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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第5部 国連の虚構
28/110

その6 赤い潜水艦を追え

横須賀海軍基地

 衝突から7日目の1月15日の朝、運動着を着た女性が基地の運動場で1人、木刀を振っていた。


 帝國海軍は主力部隊である連合艦隊の他にも様々な部隊や部署を有している。その1つが軍令部の外局である対潜作戦支援局だ。略称“潜作支”もしくは英略称“ASSAアッサ”として知られるその部署は文字通りに艦隊の対潜作戦を支援することを任務としていて、各地で探知された潜水艦の音紋データや諜報で得られた潜水艦情報を保管している。その中枢となるのが潜水艦追尾室である。なぜなら彼らはSOUSUSソーサス、つまり海底敷設型聴音機ソナーを運用し、さらに各所から情報を得て敵潜水艦部隊の動向をリアルタイムに把握し分析して対潜作戦の助言を行なうと言う大任が与えられているからだ。

 そんな潜水艦追尾室のメンバーの中で最も海軍内で有名な存在が先ほどの女性、久弥美幌ひさや みほろ海軍少佐である。彼女は元々は航空機乗りで哨戒機部隊に配属され、日本初の女性戦術航空士タクティカルコーディネーターとして名を馳せた人物であった。しかし彼女の栄光は長続きしなかった。休暇中に自動車事故に巻き込まれ、右目を失明。哨戒機乗組員としての道を絶たれたのである。しかし、そんな困難を久弥は持ち前の豪胆さで乗り越えて、今は潜作支付の作戦士官となっている。


 久弥は日課の早朝鍛練を終えて一種軍装に着替えると、彼女は当直士官として勤務すべく潜水艦追尾室に向かった。

 途中の休憩室ではテレビの報道番組が流されていて、そこに何人かの将兵が集まっていた。

「どうしたんだ?」

 久弥が1人の情報士官に声をかけた。

「ほら。例の中韓国境での虐殺のニュースですよ」

 番組では例の記者の書いた記事から始まった虐殺騒動の反響が伝えられている。報道では世論は早急な武力解決を求める傾向にあるという。さらにアナウンサーの横に座る偉そうな評論家とやら―久弥はこういう人間のほとんどが胡散臭いものだと感じている―が日本政府による情報工作の可能性を指摘した。

<つまりです。日本政府は中国と妥協するために障害となるであろう虐殺の情報を隠蔽したのですよ。信じがたいことです。我が国は同盟国を捨てて敵国に擦り寄っているのです>

「どう思います?久弥少佐」

「こりゃ大事になるな」

 それだけ言うと久弥はその場を離れた。彼女にはやるべき任務があったのである。

「交代だ」

 IDカードと指紋照合による身分証明を行なった後にドアを開けて追尾室に入った久弥は前任の当直士官を見つけた。相手の大尉もようやく交代の時間が来た事を知って安堵しているようだ。

「わかりました。では交代の前の状況説明を。ソ連海軍ですが、ようやく韓国の状況に対応しようと動き出しました。潜水艦部隊の行動が慌しくなっているようです。衛星がソ連の軍港から9隻の潜水艦が消えているのを発見しました。どれも原子力潜水艦です」

「一斉に9隻もか?」

 久弥がその数に驚いていた。ソ連潜水艦は西側に比べれば稼動率が低いので、多数の潜水艦が一斉に動き出すということはそうあることではない。

「それで一時間前に宗谷海峡の海底聴音機が<ビクターII>級原子力潜水艦2隻の通過を捉えました。それで第12航空艦隊にスクランブル発進を要請したのです。まもなく情報が入るでしょう」

 第12航空艦隊はオライオン対潜哨戒機を装備する航空部隊である。すると海底敷設ソナーの画面に向かっているオペレーターの1人が立ち上がった。

「新たなに潜水艦を探知」

 そのオペレーターのもとに久弥らの集まった。

「場所はべーリング海。アリューシャン列島に沿って設置された聴音機が感知しました。アメリカ海軍と共同で運営管理しているものです」

 久弥は画面に写る音響パターンを指した。

「このパターンは<アクラ>級に似ているが…違うな」

「我々のデータベースには該当する艦は存在しません。新型艦の可能性があります」

 久弥はソナー画面から目を離して、部屋の正面の壁に貼られている巨大モニターを見つめた。そこには日本とその周辺の地図が映されていて把握している潜水艦の位置が全て表示されている。

 ベーリング海は北極海と太平洋を繋ぐ道で、ソ連太平洋艦隊の潜水艦も頻繁に行き来しているが、今回はその種のものではないようである。

「欧州方面から回航されたか」

 それを聞いて大尉がなにかを思い出したようだった。

「そういえばムルマンスクから<シエラ>級原子力潜水艦が出港したという情報があります。通常の哨戒行動かと思いましたが…」

「となると、いよいよ極東にも<シエラ>級が配備されるわけか。一番近い潜水艦は?」

 久弥の問いに別のオペレーターが答えた。

「<九頭竜くずりゅう>ですね」




4時間後

ベーリング海 帝國海軍攻撃型原子力潜水艦<九頭竜>

 <四万十>型潜水艦の3番艦である<九頭竜>は、太平洋に入ってきたソ連の未確認艦を探知・追尾して音紋を収集するという任務が与えられていた。<九頭竜>は就役から12年目になるがオーバーホールの度にソナーシステムに改良が加えられ、その性能は最新鋭潜水艦と同程度に保たれている。

 ソ連海軍の<シエラ>が潜伏していると予想される海域に到達した<九頭竜>は速力を落としてS-TASS、つまり潜水艦用曳航式ソナーを艦尾から出した。海中に浮遊してケーブルで潜水艦に引っ張られるこのソナーは潜水艦戦術に革命をもたらしたものの1つである。従来の艦内に取り付けられるソナーだとどうしても艦内の様々な音の影響を受けてしまう。しかし艦から遠く離れた海中を浮遊する曳航式ソナーであればその影響が少なく、より遠くの小さな音を捉えることができる。また音を聞くだけのパッシブソナーは、自ら音を発してその反射を捉えるアクティブソナーに比べると精度が悪く、特に目標との正確な距離が得られないという問題を抱えているが、遠く離れた曳航式ソナーで得た情報と艦首に装備したソナーの情報をあわせて三角測量をすることでパッシブソナーでも精度の高い情報を得られるようになったのである。そして<シエラ>級の痕跡を発見したのも曳航式ソナーであった。

「曳航ソナーに感。潜水艦です。方位0-1-0。距離は24000から25000」

 扉が開けっ放しになっている水測ソナー室に2人のソナー員に加えて艦長をはじめとする何人かの士官たちが詰めていてソナー員の報告に室内の空気が重くなった。

「1軸推進。友軍ではありません。我が艦の情報資料には同一のデータなし」

「艦首ソナーは捉えているのか?」

 艦長に問いに艦首ソナーを担当するもう1人のソナー員が答えた。

「いえ。敵の静粛性は高いようです」

 艦長はそれを聞くと、艦内電話の受話器に手を伸ばした。

「発令所、こちら艦長だ。速力を落せ。無音航行、微速前進」

 するとやがて自艦のスクリュー音が小さくなり艦首ソナーの感度が良くなった。無音航行が宣言されたことで、ただでさえ騒がしいということから程遠い潜水艦の艦内は静寂に包まれた。乗組員たちは必要最低限以上の動きはせず黙り込んで敵との遭遇に備えている。

「艦首ソナーが目標を探知、いや失探」

「曳航ソナー、目標を失探。スクリューを停止させたものと思われます」

 ほぼ同時に行なわれた2人の水測員の報告に艦長が舌打ちした。

「感づかれたな」




ソ連海軍原子力潜水艦<マールス>

「感づかれたな」

 ソナー室でミハイル・コースチン艦長が舌打ちした。ソナーが潜水艦を捉えたというので探知されるのを避けるために無音航行を命じたが、こちら側がそれを完全に実行する前に相手艦の音が消えた。

「おそらく」

 年配のソナー士官が答えた。

「ソナーの感度を高めるためでしょうね。相手はこちらを見つけだしたのです」

「どこの艦だろう?」

688ロサンゼルス級ではありません。<シーウルフ>級ならこの海域には居ないはずです。おそらく日本の潜水艦でしょう」

「よくやったぞ。捜索を続けてくれ」

 コースチンはソナー室を出ると発令所に戻り、航海長に命令を下した。

「無音のまま潜航。温度境界層の下に潜れ。曳航ソナーを境界層の上に出したままだ」

 原子炉の出力を下げてスクリューを停止させたものの潜水艦は惰性で動きつづけている。そのため、舵を動かせば無音のままでより深く沈下することができるのである。

 海中では時に様々な要因により水温が均等にならず、より高い温度の海水と低い温度の海水の境界線ができることがある。それが温度境界層サーモクラインであり、音波を反射する性質があるのでその下に潜れば敵のソナーから逃れることができるのである。

「敵は温度境界層の存在に気づいただろうか?」

 コースチンは自分の定位置に立つと操舵手の傍らに立って様子を見守っている航海長に尋ねた。

「分かりませんが。敵は急いでここまで来たようですからね。気づいていないかもしれません。あっ、温度境界層の下まで潜りましたよ、艦長」

「微速前進」

 <マールス>のスクリューが再び回転を始めた。今回の場合は<マールス>の側に地の利が存在しないことが逆に有利をもたらした。彼らにとって太平洋ははじめての海であり、慎重に行動してその特性を十分に観測することにしたのである。そのため、巧い具合に“隠れ家”を見つけることができたのである。

 すると発令所に仮眠をとっていたところを起こされたらしい副長のベールイがやってきた。

「ミーシャ、日本の潜水艦に捕まったって?」

「あぁ、そのようだ?どうする?」

「今は隠れているんだろう?俺ならこのまま逃げるね」

 それを聞くと、なぜかコースチンは艦内電話の受話器をとった。

「ソナー。敵に特異な動きはあるか?」

<特にありません。曳航式ソナーならびに艦首ソナー、どちらにも反応なし>

 もし日本海軍の潜水艦が<マールス>の動きを感知しているなら、追跡のために何らかの行動を行なうだろうし、その痕跡を捉えることができる筈だ。だが、それがない。

「あちらも<マールス>を失探したんじゃないか?だから無音航行を維持して耳を研ぎ澄ませているのさ」

「そのようだ。ソナー、敵のだいたいの位置は分かるか」

<だいたいの位置なら最初の探知から推測できます。しかし発射諸元には程遠いですよ?>

 敵の音を自ら探知して追跡する魚雷だからと言って、撃てば当るというものではない。敵の位置、進行方向に速力、海中の状況を把握して適切な時、場所から発射しなければ決して当らないのである。

「よし。ユーラ。奴を驚かしてやろう」

 そこへ政治将校までやってきた。

「おはよう、同志艦長。これは何の騒ぎだね?」

「ちょっとした実戦ですよ。魚雷戦用意!4番管発射準備」

 艦長の号令ともに乗員たちが慌しく動き出した。

「同志艦長!いったいどういうつもりだね?西側の潜水艦と戦闘をするのかね?」




日本海軍潜水艦<九頭竜>

 <九頭竜>は微速前進をしつつソナーをフルにして敵艦を探していた。

「探知!我が艦の後方に潜水艦が現われました!」

 曳航式ソナーが捉えた音に耳をすませていた水測員が報告した。彼はさらに詳しいデータを得ようと機器を動かした。しかし、すぐにソナーシステムを動かしていた手の動きが止まった。

「突発音!突発音!魚雷発射の可能性あり!」

 水測の報告はすぐさま発令所に届いた。

「機関出力最大!前進全速!」

 艦長の命令とともに速力伝達員が指示器を動かす。間を置いてスクリューが力強く回り始めて速力がどんどん増していくが、魚雷に終われているかもしれない乗員たちには鈍い加速に感じられた。

「回避!急速浮上、取り舵一杯!」

 圧縮空気タンクからバラストタンクに空気が送り込まれて海水が追い出される。それによって船体が軽くなり、<九頭竜>は上を向いて浮上を始めた。

「速力27ノット」

「スクリュー停止、デゴイ発射!」

 デゴイとは囮用の小型魚雷で、<九頭竜>のスクリュー音に似た音を発しながら艦から離れていく。<九頭竜>のスクリューを停止してから同時にデゴイを射出して魚雷の追尾システムを混乱させようというのである。

「デゴイ、発射されました!」

 乗員の誰もが祈った。魚雷がデゴイを<九頭竜>と認識して、そちらの方へ向かうことを。

 すると水測室から新たな報告が入った。

<魚雷確認できません!繰り返す、魚雷確認できません!>

 艦首ソナーは回避のために艦を急速に動かしたことで雑音が大きくなり使用不能になったが、曳航式ソナーの方はかろうじて探知を続けていた。

<高速スクリュー音なし、魚雷を発射していないようです>

「いったいどうなっているんだ?」

 若い士官の1人が叫んだ。

「水撃ちだな」

 艦長が苦い表情をして答えた。副長がそれに続いた。

「ようは魚雷を装填していない状態で発射手順を実施したんだよ。空の魚雷管の中で発射用高圧水流を噴射したのさ」

「してやられたな」




ソ連潜水艦<マールス>

 ソナーシステムが艦内放送に接続されていたので、乗員達は日本の潜水艦の慌てぶりを手にとるように感じることができた。そして彼らは歓喜の声をあげた。

「いやはや。さすがだ。同志艦長。発射準備を命じた時はどうなることかと思ったが、日本の潜水艦を手玉にとるとは!」

「同志政治将校殿。これは優れた乗員達と訓練の賜物ですよ」

 そう言うと艦長は艦内放送のマイクに手を伸ばした。

「諸君、聞いてのとおりだ。日本帝国主義海軍の潜水艦を蹴散らした。我が艦の性能、そして我々の腕と団結があれば西側の潜水艦など恐れるに足らずだ」

 それから<マールス>は再び温度境界層の下に潜り、<九頭竜>の前から姿を消した。

・【第5部その1】を訂正。アエロフロート機を日航機に変更。秘密文章をソ連国営航空で運ぶっておかしいですよね(汗

・【第5部その3、その4】日付を14日から13日に訂正。


 さて航空自衛隊F-Xについてはネット上でも様々な意見が交わされています。そして最近、候補機に新たな機体が加わりました。その名もF-15SEサイレントイーグルです。CFT内に兵倉スペースを設けることで一定のステルス性を確保するというのです。いやはやどうなることやらF-X。しかし日韓大戦世界のF-Xは決定です。すでにF-15FXであることが言明されていますが、サイレントイーグル仕様機になります。そのうち本編に登場して活躍する場面もあると思いますので、お楽しみに。


(改訂 2012/9/11)

 後書き内容を改訂

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