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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第3部 危機の始まり
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その8 大使来訪

南シナ海 アメリカ海軍 キティホーク空母戦闘群

 中国と韓国の国境線で発生した偶発的な戦闘から両国間の緊張が高まっているため、スービック湾から緊急出動したアメリカ海軍機動部隊は台湾海峡をめざして北上を続けていた。

 艦隊の中心となるのはアメリカの誇るスーパーキャリアの1隻である空母<キティホーク>であり、それにタイコンデロガ級巡洋艦の<ヨークタウン>と<レキシントン>、アーレイバーグ級駆逐艦<ジョン・S・マケイン>、スプルーアンス級駆逐艦<オブライエン>、シェパード級フリゲート<シェパード>、そして高速戦闘支援艦<サプライ>。この7隻の水上艦がアメリカ合衆国の危機に対する第一陣となるわけだ。

 司令官のカーネギー少将は<キティホーク>のブリッジから自分の指揮する艦艇を眺めていた。大戦中の機動部隊―あまり華々しい活躍はしなかったが―とは比べるべくもないにしても、一昔前に比べても船の数が少なくなり寂しくなったと感じる。水上には7隻、さらに水中には2隻のロサンゼルス級潜水艦が潜みソ連や中国の海軍が罠をしかけていないか嗅ぎまわっている筈であるがそれを加えても9隻。それが彼の指揮する艦隊の全てであった。

 かつてレーガン大統領が構想した600隻艦隊構想を1990年には一応のところ達成したものの、それ以降はアメリカ海軍の勢力は縮小傾向にある。兵器システムが高度化して単価が高騰しアメリカといえどもかつての規模を維持できなくなったというのがまず一因。80年代末期のデタントによる予算削減と60年代に大量に建造された各種水上艦艇の退役が重なり、新造艦建造が追いつかなくなったことも一因。今もノックス級フリゲートの退役にシェパード級フリゲートの建造が追いついていないし、最後まで残っているベルナップ級とレイヒ級もまもなく退役時期を迎える。そのうちに大量建造されたオリバー・ハザード・ペリー級やスプルーアンス級駆逐艦の退役時期がやってくる。

 無論、質的な向上が伴なって総合的な戦力は些か劣らないどころか大きく向上しているという言い分もある。例えばイージスシステム搭載艦1隻の防空能力は旧来の防空艦の10隻分にも相当するだろう。しかし数の要素というのは軽軽しく扱えるものでもないというのがカーネギーの哲学である。

 カーネギーはもうアメリカといえども限界に達しているのではないかと思う。世界大戦を念頭においた冷戦体制の軍備というのはアメリカにおいてさえ無理になっているのかもしれない。だとすれば冷戦の終結は比較的早い時期に迎える事になるのだろうか。

「提督。トロール船が現われました」

 艦長のアダムス大佐の声にカーネギーは将来に対する想像を中断し、艦長に促されて艦載ヘリコプターのビデオカメラと繋がっているテレビ画面の前に立った。

 トロール船は言葉通りに受け取れば底引き網漁を行なう漁船ということになるが、この場かつこの状況でそれを言葉通りに受け取る人間はいない。

「放っておけ。どうしようもない」

 カーネギーは画面上の不自然にアンテナの多い“トロール船”を指差しながら言った。その船はソ連国旗を掲げ、煙突には赤い鎌と鉄鎚が描かれていた。トロール船はソ連のスパイ船なのだ。できることであれば追っ払いたいところであるが、相手は公海自由の原則を振りかざしてくる。公海自由原則の守護者を自称するアメリカにとって、ソ連のスパイ船の自由でさえ守らなくてはならないものなのだ。

 キティホーク戦闘群は台湾海峡に向けて北上を続けた。





ワシントンDC 国防総省 国家軍事指揮センター

 日本で1月9日という日の日常が始まろうとしている頃、アメリカ東海岸のワシントンDCでは前日が終わろうとしていた。日が西に沈み、人々は家路についている。ワシントンDCという街は市街から働きに来ている人々が多く、これから人口は昼間の6割弱まで下がってしまう。

 しかし、ワシントンDCは一国の首都であり決して眠らない。ポトマック川に面する国防総省もその1つで、特に国家軍事指揮センターはそうであった。そこで働く人々の任務はあるかもしれない核戦争の際に最高司令官たる合衆国大統領の命令を確実に世界に送ることにある。

 そのセンターの一角に古いテレタイプのディスプレイがある。そのテレタイプの回線が繋がるのは大西洋を越えた先のモスクワのソ連国防省通信センターであった。

「ようやく来たぞ」

 ディスプレイにキリル文字の文章が映されている。担当のオペレーターはすぐにそれを英語に翻訳して、ホワイトハウス地下のシチュエーションルームに繋がるテレタイプに打ちこんだ。





ホワイトハウス ウエストウイング地下 戦況報告室(シチュエーションルーム)

 ライアン大統領はその日に予定されたスケジュールを全て終えていたが、家族の待つレジデンスには戻れずに居た。ウエストウイング地下の戦況報告室(シチュエーションルーム)で大統領主席補佐官と安全保障担当補佐官、それに国防長官、CIA長官と待機していた。

 ウエストウイングの地下にシチュエーションルームが設けられたのは、ピッグス湾事件の失敗への教訓によるもので、ホワイトハウスが軍に対して適切な指示を行なえるように情報を集約して通信の中枢となる施設が必要であると結論付けられたからである。

 というわけでシチュエーションルームには世界各地の米軍部隊とも直接交信ができる優れた情報設備が備えられており、その通信網の1つは国防総省の国家軍事指揮センターへと伸びていた。

「来たみたいですね」

 国家安全保障担当補佐官がコンピューター画面に映される文章を見て言った。米ソ首脳間を結ぶ専用電話回線、いわゆるホットラインは音声による通信ではなくテレタイプを介するものであるという事実はあまり知られていない。

 クレムリンから送られてきた通信文は御馴染みの序文から始まっていた。

<親愛なるライアン大統領閣下>

「なにが“親愛なる”だ。白々しい」

 タカ派として知られるダニエル・ブラッドソー国防長官が怒鳴った。それを隣に立つサイモン・トールマンCIA長官が眺めている。

「今回は本心から思っているかもしれませんよ?」

 それを聞いたライアン大統領はトールマンに目を向けた。

「君は今回の事態がソ連にとっても突発的な事態だと考えているのかね?」

「その通りです。大統領閣下。私はロシアにとっても想定外の事態である可能性が高いと思います。事前の兆候はなにも」

 CIA長官は自分の意見を述べた後、伏線を張っておくことも忘れなかった。

「勿論、今の段階での推論に過ぎませんが。いかんせん情報が不足しています。最終的な結論を出すには、今しばらく時間が必要です」

「そうだな」

 ライアン大統領は一応納得して、続きを読むことにした。

<ソ連政府は中国と韓国の国境で武力衝突が発生したことを大変遺憾に思うとともに、この事態が平和的に解決することを願っています。ソ連とアメリカは共同で両国に停戦をもちかけるとともに、軍事的不介入の立場を表明すべきです。ソ連は韓国とその同盟国が中国の主権を脅かさない限り、武力介入を実施しないことを確約します。そして停戦の後に、この問題は地域的枠組みの中で解決すべきだと考えます>

「アメリカはすっこんでろ、ってことですね。これを期に極東アジアにおけるプレゼンスを増大するつもりですね」

 トールマンCIA長官はソ連側の意図を汲み取った。地域的枠組みとはおそらく当事者たる中国、韓国、そしてその周辺国である日本やソ連を示すのであろう。そしてアメリカは除外される。アメリカを蚊帳の外において、中国への影響力を強めるとともに日韓に対して存在感を高めるつもりなのだ。

「イアン。どうしようかな?」

 ライアン大統領はそれまで沈黙していた国家安全保障担当補佐官に尋ねた。

「ダン、我々にはどれだけの猶予があるのかね?」

 すると今度は補佐官が国防長官に尋ねた。

「分からない。ソウルの第8軍司令部から日本と韓国が中国の橋頭堡に対して攻撃を仕掛ける報告があったが、その結果による。成功すれば中国の動きは封じられる。しかし失敗すれば中国軍はさらに勢力を広げて、より大きな侵攻作戦の足掛かりを築ける。韓国の大演習とそれに対する対応のために国境線には両国の軍隊が集結しているから、そうなれば容易に事態は拡大するだろうな。だが、それでもこちらから増援を送る時間的余裕はあるだろう。韓国には1個機械化師団の装備が事前集積されているから、48時間以内にアメリカ本土から部隊を展開できる。今から準備をしておく必要があるが」

「だったら、まずは日本と韓国の攻撃の結果を待とう。今は情報が少なすぎるから、どんな対応をするにしても時間が欲しいところだ。国務長官も外遊先から戻っていないしね。トム。今はマスコミに<中国と韓国に自制を求める>とだけ発表しておけばいい。無論、必要な準備はしておくとしてだ」

 大統領は主席補佐官の提案を受け入れる事にした。

「そうだな。よし。国務長官の帰国と日韓軍の結果を待って再び対策を検討する。ダン、緊急展開部隊の準備をしておいてくれ」

「了解しました大統領」

 国防長官は命令を受託すると、事前に指定されている緊急展開部隊が駐屯する基地への専用電話のところへ駆けて行った。

 それを見つめながらライアン大統領は呟いた。

「あとは神に祈るだけか」




首相官邸

 港区元麻布の駐日中華人民共和国大使館から駐日大使である柳法安(リュウ・ファーアン)が首相官邸を訪ねてきたのは、宮川首相が介入準備を命じた直後であった。

 宮川は法安をマスコミの前で満面の笑みで握手をして迎えた。どのような状態でも外交儀礼は忘れてはならないのである。マスコミへのポーズが終わると、宮川は法安を通訳とともに貴賓室に案内し、来賓用の椅子に座らせた。

「大使、お久しぶりです。大変な事態になってしまいましたな」

「まったくです。総理、我が中華人民共和国はこの事態を平和的に解決することを希望しています」

「しかしわが国としては、韓国は同盟国ですから、その安全に責任を持っている立場ですので危機が続くのならば何らかの行動を起こさなくてはなりません。特に韓国の国境、領土を侵害する行動に対しては断固たる態度で臨みます」

 法安は宮川の強い態度に驚いた。

「まるでわが国が韓国を侵略しようとしているかのような言い草ですね」

「しかし、実際に貴国の軍隊は国境を越えて韓国の領土に侵入したではないですか?」

 法安は張徳平主席の方針と事態の成り行きについての報告を受けていたので、それに沿った回答をした。

「いいですか。わが国に攻撃を加えてきたのは韓国です。人民解放軍の行動はあくまでわが国の安全を守るための行動です。確かに国境を越えたのは事実のようですが、それはあくまでもわが国と韓国の間の国境線を守るための行動です。韓国軍の中国領土への攻撃を止めるために必要な行動だったのです。人民解放軍の作戦行動を停止しろ、とおっしゃるのなら、まず韓国軍が作戦行動を停止し、その犯罪行為を明らかにして謝罪と賠償を行なうことです」

 それに対して宮川も強い口調で答えた。

「国境の問題に関しては国連を通じて国際社会の監視下で解決を図るべきです。だから中国、韓国の両軍が戦闘行動を停止すべきだ。しかし、貴国はさらに韓国へ戦力を送り込もうとしている」

「宮川総理、人民解放軍はあくまで自衛行動をしているのであって侵略行為を行なっているわけではないのです」

「しかし、貴国は国境線での戦闘は終息しつつあるにも関わらず、精鋭の1個戦車師団を国境線に向かわせているではないですか?しかも向かう先には貴国軍が占領している橋がある。これはある情報筋から得た確実な情報だ」

 日本政府が“ある情報筋から得た確実な情報”という言葉を使う時には大抵は“偵察衛星から得た情報”を意味する。列国が宇宙に偵察衛星を打ち上げて、地上の敵対国を見張っているというのは誰もが知っている事実だし、必要に応じて衛星が捉えた画像を公表することさえあるが、国家は絶対にそれが偵察衛星によって撮影されたことを明言しない。欧米の場合は“国家技術手段(ナショナル・テクニカル・ミーンズ)”という分かったような分からないような掴みどころの無い言葉で衛星の存在を仄めかしつつお茶を濁すのだが、日本の場合はさらに曖昧さに拍車をかけて、“ある情報筋”としか言わない。すでに民間の会社が自分達の衛星を打ち上げて衛星写真を商品として扱っている時代なのにである。

「わが国の情報機関は、貴国は師団規模の大規模部隊を越境させて韓国に侵攻しようと企んでるいるのではないかと疑っています。あなたの口から真実を聞きたい」

 法安大使の顔が真っ青になっていた。彼は装甲師団のことについて知らされていなかったらしい。

「とにかく、わが国はあくまで自衛のために行動しているのです」

 大使の口から出てきたのはそれだけだった。

「ではわが国も同盟国の安全のために行動を起こさざるをえません。我が軍は韓国に侵入し橋を占領している貴国の軍隊を押し戻し、国境を紛争前の状態に戻すための措置を執ります。貴国の戦車部隊が迫っているので時間がありません。ただちに実行するつもりです」

「貴国がわが国と戦争をするつもりなら、後悔することになりますよ?」

「わが国は中華人民共和国の主権と領土を尊重しています。ですから、貴国の領土に侵入し新たな領土を獲得する意図はありません。韓国の安全のためにあくまで橋を奪還するだけです。国境を紛争前の状態に戻した上で国連の下で事態を解決するつもりです。ですが貴国がさらなる軍事的行動を目論むのならば、わが国はあらゆる手段を使って阻止します。経済的及び軍事的オプションを含めてです。そう本国に伝えてください」

 宮川は“軍事的オプション”という部分に力を込めて言った。

「わかりました。あなたの言葉を本国に伝えましょう。しかし、重ねて申し上げますが、貴国が中華人民共和国との戦争を望むのであれば、それは大きな間違いです」

 法安はそれを言うと立ち上がった。

「もし貴国に橋を明渡し、国境の状態を紛争前に戻す意志があるのなら、すぐに連絡をしてください。貴国大使館との回線は常に開いておりますので。そうすれば我々も行動せずにすむ」

 宮川も立ち上がって、外交儀礼として大使と握手をしてから法安を外まで見送った。

・第3部はこれで終わりです。登場人物を更新しました。

・次回より第4部<国境会戦>が始まります

・次回予告

 いよいよ中韓国境線で中国軍と激突する捜索第20連隊!

 一方、ベルリンでは謎の動きを見せる東ドイツ軍に対するKGBの調査が開始され、驚くべき真実が明らかになる

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