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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第11部 内陸侵攻
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その9 次の戦場へ

3月23日昼頃 瀋陽郊外 瀋陽軍区司令部

 基地の運動場に1機のヘリコプターが着陸した。欧州製のヘリコプターであるAS365ドーファンを中国でライセンス生産した直昇9型である。陸海軍で様々な任務に使われる直昇9型であるが、着陸した機体は主に党の幹部のようなVIPを輸送するのに使うものであった。

 そのヘリコプターを瀋陽軍区司令官と、彼の切り札である第39集団軍の司令官が待ち構えていた。着陸したヘリから降りてきたのは国家主席である張徳平と国防部長の夏永貴だった。

「同志国家主席に敬礼!」

 張がヘリを降りると共に、瀋陽軍区司令官が号令をかけ、回りの兵士が一斉に敬礼をした。張は制した。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。現状について聞きたい」

 瀋陽軍区司令官は周りの兵士を下がらせると、張と夏を司令部の施設内に案内した。

「厳重な防空体制だな」

 張が周りを見回しながら言った。基地の周辺にはロシア製のS-300長距離地対空ミサイル、NATOコードネームSA-10グランブルや、同じくロシアから購入した9K331MトールM中距離地対空ミサイル、NATOコードネームSA-15ガントレット。さらにフランスのクロタル短距離地対空ミサイルを国産化した紅旗7型。そして各種の高射砲、高射機関砲を組み合わせた防空コンプレックスが築かれていた。

「空軍が壊滅してしまいましたからね。自分の身は自分で守るしかありません。殲撃11型でもあれば話は違うのでしょうけど」

 張も夏も瀋陽軍区司令官の嫌味を無視した。瀋陽軍区の空軍部隊は優勢な日本空軍に対抗すべく、人民解放空軍の虎の子である殲撃11型ことスホーイ27の増援を中央に求め続けていたが、軍事委員会は首都北京防空の名目で頑として認めていなかった。


 張徳平は施設内に入り、状況説明を受ける司令室へと案内された。司令室は地下にあり、無線や有線の通信機が並べられ、将兵達が世話しなく動いていた。部屋の中央には大きな長方形の机が置かれていて、緑鴨江から瀋陽に至るまでの地域の作戦地図が広げられている。その周りを高級参謀が取り囲み、1人が机の前に置かれた椅子に座るように張と夏に促した。

 言われるがままに張と夏が座ると、机の反対側に瀋陽軍区司令官と第39集団軍司令官が座った。

「それで状況はどうだね?」

 張の問いに瀋陽軍区司令官が顔色を曇らせた。

「芳しくありません。新義州から前進してきた日本軍部隊は第31集団軍を突破して、瀋陽に迫ってきています。大連を占領した海軍陸戦隊も北進の準備を続けている筈です」

「対抗の手段はあるのかね?」

 張は詰問するような口調で尋ねた。

「本渓市に第20集団軍が進出しており、1個歩兵師団と1個装甲旅団を以って迎え撃つ準備を進めております。また大連から脱出した第60自動車化歩兵師団が大石橋市に陣を構えて攻撃に備えています」

 本渓市は日本軍が進出した通遠堡鎮をさらに北へ50kmほど進んだ先にある街で、この街を抜けると山岳地帯が終わり平地に出る。一方、大石橋市は遼東市半島の根元にあり、大連と瀋陽を結ぶ直線上にある。どちらも瀋陽防衛の為には死守したい場所である。

「しかし第31集団軍が瞬く間に敗れた以上、第20集団軍が長く死守できるとは思えないのだが?」

「その場合は瀋陽防衛の最終防衛ラインで第39集団軍が迎え撃ちます」

 それを聞いた張はため息をついた。司令官の真意は何であれ、第20集団軍が第31集団軍の二の舞にならない方策を示すことなく、最終防衛ラインに話題を移した司令官の様子を見て、司令官が第20集団軍が長く持たないことを言外に認めたように感じたからだ。

 瀋陽軍区司令官に続いて第39集団軍の司令官が説明を始めた。

「我が兵団は瀋陽軍区唯一の快速反応集団軍であり、その装備、錬度とも他の集団軍とは隔絶しております」

 それは事実だった。第39集団軍は機動打撃部隊として瀋陽軍区の他の兵団よりも優遇されており、装備の更新も優先的に進められていた。戦車は多くの部隊が旧式の59式戦車、もしくは69式ないし79式を主力としているのに対して、第39集団軍は88式戦車を主力として少数ながら新型の96式戦車も配備している。自走砲や防空システムも最新のものを装備し、防空については瀋陽軍区司令部の防空に用いられているのと同等のシステムが配備されている。

 それから再び瀋陽軍区司令官が説明を引き継いだ。

「私は第39集団軍の絶対の信頼を置いています。しかし日本軍の戦力は強大です。ぜひ北京軍区の部隊の増援、99式戦車を保有する第6装甲師団の援助があれば安心できるのですがね」

 それも中央直轄の部隊を決して動かそうとしない張徳平ら中央指導部への嫌味だった。

 第39集団軍の装備する96式戦車は確かに中国軍の最新の戦車であるが、あくまでもハイローミックスのローであり、その実態は88式戦車に大規模な改良を施した戦後第2.5世代戦車に過ぎず、第3世代戦車である日本軍の四四式戦車に対しては分が悪いのが実際であった。

 しかし、スホーイ27と同様に北京軍区の部隊、特に“万歳軍”の称号を与えられ中華人民解放軍陸軍200万の頂点に君臨する第38集団軍は動くことは無く、その中でも最強を誇る第6装甲師団が唯一装備する99式戦車が戦場に現れることも無かった。




吉林省延辺朝鮮族自治区 敦化市

 その頃、朝鮮半島の日本海側から吉林、長春を目指す日本陸軍第四軍も戦果を拡大しつつあった。22日夜までに敦化市中心部を攻撃できる位置まで前進し、23日の朝と共に総攻撃を開始した。その戦法は通遠堡鎮で中国軍が使ったものに似ている。

 まず韓国軍機甲旅団が街道から攻撃を仕掛けて中国軍を引き付け、その間に日本軍歩兵部隊が林の中を迂回して敦化市中心部を側面から挟撃するというものである。

 この作戦では全て砲兵部隊が一括運用されることになり、韓国機甲旅団の砲兵大隊も日本軍師団の砲兵連隊も全て第4軍直轄の第4砲兵司令部に託されることになった。その総数は200門以上に及んだが、その中で切り札として扱われたのは韓国軍砲兵大隊の18門の155ミリ自走砲K55と、砲兵第42連隊に試験的に配備された6門の試製特殊機動砲トキであった。

 トキ砲は夜間のうちに構築された砲兵陣地に入り、射撃の準備を終えていた。砲を載せたトラックからアウトリガーがせり出して車体を固定し、砲の上には擬装のためのネットが張られている。そして随伴のトラックから砲弾が下ろされ、陣地の周りに並べられている。陣地から陣地への移動スピードは牽引砲より勝っているものの、砲撃準備の手間は牽引砲並みにかかるのがトラック搭載砲の欠点であった。

 そして、いよいよ攻撃の時間が訪れた。

「撃ち方始め!」

 その号令と同時に6門のトキ砲が時間差をおいて次々と射撃した。日本陸軍第4軍の中でも最長射程を誇るトキ砲はもっとも遠くの目標を宛がわれた。それは敦化市の北に築かれた中国軍の後方兵站基地と思われるコンテナ群であった。

 準備した弾を撃ち終えると、砲兵達は撤収の準備を始めた。敵の反撃を避ける為に頻繁に陣地を変えるのが現在の砲兵の戦い方である。擬装ネットを片付け、アウトリガーを格納すると砲兵達はトキ砲のキャビンや随伴のトラックに乗り込んでゆく。

 砲兵達が乗り込むと、トキ砲は砲兵陣地を後にした。中国軍がここまで迅速に砲兵陣地を特定し反撃してくるとも思えなかったが、試作兵器として十分な威力があることを上層部に見せなくてはならなかった。そして迅速な移動こそトキ砲の真骨頂であった。



 200門以上の大砲の激しい砲撃、韓国機甲旅団の攻撃に敦化市を守る中国兵は釘付けにされた。その間に市街のある盆地を取り囲む山々へと日本陸軍歩兵隊は進んでいき、機を見計らって一挙に市街へと攻め込んだ。市街は昼までに日本軍が制圧するところとなり、中国軍は北へと敗走した。トキ砲はその長射程を生かして、敗走する中国軍に砲撃を浴びせ続けていた。




大連

 一方、大連の海軍陸戦隊は3月22日と3月23日の2日間を平穏に過ごしていた。これは開戦初日に輸送船を撃沈されて多くの物資を失い、さらなる前進が不可能になった為に大連での待機を余儀なくされた結果である。その為に大連を離脱した中国軍第60自動車化歩兵師団を追撃できず、大石橋市に防御陣地を築くことを許してしまった。

 失われた物資のうち弾薬や食料などは消耗品ということもあり十分なストックがあったが、問題は貨物船には兵站に欠かせないトラックや給油車も載せられていたことだ。戦車や重火器などは全て揚陸艦に載せられていたので失われずに済んだが、兵站用の車輌が無ければ敵地深くまで攻め込むことは出来ない。そこで海軍陸戦隊は急遽、韓国軍の予備役部隊向けの保管車輌を借り受けて、大連の陸戦隊に充当することとなった。

 一部にはこの事例を巨大になりすぎた現代の輸送船の弊害と指摘された。昔であれば多くの輸送船に分散し、敵の攻撃による被害を最小限に抑えるという方策がなされた。しかし、今の海軍がそのような方策を実行することは難しい。なにしろ撃沈された輸送船<紀淡>は、2隻あれば3個大隊編制の1個特別陸戦隊が作戦を1週間継続することが可能な物資をそのまま運ぶことができるのだ。これでは多数の船に分散するという作戦はあまりにも非効率すぎる。

 ともかく大連の海軍陸戦隊は補充の物資が届くまでの間、大連で待機をすることとなった。その間の彼らの任務は大連の警備ということになっていたが、内心はどうであれ大連市民は日本軍に対して友好的で、戦闘が終わると陸戦隊向けに商売を始める者も見えるほど治安は良好であった。その商魂の逞しさに多くの兵士が驚き、呆れたものであった。

 そういう訳で神楽小隊は旅順の警備を任されていたが、旧軍港跡の近くの公園で時間を潰していた。

「でかい大砲っすね!」

 渡良瀬通信士が子どものような声を出してはしゃいでいた。軍港近くの公園と言うこともあって、中には多くの兵器が展示されていた。渡良瀬が驚いていたのは、その最大級のものであった。巨大な15センチ口径の砲で、その砲身長は10m近くあった。

「超15加ってヤツだな」

 神楽は記憶の奥底からその大砲の正体を導き出した。前の大戦直後にソ連軍を圧倒する射程30km以上の長射程砲として開発されたものの、僅か十数門のみしか生産されなかった加農砲で、その一部がかつての旅順要塞に配備されていたという。妹が見たがっていた。

 すると渡良瀬の背負う通信機に中隊本部から入電があった。早速、神楽少尉は応答して指示を受けた。通信を終えた後、周りの部下に向け宣言した。

「明日から攻撃再開だ」



 日韓連合軍は各地で着実に占領地を広げており、この戦争は次なる段階へと突入しつつあった。

 次回より新章へ突入です。

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