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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第7部 最後通牒
48/110

その10 不吉な予兆

空母<翔雀>会議室

 綾野や那美、タチアナらも含めて作戦参加部隊の主要な将校を集めて作戦計画に関する会議が行なわれた。大連に上陸する陸戦部隊を乗せた揚陸艦部隊とヘリボーン作戦の母艦となる空母<大鷲>の機動部隊が本日中に合流することが説明され、艦隊はいったん韓国の港湾都市である南浦(ナンポ)に停泊して作戦発動の時期を待つこと。そして、2週間待機して何もなければ別の部隊と交代することが説明された。

「第三艦隊司令部と連合軍司令部が直接交信できないとはどういうことか!」

 会議の席でそう怒鳴るのは連合海軍陸戦隊総司令官の石見武蔵(いわみ たけぞう)海軍中将である。全海軍陸戦隊を指揮する立場として今回の会議に参加した石見提督は海軍の決定に猛反発していた。



 帝國海軍連合艦隊は平時には配下の部隊のタイプごとに分けられ、その管理を行なっている。第一艦隊は水上打撃部隊、第二艦隊は機動部隊、第三艦隊は揚陸艦などの水陸両用戦部隊、第五艦隊は北方警備部隊、第六艦隊は潜水艦部隊という風に。それが戦時になれば各艦隊は特定の海域が指定され、その海域内に居る連合艦隊部隊は原則全てがその艦隊の指揮下に入る。その部隊のタイプ、平時の所属艦隊に関係なく。

 今回の戦争計画では第三艦隊が黄海を、第二艦隊が日本海の朝鮮沿岸を担当することになり、必然的に大連上陸作戦実行部隊は第三艦隊の指揮下に入ることになる。



 さて問題は連合艦隊が海軍実戦部隊の全て司る機関ではないということだ。連合艦隊の同格の機関として鎮守府や警備府が存在する。それぞれの管轄の海域を警備し、艦隊の後方支援をするのが役割で、鎮守府については小規模ながら自前の艦艇部隊まで保有する。

 そして問題なのは日米韓連合軍司令部に代表として出席しているのは鎮海警備府司令官なのである。戒厳令の解除により法的な指揮権を失ったとはいえ、他に代わるものはないので事実上の司令部としてそのまま機能することになっている。しかし、そこに代表を派遣している鎮守府は連合艦隊と同格の組織であり、両者は完全に独立した指揮系統を形成している。つまり連合軍司令部は直接第三艦隊に命令を発する事はできないのだ。

「陸上作戦になるのであるから、陸軍との協同は避けられない。このような態勢では連絡に齟齬が生じて共同作戦が困難になる!」

 石見は力をこめて怒鳴るように言った。陸軍との連携の不徹底で損害を被るのは彼の部下なのだ。

「しかし、艦隊司令部や陸戦隊司令部が連合軍司令部と頻繁に交信すれば指揮系統に混乱が生じる」

 そう主張する艦隊の幕僚の意見を聞いて綾野は溜息をついた。

「だから連合艦隊なんて無くせって言ったのよ」

 誰にも聞こえないように呟く。このような事態は連合艦隊という組織そのもの、さらに言えばその背景にある艦隊決戦のための戦力集中を唱えて陸軍支援を含むその他の作戦への部隊派遣に否定的なマハン主義に毒された精神が引き起こしたのだ。




 由梨絵がパイロット待機所に戻ると同僚のパイロットたちが机を囲んでいた。

「天城大尉。お前の撮った写真の現像が終わったぞ。“いやらしい”写真が撮れているぞ」

「本当?」

 由梨絵はパイロットたちの輪に加わり、机の上に置かれた写真を見た。

「こりゃキレイなお尻だこと。いやらしい」

 パイロットの1人がふざけた口調でそう言うと由梨絵を含めた他のパイロットたちは大笑いした。写真には中国軍のスホイ27の尾部が写されていた。

 戦闘機に搭載する様々な装備、レーダーや赤外線探知機、機関砲にミサイル。どれも前方を向いて装備される。後方は死角で、後ろをとられるのは撃墜されるも同然なのだ。それ故に敵機に背後からの写真を撮られることは相手のパイロットにとって屈辱であったに違いない。

「おい。あんたらも見ないか?」

 パイロットの1人が別のパイロットの一団に声をかけた。271空のパイロットたちだ。だが彼らは黙り込んで呼びかけを一切無視した。

「ちっ。何様のつもりなんだ」

「所詮、地上のマヌケを攻撃する弱いもの虐めしかできない連中さ。敵艦に攻撃をかける勇気もない。ほっとけ」

 パイロットたちの間には邪険な空気が流れていた。




3月14日

東京 内閣情報調査局

 特別対策室には多くの情報が集まるようになっていた。中心は中国の人民解放軍の動向である。情報では各地から部隊が集められ国境線付近に集められていることが分かった。そんな情報を見ながら美香は悩んでいた。

「どうした?美香ちゃん?」

 見かねた雄之助が尋ねた。

「いやね。集められている増援部隊なんだけど、済南軍区と南京軍区の部隊が主体なわけ。なんで北京軍区の最精鋭が動かない?一番、近いのに」

 人民解放軍は7つの軍区に分かれているが、北京軍区は首都という最重要都市防衛を受け持つとともに瀋陽軍区の後詰の戦略部隊として性質を持ち、装甲部隊には98式戦車のような最新の兵器が配備されている。また配下の部隊も他の軍区より多く、5個集団軍の大兵力を抱えている。しかし、それらの部隊がまったく動いていないのだ。

「やっぱり軍内の派閥とか関係あるんじゃない?」

「たぶんね。後で解放軍の人事記録を見直してみるか」

 美香は身体を伸ばした。しかし心の中では北京軍区が部隊を動かしていないことが引っかかっている。必ず理由がある筈である。




3月15日

東京 首相官邸 閣議室

 事態を打開すると期待された開戦準備宣言であるが、あいかわらず事態は膠着したままであった。支持率は下がり、党内外からさらなる圧力を求める声があがっていた。

「やはり期限を設けるべきだったのです。そうしなかったばかりに支那人どもは…」

 閣議の席で興奮した大河内はまた支那という言葉を使った。

「中国です。中華人民共和国」

 蛭田がやんわり修正した。大河内は特に意を返さなかった。

「今からでも遅くはありません。最後通牒を出すべきです。内調の分析が当っているなら、奴らは必ず妥協するはずです」

「その分析が外れていたら?」

 園部が意見を述べたが、大河内は無視した。代わりに八雲が答えた。

「軍はなんの問題もない。同盟国の安全に必要な武力行使を実行するだけだ」

 大河内はさらに続けた。

「もはや事態を打開するには、それしか手はありません。国民もそれを望んでいる。支持率は20%を切っているのは、それをしないあなたへの失望を示しているんです」

 閣議室は静まりかえった。しばらくの沈黙の後、宮川は言った。

「少し考えたい。席を外してくれ」

 閣僚達は立ち上がって宮川に背を向けて扉にむかった。その背中に宮川が声をかけた。

「佐渡君と椿君は残ってくれ」

 指名された大蔵大臣と商工大臣はいそいそと自分の席に戻った。

「椿君。もし開戦したら経済にどんな影響が出るかな?」

 椿商工大臣はその問いに驚いて隣の佐渡大蔵大臣に助けを求めたが、佐渡もなにか事情を知っている肝を据えた風で、椿も覚悟を決めた。

「為替相場が円安になることは確実です。株価もそれに連動して下がるでしょう。問題は円安で輸入価格が上がるということです。石油とか食糧とか。そうなれば臣民の生活にも影響が出ます。長期化すれば内需の冷え込みは確実でしょうな」

 商工官僚から選ばれた椿は簡単に説明を行なう事が出来た。

 大日本帝國の経済は貿易額の対GDP比は60%に達するので外需への依存が高いと言われる。しかし、貿易総額のうちGDPに実際に反映される輸出から輸入を差し引いた貿易黒字分なので、それの対GDP比は30%程度である。外需依存国と言ってもGDPの7割は国内経済で稼いでいるのだ。それが冷え込むのは厳しい。

 それに宮川内閣は世界経済の変動の影響を受けるのを最小限に止めるために内需経済拡大を掲げている。戦争の結果、それが破綻しかねない。

「単なる円安の場合であればそのぶん輸出が拡大する効果はあるのですが、しかし戦争ですから保険の問題が絡んできます。今でもロイズは日本周辺を航行する船舶に対する保険料率をじょじょに高めていますから、戦争勃発となれば一気に引き上げるでしょう」

 ロイズは世界最大の保険会社で、それが動けば、世界中のあらゆる保険会社が追従するであろう。

「なるほど。そうなれば円安が保険料率でいくらか相殺され、輸出が伸び悩むというのだな」

「ええ。ついでに言えば保険料は我が国が輸入する物品にも積み上げられますよ。首相、いったいなにを考えておられるのですか」

「佐渡君が昨夜、おもしろい情報を届けてくれてな。で、結局、ウラはとれたかい?」

 宮川は佐渡大蔵大臣に顔を向けた。佐渡は官僚出身の椿と違い、代議士であり政友会の有力者でもある。

「残念ながら、ウラはとれました。大河内と笹山、徳永が組んで政界再編を目論んでいます」

 椿の目が点になった。佐渡はかまわず続けた。

「成功する見込みは高いです。あの中国批難決議こそ阻止しましたが、それからの外交の停滞で今の状況に対する不満が高まっていますから。決議の時はわずか6人差でした。逆転されないほうがおかしい」

 佐渡は説明をしながら、なぜか微笑む宮川の顔が気になった。それは自嘲に見えた。

「総理。なにを考えているのですか?」

「決断の時かもしれん」

 その言葉に椿と佐渡は互いの顔を見合わせた。

「彼らの理屈だって一理あるんだ。このまま膠着状態を永遠に続けるわけにはいかないし、同盟国の安全が脅かされているのなら軍事力を投入する必要だってある。彼らの言う事は間違っていはいないんだ」

 それから宮川は少しばかり沈黙してから続けた。

「それに彼らに主導権を与えるわけにはいかない。彼らの理屈は一理あるが、彼ら自身は戦争をしたくてウズウズしているだけだ。彼らに主導権を握らせるわけにはいかない。そのためには私が先手を打って主導権を握らなくてはならない。決断の時だよ」

「最後通牒を出すというのですか?やめてくださいよ。そんな思考法」

 佐渡が尋ねた。

「その通りだ。出そうと思う。確かに間違っているかもしれない。しかし、そもそもこの問題に正しい答えなんてあるのかね?」

 宮川の言葉に椿も佐渡も黙り込んだ。

「それでだ。佐渡君。万が一のために兵部省と協力して補正予算の準備を。戦争には戦費が必要だ」

「戦争も覚悟している、と?」

「当然だ」




3月16日昼頃 

ソ連 モスクワ クレムリン

 クレムリンの会議室もやはり暗かった。中国の決意を知らされ、ソ連側も説得をしたが聞き入れられなかった。慎重派はもちろん、強硬派といえども核保有国同士の戦争などあまり歓迎はしていない。

「もはや中国は決断をした。日本が決断すれば戦争が始まる」

 集まった政治局の指導者たちにニキーチンは宣言した。

「それで我々に介入の要請はあったのですか?」

 ジンヤーギンが尋ねた。答えたのは外相のクラコフであった。

「むしろ、しないように要請されたよ。国防大臣。中国軍は単独で日本軍に勝てるのかね?」

 クラコフの質問にジンヤーギンはあっさり答えた。

「無理ですね。正面から戦えば勝ち目はない」

 ジンヤーギンの言葉を聞いてモスクワ市長ドラガノフが意見を述べる。

「これはチャンスだ。戦争になるのは残念だが、チャンスには違いない。中国軍が日本軍に勝てないとなれば最終的には我々に頼らざるをえない。中国への影響力を高めるチャンスだ」

 それにリンドフスキー首相が反論した。

「危険すぎないか?もし、中国が核を使ったらどうなる?」

 その疑問にはクラコフが答えた。

「その点は張徳平に確約させたよ。核は使用しない。少なくとも先制は絶対にしない」

「そんなもの信用できるか」

 リンドフスキーが叫んだ。

「信用するしかあるまい」

 ウクライナ共産党書記長トゥルクがリンドフスキーをたしなめた。

「どうせ事態は我々に関係なく動く」

 ソ連の採るべき針路は決まった。

「当面は傍観しよう。中国が我々を必要とするタイミングを待つのだ」

 ドラガノフが自案を述べた。

「アメリカにはそれとなく直前に知らせましょう。阻止できなくとも我々に恩を感じるでしょう」

 クラコフが付け加えた。

「待ってください。まず第一に考えなくてはならないのは中国に居るソ連市民たちの安全ではないのですか?」

 キベリエフの言葉に何人かの局員が頷いた。




午後8時 モスクワ

 伝通院皐月は大使館の業務を終えて自分のアパートへの帰路についていた。ソ連から日本政府名義で借りたそのアパートは当然に盗聴されていると予想されるので、伝通院は時折淫らな行為をしているような声をだしてソ連の盗聴係を楽しませている。

 アパートの前にはポストが置かれていて、その下に小さなウォッカの空瓶が置かれている。伝通院は何事も無いかのようにアパートの中へ消えた。

 自室に戻った伝通院は帰宅時のいつも通りの一連の行動をこなしてから、冷蔵庫に張られたモスクワ地下鉄の時刻表を眺めた。情報提供者との接触に使う電車は決まっている。

 大規模加筆修正計画は第二部その1を修正しました。閣僚の簡単なプロフィールを沿えて、また登場人物が1人増えました。外務省が中国相手に屈服するかのような条件を出そうとした事件について掘り下げようと思い、外務省関係者を増やしたのです。後は細かい訂正などです。


(改訂 2012/3/21)

 登場人物の名前を変更

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