う必要はなかったんじゃ」
古瀬はその指摘に苦い表情をした。
「言いたいことは分かるが、それは今語るべきもんだいじゃないな」
ここは戦場である。なにか装備に不足があったとしても、それで状況に対応することを考えなくてはならない。
「分かりました。それでは今、語るべきことを話しますが、両用戦部隊の防空を増強できないでしょうか?空母の上空に待機中の旋風部隊の一部を揚陸艦上空に移動させるとか」
古瀬は首を横に振った。
「艦隊司令部は空母防空最優先を厳命している。そういうわけにはいかないよ」
太平洋 K123
K123の乗組員たちは相変わらずK141の背後に警戒を集中していた。しかし、アメリカ海軍の潜水艦はなかなか姿を現さなかった。
次第に乗組員たちの焦燥感は高まっていった。本当にアメリカ艦はリベンジを狙ってくるのか?もうどこかへと逃げ去ってしまったのではないか?そうした疑念が彼らの間で次第に膨らんでいった。
コースチン艦長もだんだん自信をなくしてきのか、顔色が悪くなっていた。それを見て政治将校は“ほら、言わんじゃない”といった顔を艦長に向けてくる。それがコースチンには不快だった。
しかし、アメリカ艦が現れないのも事実であり、コースチンは通常の護衛位置に戻るべきかと考えていた。
だが“その時”は確実に迫っていた。
加筆修正計画を久々に再開。【第5部その2】を加筆修正。