その13 闇夜の戦い
ハマタン鎮
市街地北側の陣地で監視にあたる兵士たちは小川を挟んだ対岸の集落で中国兵が活発に動くのを観測した。さらに日が暮れるとともに日本軍が立て篭もる市街地の北側に迫撃砲や軽榴弾砲による射撃が集中した。それは攻撃に先駆けた事前砲撃のようであった。
その報告はすぐに連隊長の稲村に届けられたが、彼はそれを素直に受け取らなかった。
「あまりにも見え見えな行動だな」
それが稲村には引っかかったのだ。そして、それを裏付ける報告が南側から入った。
「山中の敵兵が増えている?」
稲村の問いに報告をした中隊長が頷いた。彼によれば南の丘の中腹に敵の兵士が増えているという。
「前哨陣地からせ機外線暗視装置で観測した結果です。向こうは見張りの交代を装っているようですが、全体の数が明らかに増えています」
「攻勢の前触れですかね?」
連隊副長が中隊長の報告を聞いて呟いた。おそらくどこから予備の連隊を連れてきて、少しずつ守備隊と交代しているのだ。
「おそらく今夜中に来るな」
稲村が断言すると集まった指揮官たちは相槌した。
「時間がない。配置を改めるぞ」
「しかし、もし読みが外れたら?」
1人の尉官が疑問を口にした。
「その時はその時だ」
兵員数を考えれば、全てに備えるのは不可能であった。
中国軍の砲撃が勢いを増し、日本軍がこもる市街地全体が目標になった。陣地に篭った兵士たちはそれに十分耐えられたが、その攻撃は中国軍の攻勢準備と受け止められ否応無く緊張が高まった。
そして砲撃が弱まった。
「来たぞ!照明弾を!」
ヘルメットに装着した暗視装置を使って中国軍陣地を監視している兵が叫んだ。山の向こう、鴨緑江の川岸に並べられた120ミリ迫撃砲から1発の砲弾が放たれた。砲弾は落下傘が開いて空中に留まり、強烈な閃光を発して暗闇に包まれていた山の斜面、林の中を照らす出す。
「撃て!」
その光に照らされたのは、今まさに日本軍の陣地に突撃せんと斜面を駆け下りる中国兵の姿であった。
中国軍は市街の南側の広い範囲に渡って兵を配し、一斉に夜襲を仕掛けたのである。
一方、日本軍側も敵の主攻を南側からと読み、兵を厚く配していた。だから突撃にも十分に対応することができたのである。機関銃は互いに補うように配置され、十字砲火が中国兵を襲う。小銃手たちは三点射で中国兵たちを狙い撃つ。フルオート射撃で軽機関銃並に連射することもできたが、弾薬の補充に難があった。
もちろん中国側も負けてはいない。これまで温存していた火砲が日本軍の防衛線に向けて放たれたのである。主に歩兵が携行できる60ミリ迫撃砲や各種ロケットランチャーが主だったが、不十分な陣地構築しかなし得なかった日本軍に対しては十分な威力を発揮した。爆発音が轟く度に日本兵の死傷者が増えていく。
日本側も支援砲火では負けてはいない。挺身連隊の手持ちの火力は乏しかったが、山の向こうには多くの味方砲兵部隊が控えているからだ。主力となったのはきめ細やかな支援が可能な120ミリや160ミリの重迫撃砲で、それは主に突撃してくる中国兵の上に降り注いだ。一方、師団砲兵の野砲は山中に築かれた中国軍の陣地を目標に砲撃を行なった。陣地そのものを潰すことは期待しなかったが、中国軍がさらなる増援と支援を攻撃部隊に行なうのを阻止する効果が期待された。
すると中国側はこれまでにない対応を示した。日本軍の砲兵部隊に対して対砲兵射撃を挑んできたのだ。開戦時の砲撃戦以来、帝國陸軍砲兵部隊との交戦を避けて戦力温存を図ってきた中国軍砲兵部隊であるが今こそ使い時であると確信したのである。
日中両軍の間で激しい対砲兵射撃戦が始まった。戦いは機械化と電子化が進んだ日本軍砲兵が有利に進んだが、中国軍砲兵隊殲滅の為に前線への支援が滞った。それが中国軍の狙いであった。
日本軍の強力な火砲と挺身連隊の決死の抵抗で一時は阻止されつつあった中国軍の突撃であるが、友軍の大砲撃にあわせて再び力を盛り返した。既に日本軍陣地のすぐ近くまで接近している。
それを見た1人の日本軍兵士が手榴弾を投げようとした。しかし、兵士はピンを抜いた後、その手榴弾を下に落としてしまった。
「手榴弾!」
兵士は周りの戦友たちに警告を発するとともに、篭る陣地を飛び出した。次の瞬間、手榴弾が爆発した。鋭い破片が撒き散らされて数人の兵士が爆発に巻き込まれて傷を負った。しかし、それより問題なのはそれによって日本の防衛線に隙が生じたことであった。
本当に僅かな隙であったが中国兵はそれを見逃さなかった。一気に雪崩れ込んでくる敵兵に日本の防衛線は崩壊した。
市街地中心部の十字路に設けられた連隊本部にも戦闘が及ぼうとしていた。防衛線が崩壊したことにより戦場は敵味方が入り乱れた壮絶な白兵戦の様相を呈していた。
至近距離での銃撃、銃剣により刺突、さらにナイフやシャベルを手に格闘戦を行なう者もいた。とても近代戦を戦う軍隊には見えなかった。
そんな中で士官や下士官たちは必死に部下を統率しようと賢明に戦場の中を動きつづけた。その献身の為に日本軍が最低限の連携を維持することができた。
そんな様子を見た連隊長の稲村中佐は交差点周辺に最終防衛線を敷くことを決めた。市街の北側を守っていた中隊を連隊本部周辺に配備して―つまり北側は完全に無防備となる―後退してくる味方部隊を収容して再編成した。
このとき、挺身第一連隊はもてる全てを戦いに投入した。連隊本部付の通信兵やその他の雑務兵も歩兵として戦力に組み込まれ、負傷者も動ける者は銃を手にした。しかし、それでも中国軍の突撃を防ぎきることができなかった。
連隊長は決断を迫られていた。稲村は近くの前線航空統制官を見つけると肩を叩き呼び止めた。
「近接航空支援を要請する。交差点の南側を徹底的に爆撃してほしい」
それを聞いた副官の1人が顔色を変えた。
「連隊長!まだ収容しきれていない友軍が居ます。彼らを巻き込んでしまいます」
「ここで奴らを止めないと部隊は全滅だ。爆撃を仕掛けるなら開けた市街地に出てきた今しかない!」
それから連隊長は目標が識別できるように赤外線ストロボの用意をするように命じた。
闇夜を4機の旋風戦闘機が飛んでいる。機体下の中心線上には爆撃照準器付の赤外線暗視装置を装着し、翼の下にはレーザー誘導爆弾を4発ずつ装備している。
先頭を行く隊長機は暗視装置越しに街の交差点が緑の点滅を繰り返しているのを見つけた。赤外線ストロボである。その前方が敵だ。
「こちらスターリード。目標を捕捉した。攻撃を開始する。ついて来い」
隊長機が先頭になった突入し、僚機がそれに続く。
「投下!」
隊長機の翼の下から1発の爆弾が投下される。爆弾の照準は僚機がレーザーで行い、それによって示された敵軍のど真ん中に爆弾は見事に吸い込まれていった。
稲村の目の前で2つの巨大な爆発が起こった。それによって生じた巨大な炎に敵兵が飲み込まれていく。交差点を中心に円陣防御を敷き、必死に弾幕を張って突撃を防いでいた兵士達はその様子に呆気にとられ銃撃が止んだ。
そうしている間に旋風編隊が再び戻ってきて、爆撃役と照準役を交代して再び攻撃を仕掛けた。そんな風になんども爆撃を繰り返して遂に中国軍の突撃を粉砕した。
その様子を見届け、空軍の爆撃が終わったことを確かめた稲村中佐は命じた。
「吶喊!」
攻守が逆転した。爆撃によって崩壊状態となった中国軍の突撃部隊は敗走していった。
3月21日 早朝
東から太陽が姿を現した。戦いは一夜の出来事であった稲村中佐を筆頭に何日も戦っていたかのような錯覚を覚えていた。それほど激しい戦いだったのである。
朝まで失地を取り戻した挺身第一連隊は更なる攻勢の準備に取り掛かった。部隊を再編成して次の戦いに備えるのである。多くの犠牲を払ったが、最悪の夜を戦い抜いた将兵の士気は高かった。反撃作戦にも耐えられそうだと稲村は確信した。
かくして挺身第一連隊は最も危険な局面を脱し、明日の早朝に行なわれる反撃作戦の準備を開始した。次章は挺身第一連隊の果敢な反撃を描くのが筋であるのかもしれないが、しかしながら、この戦争を戦っているのは彼らだけではない。
読者諸兄に混乱をもたらすかもしれないが、ここであえて時間を巻戻そうと思う。時は再び3月20日の昼頃に戻る。場所は黄海。海軍陸戦隊が制圧した大連中心部では中国軍の反撃が今にも始まろうとしていた。一方、洋上では日本海軍部隊と待ち構える中国海軍との戦いが今にも始まろうとしていた。
・感想欄で指摘された点を今さらながら修正させていただきました
・次回より新章です。というわけで次回予告
第9部 大連上陸作戦
海軍陸戦隊先遣隊が橋頭堡を築いた大連。陸戦隊主力を送り込むべく艦隊が北上していた。しかし機雷に潜水艦に高速ミサイル艇と中国の思わぬ反撃に、黄海という慣れない海で戦う帝國海軍は苦戦を強いられる。時間ばかりが過ぎていくのだった。そうしている間に大連の橋頭堡には中国陸軍の反撃が迫っていた。