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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第8部 連合軍北進
63/110

その10 アメリカの動き

ホワイトハウス シチュエーションルーム

 ワシントンは3月19日が終わろうとしていた。ライアン大統領はその日の予定を全て消化するとシチュエーションルームに篭っていた。勿論、中国の情勢を見守るためである。

 大統領は机の上に広げられた偵察衛星の写真を除きながら、国防長官の説明を聞いていた。偵察写真の横には先ほどホットラインを通じてクレムリンから送られてきたソ連政府の声明も置かれている。

「それでどっちが勝つ?」

「局地において苦戦することもあるでしょうが、大局的には日本の優勢は固いでしょうね」

「ベトナムのような泥沼に陥ることはないよな?」

 ライアン大統領はベトナム戦争への従軍経験があり、そのときの苦しい戦いを思い出していた。

「当時とは状況が違います」

 横からCIA長官が指摘した。

「中国は、今では西側の経済とすっかり結びついてしまった国です。かつてのベトナムのような戦争は望みませんよ」

「だといいがね」

 ライアン大統領は楽観論を信じきれないようであった。

「よろしい。では我々はどういう方針で望むべきかな?」

 明日―この場合は20日―の朝にライアン大統領は中国の事変に対してアメリカ政府の姿勢を記者会見で発表をすることになっている。それまでに大筋を決めておかねばならない。

「ソ連政府の誘いに乗ってみますか」

 マクガイアー安全保障担当補佐官が進言した。ソ連政府はホットラインを通じて次のような声明を発表した。“ソ連政府は日本と韓国の軍事的冒険主義を強く非難する。それとともに事態の解決のために米ソ協調が必要であると強く信じる。両国は中国と日韓に対して中立を保ち、即時停戦と日韓軍の即時撤退を要求すべきである”

「クック国連大使から連絡がありまして。ソ連大使が協同で即時停戦決議案を提出しようという提案がありまして」

 国務長官が付け加えた。

「それに乗るということか?」

 ライアン大統領が尋ねると安全保障担当補佐官は相槌を打った。

「せっかくのデタントムードをぶち壊すことはありません。我が国はソ連と強調して停戦発効を目指すべきです」

「ソ連に従うというのかい?」

 国防長官が不服そうに言った。

「そういうわけではありません。勿論、我が国も条件をつけます。まず日韓軍の撤退は求めず、あくまで即時停戦のみを求めることです。そして停戦ラインに沿って両軍の間に非武装地帯を設けて、平和維持軍派遣の上で日韓軍を撤退させる」

「つまり中韓問題に対する従来の日本提案を中国に呑ませるというのだね?」

 大統領が指摘した。補佐官は頷いた。

「その通りです。こうすれば日本の顔を立てれますから。そして韓国の領土保全。我が合衆国は同盟国である韓国の主権に対するあらゆる侵害を認めず、それに対しては断固たる決意で臨むという事を言うのです。日韓は我々の同盟国であるということを強く訴えるのです。できれば平和維持軍に我が軍を加えるのが望ましい」

「しかし中国は平和維持軍に我が国を加えるのには反対するんじゃないか?」

 国務長官が指摘した。

「その通りでしょう」

 補佐官はそれを認めた。

「しかし状況は変わりました。日韓がこのような形で突出して戦争を起こしてしまった以上は何らかの形で我が国のプレゼンスを示す必要があります」

 国境線にラインを引くなら間に第3国が入ってもアメリカは韓国や日本と肩を並べていることになるので問題はないが、今は日本と韓国だけで中国と対峙している状況である。アメリカが除け者にされている状態では長期的に見て極東におけるアメリカの影響力が下がってしまう可能性がある。

「それに我々が間に入れば、中国の指導者も日本や韓国も自制するでしょう。1度暴発してしまった彼らの頭を冷やしてやる必要があります」

「なるほど」

 国務長官は納得した様子である。

「それでは我々はソ連の提案に条件付で応じるということでいいのかな?」

 大統領の言葉に熱烈な反共主義者である国防長官は相変わらず不満そうであったが、国務長官とCIA長官は国家安全保障担当補佐官の提案に乗り気であった。

「とにかく米ソが協調して中立を保つ必要はあります。これは核兵器を保有する大国同士の戦争ですから」

 国務長官が指摘した。

「アメリカ国民も他の多くの国々の人々もこれが第三次世界大戦に発展するのではと恐れています。特にこれから春にかけてヨーロッパと中東で危機が発生する恐れがあるのです。世界を混乱させてはいけません。すでにドイツの方は最初のポイントが明後日に迫っていますから」

 明後日―この場合は3月21日―には東ドイツの国民の祝日である“国民高揚の日”が迫っている。それは1933年にナチ党が政権掌握した後に行なわれた初の選挙後に行なわれた国会開会式を記念した祝日である。この時、ナチ政権は自らの政権がワイマール共和国ではなくドイツ帝国を継承する政権であることを宣言した。神聖ローマ帝国、ドイツ帝国に次ぐ第三帝国を称するナチス・ドイツにとって3月21日は建国記念日のようなものだ。

 問題はナチス・ドイツでは経済的停滞が続き国民の不満が高まっていて、根っからのナチストとソ連の支援を受けた共産主義者との対立が深まっている事である。東ドイツの国内情勢は一瞬触発の状態であり、なにからの節目ごとに騒乱が起こる。なまじ東側世界の大国であるので、それをきっかけになにか事変でも起これば、ヨーロッパ情勢はたちどころに悪化する。それ故にアメリカもその動向には注視している。

 一方、中東では5月4日にパレスチナの暫定自治の期限が迫っている。1993年にイスラエルがパレスチナの暫定的な自治を認めるオスロ合意が調印され、翌年には6年間の期間限定でパレスチナ自治政府が樹立された。その期限が2000年5月4日だったのだ。6年間の間に和平交渉はほとんど進展しておらず、PLOは期限切れとともにイスラエルからの独立を宣言すると見られていた。イスラエル与党もそれを見越して選挙時期をその直後に設定し、反パレスチナ感情を背景に得票を伸ばそうとしているので混乱は必至である。

「とにかく。早いうちに終わって欲しいものだな」

 大統領は心底からそう思っていた。

「それで軍はどうするのだ?」

「不測の事態と平和維持活動に備えるために在韓米軍の増強をします」

 国防長官が言った。

「待機中の緊急展開部隊に出動を命じます」




ジョージア州フォートスチュアート陸軍基地

 夜が明けて、アメリカ合衆国は3月20日の朝になった。

 アメリカ陸軍は世界でも有数の戦力を誇り、その多くはアメリカ本土に配備されている。しかし2つの大洋に挟まれたアメリカ合衆国にとって敵軍の上陸など想定されるべき脅威ではあらず、本土の軍備は専らヨーロッパやアジアに兵力を提供するための予備である。特に有力な戦力とされているのが第3軍団と第18空挺軍団の2個軍団である。

 “鉄槌軍団”の異名を持つ第3軍団は主に欧州方面への増援として派遣されることを想定された強力な機甲軍団である。2個機甲師団と3個の機械化歩兵師団から成り、独ソ枢軸が西欧に牙を向けた際に鉄槌を下すべく日々訓練に明け暮れている。

 対して“危機軍団”として知られる第18空挺軍団は世界中のあらゆる地点―主に中東地域を想定している―で起こった危機に対して第一陣として送り込まれる緊急展開部隊であり、様々な状況に対応できるようにタイプの異なる―つまり空挺師団、ヘリボーン師団、軽歩兵師団、そして機械化歩兵師団―4つの師団が配備されている。そのうち重装備を必要とする事変に対応する機械化歩兵師団に指定されているのがフォートスチュアート基地に駐屯している第24機械化歩兵師団である。

 兵舎の中に置かれている師団長室で第24師団長のヒューゴ・ドレクスラー少将はその日の仕事に手をつけようとしたところ、机の上の電話が鳴った。

<師団長。軍団司令官からお電話です>

 電話交換手の言葉を聞いてヒューゴは、いよいよその時が来たのだと悟った。

「取り次いでくれ」

 すると女性としては低く、かつ陰湿な感のある上官の声が聞こえてきた。

<ドレクスラー少将。師団の態勢はどうなっておるかな?>

 メリッサ・イツキ・カジ。女性初の三ツ星―つまり中将―にして第18空挺軍団のボスの声にヒューゴは緊張した。初の女性戦闘要員に選ばれて第82空挺師団の小隊長となって以来、順調に出世街道を突き進んできたこの日系人女性は、その栄光からTIME誌によって“世界に影響を与える女性100人”の1人にも選ばれたことがあるが、その実態は極めて冷徹かつ残忍な指揮官として知られていて、しかも権力を背景にしたパワーハラスメント、セクシャルハラスメントの噂は絶えず“空飛ぶ変態”と陰で呼ばれている。ヒューゴはそんな上官を畏怖はすれど決して好いてはいなかった。

 ヒューゴは“司令部を逆ハーレムにしている”“部下に性行為を強要している”といった噂を信じているわけではない。しかし、それを否定することなく放置し、おもしろがっている節さえあるカジ中将の態度が気に入らないのだ。カジは恐怖と畏怖によって部下を統制しようとしている指揮官で、信頼関係を重視するヒューゴとは徹底的にそりが合わない。しかし優れた軍事指揮官であるのは確かであった。

「1月に待機命令が出て以来、全ての兵士を基地に住み込ませ6時間以内に一個大隊を送り込める即応態勢を維持しております」

 いい加減にしないと兵士たちが叛乱を起こしますよ、とヒューゴは心の中で付け加えた。兵士達も所詮人間であり、娑婆で家族と過ごしたり恋人や友人と遊びたいと考えているのだ。だが3ヶ月近く基地に釘付けにされているので、それを果たせず兵士たちの士気は下がる一方である。

<大統領から命令が下った。72時間以内に師団の現役部隊を全て朝鮮半島に送り込む。詳細はおって知らせる。準備を整えろ>

「イエス、マム」

 すると電話は切れてしまった。ヒューゴは受話器を戻すと、直属の秘書官を呼んだ。

「主要な幹部を集めろ。ブリーフィングだ」




国連本部の一室

 同じ頃、ニューヨークの国連本部ではアメリカ国連大使ジェームズ・クックがソ連国連大使であるユリア・カリャキナに面会を求めていた。

「アメリカは条件付で貴国の提案を受け入れようと考えています」

 さっそくクックが切り出した。

「条件とは?」

「まず提案するのは即時停戦のみで、即時撤退は盛り込まない。そして停戦戦に沿った非武装地帯の設置とアメリカ軍を含めた国連軍派遣を中国に呑ませること」

 それを聞いたカリャキナ大使が顔を顰めた。

「貴方はなにをおっしゃっているの?中国は今まさに日本と韓国による侵略を受けているのですよ?それで中国に対する土地の略奪を黙認した上で、アメリカ軍がその保障をするというのですか!」

 怒鳴り散らすカリャキナを見て、クックはこれが演技なのか本気で怒っているのか分かりかねた。クックは嗜めるように言った。

「大使。アメリカと貴国では立場が違います。大統領も国民も日韓の主張に一定の理解を持っているのです。しかし、紛争の拡大を阻止することが重要であるという点では貴国と一致しています。それにこの条件は日本の提案の延長です。貴女も乗り気だったじゃないですか?」

「状況は変わりました」

 カリャキナは断固たる言葉で言った。

「日本と韓国は侵略者になったのです。中国の主権に対する侵害は一切、認められません。それにアメリカ軍が平和維持軍に参加することは中国も我が国も認めません。アメリカは調停の振りをして日本や韓国の侵略行為に荷担するつもりじゃないのですか?」

「そんなことはありません。我が国は韓国と中国の紛争には中立の立場です」

「では何故、朝鮮半島に軍を増援するのですか?それも重装備の部隊を。平和維持軍を派遣するというのなら在韓米軍に十分な兵力がありますし、増援なら軽歩兵部隊で十分な筈じゃないですか?」

 カリャキナの言葉に今度はクックが顔を顰めた。なんでこの女はそんなことを知っているんだ。私だってさっき知ったばかりなのに。

「状況は変わりました」

 クックはさきほどのカリャキナの言葉を繰り返した。

「我々は日本と韓国の安全保障に責任を持つ立場です。このような形で戦争が始まった以上、我々には必要な対応をする責任があります」

「とにかく。アメリカの提案を呑むことはできません」

 カリャキナは強い口調で言うと、そのままクックに背中を向けて退出してしまった。それを見届けたクックは溜息をついた。

「さて。どうなることやら」

 これは中国と日本・韓国の戦争の問題であるが、米ソのゲームの一環でもあるのだ。



 カリャキナは部屋を出てドアを閉めると、安堵の息を漏らした。予想通りアメリカは注文をつけてきたので予定通りに拒否した。“ソ連にはこの問題を第三次世界大戦に発展させるつもりはないことをアメリカに示しつつ、時間を稼げ”という中央からの注文を無難にこなした。アメリカがプレゼンスを示したいように、ソ連もプレゼンスを示したいのだ。

 米ソのゲームは始まったばかりである。

・大規模加筆修正計画では【第4部その1】を改訂。といっても暗視装置の説明を付け加えた程度ですけど


(改訂 2012/3/22)

 実在の人物の名前をカット

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