その11 鍔迫り合い
安全保障理事会
国連安保理ではソ連が即時停戦と日韓軍の即時撤退を要求する決議案を出した。それに対してアメリカが棄権し、その他の理事国は賛成票を投じた。しかし日本が拒否権を行使したことによりお流れとなった。
日韓の大使と中国の大使の間では激しい口論が交わされ、議論は平行線を辿った。その様子をカリャキナとクックは互いに目配せをしつつ黙って見守っていた。
太平洋
日中開戦が迫るとともにソ連太平洋艦隊は保有する全ての空母3隻、<ミンスク>、<ノヴォロシスク>、そして正規空母<ワリャーグ>を護衛艦とともに出動させた。<ワリャーグ>と軽空母<ミンスク>は太平洋に出撃し、“東京急行”のエアカバーを受けて太平洋を南下した。
一方、<ノヴォロシスク>は原子力偵察艦<ウラル>とともに小艦隊を組み日本海を南下して朝鮮半島に接近し、日本軍の通信電波を傍受していた。
対してアメリカ軍も在日、在韓、在比の各米軍の警戒レベルを高めるとともに既に展開済みの<キティホーク>空母戦闘群に加えて、新たに二個空母群、すなわち<レンジャー>と<カールヴィンソン>を増派した。
かくして米ソ両陣営の空母部隊が相対することになった。
<アトラス7が高速移動物体の接近を探知。速度からバックファイアーと思われる>
空母から最も遠くまで哨戒網を伸ばしている艦載早期警戒機E-2Cホークアイが新たな敵の存在を知らせてきた。
「“東京急行”のお出ましか」
空母戦闘群司令官のカーネギー提督は呟いた。“東京急行”とはソ連空軍及び海軍航空隊が長距離爆撃機で行なっている威力偵察作戦を示す隠語である。
「まもなく我が方の戦闘機が接触します」
両軍の展開状況を示すディスプレイには接近するソ連機を示すシンボルに急接近するF-14戦闘機のシンボル2つを表示している。そしてシンボルが重なった。
「目標はバックファイアーFです」
オペレーターの1人が戦闘機隊の報告を伝えた。ツポレフ22M4、NATOコードネームはバックファイアーF。世界最強の対艦攻撃機として西側の海軍を恐怖のどん底に陥れた超音速可変翼戦術爆撃機の最新バージョンで、より強力なエンジンと優れた積載能力、そして改良されたアヴィオニクスによって地形追随飛行が可能になった。さらに第二次戦略兵器制限交渉の結果、取り外された空中給油装置を同協定の期限切れを理由に復活させ、その作戦行動半径は大幅に向上した。
「見せびらかそうと言うわけか」
ディスプレイ上のバックファイアーはさらに接近してくる。この空母<キティホーク>を掠めるコースだ。
「まったく。面倒くさいことだ」
カーネギー提督は愚痴った。そして更に面倒くさいことに<キティホーク>には要らぬ客が乗り込んできた。
スコット・ハトレー、現役上院議員にして共和党の次期大統領候補最有力。2期目を狙うライアン大統領の大統領選におけるライバルとして目されている男だ。現役大統領が陸軍兵士としてベトナムに従軍したのと同じように、彼も戦闘機パイロットとしてベトナムを訪れている。特に伝説的なのが彼の最後のベトナム従軍、つまり1975年に実施されたサイゴンからの脱出援護作戦フリークエント・ウィンドだ。北ベトナム軍によって陥落しつつある南ベトナムから在留アメリカ人や南ベトナム政府関係者など7000人にも及ぶ人々の大脱出を助けるため、F-14トムキャットを最初に装備した第1戦闘飛行隊<ウルフパック>の一員として空母<エンタープライズ>に乗り込んだのである。
ハトレー議員は艦橋から双眼鏡を使って外を眺めていた。しかし、あの双眼鏡にはなにも映っていないだろう、とカーネギー提督は思った。なにぶんソ連艦はもとより友軍の護衛艦だって水平線の向こうにあって、艦橋から目視できる範囲内に見るべきものなど存在しない。幾らか離れてもデータリンクと衛星通信システム、それに空母艦載機による哨戒網を持つアメリカ海軍にとって何の問題も無い。むしろ兵器の長射程化と核攻撃に対する被害局限のために艦同士の間隔を空ける方が得策である。故にハトレーの行動はまるで意味が無いのだ。いや、政治的にはあるのだろう。カーネギー提督は心の中の言葉を心の中で訂正した。ハトレーの秘書がその様子を熱心に写真に収めている。広報にでも載せれば有権者は“強大なソ連艦隊を眼前にしても決して怯まない強い指導者の姿”と勝手に思い込んでくれるのだろう。畜生、この男は何時から糞みたいな政治家の仲間入りをしてしまったんだ、とカーネギーは嘆いた。
「それでソ連軍機が接近してくるらしいが、どのような対処をするのかね?」
「手は出せません。万が一の場合を考慮してF-14を2機つけていますが」
カーネギーは正直に答えた。こんなところで第三次世界大戦を起こすわけにはいかないのだから当然のことであるが、それを理解していない輩も多い。幸いハトレーは理解している方で、カーネギーの方針に文句は言わなかった。
「でも、やるべきことはやるんだろ?」
「えぇ。ピーピング・トムが<ミンスク>の上空に向かっています」
それを聞いたハトレーは首をかしげた。
「ピーピング・トム?」
カーネギーは、ハトレーが艦上偵察機はRF-8の時代に海軍を生きた男であると言う事実を失念していた。
その時、艦橋に居た乗組員たちが一斉に空の一点に視線を向けた。なにかを指さす者もいる。その先には信じられないくらい空母の至近距離を飛ぶバックファイアーの姿があった。
空母<ミンスク>
<ミンスク>は直衛艦であるキーロフ級巡洋艦<ジェルジンスキー>とソヴレメンヌイ級駆逐艦2隻、ウダロイ級大型対潜艦1隻を引き連れて太平洋を南下していた。
「アメリカ海軍機が急速接近中です。<サヴァー3>が感知しました」
通信手が警告を発すると艦橋に居た者は一斉に外に目と向けたが、誰の目にも米軍機は見えなかった。艦長であるスタニスラフ・ヴェルバ大佐は自分が皆につられて外を見てしまったことに毒づいた。<梟3>は<ワリャーグ>から発進した早期警戒機であるヤク44Eのコールサインである。NATOからはメトロノームというコードネームを与えられた西側のE-2Cホークアイに匹敵する艦載型空中レーダーが遠くに捉えたものがすぐに見えるわけがないのである。
「ゲンナジー・ドミトリエビッチ、迎撃機は出せるな?例の問題は解決したのかな?」
ヴェルバは自分の航空参謀に尋ねた。ゲンナジー・クリコフ中佐は素直に答えを述べた。
「常時、2機のヤクが発進できるように待機しております。たっだルックダウン能力の改善はまだです、同志艦長」
「うむ。よろしい。ただちに発進させ、待機せよ」
ヴェルバが命じると同時に通信手が新たな報告を加えた。
「<コールシュン1>が目標を探知。まもなく目視圏内に入ります」
<鳶1>は<ミンスク>に載せられた早期警戒用ヘリコプターであるカモフ31ヘリコプターのコールサインである。機体の下に板状のレーダーを吊るしている。ヤク44Eに比べれば能力は限定されたものであるが、ヘリコプターであるから<ミンスク>のようなV/STOL空母にも配備可能であり、ヤク44Eを補完する艦隊の目として存分に働いていた。そして、それが敵を捉えたということは敵が近いということだ。
「ルーク編隊、発進します」
2機のヤク141が可変ノズルを下に向けて<ミンスク>の甲板を滑走し始めた。そしてそのまま通常ではありえない短距離で空中に浮き上がった。それとほぼ同時であった。
「見えました!」
艦橋に居た全員がまた空を見上げた。その先には偵察ポッドを胴体の下に吊るしたF-14の姿があった。アメリカ海軍内では“ピーピング・トム”とも呼ばれる偵察仕様のトムキャットである。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。ピーピング・トムは高度を下げると<ミンスク>の艦橋を掠めて飛んでいった。
「こりゃ、凄いな。相手はなかなかの腕前だ」
ヴェルバ艦長はアメリカのパイロットを素直に賞賛した。
「現在、ルーク編隊が追尾中です」
再び空を見上げると、旋回して戻ってきたピーピング・トムを2機のヤク141が追跡している。空中で壮絶な“擬似”ドックファイトが繰り広げられているのだが、傍から見ると編隊で曲芸飛行をやっているようにも見えた。
「本当に凄いな」
太平洋はある意味で熱く、ある意味では平和だった。
・日韓連合軍戦闘序列を改訂。一部、編成替えした上で海防艦4隻追加。
・ソ連版ホークアイことヤク44Eに勝手にNATOコードネームをつけてみました