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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
77/110

その10 イージス艦の威力

黄海

「スタンダードSM-2、発射始め。用意(よぉうい)撃て(てっぇぇ)!」

 砲雷長の号令と同時に砲術士の握る発射キーがまわされて、イージス戦闘システムが戦闘モードに移行した。イージスシステムは既に最初に攻撃すべき目標を定めており、移行と同時に第一弾の発射シークエンスが開始された。

 使用されるミサイルはスタンダードSM-2である。アメリカ海軍の艦載対空ミサイルの決定版ともいえる存在で、イージス艦の能力を最大限に高める性能を秘めている。それらのミサイルは前部と後部の甲板に32セルずつ埋め込まれたVLS(垂直発射システム)に装填されている。

 VLSというのは簡単に言えばミサイルが詰め込まれた細長い箱をミサイルの先端が上を向くように垂直に並べたもので、格納庫と発射機を兼用している。外から見えるのは並んでいる蓋だけで、グルグル動く旧式の発射機に比べると見た目はあじけない印象を受ける。しかし可動部が少ないということは、それだけ故障する可能性が低くなるという意味でもある。

 従来型の発射機はミサイルの発射に際して敵の方へ先端を向けなければならなかった。ミサイルの機動性が限られていたからだ。だから動く敵に常にミサイルを向けられるようにグルグル動くようになっている。しかし、最新のミサイルは急激な機動に耐えることができ、上方向に発射しても自ら軌道修正して目標を向かうことが可能になった。だから、VLSのように従来型と比べて多くの点で簡素化された発射機の利用が可能になったのである。

 VLSの利点は故障の少なさだけではない。従来型と違い格納庫と兼用されているために、独立した発射機に次弾を装填するという作業を省略できる。当然ながらミサイルを敵に向ける必要もないのだから、照準から実際の発射までの時間を大幅に短縮できるのだ。連続発射も容易い。実際、この時もイージスシステムの多目標同時対処能力を最大限に発揮させていた。

 VLSのセルを覆うハッチが一枚ずつ開き、次々とスタンダードSM-2ミサイルが飛び出していく。SM-2以前のミサイルであれば、発射の瞬間から命中まで絶えず射撃統制用によるレーダー照射が必要であり、同時に対処できる目標は限られてしまう。しかしスタンダードSM-2は違った。これこそがSPY-1レーダー、イージス戦闘システムに続くイージス艦の能力の肝である。

 以前のミサイルは射撃管制用レーダーの発する特定の周波の電波が目標にぶつかり反射してきたものを捉えて、そこへ光に群がる虫の如く突っ込んでいくしかできなかった。その点SM-2は驚くべき進化を遂げていて、データリンクと慣性誘導装置が装備されていた。データリンクで母艦の捜索用レーダーの捉えた敵の大まかな位置情報を受け取り、加速度を計測して自らの現在位置を算出する慣性誘導装置で相対的な位置関係を把握し、目標の近くまで自ら飛ぶのである。さすがに命中させるには母艦のイルミネーターとよばれるミサイル誘導用のレーダーで目標を照射する必要があるが、それは命中直前の終末段階のみ済むのだ。発射から命中までレーダー照射が必要な従来のミサイルに比べれば遥かに短い。

 レーダー照射は最終段階のみで済むのだから、命中するタイミングをずらせば1つのイルミネーターでも複数の目標を照準させることができるのだ。それがイージス艦の同時多目標攻撃能力を実現する最後の秘密である。

 SM-2の能力を生かした時間差照準により1つのイルミネーターで4つのミサイルに同時に誘導可能と言われている。そして<冬月>型イージス艦には3つのイルミネーターが搭載されているので最大同時対処能力は12である。今はその全ての能力を駆使していた。

 確実な迎撃のために一目標につき2発のミサイルが放たれ、連続して12のSM-2が空中に舞い上がった。最初の1発が目標に達したのは十数秒後であった。

 イルミネーターであるSPG-62レーダーが数秒間、目標である鷹撃8に照射され、その反射がSM-2のレーダーシーカーに捉えられた。ロケット燃料を使い尽くし、後は惰性で飛ぶのみのミサイルは僅かにラダーを動かして最後の針路変更をした。

 中国の対艦ミサイルをいよいよ捉えたSM-2は弾道からレーザーを照射し、標的との距離を測定し始めた。センサーの捉える相対距離は急激に小さくなったが、ある瞬間に増加に転じた。その瞬間に弾頭に備えられた信管が通電して、数百グラムの高性能爆薬が爆発させた。直撃せずとも標的を撃墜できるように備えられた、目標との距離が最小になった瞬間に爆発する近接信管もしくはVT(可変時間)信管が作動したのである。至近距離で高性能爆薬が爆発して、その爆風と破片に襲われた鷹撃8ミサイルは誘爆して空に散った。

「マークインターセプト!」

 CICの画面上では中国のミサイルを示す輝点が次々と消えていった。しかし、まだ多くのミサイルが空中に残っている。イージス戦闘システムは既に次の目標へと第二次攻撃をはじめていた。

 前部甲板VLSからSM-2ミサイルが放たれる度に艦橋は眩しい光に包まれる。白い煙を残して天に昇るかのごとく空中に上がっていくミサイル群は空中で針路を変えて、敵ミサイル群へと向かっていく。



 迎撃戦に参加しているのは<涼月>だけではない。空母と半島の間に分け入るように第3機動部隊の水上艦艇群が展開している。第10駆逐隊において<涼月>とチームを組むイージス駆逐艦<夏月>。第4水雷戦隊の旗艦である巡洋艦<青葉>、それに防空駆逐艦である<春一番><吹雪>の5隻が第3機動部隊に属するエリアディフェンス防空艦の全てだ。

 <夏月>はイージス艦であり<涼月>と同じ迎撃能力を持つが、その他の艦が装備するのは日本が一昔前に開発した国産の対空ミサイルシステムである<石楠花(しゃくなげ)>を装備する。旧式で能力はイージスとSM-2の組み合わせに劣るが、それで無力というわけではない。世界的に見ればまだまだ有力な艦載防空システムである。



 巡洋艦<青葉>の艦首には連装ランチャーが装備されていて、そこには2発の<石楠花>対空ミサイルが装填されている。目標を追尾する射撃管制レーダーに連動してランチャーが動き、ミサイルの先端を常に接近する中国軍ミサイルに向けている。

 ランチャーが砲塔のような基部が真ん中にあり、その左右の側面にミサイルを取り付けるレール部分が取り付けられている。基部が横方向に、レール部分が上下方向に動いて目標を追尾するのである。次の瞬間に右のレールに装填された<石楠花>ミサイルのロケットモーターが点火されて、白煙を残して目標へと一直線に飛んでいった。数秒後には左のミサイルにも点火がされる。

 ランチャーはミサイルを発射し終えると、基部は正面を向きレールは真上に向けられた。レールの下にあるのハッチが開き、甲板下の弾薬庫から<石楠花>ミサイルがせり上がってくる。次弾の装填であり、次の攻撃までどうしても間隔があく。VLSに対応していない<石楠花>では回避できない問題である。しかし、今はそれが問題にはならなかった。また発射された<石楠花>ミサイルは敵に命中しておらず、ミサイル誘導システムがそちらに拘束されているからので、装填されていようがいまいがどちらにしろ攻撃はできない。



 迎撃戦に参加しているのは水上艦だけではない。空母から飛び立った艦載戦闘機である旋風も迎撃戦に参加する。現在配備されているAAM-3ミサイルは改良型で限定的ながら巡航ミサイル迎撃能力があるのだ。

 ミサイルを発射し終えた敵機はもはや価値がない。航空隊はミサイル迎撃に軸足を移しつつあった。第603航空隊副長の岡野少佐と僚機もミサイルの迎撃に向かっていた。岡野は僚機の援護下で捜索レーダーを作動させて低空を走査した。機首のレーダーは難なく空母を目指す中国のミサイルを見つけ出した。

「ターゲットロック。フォックス1!」

 岡野の旋風からAAM-3ミサイルが発射された。相手はミサイルなので回避もしなかれば妨害電波も出さない。やたらと低空を飛行する点を除けば、有人機を撃墜するよりずっと簡単である。すぐにAAM-3が鷹撃8に命中し、空中で爆発した。

「味気ない戦闘だな」

 頭ではミサイル迎撃の重要性は理解していても、どうしても華々しい戦果を求めてしまうのが軍人の性であった。

 2機の旋風は次の目標を探した。



 これらに目標を割り振り、迎撃を支援するのもイージスシステムの重要な任務であった。レーダーに映る全ての敵の脅威度を瞬時に分析するのはイージス艦だからこそできる芸当で、それを基に最優先迎撃目標の情報をデータリンクで伝送するのだ。

 その時、イージスシステムは数発のミサイルが巡洋艦<青葉>に向かっていることを感知した。<青葉>にとって脅威度は大と判断され、ただちに通報された。




巡洋艦<青葉>CIC

 この時、<青葉>の乗組員は空母へと向かうミサイルの迎撃に集中していて、自らに迫る危機を見逃していた。だから<涼月>の通報は乗組員たちを驚かした。だが彼らも訓練された軍人であり、すぐに冷静さを取り戻した。

 最初にするべきことは接近する対艦ミサイルに迎撃ミサイルを発射することだ。しかしながらイージスの一世代前の防空システムである<石楠花>はミサイル射撃管制用レーダーを2基搭載していて同時に2発の対空ミサイルを誘導可能であるが、すでに別の対艦ミサイルに向けて対空ミサイルを発射していて、そちらの誘導に使われている。今は新たな目標に対しミサイルを発射することができない。

「攻撃中止!」

 <青葉>砲雷長の決断は早かった。今は自艦の安全を優先する時である。

射撃管制レーダーは現在の目標に対するミサイルの誘導を停止した。道しるべを失った<石楠花>ミサイルは目標を見失い、あさっての方角に飛んでいった。

「新目標に再照準!次弾は?」

「装填済みです」

「電探、新目標を追尾中。照準良し!」

撃て(てっぇー)

 次の瞬間、艦首のランチャーから間隔を置いて2発のミサイルが発射され、その衝撃の振動がCICにも伝わった。




太平洋 イール

 イールは変温層の上を進み全速でソ連潜水艦の先回りをしようとしていた。最新のシーウルフ級といえども全速航行すれば大きな騒音が発生するが、変温層より下の音を直接聞くことができないように、変温層の下からも上の音を聞くことができないので問題はないはずであった。

 通常ならソ連潜水艦を発見したのなら後方より追尾して音紋の採集と行動の記録をするのだが、今回は別の目的を持ってソ連艦の前に出ようとしていた。

 先回りといっても道があるわけでもない海の中で、これまでの航跡と彼らが追う空母の現在位置を頼りに相手の動きを予想するしかなく分が悪い賭けではあるが、リッコヴァー艦長は確信があった。

 そしてリッコヴァーは減速を命じた。舵が利くギリギリの速力まで落とすと、次の命令を出す。

「潜航!下げ舵一杯!」

 イールは変温層の下に潜り、新たな戦いに身を投じようとしていた。

 ユニークアクセスがいつのまにやら9万を超えておりました。読者の皆さん、応援ありがとうございます。

 さて、どうでもよい小話ですが、冷戦以後どえらい状態になったことで有名なフィリピン軍ですが、その象徴の1つとも言うべきフィリピン海軍旗艦ラジャ・フマボンがようやく退役することが確定したようです。

 驚くなかれ!(まぁ、これを読みにくる人の多くが知っていると思いますが) ラジャ・フマボンの正体は太平洋戦争中に就役したキャノン級護衛駆逐艦の1隻で1943年竣工のアザートンです。大戦後には海上自衛隊に貸与され、海自最初のDE<はつひ>として草創期の海自を支えました。そして、その後にフィリピン海軍に貸与されフリゲート艦ラジャ・フマボンとして現代に至るのです。

 フィリピン海軍には最近退役したアメリカ沿岸警備隊のハミルトン級カッターが貸与されることになり、それと交替でラジャ・フマボンは退役します。しかしながらハミルトンの方も1967年就役の古い船で、しかも巡視船ですから軍艦として能力も大きくはないでしょう。

 中国の勢力拡大に直面するフィリピンとしては、依然として厳しい状況が続くことになりそうです。

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