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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第7部 最後通牒
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その4 五ヶ国会議開催

香港 高級ホテル

 香港は今や中華人民共和国の領土であり、その点でここが5ヶ国会議の会場に選ばれたことは中国の面目を立たせている。その一方で香港はほんの3年前までイギリスの領土であり西側の影響が強い地域だ。こういう複雑な事情が5ヶ国会議の会場として選ばれる要因となったわけである。

 日本政府は特使としてアジア大洋州局長の今川茂を派遣した。彼は昨日、特別便で“イギリスの置き土産”である香港国際空港に降り立った。わずか2年前にそれまでの啓徳空港に代わって開港したばかりの香港国際空港は24時間の離着陸が可能な滑走路2本を備える洋上空港で、香港の新しい玄関口に相応しいものであったが、今川としては啓徳空港名物の香港市街地を掠めて着陸する“香港アプローチ”が楽しめなくなったのが残念であった。

 一夜を過ごして23日の朝。今川は外務省や大使館から派遣された補佐官を自室に呼んで打ち合わせをしつつ朝食を食べていた。備え付けられているテレビにはNHKのニュースが映されていて、中国問題ばかりを報じている。

「世論もだいぶ硬化したな」

 今川が呟いた。先日の帝國議会における中国非難決議は日本国内にも大きな影響を与えた。マスコミが“中国の非道な虐殺行為”を報じつづけてきたので、衆議院で決議が廃案されたことは世論を刺激することになった。政権支持率は下がり、人々は宮川政権を中国の狗と非難するのである。中国との開戦を主張する意見も大きくなりつつある。

「これで会議がこけたら、戦争に向かって一直線だ」

 今川は自分の責任の重さをかみ締めた。



 午前10時、5ヶ国の特使がホテルの会議室に集まり円卓を囲んで座った。議長役のソ連特使が開会の宣言をした。5ヶ国会議が始まった。最初に口火を切ったのは中国特使であった。

「まず確認しておきたいことであるが、日本の貴族院で先日、決議された宣言はなにを意味するものであるか?あのような事実無根の濡れ衣で我が国の名誉傷付ける意図は何か?我が政府内には、貴国に我が中華人民共和国への侵略を行なう計略があり、決議はその下準備であるという者も居る。残念ながらその主張には説得力がある。事実、日本は表向きには話し合いによる解決を主張しておきながら、朝鮮半島に着々と軍事力を集中している!」

 中国特使の強い口調に、今川は毅然とした態度でただちに反論をした。

「貴族院による決議は我が帝國臣民の貴国に対する苛立ちを示すものである。貴殿は日本が朝鮮半島に軍事力を集中していると主張しているが、確かにそれは事実であるが、それは同盟国の安全を守るためである。韓国には貴国が満州…失礼、東北地方に展開している巨大な軍事力こそが脅威なのだ。帝國臣民はこの動きを同盟国である韓国と我が帝國への恫喝と捉え、不快感を日に日に大きくさせている。私は中華人民共和国がこの非常な事変を解決すべく誠意ある対応を行なう事が、帝國臣民の不快感を和らげ中国に対する良い感情を抱かせる事に繋がると信じている」

 今川は反論を終えると、続けて日本の提案を示した。

「かかるに今回の事変でもっとも憂慮すべき事態は、偶発的に両国の軍隊間で衝突が起こり全面戦争に発展することである。この事態を防ぐ事こそが、この5ヶ国会議においての第一の課題であると考える。故に帝國は国連における主張を引き続きこの場でも提案したい。まず両国間に非武装地帯を設けて、両国の軍隊を分離し、第3国の派遣する平和維持軍が国境監視を行なうべきである」

 さらに今川をアメリカ特使が援護した。

「アメリカ合衆国は日本案に原則賛成だ。まずは戦闘を避けるのが最重要である」

 それに対して中国特使も意見を述べる。

「中国政府も日本案を大変興味深く思っている。しかし非武装地帯を設けても、機甲機動戦力ならば簡単に突破できると人民解放軍の者は指摘している。例え非武装地帯を設定しても、日本やアメリカが強力な機動戦力を朝鮮半島に展開している限り、軍事バランスに偏りが生じ、中国の安全保障に脅威をもたらす。非武装地帯の設置は日米の作戦部隊の本国への撤退と同時に行なうべきである」

 今川は中国特使の要求に舌を巻いた。日米は同盟国として韓国の安全保障に責任を持っている。朝鮮半島からの撤退など認められるわけが無いのである。だが中国が日本案の基本原則である非武装地帯の設置により戦闘を回避するという点に関して事実上の合意の意思を示したことも事実である。“大変興味深く思っている”というのはおそらく本気であろう。

 交渉とは互いに譲歩をしながら相手が絶対に通さなくてはならない部分を確かめて、お互いに納得できる妥協案を見出すことに他ならないのだ。最初に相手が絶対に呑めないような主張を織り込むというのもテクニックの1つである。

 これから相手からどれだけの譲歩を引き出せるか、という戦いが始まる。外交官の腕の見せ所である。しかし今川は韓国政府が民族派として日米軍の撤退に興味を示さないかが心配であった。




ドイツ ベルリン

 極東での5ヶ国会議は数時間に及び、その間に欧州は朝を迎えていた。

 “ニンファ”ことミハイル・チェーホフ少尉とイヴァン・コンドラチェフ大尉はその日の朝をベルリンのある交差点に面するビルの屋上で過ごしていた。

 イヴァンは口から白いを息を吐き出し手と手を擦り合わせながらビルから見える風景を眺めた。下の交差点には1台の自動車が停まっている。

「ミーシャ。どうだ?」

 イヴァンは自分の横で腹這いになってドイツ軍から借りたツァスタバM76狙撃銃を構えて下の停まっている自動車に銃口を向けているミハイルに尋ねた。

「難しい仕事じゃありません。いくらか訓練を受ければ普通の兵士にでも可能です」

「プロの殺し屋なら当然できるってことだな」

 2人が居るのは2週間前にKGBベルリン支局長が暗殺された現場であり狙撃地点と考えられている場所であった。

「足跡はどうだったんでしたっけ?」

「東ドイツ軍の軍靴だよ。手に入れようと思えば簡単に手に入るけどな」

 今のところ、何の手がかりも無かった。

「事件の翌日に来られれば、もっと手がかりがあったんでしょうけどね」

 ミハイルは悔しそうに言った。そこへ2つの軍用のマグカップを持ってヤナ・バラノヴァが東ドイツの刑事警察(クリポ)の警部とともにやって来た。

「なにか分かった?」

 ヤナは2人にマグカップを手渡しながら尋ねた。カップにはコーヒーが注がれていた。

「プロじゃなくても十分可能だということぐらいですね」

 ミハイルが答えた。

「そしてプロには当然にできる」

 イヴァンが補足した。

「で、そちらは?」

「担当の刑事さん。すごく協力的」

 ヤナの説明の後、その刑事はイヴァンとミハイルに握手を求めた。

「これは現場検証の資料です。何かお役に立てれば」

 警部がイヴァンに何枚かの束ねられた書類を手渡した。表紙を捲って一枚一枚、目を通していくイヴァン。横からミハイルが覗き込んでいる。

「待って」

 なにかに気づいたらしいミハイルがイヴァンの手を止めた。そこには現場の足跡らしい白黒写真が挟まれいた。

「これは犯人のものですか?」

「おそらく」

 警部の答えを聞いたミハイルはその写真を掴みだした。写真には足跡と比較用らしいタバコの箱が写っている。

「何に気づいた?」

「歩幅の間隔は一定しているので軍事訓練を受けた者には間違いないでしょうが、歩幅が短すぎように思います」

 ミハイルが写真の足跡を指差しながら説明をすると、イヴァンはニヤリと笑った。

「となると相手はお前みたいな小柄の奴ってことか。女の可能性もある」




大韓帝國 江界市

 夜になり冷え込みが厳しくなった。

 オ・チャンソクは家族と客人とともに家の近くの韓国料理店を訪れて夕食を食べていた。それほど大きくは無い店で観光ガイドにも載っていないが、味には定評があり、知る人ぞ知る名店として地元の客に親しまれていた。

 子供達は遊びつかれている様子で、うとうとして今にも眠ってしまいそうであった。客人の日本人少尉も巻き込んで一日中遊び通しだったから仕方が無い。

「今日はすみませんでした。約束を反故にした挙句、子供達との遊びにもつきあわせてしまって」

「いや、いいですよ」

 少尉は見事な韓国語で答えた。階級は少尉の方が上だが、年齢はチャンソクの方が上なのを気遣ってか彼は敬語を使っている。日本陸軍ではその戦略的状況からロシア語ないし中国語、そして韓国語を話せる将兵の養成に熱心である。

「まだ独身なものでね。なかなか刺激的な経験でしたよ」

 そう言って笑う日本の少尉だが、どうも別の事に集中しているようで、言い終えると視線をどこかへ向けた。その先には古びたテレビが置かれていて、ニュース報道を流していた。

<今日、香港で5ヶ国会議が始まり、国境における紛争を解決するための具体策が話されました。しかし即時に非武装地帯の設置を求める日本に対し、日米軍の撤退を求める中国が対立し、会議は大きな前進を得られぬまま初日を終えました>

 やっぱり若くても将校なんだな、とニュースを見つめる少尉を見てチャンソクは思った。大局的視点から指示を出すのが将校の役目で、そのためには常に情報収集は欠かせない。主に部下を見て行動する下士官とは違うのだとチャンソクは思ったのである。

「どうなるんでしょうね」

 チャンソクは尋ねた。

「収まるところに収まるものでしょう。なにも無ければ」

 その返答にチャンソクは頷きながら思った。なにも無ければ戦闘の最前線に立つ事など無かっただろうな、と。

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