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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第5部 国連の虚構
33/110

その8 国連、役目終える

国連ビル内のレストラン

 甘木国連大使が夕食を摂っていると、そこへカリャキナ国連ソ連大使がやってきた。甘木の隣に座ると給仕に注文をしてから切り出した。

「アマギ大使。安保理は大変、遺憾な結果になってしまいましたね」

 いかにも悲しそうな表情で言うカリャキナに甘木はあからさまに蔑視の視線を向けた。

「えぇ、あなた方のお陰でね」

「そんな。あなたも国連大使に選ばれるほどのお人なのですから、こちらの事情も分かっておられでしょう。第3世界諸国には我が国の友好国も多いですし、中国の意向を無視するわけにもいきません」

 もの寂しげな表情でそのように詰め寄るカリャキナの色気に甘木は戸惑っていた。そろそろ50代に達しようというカリャキナ大使だが老いに少しずつ蝕まれつつあるものの美貌を保っていて、少し気を許せばそのまま虜になってしまいそうな雰囲気が漂っている。もしかしたらハニートラップの工作員として訓練を受けたのではないかと甘木は疑ってしまう。

「それでご用件は?」

「もはや国連における解決は難しいと思うのです。当事国、関係国が代表を派遣して対策会議を開くべきだと考えます」

 カリャキナの提案に甘木も一理あると考えていた。関係国だけの会議ではあれば国連のように他の加盟国との利害の調整をする必要がないので時間の短縮になる。それにソ連側にはもっと大きな長所がある。

「それならば安保理と違って我が国やアメリカとも対等になりますからね」

 常任理事国と非常任理事国の境が無くなるというのはソ連側にとって大きな魅力である。

「えぇ。国家間が平等に話し合える場が必要なのです。ですから貴国と我が国、中国、韓国による4ヶ国会議の開催を提案したいと本国は考えております」

 ナイフとフォークを握る甘木の手が止まった。

「4ヶ国ですか?」

「えぇ。戦いの舞台を取り囲む4ヶ国です。地域の問題はその地域の国々によって解決されるべきでしょう」

 甘木はカリャキナの意図を看破した。日米離間工作である。カリャキナの提案を受け入れれば日本と韓国の反米派は自信を強め、アメリカから距離をとった独自路線に向くことになりかねない。ソ連はアメリカを蚊帳の外に置くことによって日韓とアメリカの関係に楔を打ち込むつもりなのである。

「なるほど。しかしアメリカが除外されるのはどうなのでしょうか?アメリカは韓国の安全保障に我が国と同等の責任を負っていて、今回の問題にも関心を寄せています」

「しかしアマギ大使。アメリカは太平洋の対岸の国家ですよ?いつまでも余所の事に首を突っ込ませることはないのです。これは我々の問題なのですから。それでどのように考えますか?」

 甘木は僅かな沈黙の経てから口を切った。

「これは極めて重要な問題です。私の権限ではこの場で意見を言う事はできません。本国に相談しなくては。しかしアメリカ抜きというのは問題になるのは確実です。しかし、あなたの提案に日本政府は興味を持つと思いますよ」

 国連がこの様となると関係国会議による解決が最も有望な手となるだろう。日本政府はその方向に進むに違いない。だがアメリカを加えるか否かで一悶着が起こるのは確実である。

 そこへカリャキナが注文したディナーの前菜が給仕の手によって運ばれてきて配膳される。カリャキナはその様子を満足そうに見つめている。先ほどの返答に満足したという意味も含まれているのだろう。一悶着も想定の範囲内、むしろ望むところなのかもしれない。今の中国には時間が必要である。

「それでは乾杯といきませんか?甘木大使」

「もう手をつけてしまいましたが。それで良ければ」



 

東京 霞ヶ関 外務省

 外務省の中に数ある内部部局のうち、有力なものは3つある。

 1つは政務局。これは特定の国家、地域や条約の枠を超える総合的かつ包括的な政策、例えば安全保障であるとか国連への協力であるとかを推進し、その実務を担う部局である。首相官邸の外務省支局と例えられることもあるほど、官邸の影響力が特に強い部署である。

 1つは北米局。その名の通り、アメリカ合衆国とカナダとの地域外交を担う部局だ。第二次世界大戦後、アメリカが最大の同盟国となると、その外交の実務を担う北米局の影響力が大きくなった。

 そして最後の1つは条約局。国際条約の締結や施行の実務を担う部局である。条約は国と国の関係を定めるとともに後世まで残るものなので、歴史に残る条約の締結に関わることこそ外務官僚の栄光であり、当然ながらそれを司る条約局の影響力は絶大である。

 しかし今回の国境事変において条約局は蚊帳の外に置かれていた。中心となっていたのは官邸の意向を受けた政務局で、アジア大洋州局との緊密な協力のもと対処していた。それが自分達こそが外務省の中心であると思っていた条約局の面々にはひどく不満であった。

「なぜ宮川は我々にやらせようとしないんだろうなぁ?中国と何らかの協定を結ぶなら、我々の力が必要な筈だが」

 条約局のオフィスで局員の1人が呟いた。

「協定を結ぶつもりが無いんだ!」

 他の1人が断定的に言った。

「きっと戦争をすると決めてかかっているんだ!」

「何とかしないといけないな」

「まったくだ」

 彼らの意思が1つの方向に向かおうとしていた。様々な伝を使って機密書類が集められ、何を譲歩すれば中国が飛びつくか考えた。そして、1つの文章を纏め上げた。

 その作成に参加した者達の考えは様々だった。真剣に平和を希求していて、その為には他の国益を犠牲にしてもやむをえないと考える者も居た。単に自分達以外のところに手柄を持っていかれることを嫌がっている者も居た。ともかく彼らは1つの文章を完成させた。

「で、これを上に上げるのか?」

 上とは、つまり首相官邸のことである。すると集まった者達の中で最も位の高い者が言った。

「まさか。握りつぶされるだけだ」

・【第5部その1】で「皇紀2011年」を「皇紀2611年」に訂正

・第5部はこれで終わり。登場人物紹介を更新します。次回より第6部『モスクワの影』がはじまります。


予告編 第6部『モスクワの影』

 中韓国境紛争問題が膠着状態に陥り何の進展もなく、中ソと日米の間で緊張が高まる中、KGBベルリン支局長が何者かに暗殺された。KGBはいよいよGRUに対する警戒を強め活動を開始する。


(2013/2/13)

 内容を改訂しました。以前に追加改訂した部分と重複しているところを削除し、新たな内容を追加しました。

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