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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第12部 空軍の戦争
104/110

その1 ヒーローミッション

 まずは敵の防空網を制圧するのです。

 編隊の先頭を飛んでゆくのは中国軍の防空部隊を叩くSEAD機であった。SEADとは敵防空網制圧任務の略称で、帝國空軍ではF-4ファントムII戦闘機の日本バージョンであるA14Dを改造した機体を使用している。

 通常のF-4との最大の相違点はレーダー波発信位置評定装置ELSを搭載していることになる。従来の機体に搭載されているレーダー警戒装置が敵のレーダーを探知した時には警報を発することしかできないのに対して、ELSはレーダーの発信された方位を精密に測定し、その位置を特定することができるのだ。SEAD任務には不可欠の装備と言える。

 そしてELSの操作は後席に座る電子戦士官の担当である。電子戦士官は敵のレーダーを捕捉し、追跡し、その位置を前席のパイロットを誘導することが任務だ。そしてパイロットが敵のレーダーに対して主翼の下に左右2発ずつ、合計4発搭載されている対レーダーミサイルAGM-88HARMを発射するのである。

 現在、4機のA14D-VファントムIIは敵のレーダーを避けて、低空をダイヤモンド型編隊になって飛んでいる。その先頭を飛ぶのがコールサイン“ワイルドウィーゼル1”こと空軍大尉、手塚翔(てづか しょう)の機体であった。

「森!機器の方はどうだ?」

 手塚大尉は後席に座る電子戦士官の森和也(もり かずや)空軍中尉に尋ねた。森は戦闘になればELSで敵のレーダーを探りつつ、ECM装置を操作して敵のレーダーの妨害をする。彼の動かす装置が確実に作動するかどうかが2人の生死を分けることになる。

 SEAD機は空軍機にとってもっとも危険な目標である地上の対空ミサイルサイトに自ら突っ込んでいく、言わば大空で行われる壮大なチキンゲームだ。その危険度は空軍の行うあらゆる任務の中でも桁違いであり、それ故にヒーローミッションの異名を持つ。

「絶好調だ!後は彼らが敵を見つけてくれるのを待つだけだな」

 森は上を指差して言った。4機のファントムIIのはるか上空に随伴電子妨害機(エスコートジャマー)である夜鷹が2機、距離をとって飛行している。さらに同型の夜鷹が別に2機、攻撃部隊主力の援護を行っている。これらの夜鷹は爆弾倉に高度な電子戦システムを搭載していて、敵のレーダーを検知してその周波数や発信方位を解析し、ただちに妨害電波を発することが可能だ。こうした機能は敵のミサイル攻撃から友軍を守ると共に、敵のミサイルサイトの存在を報せる鳴子としての役割を果たす。

 山岳地帯を抜け、平野部の上空に入り、目標である橋が近くなってきた。すると1機の夜鷹が突然、アフターバーナーを点火して加速し、さらに旋回をし始めた。

『ワイルドウィーゼル、こちらヴェスパ2。ターゲットが姿を現した。頼むぞ!』

「ヴェスパ2、こちらワイルドウィーゼル1。了解した。そちらも援護を頼むぞ!」

『了解!』

 手塚と夜鷹のパイロット“ヴェスパ2”との会話を聞いていた森はその後ろで電子戦システムをスタンバイ状態から作動状態へと切り替えた。

「いけるぞ!」

 森のGOサインを耳にした手塚は操縦桿を引いた。ファントムIIの機体は機首を上に向け、急上昇した。高度を上げると同時に、レーダー警戒装置が敵のレーダーを探知したのか、警報音が鳴り出した。

 中国軍がレーダーが作動すると同時に機体の各所にあるアンテナがその電波を受信し、妨害装置が対抗措置を行うと同時にコンピューターが分析を始めた。その結果はすぐに森の操作する電子戦装置に表示された。

「検知したのはSA-15の捜索レーダーの可能性が高い!方位は3-3-1だ!」

 森の報告を聞いて、手塚は舌打ちをしてから機体を急降下させた。SA-15ガントレット、中国軍の保有するSAMシステムの中でも特に新しいもので、ソ連が開発した高性能な中距離ミサイルだ。戦場で遭遇する可能性のあるミサイルとしては最も脅威度が高い。

「方位3-3-1だな…」

 レーダーの捜索範囲より低空に入ると、手塚はその方向に機首を向けた。その方位は目標となる橋がある方向で、おそらく橋を守っているのであろう。となれば撃破しなくてはならない。上空では夜鷹は敵のミサイルサイトと距離を保ちつつ、妨害電波の発信を続けて援護をしてくれている。そして撃破の為にはファントムIIがミサイル部隊の危険な罠の中に飛び込んでいかなくてはならない。ヒーローミッションと呼ばれる由縁である。

 ファントムIIはミサイルサイトに接近しつつジグザグに飛行しながら、何度か上昇してSA-15の発信電波を探った。何度か観測したSA‐15のレーダー発信方位に、GPSによって記録される自機の位置を重ねれば、三角測量の原理で目標の敵の精密な位置を測定できるのだ。

「よし。目標のだいたいの位置は分かった。仕掛けるか?」

 森の問いに手塚は後席に向けて手を挙げてサムズアップをして見せた。

「当然だ」

 手塚は操縦桿を引き、一気に上昇した。再びレーダー警報装置が鳴り出した。だが、今回はこれまでの情報収集の時とは違う点があった。

「新たな発信電波を確認!Gバンド帯!発信点はこれまでと同一!射撃管制レーダーだ!」

 SA‐15は2種類のレーダーが装備されている。探知距離は長いが精密さに欠ける警戒索敵用レーダーと、精密な探知が可能だが探知距離が短い射撃管制用レーダーである。前者で敵を発見し、後者を使って敵を追尾してミサイルを誘導するのだ。そして射撃管制レーダーの発信した電波を探知したということは、ファントムIIに敵が照準を合わせているということだ。

「さらに別のレーダーから照射を受けた。射撃管制レーダーだ!」




地上 中国軍防空ミサイル陣地

 中国軍は補給線となっている橋を守るべく、SA‐15の1個中隊を配置していた。1個中隊は1輌の指揮車輌と4輌のミサイル車輌から構成され、4輌がそれぞれ別の方向を警戒していた。そのうち2輌がファントムIIに狙いを定めていた。

「激しい電子妨害を受けています!」

 2機の夜鷹とファントムIIの電子妨害装置はSA‐15のレーダーの有効距離を著しく狭めていた。しかし、中国軍の最新鋭SAMシステムだけあってか、レーダーの周波数を小まめに変更するなどの対抗措置により何とか射撃可能な状態を維持していた。射撃管制レーダーが妨害に強いフェイズドアレイレーダーであったことも中国軍に味方した。

「目標を追尾中です」

 そして、そのレーダーはファントムIIを捉えていた。

「発射用意!」




空中 ファントムII戦闘機コールサイン“ワイルドウィーゼル1”

 一方、空中のファントムIIも攻撃シークエンスを開始していた。射撃管制レーダーを使ってくれたのは手塚と森の2人にとっても僥倖だった。特定の目標を継続して追跡するレーダーは、追跡されている目標にしてみれば逆に検知しやすいものだ。

 森は2つの射撃レーダー波を解析し、そのデータをAGM‐88HARMミサイルに入力した。

「一番及び四番に目標の情報を入力した。いけるぞ!」

 後席の報告を聞いた手塚は機首の一方のSA-15に向けた。

「ワイルドウィーゼル1!マグナム!」

 “マグナム”はAGM-88の発射コードである。最初の目標に向けAGM-88がまず1発、発射された。そして、つかさず機首を2つ目の目標に向ける。

「マグナム!」

 2発の対レーダーミサイルがそれぞれの目標に向かって進んでいった。




地上 中国軍防空ミサイル地域

 SA-15のミサイル車輌は発射機に火器管制システム、射撃管制レーダーと捜索警戒レーダーが1セットになっていて、それらのシステムは装軌車輌のターレットの上に載せられた戦車の砲塔のようなものに集約されて搭載されているので、1輌のミサイル車輌が単体で戦闘を行うことが可能であった。

 そして“砲塔”の前部に固定されたフェイズド・アレイ・レーダーは接近するファントムIIを捉えていて、ファントムIIの動きにあわせて“砲塔”が右に左に動いていた。

「発射!」

 いよいよ火器管制システムがファントムIIを確実に捉え、発射準備完了を報せる。中国兵は迷わず発射ボタンが押した。ファントムIIがAGM-88を発射した直後であった。

 SA-15の最大の特徴はそのミサイル発射システムにある。一般的な地対空ミサイルは発射レールに直接取り付けられるか、チューブ上のカバーの中に収納されるかされていて、ミサイルの先を敵の方向へ向けて発射する。それに対してSA-15の発射機は前から見ると菱形をした箱のような外見をしている。その前部に射撃管制レーダーが固定され、後部に回転式の捜索警戒レーダーが搭載されている。

 発射ボタンが押されると発射機の上部にあるカバーが開き、その下からガス圧でミサイルが上に向けて射出された。飛び出したミサイルは20メートルまで上昇すると、先端部にある姿勢制御用ロケットの噴射により弾頭を目標であるファントムIIに向けた。次の瞬間、メインのロケットモーターが点火され、ミサイルは目標を追って急上昇した。SA-15は海軍艦艇では既に主流になりつつある垂直発射システムVLSを地上ミサイルに取り入れた最初の例であった。

 ミサイルは2輌から各1発ずつ、合計2発のミサイルが空中に向けて発射された。いよいよ地対空ミサイルと戦闘機による空中チキンゲームが幕を開けたのだ。

 第7部に“その7の2”を追加しました。

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