その12 ハマタン鎮膠着
ハマタン鎮
砲兵射撃と空爆により中国軍の攻勢は頓挫したが、依然として膠着状態は続いていた。帝國陸軍挺身隊は街中に押し込められて、建物を盾にして戦っていた。ヘリコプターの着陸ポイントから撤収を余儀なくされた。
市街にヘリコプター1機分の着陸スペースを確保したものの、中国軍の攻撃が激しくて実際の離着陸には困難が伴なった。増援部隊の派遣が1度行なわれたが、数機が被弾し不時着を余儀なくされたことで中止となり、それ以降は空中からの支援は物資の投下のみに限定し、ヘリコプターを着陸させての増援や負傷者の救出は断念せざるをえなかった。
ハマタン鎮に帝國陸軍が送り込むことができたのは僅かな戦力であった。空挺第一旅団に属する挺身第一連隊の連隊本部と3個中隊。僅かにこれだけの兵力であった。しかも多くの負傷者を抱えていた。
連隊長の稲村中佐は衛星通信回線を使って作戦指揮を執る朝鮮軍司令部と連絡を取っていた。
「盆地の南側の斜面を掃討しないことには、事態は好転しません」
<今、韓国軍師団が攻撃をしているが、激しい反撃に遭っている。すぐに制圧することは難しい>
「とにかく。現状ではなにもできません」
稲村の悲痛な叫び声が指揮所に轟いた。
ソウル 朝鮮軍司令部指揮所
大日本帝國陸軍朝鮮軍の首脳達は地下に設置された指揮所に詰めていた。指揮所には映画に登場するようなコンピューターシステムがあるわけではなく、様々な通信機と戦況図を映すプロジェクター。そして真ん中に大きな机が置かれて、その上に大きな中国東北地方の地図が広げられている。地図の上には透明なシートが張られ、そこに戦況が書き込まれている。
佐々大佐はプロジェクターでスクリーンに映される戦況図を眺めていた。机の上に広げられている地図と異なり、スクリーンにはハマタン鎮周辺の精密な地図が映されている。
「正面突破は難しいでしょうね」
韓国軍第一師団が渡河して制圧した、緑鴨江の対岸である元宝区からハマタン鎮までは車道が伸びていて稲村中佐が陣を張っている十字路に出るのであるが、その途上にある山中には中国軍の部隊が展開して韓国軍の攻勢を防いでいる。計画ではその道を第三軍主力が北上する手筈になっているのだが、無理に突破を仕掛ければ思わぬ損害を蒙ることになるだろう。
「九蓮城方面から迂回しますか?それとも正面突破で?」
朝鮮軍司令官の飯田正巳大将はどちらにも乗り気とは言えなかった。彼は机の上に広げられた地図を覗き込んでいた。
「うむ。九蓮城経由でも中国軍の待ち伏せがある可能性はある。どのルートも同じだ。なんとか危険を減らせないものか?」
「それで提案なのですが」
佐々は自分の案を飯田に説明した。飯田はそれに納得したようであった。
「なら、小牧の指揮所を対岸に移す必要がありそうだな。それに姶良の師団も」
小牧は今次戦争における日本軍の主力部隊となっている第三軍の指揮官の小牧春雄中将であり、姶良は第二〇師団長の姶良彰彦中将を示す。
「はい。挺身第一連隊は、今は挺身集団の指揮下にありますが、第三軍の指揮下に置く必要がありますね。調整が必要です」
佐々の言葉を聞き終えて飯田は俄然やる気になっていた。
ハマタン鎮
反撃作戦の準備が急速に進められた。第三軍司令官である小牧中将をはじめとした前線司令官達に作戦の概要が伝えられ、互いにアイデアを出し合って細部を詰めた。
稲村中佐は衛星電話の受話器を戻すと、副官と各中隊の指揮官を呼んだ。
「反撃作戦が決まった。我々は明朝、第三軍の火力支援の下で南の斜面に総攻撃をかける」
「なるほど。向こう側の韓国軍とともに挟撃を仕掛ける、ということですか?」
副官の問いに対して稲村は作戦の詳細を説明した。それに対する反応はそれぞれ異なっていた。作戦案を高評価するものもいれば、不安を憶える者もいた。
「しかし、中国軍の抵抗はかなり頑固です。うまくこなせるかどうか?」
中隊長の1人が不安を漏らした。稲村は優しく声をかけた。
「部下を信じろ。ただの歩兵部隊ならともかく俺達は挺身兵だ。必ずやり遂げる」
それから稲村は目標である南の斜面を睨んだ。
「むしろ問題は作戦発動までの間だ。向こうだってこちらの反撃作戦の準備には気づく。それまでに俺達を潰そうとするはずだ。今夜が山場だぞ。兵に警戒を厳とするように伝えるんだ」
新義州 第二〇師団師団陣地
国境の韓国側である新義州に第二〇師団捜索連隊の待機する陣地が設けられていた。中隊長の山口大尉は自分の装甲車に篭って無線を傍受し、前線の様子を探っていた。そして何かの作戦が動き出したことを知った。
そこへ連隊長のランクルがやって来た。外で見張りをしていた兵士に呼び出された山口を椿大佐が迎えた。
「なにか作戦が動き出しているようですね」
「その通りだ。ブリーフィングのために今、中隊長を集めている。我々は先鋒として対岸に渡るぞ。部下に準備させておけ」
椿の命令に山口は忠実に従った。装甲車に戻って副官に渡河準備を命じると、自分の荷物をまとめて椿のランクルに乗り込んだ。
鴨緑江
中国と韓国の国境の川では大軍団を渡河させる準備が着々と進められていた。橋を1つ確保したが、それだけでは到底に需要を満たせるわけもないので工兵隊が架設橋を組み立てて川に架けてゆく。
中国軍も妨害しようと迫撃砲を撃ちこんでくるが、すぐに対迫砲レーダーを有する日韓砲兵部隊の反撃にあう。
双方の砲兵の撃ちあいでたくさんの破片が活動する工兵に降り注ぎ、多くの負傷者を出した。それでも作業は進められた。
中国軍第86自動車化歩兵師団司令部
ルー・タオラン少将は戦況に不満げであった。彼は日本軍の空挺堡を叩き潰すつもりであったが、それに失敗したのである。
「敵は我々の想像以上に頑強だ」
強力な火力による支援があるとはいえ、ルー少将はまさか日本軍がここまで頑固な抵抗を見せるとは思っていなかった。日本軍の士気と練度は彼の想像以上であったのだ。
「師団長。情報を総合しますと日本軍はさらなる攻撃を加えてくることが予想されます」
当然、山中に陣取る中国軍部隊は常に日本軍の動向を監視しているし、通信の傍受もしている。日本軍の通信は暗号化されていたが、発信数と発信位置を隠すことはできない。そこから日本軍が新たな作戦に向けて動き出している事は簡単に分かる事であった。
「問題はどこを突破してくるかということだな」
ルー少将は確信していた。適切な部隊の配置さえできれば長時間日本軍を阻止できると。しかし、その配置が作戦において最も難しい部分でもある。向こうの行動をうまく予測しなけねばならない。
「とにかく日本軍の出方を見守るしかないな。防御部隊の配置については」
しかし、いずれは決断を下して部隊を動かさなくてはならない。防御陣地の方はあらゆる事態を想定して事前に各地に築かれているので、必要な兵員を配置するだけで防衛線は構築可能であるが、制空権が完全に日韓連合側が握っている以上、部隊の移動は山中の徒歩移動に頼らざるを得ないので時間がかかる。であるから、どの段階で連合軍の出方を見極められるかが勝敗の鍵となる。
「だが日本軍が反撃を開始する前に空挺堡に打撃を与えたい。夜襲を仕掛けるぞ」
かくして中国軍の作戦方針が決まった。
打撃を受けた第863連隊は再び攻撃主力であるかのように装いつつ予備として待機し、第861連隊は引き続き北上を目指す韓国軍の阻止、そして第862大隊は山中を盆地の南側、つまり第861連隊の防衛線まで移動して南側から日本軍陣地に夜襲を仕掛けるのである。
鴨緑江
太陽が西に沈み一帯は暗闇に包まれた。夜の到来である。
山口大尉は自分の四八式重装甲車に乗り込み、渡河の時を待っていた。今日の午後の間続いた架設橋設置を巡る攻防で中国の迫撃砲部隊は損耗したのか、今は静かであった。勿論、中国軍がなにか隠し玉を持っている可能性は否めないので渡河に際してはやれる限りの対策が行なわれる筈だ。
砲声が轟き、対岸の山の斜面で砲弾が炸裂した。爆発が木々をなぎ倒して中国兵を痛めつける。山口はその様子を装甲車の暗視装置越しに見ていた。スコープの倍率を下げていたので吹き飛ばされる中国兵を直接見ずには済んだ。すると誰かがハッチを叩く音がした。
ハッチを空けて顔を出すと交通整理を担当する韓国軍の憲兵の姿があった。
「行けます」
山口は無言で頷くとハッチを閉めて装甲車の砲塔内に戻った。
「中隊、全車前進。我に続け!」
山口の装甲車を先頭に中隊の保有する14輌の四八式装甲車が動き始めた。そして川に向かった。
幸いにも山口の中隊に割り当てられた橋は架設橋ではなく鉄橋の方であった。灯火なしで暗視装置を頼りに細くガードレールもない架設橋を渡るのはあまり嬉しいことではない。
橋の途上で山口は山の向こうでも火砲が炸裂するのを認めた。つまり山の向こうにいる挺身連隊の連中も戦闘が始まったのである。
「間に合えばいいが」
再び激戦が始まろうとしていた。
・大規模化筆修正計画は第4部その2。実際の戦前にあった計画を基にベルリンの記述を加筆してみました。
・なにかをしなくてはいけないのは分かるけど、なにをしなければならないのかが分からない夏です