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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第4部 国境会戦
22/110

その5 事情

モスクワ クレムリン

 モスクワも日付が変わり1月9日になっていた。今は朝の6時で、政治局は一旦解散して多くの閣僚は自宅に帰っていたが、書記長であるニキーチンは自分の執務室に篭り緊急事態に備えて待機している。

 ニキーチンが所在無く部屋の中を歩き回っていると、執務室のドアを誰かが叩いた。

「同志書記長。国防大臣です」

「よろしい入りたまえ」

 入ってきたのは、ヤゾフ国防大臣を含む3人の軍人であった。全員が陸軍の軍装をしている。ただし1人だけ青いベレー帽を被っている。

「同志コロリョフ国防次官。報告を」

 ヤゾフに促されて、ヴァレンチン・レオノヴィッチ・コロリョフが1歩前に出た。ソ連国防相の第一次官は参謀本部総長を兼任する。コロリョフは去年、その地位に就いた。階級はソ連邦元帥で、彼はアフガニスタンにおける勲功でその地位を得た最も若い元帥である。彼の胸にはレーニン勲章と金星章が輝いており、彼がソ連邦英雄の称号(注1)が授与されたことを示している。

「我が赤軍の明日を担う人材とは君のことだな。噂はよく耳にしているよ」

 ニキーチンの言葉を聞いてコロリョフはにっこり笑った。

「ありがとうございます、同志。極東における部隊の緊急展開の準備が整いました。中国の要請があれば空挺軍をただちに投入可能です」

 隣にいた空挺軍司令官であるアレクサンドル・ザハロフ中将が同意の頷きをした。空挺軍は形式的には陸軍に属しているものの独立兵科と呼ばれ、空軍から完全に独立しているソ連防空軍や戦略ロケット軍ほどでないにしてもアメリカの海兵隊のように独立性の高い部隊である。広い国土を持つソ連では空中機動で縦横無尽に行動できる空挺部隊は大変重視されているのだ。隷下には6個空挺師団と各種独立部隊、空挺スペツナズ部隊(注2)を有し、さらに西側の空挺部隊と違い装甲車輌が充実しているのも特徴である。

「なるほど。派遣する部隊は?」

 ニキーチンの質問にザハロフが答えた。

「ノヴォロシスクの第7親衛空挺師団です。命令から24時間以内に瀋陽へ展開できます」

「なるほど。現地の状況はどうなっているんだ?」

 それに答えたのはコロリョフであった。

GRU(グルー)の報告によりますと、戦闘は終息しつつあるようです。ですが、不測の事態も考えられます。第7空挺師団にハバロフスクまで前進する許可を頂きたい」

 GRUこと情報総局はソ連軍参謀本部直属の情報機関で、特殊部隊スペツナズ(注2)が属することで知られる。

 そこへ再びドアの叩く音が聞こえ、ドアが開きニキーチンの秘書官が入って来た。

「同志書記長。外務省からの報告です」

 そう言って秘書官はニキーチンにメモを手渡した。

「ご苦労。日本が国連に提訴したか。同志コロリョフ。空挺師団の件は了解した。しかし君たちの出番はしばらくは無さそうだ」

「ありがとうございます。同志」

 コロリョフは一礼した。それから、またヤゾフを先頭にして3人は執務室を出ていった。




モスクワ ソ連国防省

 クレムリンでの書記長との会見から2時間が経った。コロリョフは国防省の自分の執務室に戻っていた。彼は極東における事変の最新報告に目を通していた。祖国にとって決して望ましい状況ではないのだが、コロリョフはなぜか微笑んでいた。それも先ほどニキーチンに見せた屈託のない笑顔ではなく不気味などす黒い笑み。

 すると執務室のドアが叩かれた。

「カマロフです」

「入れ」

 入ってきたのはヴィクトル・カマロフ陸軍大将。情報総局GRUの局長である。

「お呼びでしょうか」

「極東の件、どう思う」

 コロリョフは書類に目を向けたまま言った。

「チャンスですね」

「やはりそう思うか?よろしい。予定より早いが、計画を発動すべき時がきているようだ」

 ここでコロリョフは書類から目を離し、カマロフを見つめた。

「準備を開始しよう。東ドイツからの報告はまだかね?」

「今日、報告がある筈です。今、現地の要員が回収に向かっています」




ベルリン

 午前6時を過ぎた。KGBの監視活動は相変わらず続いていた。監視にあたる要員は交代したが、グツァロフとゴロフコフは敵の回収員が現われるまで待つつもりでいた。

<不審な男が公園に入る>

 公園の出入口を見張っていた監視員が報告をしてきた。

「よし!来た!」

 夜を徹した監視活動で疲れを見せ始めたグツァロフであったが、それも吹き飛んだようであった。

「いたぞ」

 ベンチを監視する隠しカメラのモニターは確かに背広姿の不審な男を捉えていた。男はベンチのところまでまっすぐやって来ると座った。そしてすぐに立ち上がって去っていった。

「見たか?」

「回収しましたね」

 グツァロフもゴロフコフも歴戦の情報部員である。一瞬のことであったが、それを見逃さなかった。男は座った瞬間に手をベンチの板と板の間に伸ばしたのである。男はその間、一度も下を見なかった。

「何者だ?」

 グツァロフは隣に座るKGB局員に聞いた。彼は東ドイツに居る西欧諸国の人間の中で要注意人物とされるリストに載せられた人々の顔を諳んじていた。この手の諜報部員は、普通は大使館員に紛れ込むものであるが西欧諸国は東ドイツを承認しておらず大使館も置かれていなかったので、この場合に対象となるのは主にビジネスマンである。

「分かりません。ん、いや。待てよ。そんなバカな」

 彼はその顔に見覚えがあった。しかし、それは要注意人物のリストにあったものではなかった。

「思い出しました。前に見たことがある。あいつはGRUの工作員ですよ」

「なんだって!GRUがこんなところで何をやっているんだ!」

 グツァロフは大変ややこしい問題に首を突っ込んでしまったことに気づいた。

「なんということだろう。これは至急、モスクワの同志に報告しなければならない」




注1―ソ連邦英雄の称号―

 英雄称号は共産圏で見られる名誉称号である。勲章とは厳密には異なる。

 国家のために英雄的な行動を行なった功労者に授与され、レーニン勲章と英雄的行為の証として金星章が与えられる。ソ連においては最高の栄誉である。


注2―スペツナズ―

 スペツナズはロシア語で特殊任務部隊を略したもので、本来は特定の部隊を示すものでなく、KGBや海軍、空挺軍に属する特殊部隊もスペツナズに含まれる。しかし単にスペツナズと呼ばれる場合は専らGRUスペツナズを指す。ずいぶんややこしい話である。

 この混乱は、GRUスペツナズに正式な部隊名が存在しないことに起因する

 【第1部その1】の本文を差し替えました

 【第2部その1】を訂正して国家社会主義を採用する国家にクロアチアを追加

 【第3部その3】を訂正してトゥルクをポーランド第1書記からウクライナ第1書記に訂正。

 詳しい経緯は萌えない神楽学校で取り扱う予定

 【第4部その4】を訂正してAWACS機をAWACSに直しました。

 【登場人物紹介】を更新しました。

 第4部はこれで終了です。次回からは第5部<国連の虚構>が始まります。


予告

 いよいよ始まる国連安全保障理事会。日本案がすんなり通ると思われたが、中国で突如発生したデモで状況が一変する。常任理事国の専横から逃れたい国連事務局と第三世界諸国の思惑も重なり、事態は思わぬ方向へと突き進む


(改訂 2012/3/21)

 実在の人物の名前をカット

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