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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第4部 国境会戦
19/110

その2 中国軍の実態

中南海 共産党中央政治局常務委員会会議室

「うーん。参謀本部はそのような報告は受けておりません。しかし、日本の主張を信じるならば、国境線の維持のためという命令に対する行動としては過剰な行動かもしれませんね」

 円卓を囲んで座っている中国共産党の重鎮を前に、海永貴は緊張していた。しかも状況が状況である。脚の震えが止まらない。できることなら、自分もどこかに座って腰を落ち着けたいところだが、そういうわけにはいかない。

「つまり、どういうことだね?」

「瀋陽軍区が命令を拡大解釈している可能性があります」

 つまり暴走しかけている、ということだ。と夏は心の中で付け加えた。

「なんということだ」

 張は大げさな身振りを交えて言った。

「どうすればいい?このままでは日本軍と戦争になってしまう」

 中華人民解放軍が抱える重大な問題がここで彼らの足をすくうことになったのである。中華人民解放軍は7つの軍区に分かれているが、それぞれの独立心が大変強い。毛沢東の“自力更生”のスローガンの下で各軍区には自営を求められたので、商業活動を行なって予算を獲得し自前で食料や装備を調達している有様なのだから、各軍区の自立心が強いのは当然だ。もちろん、地方の軍隊が中央から自立するのは望ましいことでは無い。であるから、張徳平も軍の商業活動を禁止するなどの措置をして対策を行なっているが、その効果はまだまだ出ていない。

「進撃を停止するように命じればよいのではないかね?」

 温が提案したが、張はすぐに首を横に振った。

「それでは瀋陽軍区の面子に傷をつけるころになる。奴らはプライドが強いからな。後でどんな影響が出るわからない」

 制服軍人の最高位を前に、我々の最大の支持者は軍であることを忘れるな、とまでは言えなかった。

 それに自立心が強い軍隊が中央政府への信頼を失ったら、どんな有様になるだろうか?かつて海軍軍縮条約を推進して海軍の艦隊派を怒らせた日本の政府がどんな目に遭ったか張は思い出した。

「そうですね。仮に命令をしたとしても瀋陽軍区の連中はなんやかんやと理由をつけて無視するのでは?既成事実を積み重ねれば、自分の思い通りになると考えているでしょうね」

 海永貴が自分の意見を付け加えた。これでは日本の関東軍ではないか、と夏は思った。

「うむ。となると、悔しい話だが日本軍が問題の橋を奪還するのを待つしかないのではないか?」

 温の言葉に全員が黙り込んだ。それ以上の名案は誰も持ち合わせていなかった。




慈江道

 捜索第二〇連隊は2つの道が交わる十字路まで達し、中国軍を分断する事に成功した。ここを左に曲がり北へ向かえば国境線の川に架かる橋に通じ、右に曲がり南へ進めば中国軍の前衛部隊―前からやって来る敵から橋を守る部隊だが、今や敵は後ろにいる―の陣地があり、その向こうに韓国軍の防御陣地がある。直進すれば山口の第一装甲車中隊と合流できる筈である。

 椿はまず第一歩兵中隊の1個小隊で十字路を防護することにした。交差点の4つの角のうち北東、北西、南東の角に分隊を置き北と東から来る敵に備えさせのだ。そして残りの2個小隊を北に配置して道の左右に1個小隊ずつ分かれ、北からやって来るかもしれない中国軍を阻止することを命じた。

 次に戦車中隊から戦車1個小隊を第二歩兵中隊に配属し、代わりに歩兵中隊から1個小隊を戦車中隊に配属する。そして戦車中隊には南進して分断した中国軍の前衛部隊を待ち構える韓国軍陣地まで追い立てさせ、第二歩兵中隊は道を直進して東に進み第一装甲車中隊と合流するように命じた。

 最後に第二装甲車中隊と連隊本部を十字路の西側に配置して予備とした。



 十字路を守るのは第一歩兵中隊第三小隊の面々である。3つの分隊―四八式歩兵戦闘車を装備している機動歩兵小隊は、重火器分隊を省略されている―がそれぞれの持ち場に分かれていった。歩兵は装甲車から降りて、小銃などの火器をそれぞれの分隊が担当する方向に向ける一方で、四八式歩兵戦闘車は周りに広がる林の中に隠れ、攻めて来る敵にいつでも35ミリ機関砲と対戦車ミサイルを浴びせられる態勢を整えた。

 十字路の西側の第二装甲車中隊と連隊本部の面々も友軍の希求にいつでも答えられるように待機している。

「第一歩兵中隊本部から派遣された斥候隊が中国軍の防御線を確認しました。敵は十字路の北側には橋を守る、というより交通を統制するための小規模な兵しか置いていないようです」

 報告を聞いた椿は驚いた。

「それだけかね?中国人は自分達の防御陣によっぽどの自身があったのかな?」

「この調子なら幸先が明るいですね」




ベルリン

 日付が変わったばかりのベルリンは寒くて仕方が無かったが、だからと言って手抜きをするわけにはいかない。

 KGB第1総局は早速、活動を開始していた。しかし第3局局長の個人的な頼みごとである。大規模な諜報活動などどだい無理な話で、KGBベルリン支局長は手空きの要員に問題の東ドイツ軍将校グループを監視する程度しかできなかった。だから調査一日目からして大きな発見をすることになるとは思いもよらなかったのである。

 KGBベルリン支局の局員で、表向きの地位は大使館の一等書記官であるヴァレンチン・ゴロフコフは将校グループの1人を尾行していた。

 そのドイツ将校はグループの会合からの帰る途上であった。会合はテーゲル湖畔の別荘―将校グループの1人が所有する―で行なわれ、ゴロフコフが追う件の将校は大統領官邸付でベルリン中心部のミッテ区に住居を構えている。彼は別荘に呼びつけたタクシーに乗り、湖畔の道を南下してベルリン中心部を東西に貫くシュプレー川に架かる橋を渡り、ベルリン最大の公園であるティアーガルテンに入る。普段通りならそのまま進んで戦勝記念塔のロータリーから東に進み、シャルロッテブルク通りに出てティアーガルテンを抜けて全高300メートルに達する巨大な国民大集会場(フォルクスハレ)の前を通ってウンター・デン・リンデン通りへと出る。その先に家がある。

 しかし彼はロータリーでタクシーを止めた。そして降りて公園の森の中へと入っていった。ゴロフコフはKGBと契約している―勿論、裏で―タクシー運転手に協力を仰ぎ、将校を追跡していたが、将校が森に入るとゴロフコフも車を停めて後を追った。暫く進むとベンチに座り顔を上に向けた。東には星空を背景にライトアップされたフォルクスハレを望む光景が広がっている。なかなかの絶景であった。

 ゴロフコフは気づかれないようにさり気なく将校を監視している。

「帰りに星見物か?ロマンチストだな」

 そしてゴロフコフは気づいた。

「情報の受け渡し(デットドロップ)だ」

 もしゴロフコフのようなプロの諜報員でなければ、もしドイツ将校に特別な注意を向けていなければ、絶対に気づかなかったであろう。ドイツ将校はなにかをベンチの座面の板と板との間に置いた、素早く自然に。ドイツ将校は立ち上がると帰ってしまった。しかしゴロフコフは追跡を止めた。彼が何者かの手先となって情報活動をしているのは明らかだ。誰を相手にして、どんな情報を渡そうとしているのか調べるのがより重要な筈であろう。ゴロフコフはドイツ将校が立ち去り周りに誰も居ないことを確認すると、ベンチに駆け寄った。板と板の間には小さなマッチ箱が置かれていた。ゴロフコフは懐からノキア製の携帯電話を取り出した。相手は大使館の支局長である。




慈江道

 戦車中隊は2個の戦車小隊を楔形に展開し、歩兵小隊を後ろに従えて道を南下していた。中国軍は“韓国軍の北進”に備えて防御陣地を構築していたが、背後から攻撃されるとは予想もしていなかった。

 戦車中隊を迎えたのは各種対戦車兵器の洗礼では無く、休息中で食事をしていた無防備な兵士たちであった。しかも、中国軍の兵士たちは日本の戦車を見ても特に驚く様子もなく、それどころか手を振る者も居た。まさか背後から敵が来るとは思っていなかった中国兵は四四式戦車を中国軍の増援部隊と勘違いしたのである。

「おかしいな」

 さすがに十分な教育を受けた将校は異変に気づいたようである。だが、遅かった。

 四四式の120ミリ主砲の横に並んで備え付けられている同軸7.7ミリ機銃が射撃をはじめたのである。数人の兵士がその場に倒れ、残りの兵士たちはバラバラに逃げ出し始めた。

「これこそが、戦車の“衝撃力”か」

 その光景を見て車長が呟いた。戦車の戦場における役割は、火力とか装甲とかの物理的な指標で表し切れるものではない。その圧倒的な存在感で敵部隊に精神的衝撃を与え士気を喪失させる衝撃力、それこそが戦車の最大の存在意義なのである。

 車長はハッチを開けて姿を現し、対空用に砲塔上に装備されている12.7ミリ重機関銃M2の構え、逃げ惑う敵兵に引き金を引いた。

 逃げ惑う兵士の1人が停めてあったトラックに飛び乗って、すぐに発進させた。逃げようとするトラックに車長が12.7ミリ機関銃を浴びせると、転倒して道路を塞いでしまった。しかし四四式戦車は停まらない。そのまま激突して無理に押し通してしまった。

 今度は85式装甲車が出てきた。

「対戦車榴弾!撃て!」

 砲手はすぐに発射ボタンを押した。複数の戦車から集中砲火を受けた装甲車は炎上して停車した。



 第一歩兵中隊の守る十字路の北側に中国軍の増援部隊が現われた。先頭は少数の79式戦車で、その後ろにトラックに乗った歩兵が付き従っていた。

 すると中国軍部隊を突如、砲撃が襲った。捜索第二〇連隊の要請で、韓国陸軍の砲兵が攻撃を開始したのである。歩兵のトラックはすぐに停車し、歩兵たちは砲撃を避ける為に道の両側の林に進んでいった。一方で戦車は単独で前進した。日本軍のキルゾーンを目指して。

 突出して援護の欠いた戦車は歩兵部隊にとって鴨に過ぎない。第一撃を仕掛けたのは四八式歩兵戦闘車の三九式対戦車誘導弾であった。ミサイルは79式の最も防御力が高い砲塔正面に突っ込んだが、三九式は戦車はもとより小艦艇の撃破までも考慮して設計したミサイルで、旧式の79式戦車の装甲を突き破るには十分な威力であった。先頭を進む2輌に数発のミサイルが集中して完膚なきまで破壊してしまった。

 さらにカールグスタフ対戦車砲を持つ歩兵たちが79式戦車の側面や後方に回り込んだ。戦車隊は2個小隊6門のカールグスタフに襲われる。しかし戦車隊も機関銃を乱射して歩兵隊を退けようとするし、歩兵戦闘車に向けて戦車砲で攻撃を仕掛ける。1輌の四八式が直撃弾を受けて四散した。だが、最後に戦闘を制したのは日本軍であった。集中攻撃を受けた中国の戦車は路上で燃えながら停止した。

 一方、森を進んでくる中国歩兵が第一歩兵中隊に迫っていた。

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