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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第7部 最後通牒
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その12 不退転

午後1時 首相官邸 首相執務室

 テレビでは最後通牒のことが盛んに報じられていた。メディアの反応はだいたいのところ好意的で、批判はあっても“最後通牒を出すのが遅すぎる”というもので、最後通牒そのものを批判する声は聞こえない。だが、出した本人は発表のすぐ後にそれが誤りであったことを知ることになった。

「それは間違いない情報なのか?」

 執務室に座る宮川は力無く言った。室内に居るのは杉田情報総裁に三輪特別情報班情報員。そして駆けつけた園部内閣書記官長の4人だけであった。

「残念ながら。私も間違いであると思いたいのですが」

 三輪が言った。それに園部も続く。

「問題はこれからの方針ですよ。大々的に発表した以上、今さら撤回はできませんよ?それでは国としての信用を失うことになる」

「もとより戦争は覚悟の上だ。いずれは解決しなければならない問題だしね」

 宮川のその言葉は自分に言い聞かせているようにも見えた。

「とにかく閣僚を集めてくれ。それに吉野君もだ」




午後2時 首相官邸 閣議室

 閣僚と吉野統常参謀部総長、それに情報調査局から杉田、三輪、戸町が参加して臨時の国家安全保障会議が開催された。まず宮川がその会議の主旨を自ら説明した。

「つまり戦争は避けられないということですか?」

 佐渡が尋ねると宮川は無言で頷いた。

「情報局の説明と違うじゃないですか?」

 佐渡の怒鳴り声とともに部屋の中に居る者の視線はそれを説明した人間、つまり戸町に集中した。その様子を見た宮川総理は助け舟をだした。

「いや。判断をしたのはあくまで私だ。全ての責任は私にある。それに開戦も覚悟の上でのことだ。今はこの戦争についてどう後始末をつけるか考えよう」

「その通りです」

 八雲は宮川に追従した。彼は政府の失敗に対する失望よりも軍の出番が出来ることに対する喜びの方が大きいようである。

「我が帝國軍が奴らを蹴散らしてやるだけですよ」

「軍の作戦方針は敵の侵攻能力の排除でしたね?」

 蛭田が八雲に質問した。

「その通りだ」

「では、それが完了した後をどうするかが重要になります。私はあくまでも従来通りの提案を続けていくべきであると思います」

「つまり国境線に非武装地帯を設けて平和維持軍を駐留させるというヤツか?」

 宮川の言葉に蛭田は首を縦に振った。

「えぇ。軍はあくまで平和維持軍派遣までの間の保障占領を行なう、ということになります」

 宮川はその提案に満足した。

「よし。その線でいこう。で、問題は軍の方だが。勝てるのか?」

 その質問は吉野に向けられていた。

「通常戦闘の範囲では確実に勝利できると確信します」

 佐渡大蔵大臣がその言葉の裏を察した。

「核はどうなる?核戦争になる危険性があるんじゃないか?」

「今のところ中国軍の戦略核部隊に動きはありません。それに中国が核を使うつもりならソ連が止めに入るでしょう。米ソが傍観に徹していることを考えますと、中国軍が核を使う公算は低いように思われます。勿論、可能性はゼロではないでしょう。エスカレーションが起こる可能性があります」

 吉野の説明は佐渡を納得させるにはいたらなかった。

「ゼロでなくては困るんだよ。帝國1億5000万臣民の生命がかかっているんだ!」

「情報総裁はなにか意見がありますかな?」

 椿商工大臣が杉田に尋ねた。

「中国だって核戦争は望んではいないでしょう。まぁあとは相手の理性を信じるしかありません」

「相手を信じれないと戦争もできないのか…」

 それを聞いた宮川が呟いた。

「それが核時代の戦争です」

 吉野が指摘した。宮川は何度か頷いた。

「よろしい。もはや後戻りはできない。では中国との戦争を始めようか。吉野君。20日零時の時点で勅令により統合常設参謀部を大本営に改組する。君はその責任者として陛下と政府を輔弼する立場にある。責任重大だ。頼んだぞ」

 吉野は無言で頭を下げた。

「佐渡君。補正予算の方は?」

「兵部省との協議中です。20日には予算案を議会に提出できると思います」

 佐渡大蔵大臣の報告に宮川は満足した。




3月18日 早朝 南浦(ナンポ)

 南浦は朝鮮半島北部にある港湾都市である。韓国第二の都市である平壌に近く、また渤海沿岸の中国諸港との交易にも便利な位置にある。その為に中国が改革・開放政策を推進する頃になると西側との貿易が盛んになったため南浦も急速に発展した。

 また日本が遼東半島・関東州を中国に返還して以降は軍事的にもその価値が高まっている。南浦は中国のものになった大連・旅順に面し、さらに煙台(イェンタイ)威海(ウェイハイ)のような山東半島北側の中国海軍拠点を押さえられる位置にあるからだ。

 そこで関東州返還を見越した日本は軍事拠点としての南浦の整備に力を注いだ。港湾整備・近代化のために日本から韓国へODA、つまり政府開発援助の名目で資金を提供し、その見返りとして日本海軍に埠頭の1つの優先使用権が与えられている。余談ながら日本はそのような形で得た拠点を東南アジアの各地に有している。



 その埠頭を含め南浦の多くの船着場が韓国と日本の両海軍の艦艇に占拠されていた。その中で最も目立つのはなんといっても2隻の空母である。原子力空母<翔雀>と通常動力空母<大鷲>である。

 韓国海軍の揚陸艦部隊も見える。彼らは陸軍の鴨緑江(アムノッカン)渡河を援護するため中国の対岸の街である丹東(タントン)に隣接する東港(トンガン)に上陸作戦を行なうのである。

 そして、作戦の主役となる艦隊もいよいよ到着した。日本海軍第一両用戦部隊。海軍の編制表ではそう呼称されている揚陸艦部隊である。派遣されたのは大隈型揚陸母艦―というのは日本海軍独自の呼称で、より一般的な用法で言い表せばドック型揚陸艦―3隻から成る第42戦隊を中心に、何隻かの掃海艦と護衛の海防艦、そして物資を運ぶ運送艦―帝國軍では通常型の輸送艦をそう呼称する―などからなる部隊である。彼らは空母機動部隊とともに行動し、大連に海軍陸戦隊を運ぶことを任務とするのだ。



 港についた彼女らに乗り込む者たちがいた。大連上陸作戦の実行部隊となる第1海軍特別陸戦隊の面々である。彼らは航空機で一足速く韓国入りして、韓国軍の演習場で最後の訓練に励んだ後にやってきたのである。

 大半の兵士は3隻の揚陸艦に向かったが、一部の部隊、神楽三門らの小隊を含めた1個大隊は別の船に向かっていた。それは空母<大鷲>であった。

「しっかし空母に乗るなんて久しぶりだな。ガキの時に一般公開されたのを見学して以来だ」

 新兵の1人が言った。

「そうか。お前は空母からの強襲上陸作戦の訓練に参加したことなかったっけ?」

 神楽三門がその新兵に尋ねた。

「はい。ヘリコプター機動の訓練だけです」

「もっと機動部隊の方も協力的になってくれればいいんですけどね」

 本来ならそう言った無駄話を止めるべき立場の矢吹までも愚痴をこぼす。海軍陸戦隊は空中機動作戦をするときには航空母艦を母艦として使うが、空母側はあまり乗り気ではないのだ。

 兵士たちは空母の中へ消えていった。



 開戦した場合、作戦に参加するであろう艦艇の全てが集結した。空母2隻、揚陸艦3隻、巡洋艦4隻を基幹とする40隻を超える艦隊である。




モスクワ

 モスクワ時間の午前8時。ミハイル・チェーホフはモスクワ郊外のKGB第1総局本部ヤセネヴォに出勤していた。ミハイルらは2月の終わりにはベルリンでの調査を終えてモスクワに戻った。あまり成果が無かったのでうな垂れていたが、アレクセイエフの方は成果があったらしく、忙しい―主に中国と韓国のせいである―業務の合間になにやら調べ事をしている。そしてミハイルらは本来与えられた任務、すなわち局長であるウラジミール・アレクセイエフの護衛任務に戻ったのである。

 ミハイルは派遣された第9局の要員と交代して、局長の執務室に入った。

「やぁ。おはよう、ミーシャ」

 ウラジミールは書類の束と格闘しており、目の下に隈をつくっていた。

「徹夜をなされたのですか?同志」

「極東の同志たちが眠らせてくれないのだ。頼むぞ」

 ウラジミールは書類の束に目線を戻した。そこへドアを開けて局員の1人が入ってきた。ミハイルに身分証を提示すると、まっすぐウラジミールの前に進んだ。毎朝恒例の定時報告であった。ミハイルはウラジミールから部屋の外で待機するように命じられた。

「日本が開戦を決断したようです」

 局員はそれが判明した経緯を報告した。

「なるほど。これで戦争は避けられなくなったわけだ。アメリカの方は?」

「アメリカには昨日のうちに同志総書記がホットラインでそれとなく伝えましたが、特に動きはありません」

「あくまで傍観するつもりか。我々と同じように」

「それと日本関係でもう1つ。第8総局の連中がこれを」

 局員が紙を一枚ウラジミールに手渡した。それにはなにかの通信文らしきものが印刷されていた。

「第8総局だと?」

 ウラジミールが尋ねた。第8総局は主に相手国の通信を監視する部署で、暗号解読なども行なっている。

「えぇ。日本の外務省の暗号通信です」

 その通信の中身は“マルタ”の情報であった。

「第2総局の連中に報せてやらんとな」

 第2総局は防諜担当部署である。裏切り者のスパイは見つけ出さなくてはならない。

「それと最後に“双頭の魔女”についてです」

 ウラジミールは局員の最後の報告に一番興味を持った様子であった。




3月19日未明 黄海 大連沖2km

 伊号第四八潜水艦は機雷と敵潜水艦を警戒しながら大連のすぐ沖にまでやってきていた。戦争近しとは言え、一応平時である今に国際貿易港のすぐ傍に機雷を設置するのは憚られたらしく、伊48はなんの妨害を受けることも無く目的地まで到着した。

「深度20、潜望鏡深度。前後水平」

「潜望鏡、ESMアンテナ上げ」

「ESMアンテナ反応なし」

 様々な報告・命令が飛び交う中、艦長は上げられた潜望鏡を覗いた。

「周囲に艦船はいない。いいぞ」

 それはドライデッキ・シェルターに待機する人々に向けられた言葉であった。



 艦の背部に設置されたドライデッキ・シェルターには空気が満たされていて、ハッチを通じて艦内と自由に行き来できるようになっている。そしてこの時も完全装備の16人の兵士たちがドライデッキ・シェルターの中へ上がってきた。彼らは海軍陸戦隊の誇る特殊作部隊である第101特別海軍陸戦隊、通称S特の面々である。彼らは大連上陸作戦を支援すべく潜入するのである。

「注水開始」

 ドライデッキ・シェルター内に水が流れ込みはじめた。どんどん水位が上がり、16人の男達を飲み込もうとする。しかし問題はない。16人ともウェットスーツで身を包み、酸素ボンベを背負っているからだ。

 シェルター内は水で一杯になると、外部とを隔てるハッチが開いて海中へと出られるようになった。シェルターの中には4台の水中バイクが用意されていた。水中バイクは1人が操縦して、さらに後部にロープが備えつけられていて3人の別の兵士が掴まれるようになっている。隊員たちはそれぞれ割り当てられた水中バイクに掴まり出撃の準備が終わった。水中バイクは1台ずつ艦から離れていき、ハッチが閉じられた。



「S特が艦を離れました」

 部下の報告を聞いた艦長は頷くと、海図台に広げられた海底地図を眺めた。関東州が日本領であった時代につくられたものである。つまり3年近く前の地図なのだ。それから現在までの間に地形が変わっている可能性がある。

 伊48は特殊部隊の輸送後に上陸作戦支援のため待機することになっている。そのためには中国軍の探知を逃れるために海底に着底したいところであるが、3年前の地図に頼りきるわけにはいかない。

「深度50まで沈降。ソナーで海底を走査し、着底場所を探す」

 伊48は機雷探知用の高周波アクティブソナーを備えている。これを使えば精密な海底地図をつくることも可能であるが、アクティブソナーを使えば探知される可能性が高まる。ただ高周波ソナーは精密な観測が可能な代わりに遠くまで音が届かないという特徴があるし、また海底地形により乱反射して聞かれても位置特定は難しいだろうという読みがあった。

 走査の結果、着底に最適な平地を見つけて、伊48はそこに下りた。艦長の読みは当ったようで、敵の艦艇は現れなかった。




深夜 慈江道

 チャンソク曹長らは駐屯地の近くの森に塹壕を掘ってそこでで野営をしていた。中国が先制攻撃を加えてきた時のための備えである。今日の昼になって現場の将校に限定して情況が知らされた。曹長に過ぎないチャンソクはそれについて本当のところは知ってはならない筈であるが、小隊長の少尉は一番信頼できる部下であるチャンソクに漏らしてしまっていた。

「いよいよ戦争か」

 今夜の12時までに中国が日本案を受け入れなければ戦争になる。そして腕時計を見ると、その時間まであと1分である。もし戦争を回避できたなら駐屯地に戻るように命令される筈である。しかし開戦であるならば、彼らは渡河地点に向かうことになる。

 チャンソクは塹壕の中に横になった。屋根の無いところだったので、木々の枝の間から星空を見ることが出来た。都会から離れた森の中で見る星空は実に綺麗だった。それに見惚れて、ついウトウトしていた。

「集合!」

 小隊長の声が聞こえた。時計を見ると日付が変わって10分近く経っていた。チャンソクは彼と同じように寝ぼけている部下達を叩き起こして、小隊長の前に集合させた。

「忠誠!全員集合しました」

 すぐに小隊の全員が集まった。早速、小隊長は切り出した。

「諸君。これより我々は戦場へ向かう」

(改訂 2012/3/21)

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