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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
73/110

その6 海上要撃作戦

青島 中国北海艦隊司令部

 中国海軍の司令部は戦争映画などで見られるようなディスプレイやコンピューターが並んだハイテクな施設ではない。あるのは大きな机とその上に広げられた地図、そして通信室と繋がる直通回線の電話だけであった。電話番の当直将校が各地から送られてくる情報を幕僚や司令官に伝え、地図上に書き足していく。

「どうやら日本海軍は我が軍の機雷原に四苦八苦しているようです」

 幕僚の1人が指摘した。

「すでに揚陸部隊主力は出港しているのだな?」

 鄭光華海軍司令官が尋ねると艦隊司令官が頷いた。

「はい、同志。潜入工作員の報告によると敵主力は既に海上へ出ています」

「となれば海上で足止めを食っているなぁ」

 鄭は地図上で示されている日本海軍艦隊の大まかな予想位置を見つめながら言った。

「同志。これは正確なのか?」

「はい。大きな誤差はないと思います」

 幕僚の1人が答えると鄭は視線を艦隊司令官にむけた。

「好機だな」

「はい。いまこそ攻撃の時です」

 艦隊司令官は電話の受話器をとり通信室に指示を出した。それとともに司令部の中が俄に慌しくなった。

「30分後に潜水艦部隊への通信発信時間になります。それと同時に作戦開始です」




潜水艦363号

 潜望鏡深度に潜み通信アンテナを海面上に突き出した潜水艦363号は司令部からの指令を受け取ると深く潜航した。といっても浅い黄海である、すぐに海底に着底した。そして全ての動力を停止して海底の岩に紛れるのである。

 艦長のペイ・フーアン少佐は通信士官とともに通信室に篭り、送られてきた暗号電文の解読に努めた。そして内容を確認すると発令所に戻った。

「諸君。いよいよ戦いのときだ」

 通信文の内容は日本艦隊の大まかな位置と各自の判断による攻撃の許可であった。これまでは自衛戦闘に限って交戦を許されていたが、その命令により積極的に攻撃ができるようになったのである。

 航海長が日本艦隊の情報を海図に書き込み、とるべき針路を計算している。

「艦長。すこし迂遠になるますが、このルートを通りましょう」

 航海長が示したのは海底を這うように進み、地形に隠れるルートであった。それなら遠回りになるが、日本海軍のソナー探査から逃れられる可能性が高くなる。

「よし。その線でいこう。両舷前進強速!針路0-0-8」

 艦長が命ずると、副長が復唱し、それが艦の各所へと伝えられる。7000馬力のモーターが唸り、艦尾に2つ取り付けられたスクリューを回す。海水を掻き分け、363号は水中を進み始めた。日本艦隊を目指して。




ミサイル駆逐艦<涼月>CIC

 日本海軍は中国海軍の行動の全容をほとんど把握しきれていなかったし、また大きな反撃は無いとさえ考え始めていた。日本の監視網に最も捉えられやすかった主力水上艦隊は渤海の奥地か東海、南海艦隊の担当海域に逃げ去ってしまっていて戦力に数えることはできなかった。一世紀の間、強力な主力艦隊同士の決戦こそ海軍のあるべき姿と考えてきた日本海軍にとって中国海軍の行動は抵抗を諦めた証と見られたのだ。

 だが中国海軍は不気味に動き始めていた。だが、それを日本海軍が捉えるのは難しかった。潜水艦は黄海の浅い海を這うように進み、日本艦隊を包囲しようとしていた。しかしソナー効率という観点でみれば最悪に部類される黄海という戦場では、日本海軍の最新の対潜器材をもってしてもその動きを捉えきることが難しかったのである。さらに黄海沿岸各地に造られた秘密の海軍施設に多くの高速戦闘艇が潜んでいた。沿岸対艦ミサイル部隊も各地に偽装されて配備されていた。そして中国奥地では温存されていた海軍航空隊の精鋭部隊が飛びたちつつあった。

 それらの動きを最初に捉えたのは空母に搭載されたA15M-V<旋風>改電子偵察機であった。複座の訓練型を改造したこの機体には高度な電子戦用装備が搭載でき、主翼下や胴体下に搭載する器材を換装することで電子妨害や情報収集など様々な任務に投入できた。今は情報収集用のアンテナを装備して電波信号傍受(エリント)任務に就いていた。

 集められた情報はリアルタイムで母艦である航空母艦に送信され、分析が加えられた上で艦隊を構成する各艦へと転送された。勿論ながら艦隊防空を取り仕切るイージス駆逐艦<涼月>へも送られていた。

「つまり、これまでにないパターンだと?」

 笹島タチアナ大尉は<涼月>付の情報将校に呼ばれてCICの片隅で説明を受けていた。

「はい。航空部隊と沿岸部隊の交信が活発になっています。それに数分前に潜水艦部隊へ向けての電波発信も確認しました。こちらは定時連絡の可能性もありますが」

「内容は?」

 笹島の問いに情報将校は首を横に振った。

「全て暗号化されています。暗号解読は内地の施設でやっていますので、結果が届くには時間がかかります」

「分かった。新しい情報が入りしだい報告して」

 笹島は報告書を受け取ると駆け足で自分の席に戻った。そこには作戦運用長たる古瀬中佐が待ち構えていた。

「それで用件は?」

「通信傍受の結果、中国軍に反撃作戦の兆候が見られます。航空部隊に沿岸部隊です」

 笹島は情報将校から受け取った報告書を古瀬に手渡した。古瀬はそれを一通り目を通すと、オペレーターの1人に声をかけた。

「クロウ2の方はどうだ?」

 クロウ2は第3艦隊の空を見張る“鷹の目”こと、V1GもしくはE2Cホークアイ警戒管制機に割り当てられたコールサインである。第3艦隊には<翔雀>にホークアイ2機、さらに<大鷲>には旧式の艦載対潜哨戒機を改造したトレイサー2機、合計4機の早期警戒機があり、常時そのうちの1機が空中に飛び上がって艦隊の目として活動するようになっている。

「また中国空軍部隊の活動が激しくなっていると報告しています」

「朝と同じようにか?」

 古瀬の問いにオペレーターは頷いた。

「はい。午前中に見られたのと同じような感じだそうです」

 開戦したばかりの頃には日本海空軍の航空撃滅戦に恐れをなした中国空軍は活動をほとんど控えて中国各地の基地に飛行機を隠していたが、日本軍が政治的な観点から活動範囲に自主規制をしているのを知ると、その規制の外側で積極的な行動をするようになった。攻撃的な姿勢を見せて日本軍を挑発するのである。しかし決して一線を超えない。日本側も警戒しつつ見守るに終始していた。それが正午頃には中国空軍の活動が低調になり、そして今は再び活発になりつつあった。

「また挑発だと思うか?」

 古瀬は笹島にそう尋ねたが、それにはどこか自分が口にした言葉に否定的なニュアンスがあり、尋ねるというよりそれに同意を求めるような声であった。そして笹島は同意した。

「いいえ。欺瞞です」

 その言葉とともにCICは一段と慌しくなった。古瀬は別のオペレーターに尋ねた。

「二七一空は?」

 第二七一航空隊は対地攻撃の専門家でありレーザー誘導爆弾の運用能力を持っていた。

「空母<翔雀>で待機中です。大連で陸戦隊が敵の攻撃を受けているので、近接航空支援の準備中だそうです」

「待機を継続するように要請してくれ。もしかしたら出番があるかもしれん」

 その言葉に笹島は疑問を思った。

「防空には六〇一空と六〇三空で十分だと思いますが」

 どちらも空母固有の艦載機部隊で、防空と対艦攻撃を担当する。対地攻撃専門の第二七一航空隊を陸戦隊への支援を妨げてまで待機させる必要性は確かに感じられない。

「敵が空から来るだけならな。それと全艦に通達。敵が攻撃準備を進める以上、こちらのだいたいの位置はバレているだろう。エムコン(電波輻射統制)を解除する」




太平洋 潜水艦イール

 イールはオスカー級巡航ミサイル原潜の航跡に身を隠した。だが、これは極めて危険な行為である。航跡はソ連潜水艦のソナー探知から守ってくれるが、同時にイールのソナーまで無効化してしまうのだ。もし操舵を誤ればイールはオスカー級原潜の巨大な船体に追突してしまう可能性もある。水中排水量2万トン超という巨大な鋼鉄の塊ともろに激突すればどうなるか、想像することさえ憚れることであった。

「艦長、発見されたと思いますか?」

 副長がリッコバーに尋ねた。

「おそらく」

「離脱しますか?」

 面舵にしろ取り舵にしろ航跡から抜け出そうとすれば護衛のソ連潜水艦に捕捉される可能性が高い。一番安全なのは、速度を落として航跡に隠れつつオスカー級と距離をとる方法である。

「もう発射解析値は得られたのです。実戦なら敵潜水艦を既に撃沈しているのです」

 副長は必死に訴えた。彼はこれ以上、危険を冒したくなかったのだ。だがリッコバー艦長は黙り込んだままだった。彼は新たな策を練っていたのだ。そしていよいよ決心をした。

「そうだ。君の言う通り。距離をとろう」

 海中の冷たい戦争。第1ラウンドはK123の勝利に終わった。

 大規模改訂計画は今回は無しです

 次回より連合艦隊と中国海軍の本格的な対決です。思えば私の投稿作品で本格的な海軍同士の戦いが描かれるのはこれが始めてですね。なろうの1戦記としては大変珍しい状況です(笑)。というわけでお楽しみを

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