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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第3部 危機の始まり
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その5 政府方針

 韓国軍の大佐は山口と樋口をチャンソクのところまで案内した。チャンソクは道端の椅子の上に座りコーヒーを啜っていた。

「オ・チャンソク曹長ですか?私は日本陸軍の大尉で山口と申します」

 山口が韓国語で話し掛けると、チャンソクは日本人の将校と下士官の存在に気づき、コーヒーカップを持ったまま立ち上がった。その姿を見て二人の日本人は驚いた。野戦服に大量の血が染み付いていたからだ。

「大丈夫ですか?」

 山口の問いを聞くとチャンソクは笑って答えた。

「これは私の血ではありません。主に敵兵です。だいぶやっつけました。味方にも多くの犠牲が出ましたが」

「そうですか。大変でしたな。ところで曹長は一番初めに中国軍と交戦したそうですが、詳しい状況を聞かせてくれませんか?」

 山口にそう聞かれたチャンソクは外交の争点にもなるだろう重大な告白を外国人にして良いのか迷っているようで、山口から目を逸らし後ろの大佐を見つめた。

「かまわん。真実を話すんだ」

 大佐にそう諭されてようやく決意したチャンソクはおもむろに語り始めた。

「日付が変わったばかりの頃だったと思います。中国の行商人が川を渡って商売をしようとしていたんです。国境ではよくあることなんで、見逃していたんですが。なぜか分かりませんが、その日は中国の国境警備隊が行商人に襲い掛かったんですよ」

「それで応戦した?」

「いえ。手を出さないように命令をしたのですが、1人臆病者がいましてね。中国兵と目が合ったというだけで引き金を引いてしまったのです」

「なるほど。それで戦闘に」

 山口はチャンソクの説明に納得した。発砲したのは韓国側であると。




首相官邸 特別対策室

 小食堂に臨時に用意された特別対策室はお世辞にも十分とは言えなかったが、一応は機能していた。もっと広い会議室などを使う手もあるが、それでは日常業務に支障が出る。たとえ国際的な緊急事態が起こったとしても、経済が止まるわけでもないし内政も安定するわけでもないのだ。

 ともかく、特別対策室には各地から情報が集まってきていた。しかし食堂に最新のコンピューターシステムが備えられているわけもなく、緊急の報告は全て連絡官や秘書官の手書きのメモという形で渡される。

「なんとかならんかね。この有様は」

 目の前に積み上げられたメモの山を見て宮川が嘆いた。

「新官邸が完成すれば、そこの危機管理ルームが使えるのですがね」

 園部も目の前の有様に面食らっているようだ。

 建設中の新首相官邸の地下には危機管理のための常設エリアが用意されていて最新の情報処理システムが完備されるのだが、生憎ながら完成は2年後を予定していた。

「市ヶ谷に移動しますか?」

 園部は市ヶ谷の陸軍衛戍地内に造られた統常参謀部作戦センターへの移動を促した。あそこは陸海空軍のあらゆる情報が集まるようになっている。

「いや、まだそんな段階じゃない。で、どういう状況なんだ」

 答えたのは杉田であった。

「軍を中心に各方面の情報機関が収集した情報を総合しますと、危機的状況が拡大しているようです。

 現地時間の5時を過ぎますとソ連極東軍とモスクワとの間の交信が活発になり、野戦部隊も移動しているようです。海軍も<ミンスク>機動部隊も南下させています」

「なに<ミンスク>だと!」

 宮川は<ミンスク>という単語に強く反応した。<リガ>型や<ウリヤノフスク>型のような大型正規空母を次々と就役させている現在のソ連海軍において<ミンスク>型は極めて限定した能力しか持ちえない旧式の軽空母と見られているが、かつてはソ連唯一の空母であり、それが極東に回航された時はソ連太平洋艦隊の大幅な増強の証としてメディアなどにも大きく取り上げられソ連脅威論の要として世間を騒がせた存在であった。それ故に当時を知る人々は必要以上の反応を見せるのである。

「中国軍も同様です。陸軍の多くの部隊が国境線に動いています。海軍部隊も海上に出撃しているようです」

 八雲が付け加えた。

「うむ。大変なことになっているな。で現地の様子はどうなっているんだ?」

 それに答えたのは吉野であった。

「現地に捜索第二〇連隊の先遣隊が既に到着しております。彼らの報告を総合しますと、残念ながら発砲は韓国側のようです。その後、中国軍が応戦して国境を越えました。侵入した中国軍の大部分は撃退されましたが、中国軍は国境の川に架かる橋の周囲をいまだに占領している状況であり、橋頭堡を確保しているわけです。軍としては、そこを足掛かりに中国軍が再び韓国への侵攻を図ることを懸念しております」

「現地の韓国軍は捜索第二〇連隊と協同で中国軍の橋頭堡を粉砕することを提案してきました。首相、私はこの提案を受け入れて現地の部隊に交戦の権限を与えるべきだと思います。必要なら越境させてでも、敵の矛を撃滅しませんと」

 八雲が再び付け加えた。

「捜索第二〇連隊はどのような部隊なのだね?」

 宮川が吉野に尋ねた。

「偵察、斥候のための小型の装甲部隊です。2個の装甲車偵察部隊を中心に戦車中隊と装甲化された歩兵部隊から成り、砲兵はありませんがそれなりの打撃力を有しています。橋頭堡奪還の為の先鋒として使うには十分な戦力です」

 大河内も口を出してきた。

「俺も八雲君に賛成だ。帝國主導の下で中国軍を追い返して、韓国の安念のためには日本が必要なのだということを見せつける必要がある。近頃は民族主義の高まりという奴で、日本に対しても妙に強気だからね。ここらで教育してやらんと」

「ちょっとまってください」

 大河内の強硬意見に蛭田が抗議の声をあげた。

「戦争行為は外交の最終手段として用いるものです。それなのに、外交方針が決まらないうちから、やれ中国軍を粉砕しろ、だの、教育してやれ、だのというのはおかしな話ではないですか?」

「おい。君はなにを言っているんだね。現に中国軍が韓国に侵入しているんだぞ?友邦の危機を救うのは同盟国の責務じゃないか?」

 大河内が強気で蛭田を批判したが、蛭田は怯まない。

「しかし、発砲は韓国側であるというのも事実です。ここで韓国を無条件で助けて中国と戦争する態度を見せれば、韓国は調子に乗ってさらに無茶無謀なことをはじめてしまいますよ」

 だいたい、最近の韓国はけしからんから教育してやれ、だなんて得意げに言っておいてすぐ後に、韓国は友邦だから救わなくてはならない、だなんて変な話ではないか、とは口に出しては言わなかった。

「外務省としては、この問題を国連に付託し解決すべきかと。具体的には国境線に非武装地帯を設けて、そこから両軍を撤退させて、代わりに国連平和維持軍が駐屯して国境の維持にあたる。その時には、わが国からも国連軍を派遣すべきでしょうね」

「そして、中国がこの案を飲まない場合は実力行使、というわけかな」

 宮川が尋ねた。

「そうなるでしょうね。ですが当面は韓国領内に行動範囲を制限すべきです。国境を越えては事態をややこしくする。作戦行動は韓国の国内で。それはやむえないでしょう」

「待て。君は武力行使反対派じゃないのか?」

 大河内が怪訝な顔で言った。

「私は理想主義者じゃありません。外交を置いてきぼりにするな、と言っているだけです。ただし作戦行動は韓国領内においてのみです」

「その線でいいんじゃないかね?で、外相。国連での落しどころは?」

 園部がまとめに入った。これで政府の方針は決まったようなものだ。

「とりあえず、国境で起こった出来事の真実を正しく知らせることです。その上で中国軍が韓国に侵入したことを強調し、中国軍の過剰行動を批判します。多くの国は同調してくれるでしょう。ソ連は形式上中国側に立つでしょうが。しかし、最終的には中国が引かざるえない。あの国は今や欧米の資本頼りですから。最初に撃ったのは韓国側なのだから、最後に謝罪と幾らかの賠償を行なわせれば中国の面目も一応は立ちます」

 蛭田はその場に言い終わると対策室内の閣僚の顔を1人1人見回した。反応は上々。

「よし、その線で…」

 宮川はそこで言葉を止めてしまった。アジア大洋州局長の今川が飛び込んできたからだ。

「大変です。韓国大使から要請がありまして、韓国軍は独自に中国軍を追い払うから、日本は介入しないようにと」

 その報告は、政府方針を覆すに十分なものであった。韓国は1人で中国と戦争をするつもりなのだ。宮川は吉野を見つめた。

「将軍。現地の韓国軍部隊に可能なのかね?」

「うぅん。中国軍は橋頭堡に頑固な防御を築いています。現地の韓国軍部隊には装甲打撃能力が不足しているので難しいでしょう。とすれば中央から精鋭の機械化部隊を派遣することになります」

 吉野がそこまで言うと、今度は杉田がそれを補った。

「その頃には中国の装甲部隊も到着します。総理。それでは大激戦、全面戦争になりますよ」

 それを聞いた宮川の顔が見る見る青くなっていく。

「韓国を止める方法は無いのか?!」

 宮川の怒鳴り声に蛭田が答えた。

「連合軍司令部を通じて朝鮮半島全域に非常事態を宣言します。そうすれば、韓国軍の指揮権は韓国政府から連合軍司令部に移ります。しかし、これは諸刃の刃ですよ」

「諸刃の刃というと?」

「韓国政府から軍の指揮権を奪うわけですから韓国との外交問題になりますし、日米韓3国の戦争準備を示すものですから中国が日米韓による宣戦布告と受けとる可能性があります」

「宣戦布告!」

 これまでずっと黙っていた大蔵大臣の佐渡が驚いて叫んだ。

「なんにしろ、アメリカとの協議が必要ですがね」

 そこへさらに何人かの男たちが飛び込んできた。彼らは軍の連絡官で、それぞれ手にメモを持っている。

「総理。緊急です!中国政府が新たに済南軍区及び南京軍区に戦闘準備命令を発令しました」

 連絡官の一人が叫んだ。

「済南軍区は黄海に、南京軍区は台湾に面しています。戦争準備ですよ」

 吉野が補足した。

「ベトナム、インド、パキスタン、モンゴル、それにソ連極東軍管区が警戒レベルを高めています」

 もう1人の連絡官が自分の報告をすると、対策室内にいた全員が凍りついた。危機が世界に広がっている。最初に口を開いたのは吉野だった。

「総理。防衛準備基準三の発令を進言します。ただちに上奏してください」

 憲法が定める統帥権の行使者は天皇で内閣はその輔弼をするということになっているので形式上は上奏という形になる。しかし事実上の決定権は宮川にある。

 防衛準備基準は皇軍の戦争準備の段階を定めるもので、アメリカのデフコンに相当し、略して防基とも呼ばれる。五は平時で、韓国軍の演習に合わせて朝鮮軍に平時より警戒を高める四が発令されていた。三では現役兵は全て待機状態となり即応態勢を高めることになっている。

「分かった。全ての陸海空軍部隊に対して防衛準備基準三を命ずる」

<リガ>型は史実における<アドミラル・グズネツォフ>型を指します。

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