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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第3部 危機の始まり
15/110

その6 防衛準備基準三

 防衛準備基準三。それにより全ての現役兵が衛戍地や駐屯地、基地に待機して即応できる状態にならなければならない。だが、今日は日曜日である。多くの兵士が休暇を楽しんでいた。




 横須賀のあるマンションの一室で天城由梨絵は軍が兵士の呼び出し用に配布しているポケットベルの呼び出し音によって目覚めた。携帯電話が一般化している中であくまでもポケットベルに拘るのは経費節減の意味があるのだろうが、なによりも情報は下に向けて一方的に流れれば良いという上層部の考えを表しているように感じられた。

 ベッドの上で生れたままの姿で毛布から顔を出した彼女は、部屋に置かれた目覚まし時計が午前7時を指しているのに驚いた。軍人の目覚める時間としては遅い。彼女は毎日決まった時間に起きる身体になっていた筈だが。久々の上陸なので張り切りすぎてしまったのだろう、と隣に眠る男の姿を見て由梨絵は結論付けた。

 由梨絵は起き上がると、ポケベルを手に持った。画面には<防衛準備基準三>とだけ表示されている。

「どうしたの?」

 男が目を覚ましたらしい。

「ご免ね。召集がかかった。上陸してから24時間も経ってないのに」

「大変だね。次はいつ会えるかな?」

「分からないわよ」

 由梨絵は男の問いにそれだけ答えると、自分の荷物を持って脱衣所に入っていった。




 台北の旅館では、神楽兄妹とその部下たちが何時もどおりの時間に目覚めていた。そして7時頃にはすっかり身支度をして、三門は新聞を読み、その2人の部下はなにやら雑談をしている。そして、美香は昨日にデジタルカメラに収めた写真を眺めていた。デジタルカメラは最近になって価格が1万円を切っているとは言え、まだまだ高価に違いない。5000円はするだろう。サラリーマンの平均年収が4万円前後であることを思えば、どれほど高額が分かるだろう。それほど彼女はカメラに写されているものに入れ込んでいるのである。

「三年式12.7センチ砲。いいよなぁ」

 そして彼女の目的は船そのものではなく搭載されている砲であった。彼女は大砲マニアなのだ。それは今日の目的地にも表れている。

「今日はホウ湖諸島、馬公(ばこう)かぁ」

 ホウ湖諸島は日清戦争の勝利によって日本が得た領土で、第二次大戦中は中国共産党軍との戦争が続く大陸の対岸であることもあって要塞として整備され、様々な重砲が持ち込まれていた。現在では中心地である馬公に陸軍の博物館が出来ていて、日本国内ではそこでしかお目にかかれないお宝も多いのである。その為、彼女は兄達と別れ、そこを訪れる予定であった。

 その時、4人が持つポケベルが鳴った。

「残念だったね。妹よ」

 旅は中断せざるをえなかった。




 札幌の北部軍司令部では、北部軍の参謀と東京から派遣された参謀が明日の演習に向けた最後の準備に取り掛かろうとしていた。

 そこへある下士官がメモを手に持ってやってきた。

「緊急です。兵棋演習は中止。防衛準備基準三が発令されました」

 その報告を受けて、準備を続けていた指揮幕僚団は押し黙ってお互いの顔を見回した。最初に口を開いたのは中央から派遣された佐々であった。

「あの。私はどうすれば?」

「ご苦労様」

 井村が心底同情している様子で言った。




 樺太は上敷香の衛戍地。ここには樺太の国境線を守る歩兵第25連隊を中心とする樺太混成第一旅団が駐屯していた。中西優少尉が指揮官を務める第2大隊第4中隊第1小隊は昨日に新任指揮官が着任したこともあって、その案内も兼ねて部隊の半数が当直に就き、残りの半数も宿舎か衛戍地の周りに寝床があり、冬の樺太の朝は外出するには寒すぎるのでほとんどがすぐに集まった。

 中西は整列した自分の部下たちを満足げに眺めていた。そこへ神村が報告にやってきた。

「第1小隊42名中36名が集合しました。1名はインフルエンザのため療養中。残りの5名は現在のところ所在不明ですが、すぐに来ると思われます」

 帝國陸軍において自動車化歩兵師団における小隊の定員は43名で、1名欠員である。指揮官と小隊軍曹、通信士の下に4つの分隊が編制される。第1から第3分隊は小銃と軽機関銃から成る小銃分隊だが、第4分隊は小型迫撃砲である擲弾筒や大型機関銃が配備される支援火器分隊となっている。

 そんな部下たちを前に中西は訓示を始めた。

「諸君。知っていると思うが、本日午前7時をもって全軍に防衛準備基準三は発令された。これは朝鮮における事変に伴って起こりえる様々な危難に対処するためである。ただ今より諸君らは私とともに衛戍地に住み込み、不測の事態に備え即応状態で対処する。

 私は任官されたばかりの新任少尉に過ぎないが、諸君らの期待に応え信頼を得られるように最大限の努力をするつもりだ。だから諸君らもそれぞれの能力を十分に発揮して欲しい」

 訓示を終えると、小隊には早速に明日予定されている訓練を前倒しでやることが命じられ、兵士たちは悲鳴をあげた。




 空軍八戸基地では3人のパイロットが休憩室で雑談をしていた。1人は日本人で2人は米国人だ。日本人の方は八木桂一少佐である。相手はジャック・ポトリスキー少佐とアレックス・マッキャンベル大尉。前者は第34戦闘航空団に属するF-16のパイロットで後者は第475航空団のF-15パイロットである。どちらも昨日の訓練の相手方であった。アレックスは訓練の後、すぐに百里に帰還する予定であったがエンジンが不調でやむをえず八戸に着陸して整備を行なう事になり、ここで一夜を過ごすことになった。

「まったく、互角に持ち込めると思ったんだけどなぁ」

 八木がアレックスに向かって言った。彼は八木を“撃墜”した男であった。昨日の訓練は一応のところは日本側の勝利に終わった。最後に生き残ったF-15Eの“撃墜”には成功したからだ。だが代償として日本側は全ての機体を“撃墜”された。囮の鎮守戦闘機を撃墜したアレックスらは、ただちにストライクイーグルの救援に向かった。そして丁度、ストライクイーグル撃墜に成功した八木らに攻撃を仕掛けたのである。僚機はすぐさま撃墜されたが、八木はなんとか逃れ反撃しようと試みた。

 そんな八木に対してアレックスは言った。

「あの状態ではJ16Nじゃ無理ですよ。パワーが違いすぎる」

 J16Nは鎮守の形式番号である。空軍は類別のし易さから海軍式の形式番号を採用している。J16Nは16番目の陸上戦闘機で中島飛行機製を意味する。

 アレックスの機体はF-15Cイーグルである。それは米軍がベトナム戦争の教訓から生み出した強力な制空戦闘機で、これまで多くの敵機を撃墜し数々の戦果を出す一方で空中戦では一度も敗れた事が無いため世界最強の戦闘機とも言われる。その強力な能力を生み出しているのは2基の大型ターボファンエンジンで、そのパワーは鎮守の1.5倍ほどである。八木の鎮守は反撃を試みたが、そのパワーに捻じ伏せられ敗れたのだ。

 ミサイル時代にエンジンパワーなど関係ないという向きもあるだろうが、前にも書いたようにミサイル時代であっても空中機動は重要である。そしてその能力の根源はエンジンなのだ。

 日本は昔から十分な推力のある信頼性の高いエンジンを入手することに困っていたが、それはジェット時代も同様で国産ジェットエンジンの開発は欧米に1歩遅れていた。<鎮守>に搭載するF- 90ターボファンエンジンはなかなかの域に達していたが、それでも帝國空軍が求める水準に達していなかった。というわけで機体の軽量化を徹底することで出力不足を補ったのだが、それでも推力重量比は他国の同世代機に比べると低い。F-15と比べれても劣っている。それ故にねじ伏せられてしまったのだ。

 しかも<鎮守>はそのエンジン推力を加速性や燃料搭載能力に配分している。翼は同世代の他の機体と比べると機体に対する角度が急であり、機体に比べると翼幅も小さい。当然ながら、その分だけ発生する揚力は小さく運動性能も低くなる。

「俺のF-16やコサック野郎どものファルクラム(ミグ29)あたりなら互角以上に戦えると思うが、フランカー(スホイ27)フラットバック(ミグ39)が相手なら厳しいかもしれないなぁ。ファルクラムでも最新のF型が相手だとどうだろうか?フラウンダー(スホイ37)の配備も進められているようだし」

 さらにポトリスキーが自分の意見を述べた。鎮守戦闘機は見るべき点もあるが、使用者にとっては不満足な戦闘機であった。

 ソ連軍の小型戦闘機であるミグ29ファルクラムには対抗できる。だが、それは航続距離の短い局地戦用の戦闘機である。日本に襲来してくるのは、おそらくより大型で航続距離、搭載量、エンジンパワーで勝る従来型のスホイ27フランカーや新型ミグ39フラットバック戦闘機であろう。

「まぁ悲観することはないさ」

 アレックスが慰めた。別に根拠のない話ではない。結局のところ、これまでに言われた鎮守の不利とは、ほぼ同等の技量を持つパイロットが操縦する戦闘機が相撲やフェンシングのように相対して合図とともに一騎打ちする、という実際にはありえなさそうな想定によるものだ。実際の戦闘はより複雑な要素が絡み合う。

 例えば電子的欺瞞能力、処理能力においては鎮守はソ連の全てを圧倒的に上回っているし、フェイズドアレイレーダーは空戦戦術の幅を大きく広げるであろう。また日本帝國空軍は早期警戒管制機AWACS(エーワックス)をはじめとする様々な充実した後方支援能力を持ち、防空戦であればそれらを存分に活用して渡洋攻撃をしてくるソ連空軍相手に優位を保てるはずである。それにパイロットの技量については共産圏空軍に対して圧倒的に勝っている。

しかし、戦場とは時折ありえないことが現実になる世界である。不意にソ連空軍に対して圧倒的に不利な状況に陥るとも限らないし、ソ連空軍にだって巧みな技能を持つパイロットが西側ほどでないにしろ居る筈である。そういった状況による被害は日本空軍全体で見れば許容できる損害なのであろうが―だから鎮守を正式採用した―実際に戦うパイロットにしてみれば単機でも優位に戦える戦闘機である方がいいのは違いない。

「どうせならF-15を導入すれば良かったんだよ。爆撃機としてだけじゃなく迎撃機としても」

 八木は愚痴った。かつて旧式化した天雷の後継としてF-15C戦闘機を導入する計画もあったが、国産戦闘機の技術を守るため、それに旋風戦闘機の大量調達のために見送られた経緯がある。後に戦闘爆撃機型であるF-15Eストライクイーグルを爆撃機として導入しているが。

「日本が開発しているという、例のステルス機はどうなるんだい?」

 ポトリスキーが八木に尋ねた。日本は独自にステルス技術を研究して、試験機<心神(しんしん)>を開発中である。2基の10tを超える推力を持つ新型ターボファンを搭載し、F-15並のパワーを実現するとか。

「あれはそちらのXナンバーですからね。2005年の初飛行を目指すそうだから、実戦機になるのは2010年以降ってことになるかなぁ」

 その時だ。八戸基地の日本側の施設がやたらと騒がしくなった。八木は書類の束を持って小走りしている顔見知りの主計官を見つけたので尋ねた。

「おい。どうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもありませんよ。防衛準備基準三です」




 海軍横須賀鎮守府。天然の良港である横須賀は120年ほど前に鎮守府が設置されて以降、軍港の街として栄えている。雪がちらつく日曜の朝でも多くの軍艦の姿が見えた。代表はなんと言っても日本が世界に誇る戦艦である。今、横須賀に停泊しているのは大和型戦艦第3番艦の<信濃>で、第二次世界大戦後の1948年に就役した日本が最後に建造した戦艦である。様々なレーダーシステムやミサイルランチャー、CIWS等が搭載され建造時とはだいぶ様相が違ったが、その堂々たる姿は見る者を魅了する。海上戦力における戦艦の意義はだいぶ薄れているが、帝國海軍では現在でもその火力を評価して連合艦隊の一端を担わせている。

 そしてその隣に見える、一回り小さな大型艦が海軍初の原子力航空母艦<翔雀>である。満載排水量は5万tを上回るこの大型空母は次世代の海軍の主力として建造され、最大で50機ほどの各種航空機を運用することが可能である。

 その翔雀ブリッジは緊張状態にあった。朝鮮半島での事変により防衛準備基準三が発令されたためである。

「陸軍が動き出しましたか?海軍もそのうち出撃が命ぜられますなぁ。動けるのは、この翔雀だけかぁ」

 連合艦隊第二艦隊第三機動部隊司令、八角幸吉(やすみ こうきち)少将。割と穏健派と言われる彼の頭脳は素晴らしく。その冷静な判断力は誰からも信頼されていた。

 帝國海軍は4隻の空母を運用していて(そのうち2隻が原子力空母)、<大鷲(たいじゅ)>は呉の造船所でオーバーホール中。<天鷲(てんじゅ)>と翔雀の姉妹艦である<天雀(てんじゃく)>は北太平洋で演習中。となれば、最初に朝鮮半島に向かうべきは<翔雀>となる。

「一緒に出撃するのは直衛の<夏月(なつづき)>と<涼月(すずつき)>だけですね。佐世保沖で対潜部隊と合流しないと」

 翔雀艦長、柳隆一(やなぎ りゅういち)大佐は最新の情報に基いて航行計画を練っていた。<夏月>と<涼月>は空母を空の脅威から守る防空駆逐艦で、どちらも現在のところ5隻が就役しているイージスシステム搭載艦<冬月>型の1隻である。幸運なことに<翔雀>が属する第三機動部隊は<冬月>型が2隻配備されている唯一の部隊である。

「では早速、出撃の準備を開始しましょう」

「了解しました。まもなく搭乗員も揃うでしょう」




 台湾では旅館を出た神楽三門少尉とその部下2人が基隆の海軍基地の門をくぐっていた。

 海軍基地の広大な施設の一角に海軍陸戦隊の区域がある。それは部隊の規模と任務を考えれば決して十分な広さとは言えなかった。かつては占領地の警備部隊に過ぎなかったが第二次世界大戦における陸軍やアメリカ海兵隊の上陸作戦における活躍を見せ付けられ、強力な水陸両用作戦部隊へと成長を遂げた海軍特別陸戦隊であるが、まだ海軍内で市民権を得たというわけではなかった。海軍軍人の大多数にとって海軍の戦闘では大洋の上で行なわれるものであったのだ。

 神楽らは野戦服―亜熱帯の台湾駐留である第一特別陸戦隊らしくジャングル迷彩に強い日差しから顔を守るブッシュハット―に着替えると、集結していた部下たちのところへ集まった。海軍陸戦隊の小隊は3個分隊編制で定員は27人である。陸軍のように支援火器を装備する第4分隊が存在せず、1個分隊も陸軍より2人少ない8人で編制される。そのための火力という点では陸軍の小隊にどうしても劣るが、これは海軍陸戦隊の場合は海軍航空隊や艦砲射撃による支援が期待できる上に、陸軍とは違い揚陸艦の収容能力という制限があるからである。そして神楽の目の前に居るのは精々十数名。

「小隊で集まっているのはこれだけです。たぶん、みんな酔いつぶれているんじゃないですか?」

 第1分隊の機関銃手である小田(おだ)上等兵が神楽に説明した。

「参ったな」

 神楽は溜息をついた。そこへ神楽がこの状況を最も見せたくない人物が現われた。

「神楽少尉。小隊の方はどうだね」

 彼の上官である第一特別陸戦隊第2中隊中隊長の嶋信之助(しま しんのすけ)大尉であった。嶋は下士官から選抜された現場叩き上げの士官で、湾岸戦争に参加するなど経験豊かな指揮官で、上司からも部下からも慕われていた。神楽は小隊の無様な様子を彼に見せたくなかった。なお海軍陸戦隊には神楽のような予備士官課程を受けた一般大学出身や現場叩き上げの士官の比率が高い。海軍兵学校は海上で戦う士官を育てるための学校だと考えられているためだろう。

「すみません。半分以上が揃っていません」

 それを聞いても嶋は怒る様子も無く、神楽の肩を叩いて言葉をかけるだけであった。

「大丈夫さ。どこの隊でもそんなものだ。今、即応待機にあるのは第二特別陸戦隊だから、気にすることはない」

 そう言って嶋は別の小隊のところへ向かっていった。神楽は苦い表情だった。

「そんなに気を落さなくても。怒られなかったんですから」

 小田の言葉に神楽は首を振って答えた。

「いやな。大尉はどうも心の内が読めなくてな。本当は怒っているのかどうなのかよく分からない。苦手なんだよ」

 かくして各地の帝國軍部隊は戦闘態勢を整えた。

・【第2部その2】と【第3部その5】で吉野が吉田になっていたので修正しました

・劇中に名前だけ登場するSu-37フラウンダーは、現実に存在するSu-27の発展型であるSu-37ターミネーターとはまったく別の機体で、冷戦中に実在した多目的戦闘攻撃機計画をモデルにしています。


(2012/10/17 改訂)

 一部の文章を改訂。航空関係は考えれば考えるほど設定がグチャグチャになって、読者の皆さんにもご迷惑をおかけしてしまいます。申し訳ございません。

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