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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第12部 空軍の戦争
105/110

その2 ワイルドウィーゼル

 おそらく今年最後の投稿になると思います。

 ファントムIIとSA-15、双方がミサイルを発射して、地対空の戦いは壮大な空中チキンレースへと突入した。

「来たぞ!ヴァンパイア!敵のミサイルだ!」

 森の怒鳴り声を聞くと同時に手塚は操縦桿を横に倒し、急旋回をした。それと同時に後席の森は電子戦装置の出力を上げてミサイルの妨害を開始した。

 ファントムIIに有利だったのは、AGM-88HARMが敵のレーダー波を追う撃ちっ放し型のミサイルであるという点で、発射してしまった今は逃げることに専念できる。それに対してSA-15は地上の射撃管制レーダーによる誘導を受ける必要があり、地上の発射機は逃げることができない。

 回避行動をするファントムIIを追って地上の発射機のレーダーも旋回する。AGM-88HARMもレーダー波を追って空中を蛇行しながら地上へ向かっていく。

 AGM-88HARMは地上のSA-15がレーダーを使用している限り追跡を続ける。SA-15が逃れる方法はレーダーを切ることだが、そうなるとファントムIIを逃がすことになる。ただHARMがSA-15に到達する前にファントムIIを撃墜できれば、HARMも回避できてSA-15の勝利となる。

 一方、ファントムIIも簡単に逃げるというわけにもいかなかった。もっとも単純で確実な方法はレーダーの視野から出るということだ。ある程度、距離をとってから超低空へと逃れれば地平線に隠れてSA‐15では追跡が不可能になる。だが、ファントムIIは身を隠そうとはしなかった。HARMはSA‐15の射撃管制レーダーを追撃しているのだから、ファントムIIが身を隠すなりミサイルの射程から逃れるなりすれば相手がレーダーを切って、HARMから逃れてしまう。だから手塚と森の2人はSA-15の攻撃圏内に留まりつつミサイルをやり過ごすという難しい飛行が要求されるのだ。

 まさにチキンゲームの様相を呈していた。ファントムIIのコクピットでは警報が鳴り響き、後席の森は後ろを振り向いて追ってくる敵の姿を確かめようとする。彼の目には空中をこちらに向かってくる影と、それが後ろに曳いている白い煙を認めた。

「見えた!追尾してくるぞ!」

 森が叫ぶと同時にファントムIIに装備されたチャフディスペンサーがミサイルの接近を探知して自動的にチャフを放出する。電波を撹乱するチャフは現在の空軍においてはプラスチックのフィルムに電波を反射するアルミの膜を蒸着したものを使っている。これでレーダー波を反射して追跡をかわそうというのだ。

 だが、ミサイルの方も簡単には騙されてはくれない。特にSA-15の場合、目標の追跡を地上の発射機の高性能なレーダーが担っていてミサイルは地上から誘導されるので、この手の欺瞞に騙されにくい。

 それに対して地上のレーダーを直接妨害するジャミングの方がより効果的だと言えた。ファントムIIが搭載する自衛用の電子妨害装置、それに夜鷹電子戦機が激しい妨害電波を浴びせていた。

 森はそうした妨害装置の操作を、激しい回避運動の中で続けていた。急旋回、回転、急上昇に急降下。重量の向きと強さが0.1秒ごとに変わる激しい運動の中で、相手のレーダー波の解析を続け、妨害のパターンをたえず変えていった。

 しかし、これも決定的なものではなかった。中国側もレーダーを操作し、対抗措置を行ってなんとかファントムIIを追跡し、2発のミサイルは追尾してきていた。

 空中で繰り広げられる一進一退の攻防。だが、その終わりの時は刻一刻と近づいていった。両者の発射したミサイルとその目標の間の距離が着々と縮まっているからだ。




地上のSA-15陣地

 地上のSA-15も相手がミサイルを発射したことに気づいていた。この時、4輌のミサイル車輌が3機のファントムIIを狙っていたが、最初は誰も攻撃を止めようとは考えていなかった。敵のミサイルが命中する前に、必ず敵に到達すると確信をしていたからだ。しかし時間が経つごとに、その確信が揺らぎつつあった。

 手塚と森のファントムIIが最初に発射したミサイルが狙うSA-15のレーダーはAGM-88HARMが既に危険な距離まで接近していることに気づいた。

「このままでは、こちらが先に破壊されます!」

 オペレーターの悲痛な叫びを指揮官は無視できなかった。

「やむをえん。レーダーを停止しろ!」

 射撃管制レーダーを切ると、その車輌は身を隠すべく近くの茂みまで移動した。

 AGM-88は目標とするレーダー波を見失ったが、慣性誘導装置を頼りにして最後に捉えたレーダーの方位へと突き進んだ。AGM-88は最終的には目標のSA-15が停車していた場所の数メートル横に着弾して爆発した。もしSA-15のミサイル車輌が動いていなければダメージを与えれていた筈であるが、その場にSA-15は居なかった。




空中 ファントムII戦闘機コールサイン“ワイルドウィーゼル1”

 森は後ろを振り向いて、2発のSA-15のうち、1発が明後日の方向に向かっているのを見た。

「1発外れた!1発、外れたぞ!」

 歓声をあげる森に、前席の手塚は機体を小刻みに旋回させながら冷静な口調で尋ねた。

「目標を撃破したのか?」

「分からない。だが1発は外れた」

「そして1発はまだ追ってきている」

 手塚に指摘されて森は、もう1発のミサイルが迫っていることを思い出した。森は振り向いて確認するとミサイルはすぐそこまで迫っている。手を伸ばせば届きそうだ。

 ファントムIIは急旋回を繰り返してミサイルを振り切ろうとするが、SA-15も執拗に食いついてくる。ファントムのJ79ターボジェットが引く黒煙に、SA-15のロケットモーターが残す白煙が重なり、両者がほぼ同じ軌道を飛んでいることを示している。

「ダメだ!逃げ切れない!」

 森の叫び声がコクピット内に響く。手塚も同意見だ。

「やむをえん。レーダーの視程外に出るぞ!」

 その言葉と同時に手塚は操縦桿を一気に押し倒した。ファントムIIは機首を地面に向けて一気に急降下した。J79の強力なパワーに、ファントム自身の10tを超える重量が加わり、一気に追跡してくるSA-15を引き離した。

 しかし、それで危機が去ったわけではない。地面がぐんぐん迫ってきていた。後席に座る森はまるでファントムIIが地面に向かって突っ込んでいくような錯覚を覚えた。すぐに上昇したかったが、電子戦士官である彼に出来ることはない。ただ前席の手塚を信じることだけだ。

 手塚はキャノピー越しに見える地面と、コクピットの様々な計器を交互に見ながらタイミングを計っていた。地面との距離は1000メートルを切っている。

「今だ!」

 手塚は操縦桿を手前に引いた。機首が一気に持ち上がり、ファントムIIは水平飛行に移る。地面との距離は100メートルもなく、森から見れば地上スレスレを飛んでいるように見えた。

「肝を潰したぞ!」

 そう手塚に文句を言いながらも森は後方を振り向いた。ミサイルはファントムIIを追ってくる。しかし弾頭を下に向けたまま地面に突っ込んでいく。ファントムIIが地上のレーダーの視程外である超低空に入ってしまったので誘導を受けられなくなったのだ。SA‐15は地面に激突し、爆発した。

「ミサイルを切り抜けた!」




地上のSA-15陣地

「目標がレーダーの視程範囲内に出ました」

 オペレーターの報告に指揮官は地団駄を踏みながら命じた。

「レーダーを切れ!」

 ただちに射撃管制レーダーが切られた。これでAGM-88HARMは追うべき目標を失ったわけだが、しかしHARMを開発した技術者はこのような事態を見越して、追うレーダーを見失っても慣性誘導装置を使いレーダーの最終発信位置に突っ込むようにプログラミングをしていた。そして、SA-15は逃げ出す時間が無いほどにAGM-88の接近を許していた。

「ダメです!命中します!」

 AGM-88はSA-15の射撃管制レーダーに突っ込んだ。レーダー、射撃システム、発射機が一体化したSA-15においてそれは致命的な破壊をもたらした。ミサイルの残弾に誘爆し、乗員を巻き込んで大爆発を起こしたのである。

 他の目標を攻撃した別の2輌のミサイル発射機も同様の運命を辿った。残ったミサイル発射機は手塚、森のファントムIIへの攻撃と途中で中断して逃げた1輌だけだった。かくして橋を守る空の傘は失われた。




空中 ファントムII戦闘機コールサイン“ワイルドウィーゼル1”

 手塚は機体を再び上昇させた。敵のレーダー波が届く高度まで達したが、空はさきほどとは打って変わって静かになっていた。

「敵のレーダー照射を検知できない」

 森の報告を手塚は一帯の作戦を統制しているAWACSに伝達した。

「イーグルアイ5、こちらワイルドウィーゼル1。敵の防空網を制圧した」

『ワイルドウィーゼル1、こちらイーグルアイ5。ヴェスパからも同様の報告だ。ありがとう。引き続き援護を頼む』

 ヴェスパとは電子妨害を担当する夜鷹部隊のコールサインである。

「イーグルアイ、こちらワイルドウィーゼル1。了解。引き続き援護を続ける。交信終わり」

 交信を終えた手塚、後席の森、どちらの表情も誇らしげだった。2人のヘルメットに描かれたデフォルトされたイタチの絵も得意げな表情をしているように見えた。

 ワイルドウィーゼルとは“凶暴なイタチ”を意味する。敵のか微かな臭いを追って獲物を追い詰め、相手の巣穴に飛び込んで捕獲するイタチの習性はSEAD任務の特性に通じることから、ワイルドウィーゼルというあだ名がSEAD任務機には与えられた。手塚と森の2人は見事に獲物を狩り、攻撃部隊の突入路を切り開いたのである。

 というわけで、本年も私、独楽犬の作品を読んでいただきありがとうございました。また来年、お会いしましょう。

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