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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第7部 最後通牒
38/110

その1 戦争の準備

大韓帝国 西朝鮮湾上空

 真っ暗闇の海の上を輸送機らしき航空機が飛んでいた。一見すればそれは日本帝國空軍の主力輸送機であるL14Ka<大空>輸送機のように思うだろう。だがよく見れば通常の<大空>には見られないアンテナらしき物が目立つ。

「新たな電波を確認。発信源は…」

「レーダーサイトか?それともSAMサイト?」

「おそらくSAMサイトだ。<ガイドライン>だな」

「地上の交信はどうだ?」

「敵の防空拠点はだいたい分かりそうだ。今、戦闘機をスクランブルさせた」

「慌てているようだな」

 薄暗い機内には様々な装置が積み込まれていて、乗っている男女は様々な計器やモニターを見つめていた。

「十分なデータは採れたよ。アイガー1に知らせろ。作戦終了だ」

 指揮官らしい男がそう宣言して、パイロットは針路を朝鮮半島に向けた。

「中国軍のミサイルサイトの位置はだいだい把握できましたね」

 女性が満面の笑みで言った。そこにはプロフェッショナルに相応しい仕事をやり遂げた満足感を見ることができた。

「だが観測は今後も継続して続けるよ。データは多いほうがいい」

 指揮官らしき男がコーヒーカップを片手に応えた。それに先ほどの女性が顔を顰めた。

「南原中佐。アイガー1が近づいてきます」

 パイロットが知らせてきた。

「いい仕事をしてくれた。ありがとう。と伝えてくれ」

 南原なる中佐はコーヒーを口に含んだ。



 韓国空軍のKF-16、“アイガー1”は<大空>からの激励を受信すると主翼を上下させて返事をした。そして平壌郊外にある自分の基地へと戻っていった。パイロットはまたこのような任務があるなら志願をしたいと考えていた。中国の防空網を刺激して電波を発信させ、それを日本の電子偵察機に聞かせる。実におもしろい任務だと思っていた。



 任務を終えた日本空軍の電子偵察機L14Ka-V2は烏山オサン空軍基地に着陸すると、すぐに収集したデータを衛星通信網で内地に送信した。受信したのは日本において電波情報収集エリントの総本山である陸軍中央特種情報部であった。




北海道 大練兵場

 雪が積もるだだっ広い北海道の原野を機甲部隊が疾走していた。10輌の戦車と4輌の歩兵戦闘車から成る中隊規模の混成チームだ。降る雪とキャタピラが舞い上がらせる地上の雪のため視界は良くないが、それでも部隊はうまく縦隊をつくって突き進んでいる。

 すると縦隊の進行方向にある丘の背後から戦車隊が姿を現した。縦隊は即座に対応することが出来ず先頭から順に“撃破”され煙を上げる。

 一方、丘の上には歩兵隊が現われた。彼らは81ミリ無反動砲カールグスタフを構えて縦隊の歩兵戦闘車を狙った。すると1輌の歩兵戦闘車からも煙が上がった。

 縦隊の歩兵部隊も応戦しようと戦闘車から飛び出し、戦闘車も35ミリ機関砲を丘に向ける。しかし丘の上に陣取る敵歩兵隊の方が有利なようで、その機関銃掃射で縦隊の歩兵隊は次々と倒されていく。しかし35ミリ機関砲の威力はさすがのようで丘の上の敵歩兵隊も少なくない犠牲者を出して堪らず撤退してゆく。

 しかしながら戦いは全体として丘の背後で待ち伏せをしていた敵部隊側が優勢な形で進んでいた。



 練兵場の一角に半地下化された施設があった。中には大きなモニターが幾つも並べられ、そこには練兵場の地図とその中を動き回る部隊を示すマークが映されている。

「いつ見ても、バトラーは本当に凄いな」

 そのモニターの前に集まって部隊の動きを眺める高級将校たち、その中に混じっていた北部軍高級参謀の井村大佐は目の前の光景に感嘆の言葉を述べた。

 バトラー。それはアメリカ軍のMILSE―多目的レーザー交戦訓練システム―を基に開発され、湾岸戦争直後に導入された訓練支援システムである。そう先ほどの機甲部隊同士の戦闘は訓練の一場面だったのである。

 彼らは実弾の代わりにレーザーを撃ちあい、装甲車輌は“命中”すると載せられている発煙筒に点火され、人に“命中”するとレーザーに反応したセンサーの位置に応じて“戦死”したか“負傷”したかが腕に装着された手元のモバイルに表示される。“戦死”した兵士は退場して、“負傷”した兵士は応急処置訓練の題材となる。そして全ての情報が井村らの詰める訓練管制所に集める。

 だから彼らの前のモニターは部隊から兵士個人単位の動きまで示すことができるし、簡単な操作で特定の車輌や兵士の損傷具合まで表示することができるのだ。

「これなら訓練に参加する全ての部隊の動きが手にとるように把握できます。今は訓練支援だけですが、将来的には実戦での指揮管制に応用できるように開発中です」

 技術将校が説明をしている。指揮官がデータリンクによって兵士の1人1人の状況をリアルタイムで把握し、それぞれの兵士から自動的に送られてくるデータをコンピューターで分析して敵状を的確に知る。指揮官にとってはまさに夢のようなシステムである。

「なるほど。実用化に成功すればアメリカのハイテク部隊並の能力が得られるわけだな」

 アメリカ陸軍はその手の技術開発においては抜きん出ていて、技術将校が構想するような指揮統制システムの開発に成功しており、すでに第11機甲騎兵連隊に装備して最前線に配備している。しかし日本ではまだ訓練での応用が精一杯である。

「これは近衛の若造の負けだな」

 北部軍司令官である陸軍大将、杉山男爵がディスプレイに映された状況を見て言った。凡将とされる杉山が確信をもって言えるくらいはっきりしているのだから、その結果はもはや不動のものである。

「そりゃ、相手は“旅団長殿下”ですからね」



 それから1時間後、訓練統制所の高級将校たちの中に新たに2人の大佐が加わっていた。一人は近衛師団近衛第3旅団の旅団長である陸軍大佐、佐賀猛さが たける、もう1人は戦車第1師団戦車第1旅団の旅団長である陸軍大佐、閑院宮成仁かんいんのみや なるひと王である。

 陸軍は中国との戦争に備えて朝鮮半島に6個師団を配備する計画を進めているが、それに際して朝鮮に派遣される部隊は連隊か旅団単位で北海道大練兵場か同じくバトラー訓練システムが配備されている富士裾野練兵場に派遣され、実戦さながらの演習を行なうことになった。

 佐賀大佐の近衛旅団も全将兵が北海道大練兵場を訪れて、戦車第1師団から戦車などの装備を借りて演習に臨んだ。対抗部隊として訓練相手になったのは“旅団長殿下”呼ばれ親しまれている宮家出身の成仁王が率いる戦車第1旅団であった。どちらも戦車部隊と機械化歩兵から成る諸兵科連合の機動部隊である。

「佐賀大佐。君は偵察部隊をもっと有効に使うべきだったな」

 井村が指摘した。高級将校たちは大型ディスプレイ上に演習のデータを再生させて反省会が開いていた。

「あの丘は待ち伏せにはもってこいだ。まず偵察隊を先行させて十分に確認してから主力を進めるべきだったんだ」

 井村の言葉に他の高級将校たちも首を縦に振って同意を示した。

「貴方はもう少し慎重に動くべきでしたね。機動戦では常に偵察に留意すべきです」

 続けて成仁王が意見を述べた。散々扱き下ろされている伊賀大佐であるが、その顔は決して悪くないのは恐らく成仁王の人徳によるものだろう。天皇直系から分かれた分家である宮家の中で閑院宮は四親王家に数えられる名家である。成仁王はその閑院宮の次期当主で、皇族男子の慣わしとして軍に志願して戦車兵となり、湾岸戦争には中隊長として参加して皇族という身分だけの存在ではなく名指揮官であることを示した。それ故に人々は親しみと畏怖を込めて“旅団長殿下”と呼ぶのである。

「以後、気をつけますよ。旅団長殿下」

 佐賀は素直に自分の非を認めていた。杉山は大佐を拝命したばかりの新人旅団長は自分の間違いを認める器量があることに安堵した。

「その調子だ。近衛の名を汚してはならないぞ」

 杉山は佐賀からディスプレイに視線を戻した。

「しかし。本当にこれは凄いシステムだな」

「はい。これのお陰で稜線上が不用意に頭を出す戦車兵が居なくなりましたよ。裁定官の目視による判断だけじゃ目が行き届かないこともあるし。相手も納得しませんからねぇ」

 成仁王が言った。

 バトラーシステムの長所は実弾の代わりにレーザーを“実際に撃ちあう”という事である。空砲を撃って、裁定官が目分量でその相手方の被害を決めて、“お前は戦死”“お前は撃破”と実際に撃たれたかどうかに関係なく―目分量ではそんなことを把握することはできない―機械的に役割を割り振る従来の演習と比べると、レーザーの弾に撃たれると同時に“負傷”“死亡”“損傷”と具体的な結果が示されるバトラーはリアリティーが違うのだ。それ故に兵士たちは敵の目に触れそうな場所に不用意に出て行くことの危険性を体感し、地形をうまく利用することの重要性を学ぶのである。

 しかし成仁王は同時に“これは戦場を完璧に再現したわけではない”という事実を兵士に理解させる必要がある、とも考えていた。演習で撃ちあっていたのはレーザーであって実弾ではない。そして実弾は木の葉や草に弾かれるなんてことはありはしない。




佐世保 海軍基地

 空母<翔雀>率いる機動部隊はほぼ一ヶ月に渡る朝鮮周辺での警戒作戦を終えて佐世保に寄港した。朝鮮での警戒任務は別の機動部隊が<翔雀>機動部隊と交代して継続している。

 天城由梨絵は久々の休暇を得ていたが、多くの水兵のように街に繰り出して飲みまくる、という気にはなれなかった。

 暇を持て余した天城は自分の愛機の様子でも確認しようと格納庫を訪れていたが、そこでは戦争が近づいていることを感じられた。顕著な変化が見られたのは爆弾であった。通常は<旋風>戦闘機に搭載する航空爆弾などは弾薬庫に入れられているが、今は整備兵たちによって1発ずつ出されて先端に備え付けられた器具が交換されていた。

 日本の機動部隊が艦載機に求めているのは主に空中戦と対艦攻撃である。であるから空母に搭載されている爆弾のほとんどは対艦攻撃用の赤外線追尾シーカーを備えた誘導爆弾だ。九〇番通常爆弾―アメリカ軍のMk84型2000ポンド爆弾と同一のものである―に誘導装置を取り付けたそれは敵艦の発する熱を捉えるもので、ミサイル攻撃によって対空迎撃能力を失った敵軍艦か防空装備の無い徴用船舶などを攻撃するのに使われる。しかし、その誘導装置がなぜか交換されている。それもレーザー誘導装置に。

 敵の熱を捉える赤外線誘導方式は母機からの指令が不要な撃ちっ放し型兵器である。投下後に敵の動きを追う必要がなく、故に攻撃をされてもすぐさま回避行動をすることができる。しかし熱源を追うという単純な仕組みの兵器なので海上に浮かぶ艦艇が相手ならともかく、多くの熱源があり地形の影響を受ける陸上での使用は好ましくない。

 一方、レーザー誘導方式は命中するまでレーザーを目標に照射し続けなくてはならない。それは別に投下した母機に限らず、その僚機がやっても地上に潜むコマンド部隊がやっても構わないのであるが、誰がやるにしろレーザー照射のために拘束され無防備になる危険があるのだ。しかし精度が高いので陸上戦、それも入り組んだ市街地戦でも十分に使うことができるのである。

 おそらく朝鮮半島で戦争が起れば地上戦がその主体となり、海軍航空隊もその支援を専ら行なうころになるであろう。天城は政治を知らないが、海軍が戦争の準備を確実に進めているということを確信していた。

「ユリちゃん。折角の休みなのにどうしたんだい?彼氏が居ないと外に出る気も起きないかな?」

 天城の姿を認めた古参の整備兵が冷やかしの言葉をかけてきた。天城は整備兵を手で追払うとともに彼の背後にある変わった爆弾の存在に気づいた。天城はそれが何かを知っていた。

「へぇ。いよいよ実戦に投入するんだ」

 それは湾岸戦争の教訓から日本空海軍が導入した新型爆弾であった。

「その通りだよ。ユリちゃんはあれの訓練を受けていたっけ?君が使うかもよ?」

 帝國海軍の航空母艦には通常は20機ほどの戦闘機が搭載されているが、そのパイロットに対する訓練は空中戦と対艦攻撃に重点が置かれている。天城由梨絵はその例外で“特別な任務”が与えられていた。それは新型爆弾と特に関係は無いのであるが、その戦技を新型爆弾の使用に応用できると考えられたので新型爆弾の訓練も受けたのである。

 レーザー誘導爆弾による精密爆撃を含めて主要な対地攻撃は増援として派遣される専門部隊が担うことになるであろうが、天城にもいくらかの対地攻撃任務を与えられるかもしれなかった。

「どうせならあっちの爆弾を使わせてほしいな」

 天城は前に衛兵が立っている小さな弾薬庫を指し示した。そこは天城に与えられた“特別な任務”に必要な兵器が収められていて、他のミサイルや爆弾とは完全に隔離されている上に常に陸戦隊の兵士に守られている。そしてその扉には独特なマークが描かれている。黒い縁取りの黄色い三角形の中に黒丸とそれを取り囲む三つ葉。




大韓帝国 山中

 中国との国境線から南へ20kmほどの山中を歩兵の分隊が進んでいた。その指揮官は1月9日に中国軍との国境線における最初の戦闘を繰り広げたオ・チャンソク曹長である。分隊の兵士たちは全員暗視ゴーグルを頭につけて辺りを警戒していた。

 国境線を正規軍がガチガチに固められている以上、密入国者を心配する必要は無い。問題はあらゆる手段を使って韓国軍の防衛線の後方に回り込んで破壊工作活動を行おうとするであろう敵コマンド部隊である。

 軍用犬を先頭に分隊は侵入した敵コマンドが通りそうな場所を探る。するとパチンという音が聞こえた。何かが地面に落ちている枝を折った音だ。分隊の兵士たちは立ち止まると一斉に銃口を上げて周囲に向け円陣防御の態勢をとった。

 緊張が高まる中、またパチンという音が聞こえた。さっきより近い。そしてその音の方向に暗視装置を向けてチャンソクは正体を知った。

「鹿だ」

 一斉に銃が下ろされた。兵士たちの溜息が聞こえてくる。

「任務中だ。気を抜くなよ」

 チャンソクは分隊を再び前進させた。

 中国との緊張状態に突入して以降、このような出来事は二度や三度のことでは無かった。その度に兵士たちの神経がすり減らされる。チャンソクはどういう形であれ、この状態が終わる事を願っていた。例え戦争になったとしても敵が確実にやって来るということが分かっている分だけいくらかマシである、とまで考えていた。

 【第6部その4】の誤字を修正しました。

 さて、今回の投稿で世紀末の帝國は35部目ですが、架空戦記のはずなのに未だに開戦していませんorzしかも、その癖に登場人物は膨大になり、第6部終了時点で登場人物紹介に載せられた人数は126名でした。あくまでも名有り登場人物の数字ですが、主要登場人物に絞ってもかなりの数になるでしょうね。しかも物語が進めば、確実にまた増えていくでしょう。私の悪い癖ですね。正直、大風呂敷を広げすぎた気もします。でも今さら引き返せませんので、読者の皆さん、おつきあいくださいませ。

 とりあえず登場人物紹介とは別に主要登場人物紹介を準備しましょうかね…


(2013/2/22)

 バトラーが私の思っていた以上に昔からあるものだと分かったので、それにあわせて表現を変更しました。

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