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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第3部 危機の始まり
12/110

その3 衝突

 越境した中国軍装甲連隊を迎え撃ったのは、韓国陸軍第15歩兵師団所属の戦車大隊で、M48A5Kを54輌保有していた。

 M48は、大戦中に開発されたM26パーシングから発展した所謂(いわゆる)“パットンシリーズ”の1つで戦後直後の過渡的な戦車であるM46、M47戦車の後継であり本格的な次世代戦車として開発された。主砲は90ミリでそれまでの戦車と代わり映えしないが、新型の照準装置を搭載したので射撃精度は大きく向上している。そしてこの戦車はアメリカとその同盟国に配備され、イスラエルの車両はアラブ諸国のソ連製戦車に対して大勝利したのである。

 M48A5Kは、M48のバリエーションの1つで、M48の後継として開発された新型戦車M60に匹敵する戦闘能力を確保する為に105ミリライフル砲M68に主砲を換装したものである。さらに韓国で独自の改良が行なわれ、夜間戦闘能力も向上している。おかしなことだが、M68はロイヤル・オードナンスL7をアメリカでライセンス生産したものであり、敵である79式戦車とほぼ同じものであった。

 ともかく、韓国軍のM48A5Kは中国軍の79式戦車を迎え撃つべく、道の脇に隠れ待ち伏せをしていたのである。

「目標を発見!近づいてくる。攻撃はまだだ。十分に引き寄せるんだ」

 4輌から成る小隊の指揮官は無線で友軍に知らせた。彼が覗く赤外線暗視装置付のペリスコープは、こちらにぐんぐん近づいてくる10輌の戦車縦隊を捉えていた。韓国側は数的には劣るが奇襲の利でなんとかなるだろう。

「私と2号車は先頭を、3号車と4号車は最後尾を狙え」

 両端を潰して逃げ道を奪い、混乱しているところを蹂躙するという作戦だ。

 やがて縦隊は十分な距離まで接近してきた。

「いまだ!撃て!」

 4門の105ミリライフル砲が一斉に放たれ、先頭と最後尾の79式に2発ずつ命中した。79式は至るところに改良が施されているとは言え、実態はソ連軍の戦後第1世代戦車であるT-54の派生型に過ぎない。中東の戦争でT-54のだいぶ後に開発されたT-72戦車でさえ撃破することが可能であることを証明した105ミリライフル砲L7を防ぐ事は79式には難しいことであった。

 前後を撃破された戦車で塞がれ、動くに動けなくなった中国軍は混乱している様子で、韓国軍はさらなる攻撃を続けた。

「よし、次は前から二番目だ。装填、徹甲弾!」

「装填。射撃準備良し」

「照準良し」

「撃てー」

 次の砲撃でさらに2輌の中国戦車が撃破された。だが、中国軍も黙ってやられるわけがない。残った79式がようやく韓国軍戦車の位置を捉えたらしく、砲塔を向けてきた。

「撤収。予備陣地に向かえ」

 指揮下の3輌の戦車が後退を始めたが、指揮官である彼だけはその場に留まり、砲兵部隊に煙幕弾の射撃を要請した。

「よし、牽制射撃だ」

 指揮官の乗るのM48がさらに1発、主砲を撃つ。命中を期したものでは無いが、相手に攻撃を思い止めさせる程度のことはできるだろう。すると、突然に後ろから爆発音が聞こえた。後ろにいるのは味方だけだ。

<2号車がやられた!>

 無線から3号車の車長の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「畜生!奴らめ!吹き飛ばしてやる!」

 指揮官車の砲手が取り乱して、壁を手で殴りながら叫んだ。

「落ち着くんだ。まもなく砲兵の援護がくる。それに合わせて後退するんだ」

 そう宥めていると、丁度いい頃合に砲声が聞こえてきた。師団砲兵の105ミリ榴弾砲である。韓国陸軍の野戦砲兵の大部分は、大戦時にアメリカから供与されたM101型105ミリ榴弾砲とその改良型で占められている。



 接触した戦車小隊の報告を基に韓国軍は部隊の配置を転換して中国軍を待ち受ける準備を整えた。幸いにも国境線周辺には中国軍の奇襲攻撃に備えて、いくつもの塹壕や陣地が予め準備されていたので、それを活用することができた。




モスクワ クレムリン

 モスクワは夜の9時を過ぎた頃で、帰宅途中で呼び戻された閣僚たちがようやく揃った。閣僚と言っても集合したのはソ連国家において内閣にあたるソ連閣僚会議のメンバーでは無く、実質的に国家を動かす立場にあるソ連共産党中央委員会政治局の局員達であった。

「同志ニキーチン。大変な事態になったな」

 最初に外相で政治局局員−出席者には正式な局員と議決権を持たない局員候補がいる−ニコライ・クラコフである。

「あぁ、まったくだ。今日は何という日だろうか。いや明日だったな」

 ニキーチンの言葉には幾分の余裕が感じ取れたこともあり、クラコフは安堵した。

 この問題のやっかいなところは地球には時差というものがあることだ。モスクワにおける今日−すなわち8日−の午後9時は、実際に戦闘が起きている韓国では明日−ようするに9日−の午前3時なのである。またこの問題を担当することになるであろうソ連極東軍管区の司令部があるハバロフスクはさらに1時間進んで午前4時である。広いロシアには11に区切られて、それぞれに異なる標準時が設定されている。

「さて、状況は同志諸君も知っての通りだ。問題なのは、今我々に何ができるのかということになる。ヤゾフ国防相。軍の様子はどうなのだね?」

 立ち上がった局員候補のヤゾフ・ジンヤーギン国防相―階級は上級大将―は申し訳無さそうな顔をしていた。

「それが肝心の極東軍管区司令部に高級将校の多くが出頭しておらず情報が思うように集まらんのです」

 なにしろ向こうは午前4時である。

「しかし、幸いにも日本帝国主義海軍の弾道弾発射実験監視のために我が海軍の原子力偵察艦<ウラル>が太平洋に進出しており、今は対馬海峡を通り母港のウラジオストックに戻る途中なのです。命令を出せば直ちに情報収集任務のために朝鮮半島沿岸に向かわせる事が可能です」

「しかし、<ウラル>だけでは攻撃を受ける可能性があるのではないか?」

 現ソ連政権の穏健派の重鎮であり、ニキーチンの最大の支援者である内相アレクサンドル・チャパエフがヤゾフに尋ねた。チャパエフもまた正式な政治局局員で、ブレジネフ時代から共産党上層部に入り込み、その影響力は絶大なものであった。

「ご心配なく、日本海で<ミンスク>機動部隊が演習を行なっています。護衛としてただちに南下させ、<ウラル>と合流させる手筈です」

「護衛を十分にするのは結構だが、日本と交戦するようなマネは止してくれよ」

 正式局員ヴォイチェフ・トゥルクがヤゾフを嗜めた。彼はソ連の構成国であるウクライナの第1書記で、実は第二次大戦時にウクライナに併合された旧ポーランド領出身のポーランド人なのである。反ソ感情が特に強いポーランドの中でソ連に忠誠を示して政治局局員の地位を勝ち得た。しかしながら、政治局の中では比較的穏健派に近い人物で、強硬派の1人であるヤゾフとの仲は悪かった。




慈江道

 チャンソク曹長は道路を両側から挟むように掘られた塹壕の中にいた。

「戦車部隊が中国軍と接触したらしい。もうすぐ来るぞ。対戦車戦闘用意!」

 例の大尉が叫んで、周りの兵士に命令を発している。

「よし。対戦車戦闘だ。ロケット砲用意!」

 チャンソクは指揮下の分隊にたいして対戦車火器の準備を指示した。

 韓国軍の歩兵部隊にはM72LAWロケット砲が配備されている。LAW(軽対戦車兵器)という名前からも分かるように主に戦車や装甲車両に使用される兵器である。陣地には別に師団直属の対戦車大隊に配属されているジープ搭載の106ミリ無反動砲が配置されている。どちらにしろ旧式で、列国の最新戦車に対しては些か威力不足である。韓国陸軍にはより強力なTOWミサイルが配備されているが、それを持つ軍団の対戦車大隊はまだ到着していない。だが、相手は中国の能力的は古い戦車である。なんとか対抗できると兵士たちは考えていた。


 陣地より北に数百メートルのところに韓国軍の偵察部隊が派遣されていた。彼らの任務は道路を監視して接近する中国軍の存在を友軍に警告することであった。

 彼ら道の脇の高台から道路を見下ろしている状況であり、頭には暗視装置を付けて手には武器を持っている。武器は主に韓国国産小銃であるK2であるが、1人だけボルトアクション式の銃を手にしていた。彼は狙撃手で、その小銃は二脚を装備して照準眼鏡(スコープ)の形が変わり、おまけに銃床が合成樹脂(プラスチック)製になっているなど細かな違いがあり分かりにくいが、実は第二次大戦中に日本陸軍の主力小銃となった九九式小銃を狙撃銃に改造した九九式狙撃銃なのである。九九式は設計こそ古いが高い精度を持つ高性能銃であることから現在でも軍や警察向けに狙撃用として、また民間向けに猟銃やスポーツライフルとして生産が細々と続けられ、少数ながら輸出も行なわれている。元々、日本の影響が強くNATO仕様の7.62ミリ弾では無く日本の7.7ミリ実包を使っていた韓国軍が九九式を狙撃銃として採用するのは至極当然のことなのである。

「中国軍が来ました」

 狙撃手の男が指揮官の肩を叩いて、小声で伝えた。暗視装置付き双眼鏡で指された方向を見ると確かに中国軍の機械化部隊が見える。79式戦車の機甲部隊と85式装甲兵員輸送車を装備する機械化歩兵部隊の混成である。85式装甲兵員輸送車は他国のコピー品が多い中国軍の中では珍しく独自設計で造られたもので、その装甲で歩兵を銃弾や砲弾の欠片から守るのが任務である筈だが、肝心の歩兵たちはなぜか外に出て屋根の上に乗っている。当然ながら装甲では守られていない。

「地雷を警戒しているのだろう」

 指揮官が推測した。確かに装甲車が地雷を踏んだ場合、爆風が車床を突き破ると密閉された兵員室の中にそのまま閉じ込められ、乗っている兵士たちを焼いてしまうという。ベトナムにM113型装甲兵員輸送車を持ち込んだアメリカ軍やアフガニスタンでBMP歩兵戦闘車シリーズを運用したソ連軍の兵士たちも地雷を恐れて、装甲の施されていない屋根の上に上っていったという。

「よし。防衛線に報告だ」



 中国軍接近のニュースはすぐに防衛線の指揮所に届いた。防衛線に配置されていた歩兵大隊の指揮官は電話で後方の砲兵隊に支援射撃を要請すると同時に、残存の戦車大隊の指揮官と最後の打ち合わせをした。



 やがて先頭の戦車が防衛線の前に姿を現した。道路上には地雷が埋設され、道の左右に道路を挟みこむように掘られた壕の中にはM72や106ミリ無反動を構える韓国兵が攻撃の瞬間を待っていた。

 南から砲声が聞こえ、それとともに道路上の中国軍に目掛けて105ミリ砲弾が降り注いだ。装甲車両に直撃するような事はなかなか無いが、周りの歩兵には堪らない。自然に戦車部隊が突出する形となっていく。

「よし。今だ!」

 砲兵の支援射撃が止むと同時にチャンソクらの分隊をはじめとする韓国軍歩兵隊が一斉に飛び出した。

 チャンソクはM72を持つ1人の対戦車特技兵とともに部隊の先頭を走っていた。

「あの戦車を狙え!」

 特技兵はその場で立ち止まりM72を構えて、前方の79式戦車の砲塔側面を狙った。そこは戦場のど真ん中で、敵味方の銃弾がすぐ側を掠めていくが特技兵は動じなかった。特技兵は横でK2小銃を乱射して自分を守っているチャンソク曹長に絶大な信頼を寄せていた。

「撃て!」

 チャンソクの号令と同時に66ミリ対戦車榴弾が放たれ、砲塔に命中した。現代では威力不足が指摘されるM72であるが、M72と同じく旧式である79式の比較的装甲の薄い砲塔側面を破壊するには十分だった。見た目には大きな変化は無かったが、砲塔内に入り込んだ爆風により乗員は焼け死んでしまったらしく、79式戦車はその場で沈黙した。

「やったぁ!」

 自分の成し遂げた大きな戦果に喜んだ特技兵が両手を挙げて万歳した。横のチャンソクも彼を激励しようと肩を叩く、が特技兵はその場に倒れ二度と動かなくなってしまった。胸に銃創があり、そこから血がドクドクと流れている。

「畜生!」

 チャンソクが振り向くと、そこには砲撃を避けて迂回してきたらしい中国兵が小銃を構えて部隊の背後から襲いかかってくるのが見えた。

「応戦しろ」

 戦いの先はまだ見えなかった。

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