プロローグ
この「小説家になろう」には少なくない量の戦争を描いた小説があり、その幾つかを拝読させていただきました。傾向としては次のようになると考えます。
1.舞台がファンタジー世界であるものが多い(その手の作品には興味が無いので、基本的に読んでいない)
2.上記以外のものでは、第二次世界大戦前後を中心に描いているものが多い
現代戦を描いているものも幾らかありますが、限定的な局地戦や不正規戦を中心とするもので、大国同士がその総力を結集した大戦争を描いたものは無いよう感じます。私も日韓大戦で南北統一後の韓国と日本の戦いを書いておりますが、あくまで九州という限定的な地域による戦いでしかありません。ですので、ここで冷戦時代を舞台に東西両軍の全面戦争を描こうと考えたのです。
私は昭和63年生まれで、冷戦もソビエトも知りません。どちらも既に歴史の中の出来事です。ですので、当時の緊迫した国際関係をどこまで再現できるか分かりませんが、精一杯努力させていただきます。
なお、この小説も例によって某所で掲載したものを改訂したものです。
闇夜の中、列車が走っている。
特急「あじあ」号の列車内は人で満ちていた。ただの乗客ではないのは明らかだった。誰もが大きな荷物を抱え、その表情には彼らの不安が表れていた。
「このまま、この車両は韓国領に入るのかな?」
「さぁ。韓国も情勢が不安定と聞きます。できれば、このままプサンまで向かってほしいところです」
そんな中で2人の紳士が冷静さを保っていた。彼らは他の乗客よりも明らかに上等な服を着ており、2人の周りには近寄りがたい雰囲気が形成されていた。
「しかし、残念なことだよ。このような素晴らしい鉄道列車が、このような最期を遂げるとは…」
特急「あじあ」号が南満州鉄道の路線で稼動する事は2度と無い。それどころか満州から日本の人々、物資、車両、そして軍隊が次々と韓国に逃げ込んでいた。
「ところで、小野田少佐。韓国情勢が不安定と言うのは…」
「大韓帝国政府はすでに皇帝に忠誠を誓っていません。ソ連に事大するつもりですよ。その為には皇帝の存在が邪魔です。彼らは皇帝を退位させるでしょう。おそらく金日成が動いている」
「ソ連の支援を受けて朝鮮半島で赤化革命を起こそうとしているという男か?」
「はい。上層部は朝鮮半島の赤化を懸念しています」
「帝国は、どういう対応をとるつもりだ?」
「この状況ではなにもできないでしょう。幸い韓国軍は動いてくれますよ。韓国軍の中には親日派、反共産主義が多くを占めている。彼らがうまくやってくれるのを祈るのみだ」
「そうか。韓国軍は本気ですか。それなら大丈夫だ」
そう言った男は、テーブルの上に置かれたワイングラスを手に持った。その様子を見て軍人らしい小野田は言った。
「えぇ。1ついいでしょうか?園部さん。帝国はこの戦争でなにを得たと思います」
「なぜ、そんなことを?」
「この戦争で帝国は多くのものを失いました。多くの命を失いました」
1962年。30年続いた中国における戦争は幕を閉じた。国民党軍と同盟関係にあった帝國軍は、各地でソ連の支援を受けた共産党軍と激戦を繰り広げていた。そして、負けた。決して帝國が弱かったわけではない。だが内部分裂と腐敗に苦しむ国民政府は共産党の圧力は降伏し、満州にいた日本人や軍は朝鮮半島や租借地関東州へと撤退していた。
「少なくとも帝國は変わった。前より少しは賢くなったよ」
「それが果たしてこれだけの被害の対価として適当なのでしょうか?」
「それは、後世の人々が判断することだ」
列車は闇夜のなかをどこまでも進んでいた。
それから38年の月日が経った。西暦2000年を迎えたばかりの深夜、フランスの首都パリを1台の高級車が疾走していた。その車に乗るのは紛れも無くフランス第5共和国第5代目大統領で、運転手と直属の護衛官2名を連れてテュイルリー庭園へ向かっていたのである。
テュイルリー庭園はルーブル宮殿(今では美術館になっている)に隣接する庭園で、かつてのテュイルリー宮殿の庭園部分である。ヴァロワ朝の王アンリ2世の王妃であるカトリーヌ・ド・メディシスの命に建造が開始され、100年後に完成し王宮として使用された。その後、1871年のパリ・コミューンで焼失してしまい、現在では庭園のみが残っている。
テュイルリー庭園の前に車が停まり、大統領が降りた。警護官もそれに続き、庭園の入り口に立った。大統領は奥に進み、目的の人物の姿を確かめた。それは彼をここに呼び出した人間で、中世時代の赤い服を着た男だった。
「大統領。あなたとは初めてですな」
「えぇ」
大統領は自分が震えているのを感じ取れた。目の前に居る人物は伝説的な存在であるからだ。テュイルリー宮殿の赤服の男、フランスに大きな事変が起きる時に必ず出現するというその人物の正体は、18世紀のヨーロッパ社交界を騒がせた不老不死の錬金術師とも、秘密を知りすぎたためにカトリーヌ・ド・メディシスにより謀殺された王宮の使用人の幽霊とも言われるが、詳しいことは分からない。
ともかく、その人物が現われたということは20世紀最後の年を迎えたこのフランスに重大な事変が訪れることを意味する。
「一体、何が起こると言うのですか?」
大統領は声を荒げた。一番可能性があるのは、自分が暗殺されることだと考えていたからだ。
「いや。君の読みは外れているよ」
怪しげな術を使い、大統領の心の中を読み取ったらしい赤服はそう答えた。
「戦争が起こるのですよ」
「戦争ですか?」
大統領は考えた。フランスが巻き込まれる戦争となると、20年ほど前のイギリスのように海外領土が攻撃を受けるのだろうか。植民地主義はとっくの昔に終わりを告げているが、それでもフランスには世界各地に海外領土を有している。
「いや、その程度では済まないね」
赤服は再び大統領の思考を読んで、そう答えた。
「その程度では済まない、と申しますと?」
「前の大戦の時にもチャーチル君に警告した筈だがね。第3次世界大戦だよ」
西暦2000年。皇紀では2660年。平成の御世を迎えて早12年目を迎えた帝国、そして世界はまだ平和だったが、少しずつ崩れようとしていた。
ご感想をお待ちしております
個人的な話になりますが、カテゴリの主要登場人物の選択肢に政治家が無いのが不満です。
なお、赤服の正体ですが、「チャーチルに警告した」という台詞から見るに、錬金術師サンジェルマン伯爵の可能性の方が高そうですね(笑




