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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第5部 国連の虚構
26/110

その4 非常事態宣言

 宮川が次に電話をかけたのは韓国の首相であるイ・ホニョンであった。


「首相。事態は急を要します。不測の事態に備えて、指揮系統を一本化しなくてはならない。決断を」

<宮川総理。これは我が国の問題です。我が国が独力で対処します>

「もはや貴国、一国の問題ではありません。極東全体の問題です」


 そこへ秘書官が兵部省からの最新報告が書かれたメモを持ってきて宮川に渡した。


「首相。中国軍の最新情報が入りました。満州の陸軍の動向です。演習を繰り返し活発に活動しています。かなり危険な状況です」


 ホニョンは沈黙したままだった。


「ともかく、我が国としては連合軍司令部の会合でアメリカとともに非常事態宣言の布告を提起します。貴国の対応如何では貴国の安全保障に対して我が国としては責任を負いかねることにもなります。誠実な対応を望みます」


 宮川はそれだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。この場合は相手の返答を待つよりその方が効果的だろう。




ソウル 青瓦台 執務室

 ホニョンは受話器を置いて、同席して電話を聞いていた国防部長である申貞烈シン・ジョンニョルと外交通商部長の高東泳コ・ドンヨンに目配せした。それに最初に応えたのは国防部長であった。


「これは深刻な事態です。首相。日本はこれ以上、我が国が独自路線を進むのであれば我が国の防衛に責任を持たないと言っています。参謀本部は日本とアメリカの援護なしに韓国の防衛は成り立たないと主張しています」


 それに反応したのは外交部長であった。


「そんなわけあるものか!韓国には70万の陸軍があるではないか!」

「外交部長、そのほとんどがただの歩兵に過ぎません。できるのは中国の侵攻を止めることだけです。撃退するには重武装の機甲戦力が必要ですが、韓国陸軍にはそれが4個師団しかないのです。我が国の国防は、日本とアメリカから増援を得て重武装師団を倍化しなくては達成できません」

「ここで日本とアメリカに尾を振れ、というのか?我が国が外交的独立を果たすチャンスであったのに」

「それが幻想だったのですよ。外交部長。外交的独立?いったいどうであれば独立していると言えるんですか?相手国の要求を全部蹴落とせば独立国だとでも言うんですか?それとも自国の防衛は自国のみでやらねば、とでも?アメリカでさえ同盟国の意見は無視できないし、その援助が無ければ自国の安全保障政策を実行できないんです。あなたの言う独立国は地球上に存在しません!」


 国防部長の言葉にドンヨンは顔を真っ赤にした。


「この売国奴め!」


 何時までも続きそうな論争にホニョンは止めに入ることにした。


「いいかげんにしたまえ。ここで言い争いをしている場合ではないだろう。問題はこれからどうするかだ。国防部長、日米の援護なしでこの事態を乗り切れそうかね?」

「中国の侵攻を抑止するだけの戦力が大韓帝国軍にあることを信じております。しかし、9日に起きたような突発的事態が起きる可能性を考えますと、不安を憶えます」

「そうか。1人で考えたい。席を外してくれ」


 ジョンニョルとドンヨンは立ち上がって部屋を出た。あとに残ったホニョンは静寂の中で考え込んでいた。




龍山 連合軍司令部 会議室

 アメリカ本土から連合軍司令官マイケル・チャールストン陸軍大将が戻ってきたので、日米韓連合軍司令部の構成員は全て揃ったことになる。

 韓国時間1月13日午後4時、司令部要員全員が集合して緊急会議が開かれた。会議室にはコの字型のテーブルが置かれ、総司令官と副官が真中に座る。すなわちコの時の向かいあう2つの辺を結ぶ部分に前から見て左側に司令官マイケル・チャールストン大将が座り右側に副官の飯田正巳が座る。そして飯田の側の辺にはアメリカ第7空軍司令官のローマン中将、アメリカ第7艦隊韓国分遣隊司令官のトイ大佐、日本海軍鎮海警備府司令官の曽根崎そねさき中将、日本空軍韓国派遣団司令官の梅山うめやま大佐の順番で座り、チャールストンの側には韓国軍参謀長会議主席である金白南キム・ペクナム大将を先頭に陸海空軍の参謀長が座っている。

 メンバーが集まったのを確認するとチャールストンが早速口を切った。


「諸君、事態は急を要する。連合軍最高司令官として非常事態宣言の発動を提起したい」


 その場の全員の注目がペクナムに集まった。彼は韓国政府の代弁者であり、連合軍司令官に対する拒否権を有しているからである。


「韓国政府は司令官の決定に賛同しております」


 韓国軍全軍の指揮権が韓国政府から連合軍司令部に移った瞬間であった。チャールストンはそれを確認すると立ち上がって宣言した。


「では朝鮮半島全域に非常事態を宣言する」




日本海

 天城由梨絵は<旋風>戦闘機に乗り空を飛んでいた。ジェネラルエレクトリック社製のF404ターボファンエンジンは快調に動いていて、プロペラ推進式ながら高高度を亜音速で飛行できるTu-142哨戒機にも追いつくことできた。

 Tu-142はソ連軍が開発した長距離用洋上偵察/対潜哨戒機で、戦略爆撃機であったTu-95を改造したものである。NATOからはベアFとコードネームで呼ばれる巨人機は長年、ソ連海軍の目として活躍していた。

 由梨絵の<旋風>は夕陽を背景に単独で飛行するベアFの背後についた。ベアから見てと斜め左側の位置を保つ。ソ連の大型軍用機の例に漏れずベアFには後部機銃座が備えられているが、そちらの方は下を向いていて由梨絵もともに飛んでいる僚機も狙っていなかった。

 するとベアFは突然、方向を転換して機首を南に向けた。その間も位置関係を保っていた由梨絵機はベアFの西側を飛んでいる。ベアFの機体は夕陽を浴びて染まっていた。由梨絵は資料作成用のカメラを取り出して撮影をはじめた。ベアFが針路変更をしてくれたので逆光の問題が解決されたのである。


「ありがとう。これで写真が撮りやすくなったわ」


 たぶんソ連機もそれを意図した方向転換であったのだろう。奇妙な話だが、仮想敵同士でありながら写真撮影のための連携が行なわれることは珍しいことではない。国が違っても同じパイロット同士、なにか連帯感があるらしい。それに空中で動いている者同士の写真撮影である。きれいな写真を撮れる位置関係を保つにはパイロットの技量を要する。つまり写真撮影への協力はパイロットの技量を相手国に見せつける意図があるのだ。

 あらかた写真を撮りおえた。きっと美しく写っているに違いない。すると由梨絵はベアFの後部機銃座の乗組員がこちらに手を振っているのに気づいた。由梨絵もそれに応えて手を振った。ヘルメットと酸素マスクを外して、日本のパイロットが女であることを教えたらもっと喜ぶに違いない!しかし、さすがにそれは自重した。

 ベアFは再び針路を西にとった。その先には日本の機動部隊がいる。



 洋上では日本艦隊とソ連艦隊の間で睨み合いが続いていた。空母1隻と防空艦2隻で出発した艦隊は佐世保沖で対潜部隊と補給艦が合流して機動部隊としての体裁を整えた。一方でソ連艦隊にも大小様々なレドームやアンテナを載せた原子力偵察艦<ウラル>が合流したので、ソ連艦隊の9隻と日本海軍の13隻が釜山沖に集まったことになる。さらに海中では両国が1隻ずつ原子力潜水艦を派遣している。

 八角提督率いる第3機動部隊は空母<翔雀>に<芙蓉ふよう>型対潜巡洋艦である<青葉あおば>、イージス駆逐艦<夏月><涼月>、在来型の<舞風まいかぜ>型防空駆逐艦<春一番はるいちばん><吹雪ふぶき>、<五月雨さみだれ>型汎用駆逐艦<いかずち><稲妻いなずま><野分のわき>、<夕霧ゆうぎり>型汎用駆逐艦<陽炎かげろう><海霧うみぎり><山霧やまぎり>、それに<足摺あしずり>型補給艦<間宮まみや>から成る。それに<旋風>戦闘機が18機、<旋風>の電子戦機型が2機、日本海軍ではV1Gの機体番号が与えられた空飛ぶレーダーサイトである早期警戒機E-2C<ホークアイ>2機、やはり日本独自にT6S-Qの番号が与えられた対潜ヘリコプターSH-60<シーホーク>14機といった航空機が加わる。質量ともにソ連小艦隊を圧倒している戦力である。であるから、<翔雀>のCICに篭って作戦指揮をしている八角提督も余裕をもつことができた。


「提督、まもなく水平線上にベアFが現われます」

「そうか。特異な動きを見せない限り無視しろ」


 するとCICの艦内電話が鳴った。相手は艦橋からだからおそらく艦長であろう。


「スピーカーに出してくれ」


 八角は通信係に指示を出すと受話器をとった。


「CIC」

<こちら艦橋、艦長だ。ソ連のベアF哨戒機を目視確認。夕陽を浴びて輝いている。大変美しい>

「そうか。私も艦橋にいたかったな」


 CICには外の様子を映しだすテレビモニターもあったが、その画面のベアFは不鮮明であった。

 すると第3機動部隊の情報参謀がCICに入ってきた。


「司令。横須賀の連合艦隊司令部より通信です」


 それだけ言うと情報参謀は通信文が印刷された紙を渡した。


発:連合艦隊司令長官

宛:第2艦隊第3機動部隊司令

 韓国連合軍司令部ハ朝鮮半島全域ノ非常事態ヲ宣言

 警戒ヲヨリ厳重ニセヨ


「いよいよか」


 紙を情報参謀の手に戻すと通信係に声をかけた。


「至急、各隊司令と各艦の指揮官を集めてくれ」




首相官邸 閣議室

 官邸では再び国家安全保障会議が開かれていた。


「柳駐日大使との接触も試みましたが、失敗しました。中国はこの度のデモ以降、態度を硬化しております」


 蛭田の報告は閣僚たちを怯ませるに十分であった。


「つまり、軟着陸が難しくなった、ということかな?」


 佐渡大蔵大臣が弱弱しく尋ねた。


「はい。国連の方も見通しが怪しくなりました」

「こうなると軍事オプションを真剣に考えざるをえないんじゃないか?」


 ここぞとばかりに大河内が言った。彼が強硬論を唱えれば、当然ながら八雲が追従する。


「その通りです。もはや外交で事態を打破するのは厳しい」


 何人かの大臣が頷いて賛同の意を示した。


「待ってください」


 だが異を唱える者もいる。筆頭は商工大臣の椿玉三郎であった。


「すでに今回の事態は我が国の経済に暗い影を落としつつあるのです。株価や為替相場が下がり、投資も減る。そのうえ戦争が勃発となれば、どんなことになるか」

「それに戦争というのは始めるのは易いが、終えるのは難しい。その点の見通しはできているのかね?」


 さらに園部官房長官が援護する。園部にしろ蛭田にしろ若い頃に中国内戦の泥沼とその後の大陸からの大撤退を経験した世代だ。それ故に大陸への軍事介入には慎重になる。


「まさか、“あの30年”を繰り返すつもりじゃないだろうな?」


 やはり見通しはなかったらしい。大河内を筆頭とする強硬派連中は黙り込んでしまった。その様子を見て宮川が会議のまとめにかかった。


「まぁまぁ。とにかく、あくまでも外交による解決を目指そう。だが、そろそろ軍事オプションの検討を始める頃合かもしれない。吉野総長。軍はどういうプランを持っているんだい」


 メンバーの中で一番奥に座り今までの論争の中で傍観者に徹していた統常参謀部総長の吉野新吉大将がようやく指名され立ち上がった。


「皆さんもご存知であると思いますが、兵部省と軍部は常日頃から戦時に備え作戦計画を練っております。それが本土への各種攻撃を想定した決号作戦計画と周辺事態への介入を想定した越号作戦計画です。

 そして朝鮮半島及び中国での戦争を想定したのが、こちらの越1号作戦です」


 吉野は自分の鞄から書類を取り出して、みんなに掲げて見せた。さらに鞄から同じ書類の束を何部も取り出して、それを閣僚全員に配った。


「越1号作戦に最新の情勢を加味して作戦計画をただいま練っている最中ですが、現在のところでは朝鮮半島に甲師団3個と乙師団3個の6個師団を配備し、韓国の安全確保のため中国軍の侵攻作戦能力を奪うことを目的として韓国軍と協同し満州方面に進撃、中国軍部隊を撃滅するという方針になっております」


 帝國陸軍の師団は3つに区分される。完全に装甲化された機械化歩兵師団や戦車師団などの重武装師団である甲師団、装甲化はされていないものの軽量で戦略機動能力が高く日本や韓国の大半を占める山地で威力を発揮する軽歩兵師団である乙師団、そして予備役で編成される特設師団の丙師団である。日本は甲師団6個、乙師団15個、丙師団13個の合計34個師団を保有している。

 吉野の報告に宮川は満足した様子であった。


「よろしい。準備・研究を進めてくれ。だが早急に結論をだすことは危険だ。しばらくは中国の動きを注意深く見守っていく必要があるだろう。

 今日はこのくらいにしておこう」


 宮川の閉会宣言を聞いて、閣僚達は立ち上がり閣議室を出て自分の省庁に戻っていった。宮川は最後に出て行こうとして杉田を呼び止めた。


「状況が不透明な以上、情報収集が鍵になる。例の特別情報班、準備はできているのか?」

「近日中には立ち上げられる予定です」

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