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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第5部 国連の虚構
27/110

その5 それぞれの対応

中国 中南海 党中央委員会会議室

 ただでさえデモのために動揺している中国指導部に、韓国連合軍司令部の非常事態宣言は大きな衝撃を与えることになった。張徳平の苛立ちは大きくなる一方であった。

「糞!いったい誰があんなものを始めてのだ!」

 張はテレビに映るデモを指して叫んだ。あのデモのために軟着陸が事実上不可能になったのだ。もし西側になにか譲歩をすれば、彼らは張を売国奴として罵り軍部もそれに追従するであろう。

「鎮圧しますか?」

 中国の警察組織の司る公安部長が提案した。それに夏永貴国防部長が続く。

「必要ならば解放軍からも戦力を出しますが」

 それを聞いた張は右の拳を机に振り下ろした。

「できるわけがない!あれは愛国デモなのだぞ!あれは我々の応援をしているのだぞ!できるわけがない!」

 そして暫くの沈黙の後、夏を指した。

「解放軍の仕業ではないのだな?」

「北京軍管区は私と梁高麗将軍とで掌握しております。軍が北京で組織的に騒乱を起こす事はありえません」

「そうか。よろしい。下がってよい」

 夏永貴は敬礼すると会議室を出て行った。それを見届けると温近平が張のそばに寄った。

「あの男は信用できるのか?」

「大丈夫だ。夏は忠実な軍人だ。奴の言う事は信用できる」

「では軍の仕業ではないとすると、誰の仕業なんだ?」

「徐雲山だ」

 その言葉に室内に居る人間の過半が驚いた。穏健派の徐雲山は愛国デモから最も遠いところに居る人間に見えたからだ。しかし慎重な検討の結果、張と同じ結論に達した者は何人か居たようで、温はその1人であった。

「おそらくそうだろう。世論を背景にして軍部は強気になる。軍部の支持を失えば君はおしまいだ」

「そして私の後釜は徐雲山だ。なんて奴だ。国をなんだと思っているんだ!」

 張は頭を抱えて黙り込んでしまった。そこへ外交部長が声をかけた。

「落ち着きましょう、主席。今は目の前の危難をいかに乗り越えるかを考えなくてはなりません」

 それを聞いて張もようやく落ち着きを取り戻した。

「その通りだ。今は対処を考えなくてはならない。連合軍司令部が非常事態宣言をした以上、国内世論や軍への配慮から軟着陸は不可能だ。日本案を受け入れることはできない」

「こうなったら安保理の決議を徹底的に妨害して時間を稼ぐしかない。国民はやがて冷める。その間に西側から譲歩を得られれば納得するだろう」

 温の言葉に張は頷いて同意を示した。

「よし。その方針でいこう。外交部部長、近くモスクワに飛んでもらうことになるぞ。ソビエトの協力が必要になる。それと国連大使と連絡をとり国連総会への工作を本格的に始めるように命じてくれ」

「まかせてください。常任理事国に反感を持っている国は多いですから、同調者を得ることは容易いでしょう」

「うむ。よろしい。いったん解散する」

 閣僚達が会議室を出て行った。最後に張と温が残った。張はまたテレビを指した。あいからわらずデモの様子を放映している。

「西洋人はことあるごとに、中国は民主化を進めるべきだ、と言うが、あれはやはり欺瞞の言葉であったのだな。民主主義国家などこの世に存在するわけがない。この様子を見ろ。あんな奴らに政府を動かさせてみろ。すぐに世界大戦が始まってしまう」




モスクワ クレムリン

 午前10時を過ぎた頃のモスクワでも大騒ぎになっていた。

 アレクセイエフはKGB議長のシードル・アダーモヴィッチ・ボチカリョフに連れられてクレムリンを訪れていた。ボチカリョフは政治局の正式局員で、これから中央委員会政治局の会合に出席することになっていた。

「しかし悪い事は重なるもんだ。ただでさえ中国問題で忙しい時に軍が東独で陰謀とはな!」

「まったくです。同志長官」

 やがて会議室のドアが見えてきた。

「同志ウラジミール。GRUについてはデリケートな問題だ。慎重かつ秘密裏に調査を進めたまえ」

「わかりました。同志長官」

 ボチカリチョフがアレクセイエフを残して会議室のドアを開けて中へ入っていった。中では共産党中央委員会政治局のメンバーが揃っていた。

「遅かったな。ボチカリョフ?」

「失礼、同志チャパエフ内相。最新の情報の報告を受けていたのだ」

 ボチカリョフが席につくとニキーチンが口を切った。

「では、早速はじめようか」

 会議ではまずニコライ・クラコフ外相とボチカリョフが状況説明を行なった。

「かなり危険な状況だな」

 それを聞いてまずトゥルクが感想を述べた。

「まったくだ。我々も早急に行動を起こさなくてはならない」

 それに応じたのはソ連の内閣にあたる閣僚会議議長―つまり行政機関の責任者である首相―であるラビ・パヴロビッチ・リンドフスキーであった。彼は改革派の急先鋒で、ニキーチンの有力な後継者として見られていた。

「我々が西側と中国の間をとりもつことができないだろうか?」

 だがそれに異論を唱える者もいた。

「問題はそれを我々の共産主義陣営の弱みと受けとめられる可能性があるということだ。むしろ我々は中国に協力し、関係を強化すべきなのではないか?

 彼らは西側に対する自らの軍事的劣勢を知っている。だが自尊心からそれを認めることができない。しかし今回の事変でそれを認めざるをえなくなった。そうなれば中国は我が国の軍事力を頼りにしなくてはならない」

 局員候補の国防大臣ジンヤーギン上級大将である。それに賛同する者もいた。

「同志ジンヤーギンの意見も最もだ。我々は今こそ各国の同志たちと結束を強くしなければならない。中国とも関係を強化すべきである。今こそそのチャンスではないか」

 モスクワ市長で政治局員の1人であるアントン・コンスタンチノビッチ・ドラガノフもその1人である。

 欧米との関係改善を目指す改革派のニキーチンであるが、ジンヤーギンやドラガノフのような強硬派の意見にも一理あることを認めざるをえなかった。下手な行動は共産陣営の、さらにはソ連そのものの崩壊に繋がりかねないのである。穏健派・改革派と言えどアメリカの一極支配を認めるものではないし、関係改善がソ連を欧米先進国の経済支配構造に組み込むことを意味するものではないのだ。

 さらに強硬派とは別の観点から中国との関係強化を訴える者が居た。穏健派の重鎮チャパエフ内相と党中央委員会の経済部長にして政治局員候補のヴァレリー・アナトリエビッチ・キベリエフである。

「確かに中国との関係強化は必要かもしれない。ここで中国を孤立させてはいけない。危険なことになる」

 外交的配慮から意見を述べるチャパエフに対して、キベリエフは経済の専門家として意見をした。

「中国は近年、急速に経済力を向上させている。我が国の停滞している経済をなんとかするには中国との協調が必要になる。このチャンスを生かすべきです。この状況を利用して我々は積極的に動かなくてはならない」

 中国の軍事上の問題を抱えているのと同様にソ連も経済上の問題を抱えていたのである。

「中国に経済援助でも要請するのですかな?」

 リンドフスキー首相が疑いの目をキベリエフに向けていた。彼は中国に対して決して小さくない不信感を抱いていた。

「さすがにそうは言いません。中国自身にもまだそこまでの経済力がありませんし。しかし、中国が起爆剤となり我が国の経済に刺激を与えることになります」

 キベリエフが言い終えると、ニキーチンが立ち上がった。

「皆の意見はよく分かった。確かに今回の状況は中国との関係をさらに強化するチャンスでもある。我々はこのチャンスを積極的に利用しなくてはならない」

「まったく。そのとおりです。同志書記長」

 ジンヤーギンがニキーチンに続いて立ち上がった。

「国防省としては、ただちに動員令を発することを進言します。それで韓国連合軍の臨戦態勢に対抗して中国を援護するのです。そして我が国の立場を世界に対して見せつけるのです」

 それを聞いてキベリエフが顔色を変えた。

「まってくれ。動員令はいけない。ただでさえ多くの人民が軍に所属しているのだ。これ以上、動員を行なえば経済が動かなくなる」

 ソ連軍は大兵力を誇っている。地上軍など師団が200個以上も配備されている。だが実戦に投入できるのはその4分の1程度に過ぎない。しかもそのほとんどはNATOと対峙している欧州方面に集中している。いざという時に戦場になるであろう極東方面の部隊のほとんどが書類上の存在で、戦うべき兵士が存在しないのである。ジンヤーギンは平時には一般市民として日常を過ごしている予備役兵を動員して、それらの部隊を実戦に投入できる状態にしようと主張しているのだが、それだけ多くの国民が軍に入れば経済が動かなくなるのが当然である。そしてその長期化は国家経済の崩壊を意味する。

「しかし、今こそ我がソ連軍の能力を世界に知らしめなくてはならないのだ!」

「それで国が滅んでしまえば、元も子もありません」

 結局、論争の末に一応の結論が出た。動員令はさすがに時期尚早として実施せず、代わりに極東方面に移動した第7親衛空挺師団に加えてヨーロッパ方面から何個からの精鋭自動車化狙撃兵師団(注1)を極東に派遣することに決まった。しかし、ここに始まる極東への部隊の移動が後にソ連軍の作戦計画を大きく狂わせることになるとは、まだ彼らの知る由に無かった。




大韓帝国 慈江道

 中国のデモと連合軍司令部の非常事態宣言を受けて報道関係者も積極的に動き出した。北京で、ソウルで、東京で、ニューヨークで、各地でニュースを発信すべく。そして最初の戦闘の舞台となり現在も緊張状態が続く慈江道も例外ではなかった。彼らは国境地帯の緊迫した状況を伝えるべく熱心に動き回っていたのである。彼らが求めていたのはスクープであった。みんなと同じ情報を流しているだけでは売上、視聴率は伸びない。他社を出し抜くスクープを得ようと皆が必死になっていた。そしてある新聞社の記者が“中国兵がもたらした惨劇”を知るという地元住民の男との接触に成功したのである。

「そんなに恐ろしいことを彼らはしたのですか?」

「そうなんだ。奴らは逃げようとする皆の背中に機関銃の弾を撃ちこんだんだ。女子供にも容赦なしに。俺の目の前で何人も死んでいった。俺は命からがら逃げ出せたんだけど、他の連中は…」

 男は顔を掌で覆って震えた声で証言した。いかにも悲しみをこらえているという風に。

「大変な目に遭われたんですね。しかし、なぜ政府がそれを公表しないのでしょうか」

「俺は知らねぇよ。政治のことなんて。だけど、このまま無かったことにするなんて俺にはできねぇ」

「あなたの気持ちはよく分かりました。あなたの言葉を必ず世界に発信します。どのような理由があれ、こんな悲劇を隠蔽するなんて許されないことです」

「ありがとう。ありがとう」

「いいんですよ。これが報道の使命ですから」

 記者は謝礼金を渡すと、このスクープを世界に伝えるべく新聞社の支局に戻ることにした。一方、男の方は立ち去る記者の背中を見て微笑んで、心の中で感謝の言葉を述べていた。記者というのはなんて親切な人なんだろう。あんな法螺話を信じてくれたうえに金までくれるなんて。




注釈

注1―自動車化狙撃兵師団―

 西側流の言い方では機械化歩兵師団。ロシア歩兵は諸所の理由で狙撃兵と訳される。

(改訂 2012/3/21)

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