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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第4部 国境会戦
20/110

その3 近接戦闘

 中国軍の歩兵隊は2個中隊ほどの戦力で、1個中隊ずつ道の左右に広がる林の中を進んでいた。対する日本の歩兵たちも装甲車を盾に攻撃に備えた。

 捜索第二〇連隊の歩兵―兵種は実は騎兵であるが、戦い方は歩兵そのものである―が持つ小火器は主に国産の四九式小銃である。これは5.56ミリNATO標準弾を使う突撃銃として開発された四八式小銃を空挺部隊向けに改良したもので、銃床部分が折りたたみ式になっている。現在版の二式小(テラ)銃と言えた。嵩張らないので、本来想定された空挺部隊や特殊部隊だけでなく狭い装甲車両で移動する機動歩兵部隊の他、戦車兵や自走砲乗組員の自衛火器としても使われている。それにベルギーFN社が開発した傑作機関銃ミニミのライセンス生産版が支援火器として使われる。

 さてまずは道路の西側の林、小隊の一番北側の分隊では兵士達は北に目を凝らしていたのである。


「来ました。中国の歩兵です」


 双眼鏡を使って見張りをしていた兵士が指揮官に報告した。


「1個小隊。後方にもいるな。中隊程度か…」


 兵士の双眼鏡を借りて敵情を確認した指揮官はそれを小隊本部に連絡した。

 情報を受け取った小隊本部はすぐに迎撃作戦の準備を始めた。まずは一番北の分隊に先頭の敵1個小隊を釘付けにするように命じると、連隊本部に迫撃砲による支援射撃を要請した。連隊本部付の迫撃砲小隊には4輌の五〇式自走16センチ迫撃砲が配備されている。そして小隊主力は林の中を、装甲車は道路上から、敵の後方に回り込んで包囲殲滅するべく行動を始めた。

 第一撃を加えるのは北側の分隊である。


「擲弾手。小銃擲弾用意!」


 すると2名の歩兵が自分の銃の銃口に何かを、一見するとロケット弾か何かにも見える物を突き刺した。これこそ小銃擲弾(ライフルグレネード)である。ようするに手榴弾の発展型で、アメリカなどではM203ランチャーのように小銃の銃口の下に専用発射機(アドオンランチャー)を取り付ける方式が主流であるが、日本では主に銃口に直接装着する昔ながらの小銃擲弾式を使っている。


「撃て!」


 擲弾手が四九式小銃の引き金を引くと、小銃弾が放たれ銃身を進み擲弾に当った。擲弾はその衝撃で銃口から離れて敵の方へ飛んでいった。擲弾は見事に敵の小隊のど真ん中に落ちて爆発した。それと同時に隠れていた分隊の兵士たちが持つ火器、分隊のミニミ機関銃1丁と四九式小銃8丁の射撃が始まり弾幕を張って中国軍小隊をその場に釘付けにした。それが合図となった。

 すぐに後続する中国軍の中隊主力が救援に向かおうとしたが、160ミリ迫撃砲の射撃が始まった。迫撃砲は中国軍の先頭の小隊と中隊主力の間に火力を集中して中国軍を分断したのである。160ミリ迫撃砲は射程こそ短いが、その威力は日本陸軍の野砲兵の主力である155ミリ榴弾砲なみの威力、破壊力を有する強力な火砲であり、中国軍の中隊主力は身動きが取れなくなった。そこへ装甲車と小隊主力が挟み撃ちを仕掛けたのである。

 正確には歩兵小隊主力が中国軍の先行小隊に攻撃を仕掛けて、装甲車が中隊主力に攻撃を行なった。味方の車両とは言え、35ミリ機関砲の射線上に突進するほど帝國陸軍の兵士は無謀ではないのである。35ミリ機関砲の洗礼を浴びた中国軍中隊主力はまさに地獄絵図であった。



 一方、道の東側でも中国歩兵の迎撃作戦が始まった。しかし、西側の小隊と異なり装甲車も含めた小隊の火力、兵員を一直線に並べて、南進してくる中国軍中隊を阻止することに重点を置いた。彼らは鉄鎚で粉砕された敵を受け止めるための鉄床であり、道の東側の林で敵を殲滅する鉄鎚となる部隊は別に存在したのである。



 一方、十字路の南側では戦車中隊が最大の敵に直面した。それは僅かに数輌の79式戦車に過ぎなかったが、彼らの前に立ちはだかった者の中では最大にして最強であった。四四式戦車10輌の前に瞬く間に散ってしまったが。

 後ろ―本当は彼らの前にある筈である―には韓国軍の陣地があり、前からは日本軍の戦車隊が迫る。残存する中国歩兵は追い詰められて、どうしようもなくなりつつあった。指揮官はどこかに消えたので、結局はバラバラに左右の林の中に逃げ出すほかになかったのである。指揮系統から切り離され建制を失った軍隊はもはや脅威ではなかった。

 韓国軍は陣地に配置された兵士たちを林の中に入れて敗残兵の掃討を行なわせるとともに、予備の部隊を北進させて日本軍の戦車中隊とともに防御戦を十字路まで前進させることにした。



 山口大尉率いる第一装甲車中隊は木々の間をすり抜けて林の中を突き進んでいた。彼らの任務は道の東側の側面から第一歩兵中隊を援護して、敵中国兵を粉砕する鉄鎚となることであった。

 樋口の四八式が先頭を進む、真っ先に敵と遭遇した。


「敵だ」


 樋口は赤外線画像を通じて味方に銃撃している中国兵の姿を捉えた。


「斥候隊は出るんだ」


 装甲車中隊の四八式重装甲車には3名の偵察専門の歩兵が乗っていて、斥候隊と呼ばれている。14輌の装甲車から42名の斥候兵が飛び出した。彼らは主に四九式小銃か狙撃銃を持っている。


「前進」


 斥候隊と装甲車隊は分かれて全身を開始した。斥候隊の任務は装甲車隊の側面を守り、対戦車火器を持った中国歩兵が回りこんでくるのを防ぐことである。彼らのために装甲車隊は目の前の敵に集中することができた。


「主砲、撃ち方はじめ」


 第一歩兵中隊の防御陣地を攻撃する中国兵に襲い掛かった35ミリ砲弾の威力は凄まじかった。太い木々でさえ簡単にへし折り、身体に当ればそこから2つに裂けてしまう。まさに壮絶な光景であった。



 川の向こう側、中国領内の中国軍師団司令部も態勢を立て直しつつあった。突然の奇襲攻撃で混乱状態の師団司令部であったが、状況を確認すると砲兵隊に十字路に向けて支援射撃を命じた―支援すべき占領部隊はすでに消滅しつつあったが。さらに師団に残存する戦車―僅かに3輌―とともに予備の歩兵中隊に川を渡って橋を守らせることにした。まず歩兵1個小隊が橋を渡って、残存する占領部隊と合流して橋の守りを固めた。そして次に3輌の戦車が渡り始めた。その時、空から戦場とは違う別の音が聞こえ、新たな敵の到来を告げた。



「ベストタイミングじゃないか!」


 カイオワウォリアーに乗る指揮官はメインローターの上に載せた偵察用カメラの映像を見て微笑んだ。敵の戦車は橋の上にある。逃げようが無いのである。


「全機、攻撃態勢!」


 彼の指揮下にある8機のコブラ攻撃ヘリは一斉に散開した。


「攻撃開始!」


 コブラは2機単位で突入していった。超低空飛行で迫ったので、敵の野戦防空部隊のレーダーに捉えられることなく攻撃地点に到達していた。

 橋の上には2輌の戦車があって、それぞれに2機ずつ、計4機のコブラが攻撃を行なった。ワイヤーガイド方式の対戦車誘導弾であるTOWが各機から1発ずつ発射され次々と79式戦車に吸い込まれていった。橋の上で2輌の戦車は無残な最期を遂げた。最後に対岸に残った1輌の79式に別の2機のコブラが攻撃に向かった。勿論、戦車の方もやられてばかりではいられない。すぐに発煙弾を発射して煙幕を張り、木々の中へ逃げようとした。しかし遅かった。2機のコブラが1発ずる発射して、一発目のTOWは外れたが、二発目が見事に林に逃げ込もうとして方向転換した戦車の砲塔側面に突っ込んだのである。かくして中国軍師団は全ての戦車を失った。


「よし。撤収!撤収!」


 指揮官が命じると、不測の事態に備えて予備として待機していたコブラ2機がハイドラ70ミリロケット弾を中国軍が潜む対岸の林に次々と打ち込んで牽制をする中で、6機のコブラは南に逃れ、それに予備2機と指揮官機のカイオワウォリアーが続いた。

 かくして中国軍は占領した地域の大半を失った。もはや橋の周りに少数の守備兵を残すのみで、大規模な機甲部隊を展開させる余地はなく実質的にはなにもできなくなった。かといって日韓軍も橋まで前進することはなかった。姿を現せば中国軍の集中砲火を浴びることになるからだ。かくして戦線は膠着状態となった。




ベルリン

 あれから1時間。ゴロフコフはKGBベルリン支局のバンの中に居た。一見、それは普通の自動車に見えるが、中は小さな指揮所になっていて、主に大規模な張り込み・監視作戦に使用されていた。

 ゴロフコフは問題の将校の監視を一旦中止して、携帯電話で大使館に報告した。それは聞いただけではたあいも無い世間話のようであったが、実は予め決められた符丁に従って暗号化された会話であった。いくら同盟国とは言え、他国の首都である。機密作戦を感知されるのは拙い。ゲシュタポだって携帯電話の電波の監視くらいは行なっているはずである。

 かくして第3局局長からの個人的な頼みは、KGBの正式な防諜作戦に格上げされた。本来、東ドイツにおける防諜作戦はKGBの東ドイツのカウンターパートである国家保安本部の国内諜報組織である第三局や防諜組織であるゲシュタポの担当であるが、彼らに知らせるつもりはなかった。ナチ野郎を信用することなどKGBではありえないのだ。


「どう思う」


 監視指揮用のバンとともに駆けつけたKGBベルリン支局長のリュドミール・グツァロフがゴロフコフに尋ねた。問題のベンチに置かれていたマッチ箱は、専門の技術者―この手の情報の受け渡しに使われる容器には、非常時に中の情報を抹消するための仕掛けが施されている場合がある―によって中身が取り出された。それは折りたたまれた普通の紙で、暗号化されているらしく意味を成さない文章が書き込まれていた。KGBはとりあえず写真を撮った後で再び紙をマッチ箱に収めて、ベンチに戻した。後は誰かがこれを取りに来るのを待つだけである。


「CIAですかね?」


 ゴロフコフが答えた。


「クーメーカーめ!」


 グツァロフが吐き棄てるように言った。CIAはあちこちで親米の将軍とかを支援してアメリカに不都合な政権に対してクーデターを起こすので、そのように呼ばれる。


「ナチ政権打倒でも狙っていると?」

「そこまでは言わないよ。だが、その用意は常にしている筈だ」


 そう言った後、グツァロフはにんまりと笑った。


「だが、CIAの機密作戦を捉える機会はそう無いぞ。もしかしたら奴らの情報網の1つや2つを潰すことができるかもしれん」

「別にCIAと決まったわけじゃありませんよ?」

「別にMI6(注1)やDGSE(注2)でも構わないさ」


 グツァロフは西欧の著名な諜報機関の名を挙げた。西側のスパイ工作に違いないと考えていた。だが、その考えはすぐに裏切られた。



注1―MI6―

 軍事情報部第六課の略称。英国の対外情報機関。ただしMI6は旧称で、現在の正式な組織名はSIS―英国情報局秘密情報部―である。


注2―DGSE―

 対外治安総局の略称。フランスの対外情報機関。

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