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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第6部 モスクワの影
35/110

その2 ベルリンにて

ドイツ第三帝国 ベルリン

 第二次大戦を通じて国土の半分を失ったドイツ第三帝国であるが、首都であるベルリンに防衛には成功した。しかしそのベルリンが戦後、悩みの種になった。なにしろ戦線のエルベ川から100kmにも満たない距離があり縦深があまり無いのである。これは防衛上の大問題だ。遷都も考えられた。しかしドイツの首都はあくまでもベルリンである。東プロイセンの一帯に非常時の首都機能代替設備を築くことで対策を施したとして、結局は今でもベルリンが首都のままである。首都を構成する様々な組織の庁舎もベルリン周辺に集中している。軍の中枢はベルリンの24kmほど南にある小さな街、ビュンスドルフに置かれている。

 2月初めのこの日、ドイツ国防軍総司令部の管理する巨大な地下施設群の1つ、隠匿名称“マイバッハ3”の会議室でワルシャワ条約機構軍の西部軍集団の定例会議が開かれていた。西部軍集団は対NATO戦争の実行者となる4個軍集団の1つであり、ソ連軍5個軍18個師団と東ドイツ軍北部軍12個師団、それにバルト海艦隊や空軍の1000機近い戦術航空機まで指揮下におく統合軍司令部である。

 ソ連側からは西部軍集団最高司令官のキリル・コンドラヴィッチ・ズヴァーギン陸軍大将やGRU東独支局長セルゲイ・リュドミドヴィッチ・シャラポフ陸軍大佐などが出席し、ドイツ側からも北部軍司令官フリッツ・フォン・ヴィーターシャイム陸軍大将や同参謀長ヘルベルト・フォン・ヤンケ中将、それにオブザーバーとして国防軍総司令官と陸軍総司令官を兼ねるハンス・バレンティン・ヴァイトリング上級大将などの高級将校が派遣された。

 会議ではまず最新の西欧に関する最新状況が報告された。それに続き既に十分に検討され詰められた協同作戦計画案や訓練計画案が若干の意見が付け加えられた後に正式なものとして承認された。それを終えるとズヴァーキン大将が立ち上がった。

「では定例会議はこれで終了ということでよろしいかな?」

 それに対してヴァイトリングが手を挙げた。

「待ってくれ。お尋ねしたいことがあるのだ」

「と言いますと?」

「貴国軍の極東における活動についてだ」

 ヴァイトリングがそれだけ言うと、それをヴィーターシャイムが引き継いだ。

「我々は中国と日本、韓国の問題について知りたいのです。それが戦争に発展すれば欧州に波及する恐れがある」

 ズヴァーギンは首を横に振った。

「中国の問題の欧州への影響についてはもっと上のレベルで話し合われるべき問題でしょう」

 その言葉に対しヴァイトリングは目の前の机に拳を振り下ろした。

「いい加減にしたまえ。貴官だって分かっておるだろう。もし極東でソ連と日米が衝突すれば、NATO軍がその隙を突き我々を攻撃して第二戦線を構築する。ワルシャワ条約機構軍の戦力を分散させて勝利を掴み取るためにな。そしてNATO軍が攻めてきた時に最初に迎え撃つのは我々だ!」

 WTOではNATOから攻撃を受けた場合の防御は主に東ドイツ軍が引き受けることになっていた。なぜならばソ連軍は複雑な機動防御作戦に適していないからである。

 ソ連軍が技術力の面で西側に劣る為、数量により西側に対抗している。しかしながら、経済的な面でも西側に劣るソ連にとって莫大な兵力を常時維持するのは不可能であったのだ。ソ連地上軍は200個を越える機械化師団を保有しながら平時の兵力は160万人ほどでしかない。西側の国々に比べれば圧倒的な数ではあるが、200個師団を充たすには到底足りない人数である。結局、ソ連地上軍は錬度の低い徴収兵と予備役兵から成る軍隊なのだ。

 その為にソ連軍の戦闘教義(ドクトリン)は極めて単純化され、軍隊は巨大な1つの機械となり将兵は部品となる。西側に対する有利を確立するのは予め決められた精密な計画であり、将兵がそれに従って忠実に動くことによって勝利を獲得するのだ。

 しかし、これには巨大な弱点をソ連軍にもたらしていた。将兵に全体の部品としたので―というよりせざるえなかったので、陣地に這い蹲っての陣地防御ならともかくとして、前線の将兵に複雑な判断と柔軟な対応を強いる機動防御作戦に弱く攻撃を受けた際には大変脆弱となる。それは第二次大戦の時に極東戦線で証明されている。一度は日米韓連合軍を釜山円陣に追い詰めながら、連合軍が攻勢に転じれば一気に崩壊してしまったのである。その後の欧州戦線では連合国軍が攻勢に出た場合、まずドイツ軍が敵を受け止め、そこへソ連軍が攻撃を行い粉砕するという役割分担が確立した。それは今でも継承されている。つまりNATOの攻撃の矢面に立つのはドイツ軍なのである。

 ヴァイトリングの迫力にさすがに押されてしまったのか、ズヴァーギンは溜息をついてシャラポフに目配せをした。

「極東情勢については大きな変化はありません。ソ連政府が提案した4ヶ国会議の提案を日本が拒絶してアメリカを加えた5ヶ国会議を主張しています。つまるとこ、膠着状態です」

「軍事展開の方は?」

 ヴィーターシャイムが訪ねた。彼の人柄を表すような穏やかな声であるが、その目は対照的に冷めていた。

「中国軍は朝鮮半島に面する軍管区に臨戦態勢に突入しています。予備役兵も動員して国境線に多くの部隊を布陣させている。

 西側では韓国軍が総動員体制を布きました。日本帝國軍は本国軍から新たに2個師団を韓国に展開して駐留部隊は3個師団に増強されています。アメリカ軍も警戒レベルを上げていますが本国からの増強は行なわれていません。

 我が軍は今のところ最前線に展開はしていませんが、極東軍の警戒レベルを上げた他、欧州方面から空挺師団1個と自動車化狙撃兵師団2個が極東方面に移動済みです。必要ならば軍事介入も辞さないつもりです」

 シャラポフの報告を聞いてドイツ軍の首脳陣たちは溜息をついた。彼らも独自に情報収集をしているが当事者の言葉は重いものだ。核兵器保有国同士が睨み合いを続けているという状況は地球の裏側の話といえども気持ちがいいものではない。

 そんな中でヴァイトリングは別の観点からシャラポフの説明を分析していた。

「極東に移動した自動車化狙撃師団とは?どの部隊かね?」

「レニングラード管区より第63親衛自動車化狙撃兵師団、バルト管区より第26親衛自動車化狙撃兵師団です」

 シャラポフの報告を聞いたヴァイトリングは頭の中のデータベースから該当する部隊の詳細を引き出した。そして、ソ連軍の行動の実態を把握すると顔を顰めた。

「ズヴァーギン将軍。どちらもカテゴリーAですな」

 ソ連地上軍の師団はカテゴリーAからCの3つに区分される。それは平時における兵士の充足率を示すものである。カテゴリーAは充足率75%以上、つまり師団の兵員のほとんどが現役兵で比較的錬度も高い。それがカテゴリーB、カテゴリーCとなると下がっていき、平時には一部の司令部以外は書類上にしか存在しない師団も多いのである。そんな有様でどうやって戦争をするのかと言えば、一線を退いた予備役の兵士を再び招集するのである。それ故に現役兵主体の部隊に比べればどうしても錬度が劣る。

 問題はソ連地上軍全体におけるそれぞれの比率である。前述したようにソ連地上軍は200個以上の師団を保有しているが、平時の兵員はそれを充たすには到底足りない。それ故にカテゴリーAの師団は全体で50個前後でしかなく、その多くが欧州方面に配備されている。

 ヴァイトリングは続けた。

「将軍、まさかこれからもカテゴリーAの師団を戦線から次々と引き抜いていくということになるのですかな?」

 ズヴァーギンはまた溜息をついた。あまり探られたくないことなのだろう。

「はい。今後もカテゴリーA師団の極東への移動はありえるでしょう。しかしご安心を。最前線から部隊は動かさない方針です。後方の部隊からまとめて派遣するのです」

 その言葉を聞いてヴィーターシャイムらも事の重大さに気づいた。

「後方からまとめてって!まさか第11親衛軍あたりをまとめて極東送りにするつもりじゃないでしょうね?それじゃあ、貴国の西欧攻撃計画の根本的な改変が必要になるじゃないですか!」

 第11親衛軍はバルト海に配備されるソ連の打撃部隊の1つで、4つの重機械化師団から成る。どれも部隊名に親衛を冠された精鋭部隊であり、カテゴリーA師団に属する。極東送りになった第26狙撃兵師団もその軍を構成する師団の1つだ。

 ソ連軍の基本戦術は大規模な波状攻撃である。まず前線に配備された第一梯隊が敵の防衛線を突破する。そしてその穴に主力となる第二梯隊が侵入して敵を包囲・殲滅するのである。第11親衛軍をはじめとする後方に配備されたカテゴリーA師団はまさに第二梯隊の主力としてNATO軍主力を粉砕する任務が与えられているWTO軍の要と言える部隊なのだ。それが極東送りになればWTO軍の作戦計画は根本から破綻する。

「我々だって歓迎しているわけじゃありません。しかし、これが上層部の決定なのです」

 ズヴァーギンの一言で会議は終わった。



 会議室から出てきた面々はそれぞれに自分の肩や腕を揉んだり、腕を回したりして会議中に溜まった疲れを発散しようとした。

「どうしたんだ?」

 ヤンケは背後から声をかけられて慌てて振り向いた。

「ヴィーターシャイム大将?」

「今日は一言も意見を言わなかったな?心がここにあらずという感じだ。何かあったのか?」

「いいえ、なにも」

 ヤンケには“何かあった”のだが、それは上官に言える類のものではない。そしてしばらく歩くと目的の人物が待っていた。GRUのシャラポフだ。

「そちらの準備の方は進んでいますか?」

 ヤンケはシャラポフの質問に首を縦に振って答えた。

「準備は順調に進んでいるよ。あとはそちらのGOサインだけだ」

「重要なのはタイミングですよ。適切なタイミングに適切な行動を行なうこと。くれぐれも先走らないように」

 シャラポフはそれだけ言うと、そこから去っていった。



 シャラポフが階段を上ると軍関係の施設に囲まれた中にある小さな“マイバッハ3”の地上部に出る。外から見ると広大な地下施設の入り口には見えないコンクリート製の小さな建物であった。

 西に沈みつつある太陽の光が差し込んでくるのでシャラポフは目を細めた。だからそこで彼を待っていた人物の正体に気づかなかった。

「同志シャラポフ大佐。今日はこれで終わりかね」

 そこにはスーツ姿のKGBベルリン支局長が立っていた。

「同志グツァコフ?」



 数分後、シャラポフとグツァコフは公用車の後部座席に並んでいて、車の方は主人であるシャラポフを家に送り届けるためにベルリンのロシア人居住地区を目指していた。

「しかし何事ですかな?突然。同志グツァコフ」

 シャラポフは何事もないかのよう振舞った。それに対してグツァコフはなんの駆け引きや鎌かけをすることもなく一気に本題に入った。

GRU(あんたら)がベルリンでしている工作活動についてだ。こちらにもなんの報告もなしにやっているのだろう?今回の会議にも参加していただろう?ヤンケと言ったかな?」

 それを聞いてシャラポフの顔色が変わった。

「そう怖い顔をしないでくれ。別に邪魔をするつもりじゃない。ただ秘密にするのはやめようという話だ。勝手にいろいろとやられるのは不愉快だ」

「それはもう上に報告したのかね?」

 シャラポフの言葉にグツァコフは何と答えるべきか少し迷ったが、怪しまれない程度に早く返事をすることができた。

「いや。上にはまだ報告していない」

 まだこの場だけで収められる。そう相手に思わせた方が情報を引き出せやすいだろう。

「そうか。少し上官と相談をさせてほしい。GRU内部でも機密になっている計画でな。私の一存では情報開示はできない」

 グツァコフはシャラポフの説明に納得したようだ。

「分かったよ。ここで降ろしてくれ。家が近くなんだ」

 車が停まりグツァコフが降りると、シャラポフはすぐに車を発進させた。そして車に備え付けられた将校用の自動車電話に手を伸ばした。



 その頃、ベルリン市内の安ホテルのある一室。ベッドの上では毛布の下で何かがモゾモゾと動いている。この光景を見ている者があれば“男女がコトをしている最中”だろうと考えるに違いない。すると部屋に備えられた電話が鳴った。

「電話だ」

 女の声が聞こえてきた。彼女はベッドから降りようとしたが“相手”に遮られた。

「ほっとこうよ」

 毛布から顔を出した“相手”も女であった。だが電話をとろうとした女は意も介さない。“相手”の方も引きとめようと手を伸ばしたが、返ってきたのは強烈なビンタだった。

 赤く腫れた頬を押さえた“相手”の女を気にも留めていない様子で女は電話の受話器を取った。電話をかけてきた相手の名は尋ねなかった。ここにかけてくる人間は限られる。

<仕事だ>

 それからしばらく指示を一方的に聞いた女は受話器を戻した。その様子を見て“相手”の方が頬を擦りながら訪ねた。

「仕事かい?」

「そんなもんだ」

「そんなもんだ」

 電話に出ていた女は相手の横に座ると、相手の女の頬を擦る手を払いのけて舌を出して赤くなった頬をひと舐めした。

「だが、まだ時間はある」

 2人はまた毛布の下に消えた。




 数日後の朝、東ドイツ政府が用意したロシア人向け住宅からグツァコフは姿を現した。そしていつものように時間どおりに東ドイツ製の自家用車に乗り込んで家を出た。

 住宅街から政府庁舎が並ぶ官庁街に出た車は交差点に停まった。信号が青になってから左折すれば駐独ソ連大使館の前に出る。いつもどおりの朝に満足げであったグツァコフは交差点に面するオフィスビルの屋上に人影があることに気づかなかった。



 信号が青になった。

 日課をこなすために官庁街を訪れたトラック運転手であったが青信号になっても動かない前の車のために仕事を中断させられていた。クラクションを鳴らしたが前の車は動く気配が無い。運転手に直接文句を言おうと運転席から降りたトラック運転手は前の車の横に立って異変に気づいた。

 フロントガラスに穴が開いていて中では男が胸から血を流して倒れていた。

「死んでる」




 ベルリン郊外のシェーネフェルト空港。モスクワからの特別便であるイリューシン96型旅客機が到着した。乗客にはKGB第1局長のアレクセイエフやGRU局長のカマロフ大将の姿もあった。彼らの仕事は殺害されたグツァコフの遺体を引き取ることである。

 暗殺という非常事態のために外交的観点からドイツ側は遺体の送り出しに最大限の配慮を示した。グツァコフは表向きにはあくまでも大使館員の序列の中では上から4番目である参事官に過ぎないので大統領や首相が姿を現すことはさすがに無かったが、外相をはじめとする東独外務省の高級幹部に、グツァコフの裏の仕事繋がりであろうかRSHAこと東独国家保安本部の面々の姿が見られた。

 アレクセイエフが特別便から降りると、第3局長であるチャパエフが待っていた。彼は軍の定期便で一足早くベルリン入りをしていた。

「こっちの警察は何と説明を?」

「同志グツァコフから摘出されたのは8ミリマウザー弾。ライフリングの特徴から見て、おそらくツァスタバM76型狙撃銃から発射されたものだろうって。ツァスタバM76はユーゴスラビア製の銃でアーベル政権時代に導入されたものだ。東独軍の主力狙撃銃さ」

 そう言ってチャパエフがアレクセイエフに渡した写真にはソ連のドラグノフ狙撃銃に似た銃の姿があった。セミオート式で野戦向き。そんな印象を受ける。

「東独軍にはありふれた銃ってことだな?」

「そのとおりだ。RSHAは軍内部の反ソ連国粋派の仕業と見ている」

「同志チャパエフ。君はそれを信じるのかね?」

「いいや」

 そう言葉を交わす2人の目線の先にはGRU東独支局長のシャラポフ大佐とGRU局長のカマロフ将軍の姿があった。



「なぜ殺した」

 カマロフの問いに冷や汗をかいているシャラポフが必死に弁明をしている。

「すまない。モスクワには知らせていないというから、今のうちに抹殺するべきだと思ったんだ」

「だとすれば残念だな。奴はモスクワに報告済みだ。KGBを余計に騒がせる結果になったな。で誰にやらせたんだ?まさかドイツ軍の連中にか?」

「“双頭の魔女”さ。秘密は漏れない筈だ」

 そのうちに軍楽隊が並びソ連国歌を演奏しはじめ、6人の儀杖兵が棺を担いで現われた。家族であろうか、喪服を着た女と子供が2人伴っている。

 カマロフはそれを見つめるアレクセイエフの姿に気づいた。

「同志アレクセイエフ。大変な悲劇だ。ドイツ軍内の反ソ派の仕業らしいな」

 その言葉に反応してアレクセイエフがカマロフの方を向いた。その顔は無表情そのものであったが目の中は闘志に満ちていた。

「そのとおりだ。同志カマロフ。この償いを必ずさせてやる」

 しかしアレクセイエフの敵意はドイツ軍内の反ソ派ではなく目の前の男に向けられていた。

今回は長くなりましたね。


(改訂 2012/3/21)

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