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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第7部 最後通牒
42/110

その5 双頭の魔女

2月24日未明 中国東北地方 中国軍補給所

 かつて日本が満州と呼んだ地では各地に臨時の補給基地が築かれていた。これは韓国との戦争に備えるためである。そんな補給基地の1つを丘の上から見下ろす者が居た。

 1人はウランバートルの駅で車掌を驚かせたゴスロリの女で、今は身体にフィットした特殊作戦用の夜間迷彩服を着ている。彼女は粘土のような物体になにかを突き刺して地面に置いた。同じモノが幾つも並んでいる。

「オリガ。爆薬は準備できたよ」

 “オリガ”と呼ばれた相方の女は妹と似たような格好でM16自動小銃を組み立てながら、悪態をついていた。

「ったく。わざわざM16なんて使わなくてもいいだろ。今日びカラシニコフなんてどこでも手に入るんだからよ」

 オリガは使い慣れない武器を使うことを嫌がっているようだ。

「これがあるから大丈夫だろ?」

 そう言うと相方のヘリガは鞘に収まったコンバットナイフを投げて渡した。ベトナム戦争時代にアメリカ海兵隊で使われたKバーナイフである。

「それもそうだな」

 M16はこれからの行動を西側による謀略と思わせるためのアイテムに過ぎない。彼女達は夜間ならナイフ格闘に絶対の自信を持っているのだ。

「それじゃあ始めるとするか」

 オリガはそう宣言すると、ヘリガを引き寄せて抱きしめ、その唇に口づけをした。



 丘の頂上から基地までずっと林が続いている。2人は音を出さないように慎重に丘を下りている。特に枝などを踏んで無闇に音をたてぬよう、一歩一歩足の裏を探りながらの前進である。それに2人とも暗視装置はつけていなかった。実のところ訓練を積めば人間の目は夜間でも驚くほど多くを見ることができるのだ。それに暗視装置は視界を狭めてしまう。

 2人は林が途切れる地点まで辿り着いた。木の陰に隠れて様子を伺うと、平原だったところにいくつものコンテナが並べられ簡易な見張り台も建てられて補給基地としての最低限の体裁を繕っていた。林との間には有刺鉄線が張り巡らされていて、定期的に兵士が見回りに周ってくる。だが急造だけあって準備が間に合わないらしく、警戒態勢は十分ではなかった。

 オリガはM16を構えて援護の態勢をとると、ハンドサインでヘリガに先へ行くように伝えた。ヘリガが目をつけたのは見張りの兵士が出入するために設けられた入り口であった。当然、衛兵が立っている。しかし、あまり真剣に警備をしているわけではないようだ。その衛兵は暗視装置を頭につけておらず、しかもタバコを吸っている。タバコの光に目が慣れてしまい、今や彼は自分の手元くらいしか見えないであろう。当然ながら暗闇の中を動く二人の女の存在になどまったく気づいていない。

ヘリガは後ろのオリガに手で合図を送ると森と平原の境に身を潜めた。オリガは手元にあった小石を拾うと、それをおもむろに衛兵に投げつけ、見事に鉄帽に当った。衛兵は突然の事に驚き、状況を理解できず、懐中電灯を点けて小さな衝撃の正体を確認しようとした。しかし懐中電灯の光はヘリガに自分の位置を報せるくらいの役割しか果たさなかった。彼が最後に目にしたのは、懐中電灯の光の中を一瞬何かが通り過ぎた光景であった。1秒後にはヘリガのKバーナイフに喉を切り裂かれていた。

こうして2人はまんまと補給所の中に入り込んだ。



 補給所内に侵入した“双頭の魔女”は弾薬のコンテナもしくは燃料のタンクを探した。食糧コンテナを吹き飛ばしても大したことにはならない。暗闇に紛れてコンテナとコンテナの間を進む2人。見張りの人員は十分では無いようで、しかもそのほとんどが外回りの警備に費やされているらしく、中には警備の兵士はほとんど居ない。

「見つけた」

 ヘリガが指差した先にはやはりコンテナ群が並んでいたが、その他とは様子が異なっていた。

 コンテナとコンテナの間には一定の間隔が空けられ、隣のコンテナとくっついていたり、別のコンテナを上に載せていたりするようなことはない。そしてなかなか見かけなかった警備の兵士の姿も見える。

「万全の守りをしたいってのは分かるけどさ、逆に丸分かりだっつーの」

 後ろでヘリガと同じものを確認したオリガが苦笑しながら言った。目標となる武器弾薬を保管するエリアを発見したのである。すると警報のサイレンが鳴り出して、周りの警備兵の動きが慌しくなった。

「あっちも見つかったね」

 ヘリガは自分達が侵入してきた方向を指差しながら言った。おそらく誰かが殺した警備兵を見つけたのであろう。

 武器弾薬エリアの警備兵たちはさすがに訓練を受けているらしく、例の警備兵の遺体が発見された周辺にみんなして向かうような行為はしない。動じることなく自分達の守るべき場所の警備に専念するつもりのようだ。敵が狙うとすれば武器弾薬エリアであろう、という考えもあるのだろう。だとすれば、むしろここの警備が増員される筈である。事前に受けたGRU現地工作員とのブリーフィングでは、中国軍は異常事態が発生した場合、近隣の基地から増援部隊を派遣する手筈になっている。

「よし、誰か来る前にさっさとやっちまうか。こっちは任せたよ」

「任せといて。オリガ」

 2人は再び口づけをした。



 2人の警備兵が見回りのためにコンテナとコンテナの間を進んでいた。1人が先を行き、もう1人が後ろから援護する。近接戦闘の基本パターンである。そして先頭を行く兵士がコンテナの角を曲がると、銃声がして先に行った兵士が倒れた。

「敵だ!」

 もう1人の兵士は咄嗟に小銃―AK47小銃を基に開発した81式小銃―を構えて乱射した。その兵士は相手が舌打ちしたような音を聞いたような気がして、敵にとっても不意の遭遇なのだろうと考えた。

 コンテナを守っていた兵士たちが集まってきた。

「敵だ。包囲しよう!」



 ヘリガはコンテナの陰から武器弾薬エリアを守る兵士の数が明らかに減っているのに気づいた。オリガは見事に囮の役割を果たしたらしい。さすがに全員が姉を追いに向かうことはなかったが、そこまでは元より期待はしていない。しかし戦闘の様子が気になるのはどうしようもないらしく警備の兵士たちはオリガと警備兵の戦闘音が聞こえる方向に視線が奪われて周辺に対する警戒を怠っている。

 ヘリガはそんな警備兵の中から1人に標的を定めた。足首に固定した投げナイフを手にとるとヘリガはその警備兵に投げつけた。そして一気に飛び出て、その兵士のところに向かった。少し離れたところに立つ隣の警備兵が同僚の異変に気づいたが、その時にはヘリガは倒れた警備兵から81式小銃を奪い取っていた。引き金が引かれて、切り替えレバー単射に合わせていたので1発だけ7.62ミリ弾が放たれる。ヘリガにはそれで十分だった。オリガと警備兵の派手な戦闘音に紛れて放たれた1発の銃弾は隣の警備兵の眉間を打ち抜いた。

 ヘリガは相手が倒れたことを確認もせず―確認の必要などない―に爆破作業を開始した。背負った背嚢から爆薬を取り出すと、1つずつコンテナに取り付けていく。警備兵と遭遇した時は1発で仕留める。それの繰り返しであった。




日本 筑波 日本帝國空軍宇宙作戦司令部

 戦争を戦う組織である軍隊といえども、年がら年中、24時間絶えずに戦争に備えている部隊は少ない。防衛準備基準三発令中といえどもである。そして宇宙作戦司令部はそうした部隊の1つに数えられている。

 その根幹を担うのは帝國空軍が打ち上げた幾つかの早期警戒衛星である。熱を捉える赤外線センサーを備えるこの衛星の最大の目的は、敵の弾道ミサイル発射時に生じる熱を捉えて然るべきところへ警報を出す事にある。

(からす)6が熱源探知。中国満州地方」

 オペレーターの1人が叫んだ。彼はキーボードに載せた指をせっせと動かして、早期警戒衛星の熱源センサーをコントロールして、より詳細が得られるように調整した。

「メインモニターに映せ」

 司令部の当直将校が命じると、オペレーションルームの一番奥の壁一面に取り付けられていて、普段は世界地図と宇宙作戦司令部が運営する衛星の軌道が映されている巨大モニターの映像が切り替わり早期警戒衛星<鴉6>のセンサーが捉えた画像が映された。

 モニターでは次々と小さな爆発―モニター上でのことであるが―が続けざまに起こっているのが確認できた。

「弾道弾の発射ではありません。なにかが爆発しているようです」

 オペレーターの報告に、当直将校は最悪の事態ではないことを知って安堵し、幾分落ち着いた口調で命令を発した。

「空軍作戦本部に通達」




中国

 畑に囲まれた田舎道を1台のジープ―実は本物のジープで、最新バージョンであるチェロキーを中国でライセンス生産したもの―を先頭に数台のトラックが進んでいた。彼らは補給基地に対する敵襲の報を受けて増援のために派遣された歩兵部隊であった。

「見てください!」

 爆発音と隣に座る運転手の叫び声に、地図を見て部下の配置を考えていた指揮官が顔を上げた。目の前の補給基地で大きな爆発―衛星のモニター映像ではなく実物を見ている彼らには大きく見えた―が起きている。指揮官は無線でさらなる増援と消防・救急チームの派遣を要請すると、車列を停めさせて兵士たちを降ろした。

 兵士たちは目の前の光景に驚き唖然としていた。やがてその下に居るであろう同志たちを救出しなくてはならないという使命感が湧いてきた。だから補給基地に向かって走り出した頃には自分たちが乗ってきた車のことなど忘れていた。



 誰も居なくなったトラック群に近寄る2つの影があった。オリガとヘリガである。爆発の混乱の中、補給基地を抜け出してきた2人は、計画通りに増援として駆けつけた中国軍部隊の車輌を借用することにしたのである。

 トラックに手榴弾を投げ込むと、2人はジープに乗り込んでそこから去った。彼らはGRU工作員が替えの車と着替えを用意している場所まで向かった。



 すぐに周辺を警察や憲兵が封鎖して、補給基地を襲った敵コマンド兵の捜索が始まった。コマンド兵を探していた警察や憲兵の人々は、普通の民生トラックに乗る小柄な人民服姿の女性2人を当然のように無視した。




韓国 慈江道

 オ・チャンソクは自宅のベッドの中でいつもどおりの時間に起きる事はできたが、いつもどおりだったのはそれだけであった。軍の駐屯地から電話で非常呼集が命じられ、チャンソクは朝食を食べる暇もなく客人の日本人少尉とともに家を飛び出した。

 駐屯地につくと日本人少尉とは別れて、そのまま自分の分隊と合流した。中隊長は理由を告げずに完全武装をしてトラックに乗り込むように命令をした。そして幌を外されたトラックに乗り込み駐屯地を発してから暫くしてチャンソクらは国境に向かう事を知った。しかし理由は最後まで分からなかった。

(改訂 2012/3/21)

 登場人物の名前とタイトルを変更


(2014/10/23)

 内容を一部変更

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