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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
76/110

その9 イージス艦の実力

ミサイル駆逐艦<涼月>CIC

 駆逐艦<涼月>を日本海軍最強の防空艦たらしめているのは搭載されているイージスシステムである。イージスシステムは1970年代にアメリカ海軍が開発し、日本海軍はそれを輸入して<冬月>型駆逐艦に搭載したのである。

 ギリシャ神話において神ゼウスが娘アテナに与えた盾にちなんで名付けられたイージスシステムは、その名の通りにアメリカ海軍のスーパーパワーの象徴である航空母艦をソ連のミサイル攻撃から守るための盾として開発されたものだ。全周を死角なく監視し、迫り来る多数の敵航空機やミサイルを同時に迎撃する能力がある。

 その高い防空能力を支える肝の1つがイージスシステムの象徴ともいうべき対空レーダーAN/SPY-1である。<涼月>の艦橋に埋め込まれた六角形の板状の物体がSPY-1のレーダーアンテナで、イージスの由来である神の盾を思わせる外見は一般的なレーダーの回転するパラボラアンテナとは一線を画している。

 SPY-1レーダーはパッシブ・フェイズド・アレイ・レーダーなる種類に分類されるレーダーであり、六角形のアンテナカバーの下には数千個のアンテナ素子が並べられている。ようするに小型レーダーの集合体なのだ。その素子から放たれるレーダー波のビームを位相(フェイズ)の変化を利用して電子的に指向方向を動かし、アンテナを動かすことなく広い範囲を千分の数秒という極めて短い時間で走査できる。アンテナ正面しか捉えられず全周の探知のために機械的な回転に頼る従来型のレーダーとはまったく違う特質のレーダーなのだ。

 従来のレーダーの場合、ある目標を捉えてからアンテナが一回転して再び捉えるまでの間に数秒のタイムラグが生じる。その間、目標の動きをレーダーは把握できないので情報の精度がどうしても低くなるのだ。超音速で飛ぶ戦闘機やミサイルが当たり前の現在において、そのタイムラグは致命的である。

 従来の軍艦では捜索用のレーダーとは別に、特定の目標にレーダーを照射しつづけて追尾し、詳細なデータを火器官制システムに提供する射撃統制用のレーダーと載せることで解決してきた。しかし特定の目標を追尾するということは、それ以外の目標には手を出せないということを意味する。だからある軍艦が同時に対処できる目標の数は搭載する射撃統制用レーダーの数に左右され、現実的には多くても2つから4つ程度の目標に対処するのが限界という頼りない防空能力しか軍艦には持たせられないのだ。

 その点、広い範囲を千分の数秒という極めて短い時間で走査できるフェイズド・アレイ・レーダーはタイムラグが問題にならない程度まで短いので捜索と射撃統制の両方に利用可能だ。しかも実態は小型アンテナの集合体なので、一部のアンテナ素子を捜索に、別のアンテナ素子を特定目標の追尾に、と割り振ることで捜索と射撃官制を同時に実行したり複数の目標を同時に追尾したりという芸当が可能だ。これがイージス艦の同時多目標対処能力を支える秘密の1つである。

 <涼月>の艦橋は上から見ると八角形になっていて、船体に対して正面と後方、そして両舷に平行な横の面を除く四面に一枚ずつ配置され、360度の全周を監視している。そのうち前方を見張る2つのレーダーアンテナが接近してくるミサイル群を捉えていた。

「山東半島方面から対艦ミサイル多数接近!」

「ESMに感、敵航空機がミサイルを発射しました!」

「対空戦闘用意!合戦準備!」

 CICは乗組員たちと怒号と戦闘が始まったことを告げるブザーに支配され、喧騒に包まれていた。既にイージス戦闘システムはSPY-1が捉えた接近する多数のミサイルの情報を分析して脅威度ごとに順位を割り振り、使用する武器の選定までしていた。後は人間がボタンを押せば自動的にシステムが決めた順番に目標へとスタンダードSM-2対空ミサイルを発射する筈である。

 これもイージス艦の高い防空能力を支える肝の1つで、SPY-1に比べると地味だが大変重要な要素である。幾らレーダーが優秀でも、操る乗組員が適切に状況を把握して、適切に武器を割り振り、適切な順番に攻撃しなければ意味が無い。50キロ彼方の戦闘機に気をとられて500メートルまで接近していたミサイルに気がつかなかった、などというミスをしてしまっては折角のレーダーシステムが台無しである。

 そこでイージス艦には高性能なコンピューターシステムが搭載されていて、レーダーに映るものの正体は何か、その中で脅威度の高いものはどれか、どのように攻撃すべきか、それらの判断を全て自動化している。人間が手動でやっていた頃に比べると正確でずっと速いのだ。

 こうした高い情報処理能力は単に高性能なコンピューターのみで達成できるものではない。50キロ彼方の戦闘機と500メートルまで接近していたミサイルのどちらかが危険なのかをどのように判断するか、ソフトウェアのプログラムを通じて教えなくてはコンピューターもただの箱である。

 このように書くと簡単なことのように聞こえるが、しかし実戦で起こりうる攻撃パターンは千差万別であるし、気候や周辺陸地の地形、敵の電子妨害の状況によってレーダーが捉える目標の見え方も異なる。そうした様々な状況に対応するには複雑なプログラムが必要であり、アメリカ海軍が長年に渡って含蓄した経験と莫大な資金の投入があってこそそうした処理が可能なソフトウェアが完成したのだ。各国の最新の防空システムとイージスが隔絶しているのも、まさにこの点である。

 しかしながら、このときにそのシステムは十分には機能していなかった。機械はまだ完全とは言えず人の手で補わなわなくてはならない。この時、砲雷長はまだ発射ボタンを押していなかった。

「おそらくレーダーに映るミサイルはシルクワーム。囮ですよ」

 笹島の説明に古瀬と中島は頷いた。先頭のミサイルもまだ<涼月>から60キロ離れた位置を飛んでいるが、SPY-1レーダーにはっきりと捉えられている。新型の鷹撃8ミサイルであれば海面近くを低空でシースキミング飛行して水平線の影に隠れて探知を避けることができる。最新のSPYレーダーといえども電波は直進するという物理学の基礎を捻じ曲げることはできないので、まだ捉えられない筈である。

 SPYが捉えているのは、おそらく旧式でシースキミング能力の無い海鷹2(シルクワーム)対艦ミサイルだ。旧式ミサイルを囮に使い、その対応に手をとられている間に本命の鷹撃8が突っ込んでくるという算段であろう。

 そして、それを裏付けるようにホークアイ早期警戒機がリンク16を通じて送ってくる情報が低空飛行するミサイルの存在を伝えている。ミサイルの照準に使えるような精度の情報ではないが、艦隊がどのような脅威に晒されているかを知るには十分だった。

 この情報は艦隊を構成する全ての艦と共有されており、防空作戦指揮艦に指定されている<涼月>のイージス戦闘システムは目標が重複しないように各艦に迎撃目標を割り振りしていた。

「シルクワームには電波妨害(ECM)で対処できる。ミサイルシステムは後ろに続くミサイル群の迎撃に専念させる」

 古瀬が防空作戦の方針を命じると、中島の指示の下でオペレーターたちが慌しく動き始めた。勝負は低空飛行するミサイル群がSPYレーダーで捉えられる30キロ圏内に入った瞬間である。

 限れた弾薬数、それに決して万能ではないイージスの対応能力で最大限の戦果をあげようとすれば古瀬の作戦が正しい選択のように見えた。

 そして水平線上に多数のミサイル群が姿を現した。SPYレーダーは新たな目標を捉え、イージス戦闘システムはその中で自艦が迎撃を担当する標的を選び出した。即座に各敵ミサイルの脅威度を分析して優先的に迎撃すべき目標を見つけだす。探知から僅かな間にイージス戦闘システムは最初の目標をロックオンした。

「敵対艦ミサイル迎撃始め!」

 古瀬作戦運用長の号令は<涼月>に、そして艦隊の全ての艦に迎撃戦が始まったことを告げた。それに続いて中島砲雷長が第1撃目の発射をスタンダードSM-2ミサイルの発射キーを握る砲術士に命じた。

「スタンダードSM-2、発射始め。用意(よぉうい)撃て(てっぇぇ)!」




太平洋 K123

 曳航ソナーを引きながらK123は深度900メートルという深々度を進んでいた。

 前述したように深々度では水圧の為にスクリューキャビテーションが生じない。それ故に探知されがたい。チタン合金の船体を持ち深々度航行能力に優れるシエラ級の原子力潜水艦だからこその隠れ方である。

 K123のソナーマンは上方から聞こえてくる音に耳を澄ませていた。しかし聞こえてくるのはK141のツインスクリューの音だけであった。

「本当にアメリカ艦が再び現れるというのかね?」

 政治仕官はうんざりしている様子であった。彼には艦長の態度が更なる成果を望むあまりに願望を確信と取り違えてしまったように見えたのである。

「必ず奴はリベンジにやって来ますよ。K141を狙う。そこへ我々が再び奴らの企みを阻止するのです」

 対するコースチン艦長は自身の勘に自信を持っていた。彼は潜水艦乗り故に分かっていたのだ。彼らは誇り高い。しかもアメリカの潜水艦乗りは長年に渡る自ら技術的優位に慣れきってしまっていて、してやられることに慣れていない。必ず雪辱戦を仕掛けてくる筈である。

 しかし彼の勘はある意味当たり、ある意味外れた。

 イージス艦の戦闘回というより解説回になってしまいました。ただSPY-1レーダーが多目標同時対処能力が高い理由は実は確信がもてないまま書いてしまいました。間違いがあれば指摘をお願いします。

 私事ですが現在、教習所に通い普通自動車免許に向けて励んでおります。第一段階を無事修了し、仮免をいただいて路上教習を講習中。路面のでこぼこがあんなに気になるとは思わなかった。

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