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その8 一騎当千 アレクサちゃん

今を遡ること3年。王国暦23年の事である。

遥か北方の彼方より未知の大軍勢が王国へと来襲した。


雪解けと共に押し寄せてきた大地を埋め尽くす大軍は、信じられぬ事にその総勢が騎兵であった。

20万とも30万ともつかぬ夥しい馬蹄が、通り道にある国も、部族も、城塞も、文字通り全てを悉く粉砕し、王国北部へと押し寄せてきたのだ。


「真なる神はただひとつ!天上のテングリなり!

地の支配者たる大ハーンの名において命ず!狼共よ!世界を焼き尽くせ!」

東大陸の果てに端を発した騎馬民族の大軍団が、道中に合った諸王国を悉く打ち滅ぼしながら、遂に西大陸は王国にまで到達したのだ。


西大陸の軍事的常識を粉微塵に粉砕する、恐るべき軍勢であった。

騎兵のみの軍。まして末端に至るまで練達の騎兵で構成された軍勢など、いったい地上の誰が想像できようか。

遊牧民の末たる北方諸侯や騎兵を飼うに適したる東方諸侯でさえ、徒士と騎兵の比率は1対3。

中原に至っては、正規軍団ですら騎兵1に徒士12の比率であった。


加えて、いかな騎士といえども1年を通して鍛錬をする者など極めて少数であった。

対するこの騎馬民族は、生まれたる時より馬と共にあり、生きる為に弓を射って日々を過ごす。

即ち、生活がこれ精強な騎士を形作る鍛錬となり、集団の一員として行動せしめんとする軍事教練なのだ。


王国暦17年にモディナ朝の王都ウルカンが陥落。600里離れたる西方諸国にもその名を響かせていた富強の大国は、タラン・ウルスの侵入よりわずか4ヶ月で滅亡したと言われている。


王国暦21年には、精強を誇っていたガザン騎士団領が滅亡。

タラン・ウルスの僅か騎兵5万に、5万の騎士と兵卒20万人が蹂躙されたと言われている。


大陸に名だたる列国が鎧袖一触。次々と粉砕され、馬蹄に踏み砕かれ、王国暦23年。遂にタラン・ウルスが、王国にまで押し寄せてきた。


北部諸侯は、この鋭鋒と真正面から当たる愚を避け、強固な城壁に籠って門を閉ざし、王国寄りの援軍を待つ構えを取った。


この時、王国各地より北部への援軍に向かいたる諸侯軍の一翼をトゥーレ伯マルセルが担い、東部軍の中には若きアレクサ・バルクホルンの姿も在った。



王国暦26年 11月 

北ガリシア地方 セダンの野にて叛徒たるアレクサ・バルクホルンと、王家の藩屏トゥーレ伯マルセルの軍勢が衝突していた。


アレクサの奇襲を受けたトゥーレ伯の第一陣2000は、陣形を整える間もなく一瞬で粉砕された。

アレクサ勢は500であったが、全てが騎兵。進軍中の歩兵が奇襲を受け持ち応えられよう筈もない。


「我が道を開けよ!」

血の汗を流す馬を駆ったアレクサが、颶風のように戦場を駆けぬけた。

手にした方天画戟を左右に振り回すたび3人、4人と麦の穂を刈るように兵が命を散らしていった。

トゥーレ勢は、アレクサが剣風に近づく事すら許されぬ。

当たるを幸いに手足を両断され、肉と骨を断ち割られて、悲鳴と共に血飛沫が大地を濡らし、慟哭が地を揺らした。

鎖帷子や板金鎧ですら、紙きれも同然に断ち割られ、屈強のもののふの太腕も、細い枯れ枝のように肉や骨ごと弾けとんだ。


アレクサが槍衾を断ち割り、付き従う漆黒の500騎が槍を突き出せば、そのたびに20、30と頭をかち割られ、喉を穿たれ、臓物をまき散らして兵は死んでいく。


その頃、トゥレー伯本陣においては、東西より各々2000騎の騎馬集団を現し、両翼を固める第7、第9陣に襲い掛かってきていた。

「第7陣ヴァシニー伯より伝令!敵将は、隻眼のドレー!

 攻撃が激しく、本陣への援護は困難とのこと!」

「もう一つはクリスティナだな。東部諸侯は、相変わらず人材が豊富で羨ましい」

伝令に頷きつつ、トゥレー伯はそう嘯いた

「構わん。負けなければ、それでいい。それよりも後方の部隊に合流を急げと伝えろ。

 時間との勝負だ」

ほぼ同時に奇襲を知らせる角笛の音が南より鳴り響いていた。

「だ、第1陣が敵の攻撃を受けて壊滅しつつあり!

 ソアソン将軍は、ただちに増援を乞うとのことです」


アレクサが来たな、と確信を持ってトゥーレ伯が肯いた。

「直ちに援軍を出す。第2陣、第3陣が辿り着くまで持ち場を死守せよと伝えろ」

第1陣は、持ち応えられぬだろう。アレクサの統率と豪勇はよく知っている。

ソアソン将軍の第1陣は、いわば捨て駒であった。

アレクサを相手に廻せば、初めに襲われた部隊は絶対に助けられぬ。

勝負は、第2陣からであった。


此れも勝てはせぬであろうが、統制の取れた槍襖とクロスボウを相手に、如何なアレクサと言えども無傷で済もう筈がない。

第3陣、第4陣にて波状攻撃を仕掛け、絶えず新手をぶつけることで疲労と消耗を図り、アレクサの戦力を削り取っていく。此れしか思いつかない。


アレクサの嗅覚は異常であり、仕掛けても罠の匂いを嗅ぎつければ素早く撤退する。

逃げ足の早さも、また飛び抜けている。

ここぞという場では驚くほどに豪胆でありながら、同時に極めて慎重であり用心深くもある。

大軍を持って少しずつ消耗させる。己の将器でアレクサを倒すには、其れしかない。

甚大な被害を受けることとなろうが、時間と共に中原の南方や西方からも増援が訪れよう。


「本陣を除いた全軍を前進させろ!」

トゥーレ伯が命令を下した直後、角笛の音が二重に鳴り響いてきた。

「もう突破されたか!アレクサめ。あの頃よりさらに強くなっている」

改めて気を引き締めたトゥーレ伯の耳に、角笛の音が更にもう一つ響いてきた。

「……兵を分けたか?だが、逆に言えばアレクサの兵を拘束できるか」

脳裏に図面を広げたトゥーレ伯の耳に、程なく4つ目の角笛が届き、ほぼ同時に5つ目の角笛が前方より鳴り響いてきた。

「どういう事だ?騎兵のほぼ全てを此方に引き連れてきたか?

 だが、其れほどの数。末端よりも、集中させて本陣を……なにを考えている」

 分散したアレクサの軍勢が、各々部隊を拘束すべく奇襲をかけてきたのか。

 或いは、攪乱の為、偽の角笛を吹き鳴らしているか。

 トゥーレ伯は迷わず、陣形を整えつつ、後背との合流を待つ為に伝令を飛ばすも、全身を汗に濡らした騎馬伝令が飛び込んできたのは、程なくであった。

「第3陣潰滅!ギーズ公が戦死!」

精兵を預けた歴戦の将の戦死にトゥーレ伯が顔を顰めた。

「……なに?敵将は何者か!」

トゥーレ伯の問いかけに、喚くように答えた。

「アレクサです!」


先鋒第1陣より半里(2キロ)を置いて行進していたトゥーレ第2陣4000であったが、間をおかずに突撃したアレクサによって、陣形を整える間もなく粉砕された。


其の儘、第3陣へとアレクサは突撃する。

前方に兵が集結し、14フィート(4メートル)の槍を持って槍衾を構築しつつあった。

だが、まだ完全ではない。


アレクサが愛馬風王の腹を太腿で軽く蹴った。

ぐん、と加速する風王に、いずれ劣らぬ馬術の達者である黒騎兵も置いていかれる。

一騎駆けだ。

漆黒の騎馬の軍勢より突出したアレクサ目掛け、クロスボウが次々と発射されるも、まるで当たらぬ。

大気の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしたアレクサが腕を伸ばしてやや離れた位置を飛んでいたボルトを掴みとり、足に取り付けたクロスボウの弦を指で引いた。


一際、気焔を立ち昇らせている手強そうな騎士に狙いを定め、無造作に射る。

槍衾の後ろ。軍旗の真下にいた羽根飾りを付けた騎士が崩れ落ち、周囲から叫びが上がった。

「ギーズ公が!」

「取り乱すな!撃ち続けろ!槍衾!」

アレクサが長大な方天画戟を構えた。槍衾が迫る。アレクサが方天画戟を振るう。

光が奔った。


唸りを上げた穂先が抵抗なく槍や盾をすり抜けた。片刃の鉈の部分に両断された臓物が滝のように地面に零れ落ち、反対側の斧で薙がれた騎兵の手足がバラバラと空に舞った。

槍衾の一角が崩れ、そこに漆黒の騎兵隊が突撃した。


ジークフリートとの死闘を制して以来、アレクサは己の力を完全に制御においていた。

今までは、なんと無駄な力を撒き散らしていたのかと、己の未熟さを思い起こそうとするも、しかし、理解できなくなっていた。

成長した人間が、体の動かぬ赤子であった頃の記憶をろくに覚えていないように、現在の肉体と力がもたらす膨大な記録が忽ちに、未熟であった時の過去の肉体の記憶を塗り潰し、押し流していったのだ。

それはまるで蛹を脱皮した蝶がすぐに肉体の使い方を理解するかのような急激な変化であった。


元より、人中の龍と称されし勇将であったが、もはや人の子とも思えぬ。

重さ40斤(24キロ)。常人には振り回すことさえ困難な方天画戟を軽々と振るいながら、暴威をまき散らす。

或いは、ただ単純な武によって、一軍をも相手取れるやもしれぬ。

人を越えた豪勇を振るいながら、しかし、アレクサは基本、単騎では動かぬ。

同じ漆黒の鎧を身に着けた親衛隊に影のように紛れ込む。

500の騎士がすれ違いざまに揃って槍を突き出した。

二度、三度とすれ違う。首を薙がれた兵の数は、数百では効かぬだろう。


汗血馬を駆るアレクサも、また隊列に方天画戟を叩きつけていた。

先端は人の知覚を越えたのやも知れぬ。

ぴゃんと言う奇怪な破裂音と共に、アレクサの一撃を受けた騎士が文字通りに爆散した。

其の儘、隊列の前を一秒足らずで駆け抜けたアレクサの、薙ぎ払った穂先が前列の二十人と、その背後の三、四十人を纏めて両断していた。


それを目にした兵たちは、もはや戦えなかった。

「ああ、神さま!神さまぁ!」

「あああ!おら、死にたくねえ!」

地上の何者がこのような魔人に抗しえようか。

武具を投げ捨て、悲鳴を上げながら四分五裂して逃げ惑っていく。

指揮は崩壊し、士気も吹き飛んでいた。

短時間での再集結は愚か、二度と再び戦場へと出れるかさえ疑わしい。

「第3陣を抜きましたぞ!」

部下の声に、勝利を確信したアレクサが肯いた。

第4陣から第6陣までは、ほぼ同時に500騎の奇襲を受け、攪乱されていた。




本陣にて堅陣を構えたトゥーレ伯の元には、その後も間をおかず伝令が次々と駆け込んできた。

「敵襲!第6陣が敵の騎兵500の襲撃を受けています。

 堅陣を維持しつつ、前衛への応援に赴くとのこと」

「第2陣潰滅!カンタン子爵討死!敵将はアレクサです!」

「アレクサに第4陣が突破されました!デルシー卿も討死!」

「第5陣よりメンヌヴレ伯が援軍の要請!敵将はアレクサとのこと!」

先に抜かれたる第2陣の伝令が、後から抜かれた第3陣の伝令より遅れてくることが、先鋒部隊の混乱と被害を物語っていた。


アレクサ・バルクホルンが近づいてくる。

「えひぃ!えひぃ!えひひぃ!」

錯乱している王都の女書記官。

「なんと言うことじゃ!なんと言うことじゃ!」

耄碌したのか、同じ言葉を繰り返す王軍の老騎士。

苦笑したトゥーレ伯が、王家の軍監ヴェーシル卿を呼びつけた。

「君らは逃げたまえ。此処はもうじき戦場になる」

蒼白な顔色で肯いている軍監に穏やかに言ってから、配下の騎士に尋ねた。

「第10陣は、どうしたかな?」

「後方は、敵の騎兵2000に遮断されました。

 連中は油を撒き、炎と煙の壁を構築した為に我が方は突破できずにおります」

「ああ、いい手だな。此方もそれを使えばよかったか」

 呟いたトゥーレ伯は、おかしそうに笑った。

「……アレクサの力は、良く知っている。

 或いは、此の7段構えの備えを突破して本陣にたどり着くかも知れない。

 そう思っていたが……君は本当にアレクサか」


3年前とは竜と虎ほども違う武威を纏っている友人へと問いかけた。

陣を真っ直ぐに断ち割り、敵将の目の前にたどり着いたアレクサが血塗れの鎧姿で鼻を鳴らす。

「……ふっ、いい女になり過ぎて見違えたか?マルセル」

トゥーレ伯が肩を竦める。

「君は意外と吝だからな。油を撒くなんて手を使うとは信じられん」

「……バウアーの独断だな。奴め。勿体ない事を」

アレクサが渋面となって吐き捨てた。





13 ラッパの音で前進中


12 ラッパの音で前進中


11 ラッパの音で前進中


10 ラッパの音で前進中


バウアー2000騎が遮断 時間稼ぎ


     9 ←フェーベル2000騎が矢で拘束


  8本隊 


7←ドレー2000騎が矢で拘束


6△ 500騎に牽制されてる


5× 500騎に牽制されている処をアレクサが襲撃。


4× 500騎に牽制されてる横合いをアレクサにぶち抜かれた。


3×陣形を整える前に、アレクサ500にぶち抜かれた。


2×陣形を整える前に、アレクサ500にぶち抜かれた。


1×奇襲を受けて、アレクサ500にぶち抜かれた。



この世界の歴史 東の果て


騎馬民族 おかしら、南の都市を鏖て牧草地にしましょうぜ。

ハーン  おっ、いい考えやな!彡(^)(^)

都市住民 やめちくりぃ

耶律楚材はいなかったんやなー



※兵力は集中して運用すべし、って考えるかもしれんけど、

一撃で主将や司令部が刈り取られてしまった場合、大軍が収拾のつかん混乱に陥るんは、現在の軍隊ですら、避けられんでー


だから、指揮系統の一本化も、兵力の集中と分散も、時と場合に拠ります。

他のも諸侯の自前の軍隊だったりとか、事情もあります。

なんで、突っ込まれる前に予防線を張っておく。


なんちゃって戦記物語やから!

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