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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第5部 国連の虚構
30/110

その7の2 マールス、太平洋艦隊着任

ソ連閉鎖都市ペトロパブロフスク・カムチャツキー50

 ソ連には閉鎖都市という不思議な区分をされた街が方々(ほうぼう)にある。それは別の街の名前に数字をつけて都市の名前とされ、地図にはまったく記されていない。それらの都市には様々な秘密が隠されている。ある都市にはソビエト初の原爆を製造した核兵器工場がある。ある都市には大規模な戦車工場がある。ある都市にはロケット研究所がある。そうした国家の最高機密を内包するのが閉鎖都市なのである。

 ペトロパブロフスク・カムチャッツキー50はアバチャ湾に面する原潜基地で―ややこしい話であると思うが―カムチャッカ半島最大の都市であるペトロパブロフスク・カムチャッツキーの対岸にある。1970年まではソヴェツキーという名の街であったが、それ以降は防諜上の理由からそのように呼ばれているのである。

 その桟橋に一隻の潜水艦がまさに入港しようとしていた。シエラ級潜水艦K123である。湾内に入り浮上すると、砕氷船とタグボートの出迎えを受けた。彼女らに導かれてK123に指定された桟橋へと進んでいくと、そこにも多くの人々が集まっていた。

 艦橋に上がったコースチン艦長は双眼鏡で桟橋の様子を覗いた。集まってきた人のほとんどが軍人で、将官の姿もあった。

「随分、歓迎されているようだな」

 コースチンの傍らに立ったベールイ副長が言った。

「きっと日本海軍の潜水艦をこらしめた話が伝わったんだな」

「なるほど。みんなで俺を説教しにきたってわけだ。中央の命令を待たずに行動したとか言って」

 コースチンがそんなことを言うと、ベールイは慌てて周りの様子を探った。今の発言は党批判とも受け止められかねず、政治将校に聞かれてよい類のものでもない。

 勿論、コースチンもベールイも桟橋に集まった軍人達がK123を責めるなんて思ってもいなかった。潜水艦乗りではソ連においても自由な気質を守る数少ない集団の1つなのだ。

「そういう冗談は止せよ。そのうちに奴もここに来るぞ」

「分かっているさ」

 K123はタグボートに押されて桟橋に到着した。ロープが渡されてK123と桟橋が繋がれる。渡し板がかけられ、将官が1人それを渡ってK123の甲板に歩いてきた。

「艦長、乗艦許可をもらえるかな?」

 将官が艦橋に立つ艦長を見上げて言った。

「乗艦を許可します。出迎えに来てくださるなら事前に行ってくだされば良かったのに。今、そちらに行きます」

 コースチンは艦橋から艦内に降りて、艦橋後方のハッチから甲板に出た。そこには将官が待ち構えていた。

「第10潜水艦師団長のアレクセイ・フォーキンだ。よく来てくれたぞ。コースチン艦長」

 将官はそう言ってコースチンに握手を求めた。

「ありがとうございます。こんな歓迎をしてくれるなんて思いもよりませんでした」

 コースチンは求めに素直に応じて、フォーキン師団長の手を握った。

「当たり前だ。情勢が情勢だからな。艦隊の能力が大きく向上することはうれしいことだ」

 固く握手をかわす2人に背後から声をかける者がいた。

「その通りだ。K123は重大な使命を帯びて太平洋までやってきたのだ。その点を水兵達に特に注意しておく必要がある」

 K123付きの政治将校である。彼の登場にコースチンもフォーキンも明らかに不愉快になっていたし、政治将校もそれに気づいていたが特にそれを顔には出さず何時もの不気味な笑顔を周りに見せていた。

「君も任務に励みたまえよ」

 フォーキンは最低限の言葉を政治将校にかけると、コースチンと再び向き合った。

「司令部で最新の情報報告をしたい。私の部下の紹介も兼ねてだ。来てくれるかな?」

「喜んで。副長とともに、ただちに向かいます」

「待っておるぞ」

 そう言うとフォーキンはコースチンに背中を向けて艦を降り、司令部の建物へと戻って行った。




横須賀 対潜作戦支援局

 夕方、久弥少佐はその日の当直士官の任務を終えようとしていた。情報が入ったのはその時だった。

「少佐!」

 1人のオペレーターが久弥のもとへと駆け込んできた。

「六艦司令部からです。監視任務中の原潜<蛟龍(こうりゅう)>からの報告によると、未知の新型艦がカムチャッカの基地に入港したそうです」

「例の艦か」

 久弥が呟くと、オペレーターが頷いた。

「おそらく」

 シエラ級と思われる新型原潜を原潜<九頭竜>が見失って以来、久々に入ってきた新情報だ。しかし、それは同時に日本海軍が手出しできない領域まで相手が逃げ込んでしまったことを意味する。

「逃げられたか」

 久弥がため息をつきながら言った。

問題のシエラ級が再び出港するまでは、問題の艦に関する情報の収集は他の機関に頼るしかない。空軍の偵察衛星で空から浮上した潜水艦の姿を捉えるか、それとも内調あたりがカムチャッカに情報員を潜ませていれば偵察に行ってもらうか、なんにしろ海軍独自の手段はないのだ。

 というわけで久弥は当直を交代すると、すぐに帰途についた。




ペトロパブロフスク・カムチャツキー50 第10潜水艦師団司令部

 夕日がカムチャッカ火山群の山々に沈もうとしており、市内からは雄大な景色を楽しむことが出来たが、残念ながら海軍の施設の建物には窓がほとんど無かった。

「君がK123の艦長だね?」

 コースチンが司令部の会議室に入ろうとすると、背後から声をかけられた。振り向くと彼と同じ年頃の人当たりの良さそうな男が立っていた。

「そうだ、同志。ミハイル・コースチン大佐だ。君は?」

 コースチンが尋ねるとその男は握手を求めてきた。

「私はイワン・バラノフ大佐。K419の艦長だ」

 K419は太平洋艦隊に配備されているアクラ級原潜の1隻である。アクラ級はチタンの船体のために高価になりすぎた為、その設計を流用して安価な鋼鉄製の船体に替えたものである。アクラ級はシエラ級ほどの深々度航行能力や高速性能はないが、鋼鉄はチタンよりも音の伝導率が低く静粛性に優れているとされ、使い勝手がいい為にソ連原潜艦隊の新たなワークホースとして整備が進められて今年初めまでに26隻が就役している。

 バラノフの求めに応じてコースチンは彼の手を握った。バラノフはコースチンの手を強く握り締めると、自分の話を続けた。

「同志コースチン大佐、極東へようこそ。私の同志達を紹介しよう」

 バラノフはコースチンから手を離すと、自分の同僚の艦長たちを一人一人紹介していった。最後に紹介されたのはなんと女性であった。彼女は新しい仲間を値踏みしているようだった。

「彼女が同志エカテリーナ・ツポレヴァ中佐。K432の艦長だ」

「それじゃあ彼女が?」

「言わずと知れた“人喰いカーチャ”さ。近海で奴の艦に勝とうとは思ってはいけない」

 ソ連艦隊内の有名人と知らされてコースチンが彼女の方を見ると視線が合った。ツポレヴァは不敵な笑みを浮かべた。

「確かに怖い女だな」

 コースチンは愛想笑いをしつつ、バラノフに小声で呟いた。

「気をつけろ。奴は魔女だ。この会話も筒抜けかもしれない」

 バラノフは真顔でそう言った後、ニヤリと笑った。そこへフォーキン師団長が現れた。

「気をつけ!」

 誰かが叫ぶと、艦長と副長たちは一斉に姿勢を正した。

「休め」

 フォーキン師団長が命じると、皆が姿勢を崩して師団長の次の発言に注目する。

「同志諸君。情勢は極めて悪化している。西側帝国主義諸国は彼らの企む卑劣な侵略活動を正当化する為に、“中国軍が韓国で虐殺行為を行った”なる欺瞞情報を広めている。そうして平和を願う各国の労働者達を騙して、愚劣な侵略戦争の尖兵として動員しようというのだ。実に愚かな行為だ」

 艦長達の前で演説をするフォーキン師団長の姿を見てコースチンはどこまで本気で言っているのだろうと思った。

「これらの動向は帝国主義諸国がさらなる攻撃を中国にしようとしていることを示している。我がソ連邦は中国の労働者を帝国主義者の攻撃から守る為に必要な手段をとらなくてはならない!」

 フォーキンは一枚の紙切れを手にして集まった皆に掲げて見せた。

「既に太平洋艦隊は警戒態勢を高め、我々潜水艦部隊も行動中の潜水艦の数を増やし警戒にあたっている。しかし、それだけでは不十分であると同志艦隊司令官は決断した」

 彼が手にしているのは太平洋艦隊司令官が発した新たな命令とその意味について書かれた文章であった。

「我々にはさらに積極的な活動をするように命じられた。日米の海軍を威嚇し、我が艦隊の威力を見せ付けるのだ。この命令文書は集会場に貼りだしておくので、同志諸君らも部下に機会があれば閲覧するように指示をするのだ。己に課せられた使命を十分に理解し、任務に励んでもらいたい」

「了解であります!同志師団長!」

 艦長たちが一斉に返した。一糸乱れぬ部下の姿に師団長は満足げであった。

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