プロローグ
3月24日 鉄山空軍基地
戦争は5日目に突入していたが、空軍は相変わらず韓国領内の基地を拠点にして活動をしていた。陸軍の前線部隊がどんどん北上していく中、空軍の支援部隊が1回の出撃で飛行する平均距離は順調に伸びていった。
この日、陸軍は本渓市を目指して攻撃を開始し、海軍陸戦隊も大連から攻勢に出ることになった。陸上での大規模な攻勢にあわせ、空軍も開戦の日以来の大規模なストライクパッケージを繰り出して、大規模な爆撃作戦を敢行しようとしていた。国境に近い鉄山基地に展開する第四飛行団には制空任務が与えられ、所属する2個の飛行戦隊、第四戦隊と第四七戦隊の双方が出撃準備を進めていた。
朝8時、最初に出撃したのは第四七戦隊に所属する1個中隊8機の旋風戦闘機であった。中隊の指揮官は戦隊一のエースである東郷直哉大尉であり、ウイングマンの結城正太郎中尉を伴って編隊の先頭を飛んでいた。
「カワセミ1、こちらカワセミ2。久々に空中戦に専念できますね」
コールサイン<カワセミ2>こと結城中尉がカワセミ1である東郷大尉に話しかけた。これまでの任務は爆弾を携行しての対地攻撃任務がほとんどで、空戦は自衛戦闘に限られていた。しかし、今日は中国空軍機を見つけたら、見つけ次第撃墜せよと命じられていた。
「カワセミ2、こちらカワセミ1。獲物がいればの話だがな。おっ、タンカーが見えてきたぞ。全機、給油準備!」
編隊で飛ぶ四七戦隊の前に巨大な空中給油機が姿を現していた。給油機はかつて日本の民間航空会社で海外路線の主力を務め、その優美な姿から“貴婦人”と呼ばれ親しまれたDC-8を改造した機体で、主翼の下に給油用のポッドを吊るしていた。DC-8は民間航路からは姿を消して久しいが空軍ではまだ現役で、L13D-Uという形式番号が与えられていた。
鉄山空軍基地は国境に近い基地で、前線からさほど距離が離れているわけではないが、制空任務の機体は敵地に真っ先に突入し、他の味方部隊が交代した後に殿を務めるので、戦場で滞空している時間が長い。そこで四七戦隊は爆撃隊主力と合流する前に空中給油を受けることになる。
L13D-Uには左右の翼に1つずつ、計2基の給油用のポッドが備えられていて同時に2機に対して給油が可能だ。給油ポッドから先端に漏斗のようなものがついたホースが伸ばされる。これに旋風戦闘機に備えられた受給口を突っ込ませるのだ。受給口の外観はL字型のパイプといった感じで、機首から飛び出たパイプの先端が前方に曲げられていて、漏斗に挿し込めるようになっている。パイロットの間では“アホ毛”と呼ばれていた。
ホースが伸ばされると、四七戦隊に向け給油機から通信が入った。
『カワセミ1、こちらフェアレディ・デルタ。給油の準備が完了した。給油位置についてくれ』
帝國空軍は現在、24機の空中給油機を運用しているが、コールサインはDC-8の異名にちなんだ“フェアレディ”に、各機異なるフォティックコードを付けるという形で統一されている。ちなみにもっとも人気が高いのは“ズールー”である。
「フェアレディ・デルタ、こちらカワセミ1。了解した。これより給油位置につく」
このタイプの空中給油機の場合、給油機から引っ張られるホースに対して戦闘機の方から動いて受給口を挿し込まなくてはならない。腕の見せ所である。最初の2機は東郷機と結城機だ。部下の手前もあり、失敗は許されない。
給油機に速度と針路をあわせて、ゆっくりと給油ホースに近づいていく。距離の確認は目視頼りで、微妙な操作が要求される。そして、まず東郷機の受給口が、続いて結城機が給油ホースに射し込まれ、固定された。
『カワセミ1、カワセミ2、こちらフェアレディ・デルタ。給油を開始する』
L13D‐Uの胴体内にある燃料タンクからホースを通じて、燃料が旋風戦闘機に注がれる。
タンクが満タンになると、受給口からホースが離される。東郷と結城はそれぞれ左右逆方向に旋回して、後続機に針路を譲る。これを繰り返して出撃した全機の燃料タンクを満タンにするのだ。
30分後、東郷の編隊は戦闘準備を完了した。
「フェアレディ・デルタ、こちらカワセミ1。支援をありがとう」
『カワセミへ、こちらフェアレディ・デルタ。御武運を』
東郷編隊は給油機と別れ、鉄山より南の各所の飛行場から発進している攻撃部隊主力に合流すべく、速力を上げた。
「イーグルアイ、こちらカワセミ1。友軍部隊まで誘導されたし」
イーグルアイはセントリー早期警戒管制機のコールサインである。その任務は敵の動向を探ると共に、攻撃に向かう味方部隊を誘導することだ。
『カワセミ1、こちらイーグルアイ。針路を0-2-0へ向けよ』
セントリー早期警戒管制機に誘導され、飛んでいくと遠い空に小粒のような航空機の群れが見えてきた。素人目には、その正体は判然としないが、選び抜かれたパイロットである東郷らにはそれで十分だった。
「ストライクパッケージ・フジの全機へ、こちらカワセミ1。援護の位置につく!」
ストライクパッケージ・フジはこの日、東郷が参加することになっていた攻撃部隊のコードネームだ。複数の戦隊から各種の航空機が派遣され、編成されている。その任務は前線で日本軍と戦っている中国軍への補給や増援を阻止する為の交通網の破壊だ。目標は橋、高速道路の高架など様々である。
『カワセミ1、こちらスピアヘッド1。援護を感謝する』
スピアヘッド1はストライクパッケージの中心となっている第一飛行団飛行第七戦隊の指揮官のコールサインである。第七戦隊はこの任務の為に部隊の全力、20機の夜鷹軽爆撃機を出撃させている。
そして、20機の夜鷹を守るべく、4機のファントムII電子戦機、電子妨害任務用に改造された夜鷹が4機、広範囲の電波妨害用に改造された大空輸送機1機が派遣されている。それに最後に加わるのが第四七戦隊の東郷の編隊だった。しめて37機の一大編隊であった。
というわけで、新章の始まりです。登場人物紹介も更新しました。グダグダと似たような陸戦を続けるのもアレなので、今回は空中の戦いに焦点を当てたいと思います。