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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
71/110

その4 狙撃手を叩け

大連沖

 洋上では両用戦部隊の先頭を進む掃海艇部隊が第3機動部隊を追い越して大連沿岸に迫っていた。彼らの任務は上陸作戦の障害となる機雷や小型潜水艇、その他の障害物を除去するのが任務だ。

 最初に行動を始めたのは掃海母艦<千歳>や揚陸艦に搭載されたシードラゴン掃海ヘリコプターである。これはアメリカ製のMH-53掃海ヘリコプターを導入したもので、日本海軍では独自にT7S-Mの形式番号を与えている。

 揚陸艦から出撃した2機が機雷探知用ソナーを吊るして針路上の安全を探った。そして予想通り、ソナーには多くの機雷が探知されたのである。



 彼らの報告を受けたのは<千歳>に乗り掃海指揮官であった。

「それで機雷の敷設状況はどうだ?」

 中国軍が沿岸哨戒艇や航空機によって遼東半島南岸に機雷を敷設したことは既に把握していた。

「準備期間が短かったためか密度はそれほどではありませんが、なかなか巧妙ですね。沈底機雷の存在も確認できます」

「予定通りに排除できそうか?」

 指揮官の問いに部下は申し訳無さそうに答えた。

「うん。難しそうですね。ソナーに映っていない機雷もありそうですし」

「そうか。分かった。ただちに作業に入ろう」

 指揮官は部下の報告を予期していた。連合艦隊の試算は甘すぎると思っていた。




第二艦隊 旗艦<翔雀>

 1970年代後半、ソ連は海軍力増強を推し進めて強力な水上艦隊を建造しつつあった。日本海軍はそれに対抗すべく、それまでの対潜重視と核戦争を想定した分散運用をあらためて大規模艦隊による統一作戦を再び指向するようになった。その指揮統制の中枢として選ばれたのが空母であった。1984年に就役した<翔雀>は指揮中枢艦として最初に建造された空母であり、従来の空母に比べて通信能力及び指揮管制能力の強化が図られていて、今作戦でも海軍部隊の旗艦になっていた。

 船体内に設置された戦闘指揮所には機動部隊の司令部と艦隊の司令部が同居していて第2艦隊司令官も座乗していた。

「それで掃海作業は予定より遅れそうだと」

 艦隊司令官は掃海部隊の報告に不満げであった。

「それで陸戦隊の方はどうなっている?」

 答えたのは海軍陸戦隊から派遣された連絡将校であった。

「現在、中国の武装警察組織と交戦中ですが、橋頭堡は維持しております」

「当たり前だ。警察如きに追い出されてたまるか!」

「さらに中国正規軍が大連に到達する模様です」

 連絡将校は先ほど送られてきたばかりの電送写真を艦隊司令官の前に並べた。

「これは偵察ヘリコプターが捉えたものです」

 写真には大連に向けて前進する中国軍部隊の姿が映されていた。トラック歩兵と戦車の縦隊である。

「随分と古そうな戦車だな」

 中国軍の戦車は旧式の59式戦車であった。T-54戦車の中国バージョンと聞かされると艦隊司令官は鼻を鳴らした。

「旧式の装備か。部隊も大したことはあるまい」




大連

 海軍陸戦隊は武装警察の攻勢を阻止し続けていたが、防衛線はガタガタになっていた。武装警察は数で勝り、準軍事組織として軽装備ながら銃器は豊富であったうえに市街地戦能力に長けていた。一方、日本側は正規軍であり本来なら警察組織である武装警察など一蹴できる筈であるが、民間人の残る市街地ということもあって強力な火器の使用が控えられたことから思わぬ苦戦を強いられた。

 そこへ中国軍第60師団が突入してきたのである。彼らは59式戦車を先頭に突入してきた。



 神楽小隊は中国武装警察隊の側面にまわろうとしていたが、今度は中国の狙撃手に行く手を遮られることになった。

 先頭を行く第2分隊は道の真中で立ち往生していた。他の分隊と小隊本部は安全圏に居たが、これからの行動を決めかねていた。

 神楽はビルの陰から第1分隊の様子を眺めていた。第1分隊は放置自動車を盾にして狙撃から身を守っていた。狙撃手は第1分隊の100メートルほど正面に建つマンションの階段の踊り場から第1分隊を狙っている。踊り場にはコンクリートフェンスがあり、そこには飾りの穴があって銃眼の役割を果たしている。そこから海軍陸戦隊が動きを見せる度に銃弾が撃ちこまれた。そこに小隊の最先任下士官である矢吹がやってきた。

「狙撃ポイントは正面から制圧するしかないですね。第3分隊に調べさせましたが、他に接近するルートがありません」

 そして狙撃手を制圧しなければ第1分隊が動けない。

「小隊主力を迂回して敵を攻撃しますか?」

 彼らの任務は中国武装警察主力の側面を攻撃することだ。ならば第1分隊を残して小隊主力で任務を続行する手もある。

「できれば小隊を分割はしたくないなぁ」

 神楽の脳裏には今朝の醜態があった。また小隊をバラバラにはしたくない。

「狙撃手を呼ぶと時間がかかるしな」

 既に敵正規軍が動き始めた以上、ここで手間取っていられる時間的な猶予は無い。だが小隊には目の前の狙撃手と渡り合える狙撃手はいない。大隊本部直轄の狙撃班かS特を呼ぶと時間がかかる。

「ATをぶちこみますか?」

 矢吹が進言したが、神楽は首を振った。

「ここで貴重な対戦車弾を消耗したくない」

「ですよね」

 そして神楽は暫し無言で考えた後、1つの結論に達した。

「小隊で一番手榴弾が上手い奴は?」

「3分隊の内倉一水です」

「呼んで来い」

 伊吹はすぐに後ろで待機している第3分隊まで走り、内倉幸之助一等水兵を連れてきた。神楽は彼を壁際に連れてきて、狙撃手の位置を示した。

「敵は踊り場にいる。狙えるか?」

 神楽の問いに内倉は頷いた。

「50メートルまで近づければ」

「よし。援護する。援護射撃!」

 第1分隊の兵士が一斉に銃を狙撃手に向けて乱射する。踊り場の狙撃手に向けられる。それで倒すことはできないが、狙撃手を怯ませることはできる。内倉は銃撃が止んだのを見計らって第1分隊のもとへ飛び込んだ。

「うまくいくかな?」

 不安な様子の神楽が呟いた。手榴弾による制圧に神楽は確信をもっていないようであった。だが他に良い手は浮かばない。

「大丈夫ですよ。なんたって中学時代には甲子園に行ってます」

「でも補欠だろ?」

「大丈夫。しかし、陸軍が擲弾筒と7.7ミリ機銃を後生大事にしているのも理解できますな」

 そんな会話をしている間に内倉は第1分隊長との打ち合わせを終えた。第1分隊は再び援護射撃をはじめ、さらに煙幕手榴弾を自分達の陣地の前に投げた。

 そして煙の中を内倉一水が駆けて行った。煙を抜けると内倉一水はマンションのすぐ前に出た。狙撃手は当然ながら内倉一水を狙うが、突然現れた内倉に対して即座に反応できなかった。内倉が狙ったのはその一瞬の隙である。

 手にした手榴弾から安全ピンを外し、それをマンションの踊り場に向けて放り投げた。手榴弾は放物線を描き、コンクリートフェンスを飛び越えて踊り場の中へと消えた。

 爆発音が轟き、煙が踊り場から吹き出た。

「今だ!前進!前進!」

 神楽少尉の号令とともに小隊が一斉に動き出した。




太平洋 原子力潜水艦イール

 イールはオスカー級巡航ミサイル原潜の後方下について追尾をしていた。既に発射解析値も得て、仮想の魚雷発射も二度実施している。イールの乗組員たちは勝利に酔っていた。だが、酔いはいずれ覚める。

「前方に感あり!オスカー級の航跡の中から潜水艦が!」

 突然のソナーマンの報告に発令所には衝撃が走った。

「オスカー級が潜航しているのではないのか?」

 副長の言葉は即座に否定された。

「いいえ。別の艦です。航跡の中に潜んでいたんです!このままでは針路上に出ます。衝突の危険が!」

 ソナーマンの報告に副長は舌打ちした。

「艦長!ただちに減速しましょう!後進をかけて!」

 船は陸上の交通機関のように簡単に急ブレーキをかけられない。もっとも簡単な方法はスクリューを逆回転させることである。

「ダメだ!」

 リッコヴァ-は副長の提案を受け入れなかった。

「しかし」

 副長は艦長が躊躇する理由が理解できた。前進しているところへ急にスクリューを逆進させれば大きな騒音が発生する。だが、ここで減速しなければ大惨事が待っている。

「このままでは正面衝突です」

 そこへソナーマンから新たな報告が入った。

「目標は進路を変更!このままでは奴の横腹に突っ込むことに!」

「クレイジーイワン!」

 副長が唸った。ソ連原潜は航行中に時折、急速旋回をすることがある。横向きになることで死角である後方を艦首ソナーで探査できるからだ。アメリカ原潜の追撃への対策であり、アメリカの原潜乗りはその旋回を“クレイジーイワン”と呼ぶ。

 ソ連原潜の突然の出現にイール乗組員が動揺する中、艦長は平然を保っていた。

「潜航舵上げ!オスカー級の航跡に隠れる」

 その命令に乗組員たちは慄然とした。航跡の中に入ればソナーの効力がほとんどなくなる。危険な行為だ。

「副長!復唱は!」

 艦長の叱咤で副長は我を取り戻した。

「潜航舵上げ!オスカー級の航跡に隠れる」

 イールの巨大な船体は上昇をはじめた。

 大規模改訂計画は【第4部その5】を実施しました。


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