その8 黄海海戦勃発
上空に上がっている旋風隊は8機になっていた。海軍はこの8機のチームを4編隊、交替で空中に上げて、イージス艦とホークアイ早期管制機の支援を受けながら迎撃任務を遂行するのである。
最初の編隊を率いているのは第603航空隊指揮官である笠岡中佐だ。計器盤中央のレーダースクリーンには接近する強撃5の編隊を示す輝点が映されている。旋風隊のレーダー照射を逆探で知ったのか、中国軍編隊は散開した。
「逃げる機体を追う必要は無い。艦隊の脅威となる機体を見つけだすんだ」
笠岡は散開する強撃5の編隊の航跡を追った。2機が低空から艦隊を狙おうとしていた。
「10時方向の低空の敵を叩く。ターゲットロック!」
笠岡は標的が友軍機と重ならないように宣言してから、レーダーを操作して捜索モードから射撃モードに変更する。それによってレーダーは笠岡が標的に定めた1機の追跡に専念し、詳細なデータを火器管制システムに送り込む。
自分が標的になったことをレーダー波の変化から知った強撃5は急旋回と急降下で逃れようとしたが、笠岡はそれに遅れることなく追随して機首を敵機に向けつづけた。
HUDのターゲットマーカーが変化して攻撃に最適な位置関係になったことを報せ、笠岡は操縦桿の発射ボタンを押した。
「フォックス1!」
笠岡機の翼下からAAM-3空対空ミサイルが発射され、旋風機首のレーダーに誘導されながら敵の強撃5に向かっていく。やがてミサイルは強撃5の機体に吸い込まれていった。
「1機撃墜!」
<もう1機は逃亡しました>
笠岡の後ろから追随して援護をしていた僚機のパイロットが報告した。
「よし。次の目標を探そう」
その時、友軍機から緊急の無電が入った。
<イーグル・ワン!敵機が狙っているぞ!>
笠岡と僚機は操縦桿を倒して急旋回し攻撃に備えるとともに、後ろを振り向いて敵の存在を確かめた。笠岡の目は一瞬であったが、迫ってくる2機の殲撃7の姿を捉えた。おそらく攻撃機部隊の護衛だろう。
「フィッシュヘッドだ。叩くぞ!リヒート点火!」
笠岡は急降下しつつスロットルを押し込みんでアフターバーナーを点火して急加速した。彼を追う2機の殲撃7は引き離された。
2機の旋風は海面ぎりぎりまで降下すると一気に急上昇に転じた。時折、後ろを振り向くと殲撃7は逃げる旋風を追撃していて、旋風のコクピットには脅威警報装置の警告アラームが鳴り響いていた。
しかし旋風は確実に殲撃7を引き離していた。十分な距離をとると笠岡は僚機とともに急旋回して機首を接近する殲撃7へと向けた。
殲撃7は攻撃を諦めて旋回して退避しようとしたが、急降下してくる旋風から逃げ切れそうには無かった。
「引き際は重要だぞ」
笠岡はそう呟きながらスロットルに仕込まれた兵装操作ボタンで赤外線追尾式ミサイルを使用兵器に選択した。
ミサイル先端のシーカーが敵機を捉えたことを示す電子音がヘッドホンから聞こえ、HUDには攻撃に最適な位置関係についたことを示すシュートキューが現れた。
「フォックス2!」
翼端に備えられた赤外線追尾式短射程空対空ミサイルであるAAM-4―制式には四五式空対空誘導弾<江戸彼岸>であるが、現場の人間にはほとんど浸透していない―が翼から離れ、ロケットモーターが点火して一直線に殲撃7に向かっていく。哀れな殲撃7は空中で四散した。
<敵の2機目を叩きます>
僚機が笠岡の前に出た。もう1機の殲撃7を追っているのだ。
「よし。援護する」
<イーグル・トゥー!フォックス2!>
僚機の旋風の翼端からAAM-4が発射され、笠岡の放ったのと同じようにそれも敵につっこんだ。
強撃5編隊の攻撃に日本艦隊が気をとられているうちに運輸8ASAは捜索レーダーを機動させた。それによって中国海軍は日本艦隊の正確な位置や艦隊布陣を知ることができたのである。
その情報はただちに沿岸の対艦ミサイル部隊、ミサイル艇隊、航空攻撃隊に伝達された。艦隊司令部の次の命令とともに。
「よし。作戦は第2段階へと移行する」
青海 北海艦隊司令部
日本艦隊の位置情報はすぐに司令部に送られてきた。
「どんな様子だ」
鄭光華が尋ねると幕僚の1人が残念そうな表情をした。
「日本海軍も考えなし行動しているわけじゃありませんよ。敵の揚陸部隊は沿岸砲兵部隊の対艦ミサイルの射程圏外で待機中です。空母部隊はどちらも沿岸部隊の射程圏内ですが、我が航空基地を攻撃した部隊は射程ギリギリのところで、攻撃しても効果は薄いでしょう」
幕僚は日本海軍部隊を示す駒を海図の上に配置しながら説明した。
「ただ上陸部隊の支援をしている空母については比較的沿岸にいますので、沿岸ミサイルの攻撃は効果をあげられる可能性は高いと思われます。攻撃を命じますか?」
鄭は首を横に振った。
「沿岸ミサイル部隊の攻撃は山東半島沖の空母部隊に対してのみ実施。遼東半島の部隊は待機させろ」
その命令に幕僚と艦隊司令官が驚いた。
「なぜです!日本海軍の空母部隊に打撃を与えるチャンスなんですよ?」
司令官の詰問に鄭は決然と答えた。
「最優先目標はあくまでも上陸部隊だ!空母など知ったことか!ここで手の内を晒してしまえば、敵の揚陸部隊が沿岸部に接近した時に叩く手段を失うことになりかねん!」
それから諭すような口調で鄭は続けた。
「我々が目指すべきは日本軍の作戦を打ち砕くことになる。例えここで日本海軍の空母に打撃を与えたところで日本軍は上陸作戦を継続可能だ。必要なら本国から空母を増派することもできる。我々が叩くべきは敵の上陸部隊なのだ」
鄭の言葉に艦隊司令官も幕僚も反論することはできなかった。
山東半島
海岸に隠蔽されていた対艦ミサイルランチャーがせり上がり、対艦ミサイルが次々と放たれる。ミサイルは旧式の海鷹2と新型の鷹撃8の混在で、山東半島の対艦ミサイル部隊のほぼ全力であった。
ミサイルを発射し終えた対艦ミサイル部隊はすかさず発射装置の隠蔽を始めた。すぐに日本軍が発射部隊に反撃をし掛けてくると考えられたからだ。
しかしながら日本軍の反撃があったとしても、それは報復という意思表示以上の意味は無かったであろう。山東半島の対艦ミサイル部隊はこの戦いにおける任務をもう全て果たしてしまったのであるから。
黄海
殲轟7部隊が攻撃態勢に入った。強撃5部隊への対処に追われている隙に攻撃圏内へ空母<翔雀>を見事に収めたのである。しかし中国軍の作戦では彼らでさえ実は囮に過ぎなかった。
既に彼らの後方では殲轟7と炸轟6の主力部隊が発進して攻撃目標へと向かっていた。しかし、それは空母ではなかった。
ともかくとして殲轟7の先遣隊は空母に向けて一直線に飛んでいった。そして機首の照準レーダーを作動させてロックオンすると操縦桿の発射ボタンを押した。
多数のミサイルが<翔雀>空母機動部隊が向かっていた。その脅威が空母を守るのが空母直衛艦であるイージス艦の役目であった。
太平洋 イール
イールは空母<キティホーク>の針路からソ連原潜の待ち伏せが予想される海域を推測して先回りをしていた。
最大速力で目標海域まで進み、それから静粛を保って無音航行を続けながら曳航ソナーを繰り出し、搭載された全てのセンサー類を駆使しつつイールは目標を捜し求めていた。
イールの乗組員が特に期待しているのは曳航ソナーだ。今、イールは変温層の上に待機し、その下側に向けて釣り糸の如く垂らしている。それで自らの身を隠しつつ、敵の音を拾うというのである。
曳航ソナーは深度数十メートルを進むイールからずっと下まで伸びていて、先端は深度400メートルまで下がっていた。おそらくソ連潜水艦は聴音による探知を防ごうとキャビテーションの発生し難い深海を進むはずである。だがイールの最新鋭ソナーシステムからは逃げられるとは思えない。乗組員達はそれほど自艦に自信を持っていた。
そして、その性能を乗組員達は見事に発揮させたのである。
「これを見てください」
リッコヴァー艦長をソナールームに呼び出したソナー長は艦長にソナーが捉えた音の波形を記録したロール紙を見せた。一見しただけでは不可思議な図形にしか見えないが、訓練されたソナーマンはそこに確かに潜水艦の姿を見ていた。
「この波形です。極めて微弱ですが、一定の間隔で特定の周波数の音を連続して探知しています。間違いなく人工音です。もうすこしで見逃すところでした」
しかしベテランのソナーマンである彼は周辺雑音の中から確かにその音を見つけだしていた。
「ダイレクトパスです。それほど遠くではありません」
つまり海底からの反射などを経ずに目標から直接、ソナーのマイクロフォンに届いたということである。
「数は?」
艦長の問いにもソナーマンはすぐに答えた。
「コンタクトは2つ。しかし、どちらも音の聞こえる間隔は同じで、周波数も近い。たぶん2軸のスクリューを持つ1隻の潜水艦でしょう」
ソ連海軍のオスカー級は2軸のスクリューを持つ艦である。しかし、彼らが探しているのはオスカー級1隻だけではない。
「護衛艦は確認できません。また航跡の中に隠れているのでしょうか?」
リコヴァーは首を横に振った。
「同じ手を繰り返すバカじゃないでしょう。護衛艦はシエラ級だったかな?」
ソナーマンは頷いた。
「はい。音紋解析をしたところ、おそらくそうであろうと結果が出ていますが」
「なるほど。だとすれば絶好の隠れ家がある」
リコヴァーはイールの艦長らしく掴みどころのない不敵な笑みを浮かべた。
「仕掛ける」
今、思い返すと一昨日は“13日の金曜日”でしたね。
そして今日は5月15日。1932年に海軍将校主導による要人暗殺テロ事件が発生した日であります。俗に言う五.一五事件。政党内閣を終焉させ、当事者に対する甘い処罰は後の二.二六事件の原因ともなった重大事件です。
しかし、なろうの架空戦記において、あまり取り上げられることのない事件ではないでしょうか?それどころか五.一五事件まで陸軍に押し付ける事例も見られます。
私は“とりあえず陸軍を悪役にしておけ”というのは嫌いです。




