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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第9部 黄海海戦
67/110

プロローグ

中国人民解放軍海軍 潜水艦363号

 中国海軍は日本海軍に劣勢だ。象徴的なのが―これは多くの中国人が憤慨し、一部が自嘲するのであるが―日本の戦略原潜の聖域は東シナ海(注1)であるという事実だ。日本海軍は東シナ海を安全な海であると考えているのだ。

 しかし劣勢なら劣勢なりの戦い方がある。潜水艦363号の艦長、ペイ・フーアン少佐はそれを実戦で証明しようと躍起になっていた。

 黄海は対潜部隊側にも潜水艦側にも悪夢のような海域である。水深は浅く音が反響し、ソナーの効率、探知能力は外洋に比べて格段に落ちる。さらに中国有数の大河である黄河をはじめとする様々な河川、さらに沿岸部からの排水といった大小の淡水の流入は黄海を掻き乱し水質を不安定にさせる。最新のソナー機器といえでもこの海を見通すことは不可能だ。

 だが逆説的にそれが兵器の性能において遅れる中国に光明をもたらす。こうした最悪の環境においては兵器の優劣は意味をなさなくなり、頼りになるのは乗員の技量、そして経験と勘だ。ならばペイ艦長の操る旧式の潜水艦、明級潜水艦363号にも活躍の余地はある。黄海を自らの庭として育ってきたペイ艦長とその部下たちには自信があった。

 ペイは浮上航行中の363号の艦橋に立ち、まだ水平線の向こうにいる筈の見えぬ敵を睨みつけていた。

「潜航!」

 艦橋に立つ乗員たちが一斉に艦内に飛び込み、最後にペイ艦長が艦橋から降りてハッチが閉じられる。

 船体が傾きゆっくりと沈降していく。そして艦橋だけが水上に残り、それもどんどん沈んでいく。最後には海面にはなにもなくなった。




原子力潜水艦<イール>

 その頃、太平洋では明級とが対極の位置にある潜水艦が深度200メートルの海域を進んでいた。シーウルフ級原子力潜水艦の1隻である<イール>はアメリカの最新の技術力が結集され、高精度のセンサーによる索敵能力は状況によっては100キロ以上に及ぶ。深く広大な大洋において200隻近い戦力を誇るソ連原子力潜水艦隊撃破のために開発されたシーウルフ級はまさにアメリカ海軍の切り札なのだ。

 イールとは英語でウナギを意味する単語で、リコヴァー艦長の率いる艦に相応しい名であると衆目一致していた。掴み所が無く不気味な印象を与える。艦長も指揮する艦もそういう性格のものであった。

 <イール>は今、<キティホーク>空母戦闘群の露払い任務を与えられている。つまり空母を狙って待ち構えているかもしれないソ連の潜水艦を戦闘群の先を進んで追払うのが仕事だ。

 前衛の潜水艦にとって最大の敵はソ連の誇る空母キラーであるオスカー級巡航ミサイル原潜である。オスカー級は、デゴイに惑わされる事無く目標へと確実に突き進む航跡(ウェーキ)追尾式で空母の艦底を確実にへし折る事ができる威力を備えた650ミリ魚雷と、700キロに誇る射程を持ち戦艦の主砲弾に匹敵する破壊力を誇るSS-N-19シップレック型ミサイルを搭載し、対水上打撃力という点では潜水艦の中で最も強力な艦であろう。

 そのような長射程兵器を持つ艦を相手にする任務であるから、前衛潜水艦は機動部隊の一員に数えられるものの、その作戦範囲は中心の空母から数百マイル遠方にも及ぶ。しかも、空母の方は絶えず移動しているのであるから、それに追随して前衛任務をこなすのは並大抵の事ではない。なぜ空母が絶えず移動しているのかと言えば、強大な潜水艦に対して機動部隊が行なえる対策は潜水艦を派遣する以外には常に移動することで相手を攻撃位置につかせないのが一番であるからだ。

 ソ連潜水艦隊が空母を攻撃しようとすれば<イール>と同じように空母を追いかけつづけなくてはならない。無論、700キロ先まで見通せるセンサーなどオスカー級には当然備えられていないから、空母追跡は衛星の監視網に頼る事になる。そしてオスカー級には衛星からの情報受信の為に絶えずアンテナを水面上に上げることが要求される。それが<イール>の狙い目であった。

 そして狙い通り、ソナーマンが目標を捉えた。

「艦長、曳航ソナーが目標を捉えました」

 ソナールームに呼び出されたリコヴァー艦長を出迎えたのは一仕事やり終えた男の顔とその言葉であった。

「これです。間違い有りません。浮上の際に、水圧が変化したことで船体が軋む音です。方位は0-3-3で、おそらく第二CZ。つまり距離は65海里(ノーティックマイル)前後」

 ソナー画面に映る一筋の線を指してソナーマンは力説した。CZとは収束帯(コンバージェンス・ゾーン)のことを示す。海底までの深度が数千メートル以上に達する海域では水圧により海中で音波が捻じ曲げられて、何十海里も先に音波が届く事があるのだ。

「近くに友軍の艦はいないと聞いていますから、間違いなくオスカー級です。衛星からの情報を受信するためにアンテナ深度まで浮上したんです」

 確信を持って断言するソナーマンの自信を見て、リコヴァー艦長も顔を緩めた。

「よくやった」

 リコヴァー艦長はソナーマンの肩を叩いて激励すると、ソナールームを出て発令所に戻った。そこでは主要な幹部が海図台に海図を広げて、周りに集まっていた。

「ソナー情報から概算すると目標の現在位置はこの辺りかと思われます」

 副長が海図の上に円を書いた。

「そして、空母の方の針路はこのようになっています」

 さらに線を引く。

「ソ連潜水艦が空母への接近をさらに試みるなら最短コースはこれです」

 円から空母の針路を示す線に向けて線を引く。

「我々はこの針路を取って全速で進めば2時間で会敵できる筈です」

 副長はさらに<イール>の現在位置から線を引いて円から伸びる線と交差させ、交点を指で叩いた。リコヴァー艦長はその提案に満足した。

「その線でいきましょう」

 <イール>のスクリューの回転数が上がり、速力が上がった。




注1―日本の戦略原潜の聖域は東シナ海

 日本海軍がこのような運用をしているのは、別に中国を嘲笑するためではなく必要迫られての事である。戦略原潜の主力弾道弾であるトライデントC4の射程は7500キロ前後のために日本海や東シナ海から発射しないとモスクワに届かないので、やむをえず行なっているのだ。一万キロに達するトライデントD5ミサイルの導入が始まっているので、近い将来に東シナ海から日本の戦略原潜は消えるであろう。

 というわけで久々の更新です。今回からは新章となります。中国海軍と日本海軍の激突です。

 話は変わりますが、現在、自衛隊の軍備の指針となる新防衛大綱の策定作業が進められています。しかしながら、その内容は非常に厳しいものです。潜水艦の増強こそ盛り込まれましたが、それ以外は軒並み減勢。特に陸上自衛隊は人員1000人、戦車200輌、大砲200門削減という驚くべきものでした。

 日本は島国ゆえに陸上防衛については海空より低く見られがちですが、強力な陸上戦力の存在は日本の防衛に不可欠です。“萌えない神楽学校”にて私なりに考えた陸上自衛隊の意義について掲載させていただきました。よろしければご覧になっていただきたい。


(改訂 2012/3/22)

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