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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第3部 危機の始まり
16/110

その7 介入の用意

筑波 日本帝國空軍宇宙作戦司令部

 学園都市である茨城県筑波の一角に巨大なパラボラアンテナ郡が目立つ施設がある。日本軍のあらゆる宇宙作戦を統括する宇宙作戦司令部である。宇宙作戦司令部の主な任務は各種衛星を運用し、それによって得られる情報を適切な部署に報告することにある。運用しているのは、例えば敵国の弾道ミサイル発射を感知する早期警戒衛星、戦場の精密な気象情報を得るために普通の衛星より低軌道を飛ぶ精密観測気象衛星、そして敵国上空から様々な情報を収集する偵察衛星といったところだ。

「まもなく(ふくろう)24号が韓中国境線上に到達します」

 帝國空軍が運用する衛星はそれぞれ鳥の名前が当てられていて、梟は偵察衛星に当る。

 宇宙作戦司令部は今朝の戦闘について報告を受けた時から国境線周辺の偵察活動を活発に実施している。とは言っても軌道上を回る人工衛星、飛行機のように自由自在に動かせるわけではないし都合よく国境上空に衛星軌道が重なっているとも限らない。衛星は姿勢制御用のロケットモーターを搭載しているので、それで軌道を変えて目標上空に到達するのだが、燃料には限りがあるのでやたらに使っているとすぐに衛星の寿命が尽きる。というわけで運用実態としては、朝鮮半島に近い衛星を必要最低限のロケット噴射で制御して何とか偵察をしているのである。そんな有様であるから、リアルタイムの情報収集などというのは当然無理なのである。実際、この時には前の偵察から2時間ほど時間が経っていた。

「カメラを起動。受信した情報はすぐに府中へ送れよ」

 画像偵察衛星<梟24>が撮影したデジタル画像は直ち暗号化された上で筑波の受信施設に送信された。それは地下に敷設された軍用光ファイバー通信網を通じてすぐさま府中の空軍作戦本部に届けられた。




府中 空軍作戦本部偵察局

 陸軍の参謀本部、海軍の軍令部と並ぶ軍令機関が帝國空軍作戦本部である。その作戦本部の外局の1つに衛星や偵察機が収拾した写真情報の分析にあたる偵察局がある。写真の解析にかけては日本一との呼び声も高く、空軍だけではなく陸海軍やその他の政府機関からも分析依頼が絶えない。

 偵察局の一室に今回の事態に対処するための特別対策室が設けられ、精鋭の分析官が集められていた。彼らは特に写真に写る戦車や装甲車の群れに注目をしていた。そして彼らはある写真に写る装甲部隊とその数時間後に別の場所の写真に写る装甲部隊がまったく同一の部隊のものであり、それは師団規模の部隊であるという結論に達した。




三宅坂 陸軍参謀本部

 空軍作戦本部からの緊急報はすぐに参謀本部に届いた。受けとったのは情報部門の第二部で、中国担当の第七課が実際の分析を行なった。情報局は<何かの部隊がどこかへ向かっている>というところまで解明した。今度は第7課が<何かの部隊とはどの部隊か?>や<どこかとはどこか?そこでなにをするつもりなのか?>といった疑問を解明する番である。

 中央特種情報部の通信傍受の結果から、移動している部隊は第39集団軍の打撃の要である第3装甲師団である事が判明した。そして衛星が最後に捉えた第3装甲師団の居る地点の先には、国境の川に架かる韓国への橋があった。そしてその橋は現地に進出している捜索第二〇連隊の報告により中国軍が確保していることは既に知らされていた。さらに分析官たちは写真には装甲部隊に随伴する多くのトラックが写っていることに注目した。戦争には多くの弾薬や燃料が必要であり、トラック群こそが中国軍の意図を示していた。状況は明白であった。




首相官邸

 時刻は午前8時になっていた。偵察衛星<梟24>が捉えた情報は最終的に首相官邸に達した。

「で、タイムリミットは?」

 宮川が不安げな表情で尋ねた。対する吉野は平静さをなんとか保っていた。

「陸軍の試算では、あと3時間程度で国境線への展開が完了するそうです」

「それは間違いなく韓国への侵攻を目指すものだと言うのかね?」

 佐渡蔵相が小声で聞いた。彼は先ほど“非常事態の宣言を中国は宣戦布告と受けとる可能性がある”と聞かされて以来、臆病を隠さなくなっていた。

「問題の師団は強力な装甲部隊です。当初は国境線の最大の都市である丹東市を目指していました。しかし問題の橋を友軍が確保するとすぐさま進行方向を変えて、やって来るのです。しかもその師団には潤沢な物資が与えられている。韓国の侵攻を目的としているとしか思えません」

 吉野が参謀本部からの報告を説明した。それは軍事に疎い閣僚たちを納得させるにも十分であった。

「ようするに、その師団がやって来るまでに、例の橋を奪還しないといけない、ということだね?」

「はい。そのとおりです。総理」

 吉野からの返事を聞くと、宮川は無言で閣僚たちに目配せした。

「事態は一刻を争う。介入をするしかない。問題は朝鮮半島に非常事態を宣言するか否かだ。韓国軍との連携を保ち、制御するには必要なんだろ?」

「ですが、宣言にはアメリカや韓国との協議が必要です。時間がかかる。気乗りしませんが、韓国の要請を蹴って軍にやってもらうしかないですね。共同作戦は現地軍側の提案だそうですが、今はどういう状況なんですかね?」

 蛭田が残念そうな顔で言った。

「協力関係は大丈夫だそうです。ですが、ここで共同作戦を行なえば韓国側の指揮官の首が飛びますね」

 吉野が答えた。

「別にかまわんよ。韓国軍の人事など関係ない。兵部大臣。ただちに橋を奪還するように捜索第二〇連隊の準備を」

 こうして総理の号令により日本軍の介入が決定した。




日本海

 日本海軍は世界的に見ても大規模な陸上航空隊を持っている。それは主に2つに大別される。1つは対潜任務を担う哨戒機部隊だ。日本はアメリカからP-3Cオライオン対潜哨戒機を導入し、Q8Lの形式番号を与えている。これらの機体は第一二航空艦隊の6つの航空隊に配備され、必要に応じて各地へ派遣されている。そして今日、三沢の第九〇四航空隊に所属するオライオン哨戒機はソ連艦隊を追って出撃していった。そして谷口(たにぐち)大尉が戦術航空士(タクティカルコーディネーター)を務めるウツセミ7号機はソ連艦隊との接触に成功していた。パイロットの須磨(すま)中尉は目視でソ連艦隊を確認した。まだ肉眼では豆粒ほどの大きさにしか見えないがソ連艦隊は戦闘を行なうには密集し過ぎた陣形で航行していた。

戦術航空士(タコ)、こちらパイロット。目標を目視確認した。空母<ミンスク>に護衛艦艇が6隻、それに補給艦が1隻だ。護衛艦はスラヴァ級巡洋艦が1、ソヴレメンヌイ級が1、ウダロイ級が2、クレスタ2級が1、カシン級が1だ」

 須磨はそんな状態であっても艦級をなんとか識別できた。

「よく分かりましたね。私にはとても」

 若いコパイの長峰(ながみね)少尉の言葉に須磨は首を横に振った。

「俺なんてまだまだだ。もっと凄いのがいるぞ」

 それは後部で魚雷やソノブイの投下作業を実施する機上武器整備員(オーディナンス)である丸亀(まるかめ)上等飛行兵曹である。彼は豆粒程度にしか見えないほど遠くにいる艦名まで正確に言い当てた。

「カシン級は<スポソーヴヌイ>だ。数年前に太平洋艦隊のカシンはこいつだけが改修を施して形が少し違うんだ。スラヴァは<アドミラル・ゴルシュコフ>。こいつは旧式の<チャルボナ・ウクライナ>と違って新しいレーダーシステムを装備しているから、すぐ分かる」

 パイロットとコパイは経験豊かなベテラン機上武器整備員の豊富な知識に舌を巻いた。その様子を機内無線越しに感じ取った谷口は顔を緩めた。

「オーディナンス、こちらタコ。ほぉ。<アドミラル・ゴルシュコフ>か。新しいレーダーを装備している。ということはあれが見えないんだな」

「タコ、こちらオーディナンス。はい、その通りです…」

 スラヴァ級の前期型にはミサイル誘導用にトップドームと呼ばれる特殊なレーダーを装備している。それ1つで90kmの彼方まで6つミサイルを同時に誘導することができ、それだけ多くの目標に対して同時に攻撃をすることができるのだ。いうならばイージスシステムの東側版である。そのトップドームレーダーは半球形で頂点に小さな突起という独特の形状をしていて、それはまるで…

「おっぱいレーダーは見ることができないのです」

 <アドミラル・ゴルシュコフ>に載せられているのは平凡な板状のレーダーであった。しかし平凡なのは外見だけで、それはトップドームよりも遠距離の150km離れた敵をも攻撃できる油断ならぬシステムなのだ。

「SS3、こちらタコ。ESMの調子はどうだ?」

 オライオン哨戒機には索敵を担当する要員が3人乗っているが、その他の2人が投下式のソナーであるソノブイによる聴音索敵を任務としているのに対し、SS3である安田(やすだ)一等飛行兵曹はその他の各種電子索敵を任務としている。

「タコ、こちらSS3。ガンガン反応していますよ」

 ようするにソ連軍の対空レーダーが照射されて、オライオン哨戒機がミサイルロックされたということだ。

「オールクルー、こちらタコ。よし。もうすぐ援軍が到着する。それまで奴の気を引いて驚かしてやろう」

 オライオン哨戒機はエンジンを吹かして速力を上げながらソ連艦隊に急接近していった。艦隊の上空を何度か横切って各艦の写真を撮影すると、今度は艦隊から離れていった。



 離れていくオライオン哨戒機の姿をミンスク艦橋からでも見ることができた。

「追跡を諦めたのかな?同志艦長」

 ミンスク付の政治将校が双眼鏡を片手に言った。

「諦める理由は無い。おそらく対艦攻撃訓練を行なうのではないかね?」

 オライオン哨戒機には対艦ミサイルを何発か搭載できることをミンスク艦長であるスタニスラフ・インサフォヴィッチ・ヴェルバ大佐は知っていた。彼はこの小艦隊の全ての艦を指揮する権限を与えられていた。

「これより防空演習を開始する。全艦、対空攻撃準備!」

 7隻の軍艦がオライオンに対して攻撃の態勢に入った。



 ミンスク甲板から2機の戦闘機が飛び立った。通常機ではありえない超短距離離陸、それこそソ連の第二世代VTOL垂直離着陸機であるヤコヴレフ設計局が開発したヤク141フリースタイルの持つ能力の一端であった。第一世代のヤク38フォージャーがVTOL機であることが唯一の任務と言えるくらい―ようするに西側にソ連にもVTOL機を製造可能なことを見せつけるくらいしか使い道がなかった―の失敗作であったのだが、その経験を生かして開発されたヤク141は優れた能力を持った作戦機となったのである。



 さて海軍航空隊陸上機部隊の二大勢力のもう1つは対艦攻撃と核攻撃の任務が与えられた第一一航空艦隊の陸上攻撃機部隊で、主力装備はG13M<夜鷹(よたか)>である。可変翼を持つ大型の優秀な攻撃機で空軍にも配備されている、というか開発を主導したのは空軍である。アメリカのF-111戦闘爆撃機やソ連のツポレフ22Mバックファイアー爆撃機に近い機体で、超低空での侵入攻撃を得意としている。ただし前2者がターボファンエンジンを装備しているのに対して夜鷹は効率の悪いターボジェットを搭載しているので、どうしても航続距離の点で劣る。

 第七〇一航空隊の香椎直之(かしい なおゆき)大尉は4機編隊を率いて超低空をソ連艦隊目指して突き進んでいた。夜鷹にはそれぞれ4発の対艦ミサイル―ただし青色に塗られた訓練弾―を搭載している。そろそろソ連艦隊に近づいた頃である。

「兵装士官。サーモを作動させろ」

 香椎は後席に座り各種センサーの操作を行なう兵装士官に指示を出した。夜鷹には索敵装置としてレーダーの他に乗員からはサーモと呼ばれている赤外線捜索追尾装置IRSTを装備している。艦船の発する熱を捜索するその装置は、レーダーほど使い勝手は良くないが電波を発しないので逆探知で発見されることは無いという利点がある。そして、IRSTは期待通りの働きをした。

「目標を捕捉」

 後席手の言葉を聞いた香椎は編隊を組む各機に繋がる通信回線の発信ボタンを押した。

「全機、攻撃準備!」



 オライオン機ウツセミ7は超低空で北から、すなわち南下するソ連艦隊の後部に突っ込んだ。上空でヤク141が警戒飛行をしているが、その下方捜索(ルックダウン)能力を測るためにあえてその下を突っ切った。

 ソ連艦隊から見て水平線の彼方に隠れているので、今のところ艦載レーダーには探知はされてはいない。ヤク141のものと思われるレーダーの電波を探知したが、向こうはこちらを見つけ出していないようだ。

 しかし、むこうからこちらが見えないということは、こちらからも相手の水上艦が見えないことを意味するので、ウツセミ7はタイミングを計って素早く上昇し水平線上に姿を晒してレーダーにソ連艦を捉えなくてはならない。その時こそ、ソ連艦隊にとっても迎撃の絶好のチャンスなのだ。

「パイロット!こちらタコ。上昇、攻撃準備!」



 最後部を守っていたのはソヴレメンヌイ駆逐艦の<ストーイキイ>であった。オライオン機を目視確認したヤク141のパイロットの通報による情報もあり、優れた能力を持つこの艦の対空レーダーは見事にオライオン機を捉えたのである。あとは時間との勝負だ。

「対空迎撃用意!面舵一杯、針路2―7―2」

 艦長は矢継ぎ早に命令を発した。砲雷士たちは射撃用レーダーを作動させ、敵哨戒機に照準を合わせる一方、既に防空用の中射程ミサイルである<ウラーガン>が装填されている艦首のミサイル発射機の射界に敵哨戒機を収めるべく航海士たちが艦を回頭させる。敵は後ろにいるのだ。

「用意よし!」

「発射はじめ!」

「てっー!」

 砲雷長の号令と同時に、艦長が手に持ったストップウォッチを止めて訓練が終了した。

「まずまず時間だ」

 艦長がそう感想を述べるとほぼ同時に電子戦士官が報告を行なった。

「同志艦長。敵哨戒機よりレーダー波。照準用です」

 つまり日本の哨戒機はたった今、“チェックメイト”をしたわけだ。だが僅かに遅かった。

「我々の方が早かった!同志諸君、我々の勝利だ!」



 迎撃成功の報は、すぐにミンスクのヴェルバ大佐に届いた。しかし彼はそれほど喜ばなかった。

「今回の演習でヤク141の限界が明らかになったな。明らかに探知能力が不足している」

「同志艦長、おそらくソフトウェアの問題でしょう。ハードウェアの能力は十分な筈です」

 答えたのは太平洋艦隊付の航空参謀であるゲンナジー・ドミトリエビッチ・クリコフ中佐である。

 確かにヤク141のレーダーはオライオン機を捉えていたが、それを敵航空機だと認識しなかった。航空機に搭載するレーダーで自機の下方を捜索した場合、目標からだけでなく地面や水面からもレーダー波が反射されてくるので、その中から目標の反応を見つけださなくてはならない。その能力をルックダウン能力と言うのだが、それが難しい。

「ようはレーダーの処理プログラムを改良して、適切な目標識別をできるようにすれば良いということです。設計上、レーダーそのものには十分な能力がある筈ですから、プログラムを改善すればだいぶ変わると思いますよ」

「同志航空参謀、君の意見はよく分かった。よろしい上空警戒中の機体には引き続きオライオン機の追跡をさせよう。今度は機動能力を確かめたい」



「敵の照準レーダーの方が早かったです」

 SS3が残念そうに言った。乗組員全員が暗い雰囲気だ。それに加えヤク141との追いかけっこが始まった。

「探知能力は不十分だが、機動力はかなり良い。フォージャーに比べると改善されているようだ」

 須磨がオライオン機の機動に巧みに喰いついてくるヤク141の姿を見て言った。世界初の実用超音速VTOLでもあるヤク141は高い機動力を持っていたのである。

 そこへ外部から通信が入った。

「オールクルー。こちらタコ。増援が来るぞ!奴らが慌てふためく様を見物しようじゃないか」



 ミンスクのESM装置が南方からの照準用レーダーを探知した時、ミンスクのCICに詰めていたメンバーは全員が青ざめた。ただちに対空戦闘用意が発せられたが、直後に日本独特のやけに気合が入った洋上迷彩で塗装された可変翼機がミンスク上空をフライパスした。

「ヨタカか!」

 ヴェルバ大佐は舌打ちした。ミンスクは“撃沈”されてしまった。あのオライオン哨戒機は囮だったのだ。

・第3部その6を修正。詳しくは萌えない神楽学校にて

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