いつの日か。 ~クリスマスのチカチカ編~
「ねぇ、パパ」
「なんだい? ママ」
「来年も、このチカチカ光る我が家のちっちゃなイルミネーション。見られるかしら」
「当然だろう?」
「ふふ……そうね」
※
今日は、十二月二十四日。クリスマスイブ。僕は、小学六年生。冬休みに入ってすぐに、一年の中でビックイベントがやってきた。もう、「サンタクロース」を信じているような年ではなかったけれども、まだ、ちっちゃな弟。七海は保育園で「サンタクロース」の絵本を読んでもらったみたいで、さっきからずーっと、窓の外を見ている。
「七海。外見ててもサンタさんは来ないよ」
「くるのー」
「……」
サンタクロースの夢を壊すのはよくない。それは分かっている。だから僕は、言葉を探した。この季節、この時間。窓際は外からの冷たい空気でとても寒い。風邪をひいてはいけないと思ったんだ。
「ほら、七海。サンタさんは夜寝ないと来ないんだ。起きていたら、びっくりしちゃうだろう?」
「う?」
「サンタさんはね、恥ずかしがり屋なんだ。だから、子どもたちが眠っているときに、そっと枕もとに来てくれるんだよ」
僕はコタツでぬくぬくとみかんの皮を剥きながら、そう伝えた。
パパは、仕事が遅くなるとさっき電話があった。先にご飯を食べていて欲しいとのこと。クリスマスくらい、一緒に食べたいって思うのに。大人は相変わらずそうはいかないみたいだ。
「七海、お腹空いた? パパがね、宅配ピザをとっていいって。どうする?」
「ななね、おなかすいたのー」
「空いたね。もう、七時過ぎたもんね」
僕は壁にかけてある時計に目を向けた。だいたい、七時半に夕飯を食べる習慣になっている為、もうお腹はぺこぺこだった。
それでも、パパと一緒にあったかいごはんが食べたくて……僕は、待っていたかった。
「なな、おなかしゅいた」
「うん……うん、そうだね。頼もうか」
ガチャガチャ!
「!」
そのとき、玄関の鍵を回す音が聞こえた。僕はハッとして、急いでコタツから抜け出すと、玄関まで走った。
七海は、ぽかんと目を開けていたけれども、僕の様子を見て後ろからとてとてと歩いてついてきた。
「サンタしゃん」
「違うよ、パパだよ!」
玄関ドアが開くと、寒そうにコートを着て、マフラーを巻いたパパの姿があった。頭や起毛コートに、白いふわふわしたものが乗っている。
「ただいま、誠也。七海」
「パパ、遅くなるんじゃなかったの?」
「あぁ、急いで片付けて来た」
靴ベラを使って革靴を脱ぐと、パパは僕に箱を渡した。商店街で売っているケーキ屋さんの包み紙でくるまっている。
「パパ、これ……」
「ん? ケーキだよ。クリスマスケーキ。やっぱり、クリスマスには、欠かせないだろう?」
「パパ……」
「あ、そうそう。ちゃんとシャンメリーも買ってきた。七海も飲めるよな? これ」
買い物袋から出て来たのは、子どもアニメの絵柄の包装紙にくるまれた、ピンク色のシャンメリーのビンだった。
「夕飯はピザ、取ったか?」
次々とクリスマスらしさが訪れ、惚けていると、パパの言葉に僕はそういえばと夕飯のことを思い出した。
「今から取ろうと思っていたんだ」
「今から? もう、夕飯の時間だろう? 待っていてくれたのか?」
「うん」
僕が頷くと、パパはにこっと嬉しそうな顔をした。そして、僕の頭を撫で、七海をよいしょっと抱き上げた。
「七海も、ありがとうな。お腹空いただろう? 何か食べに行くか?」
外食なんて、滅多にない。僕は一瞬、外で食べたいと思った。でも、やっぱりここまでクリスマスの準備が整ったのだから、家であったかい家族の時間を過ごしたいと思ったんだ。
「家で食べよう? パパ。あ、そうだ」
「ん?」
「クリスマスツリー。朝から、七海と一緒に出して飾ったんだ。毎年、ママが出してくれてたでしょ?」
「……ツリーを? ふたりで出してくれたのか?」
パパはまた、嬉しそうな顔をする。七海を抱き上げたまま、居間に入ると、窓際でチカチカと電飾を光らせる白色のツリーを目にした。
「本当だ。綺麗だな……誠也、七海。ありがとう。今年は忙しくて、出せないかと思っていたんだ」
パパは、ツリーのてっぺんに飾られた星をツンツンとつっつき、そこにつるしてある季節違いの「短冊」に気づいた。
「なんだ?」
パパはその短冊を目にして、一瞬表情を止めた。
ママが元気になりますように。
「……プレゼントとか、要らないんだ」
「誠也?」
「ママにも、このツリー見て欲しかった」
「写真」
「?」
「写真、撮ろうか。ママに明日、見せに行こう? 明日はパパも、休みなんだ」
「ほんとう!?」
「あぁ」
パパは、戸棚の中からデジタルカメラを取り出すと、七海を僕に預けてカメラを向けた。それを見て僕は、三脚があったことを思い出す。
「パパも入ろうよ! セルフタイマーで撮ればいいじゃない」
「……そうか? うん、そうだな。じゃあ、準備するから」
今度は物置から三脚を引っ張り出し、カメラをそこに固定する。すると、微調整をしてからセルフタイマーモードにし、僕と七海の立ち位置と、パパ自身の場所を決める。
「いいか? 十秒でシャッター切れるからな?」
「うん!」
「あぃ!」
七海はきっと、よくわかっていないと思う。それでも、構わないと思って僕はにっこり笑顔を浮かべた。
「よーし、せーの!」
ジー……チッチッチ…………カシャ!
「撮れた?」
僕はパパの顔を見上げた。するとパパは、口元に笑みを浮かべてカメラを確認しにいった。
「うん、ちゃんと撮れてる。ほら」
パパがカメラの画像を僕と七海にも見えるようにしてくれた。
綺麗な電飾に、笑顔のパパと七海……そして、僕。
「あ、しまった。先にピザ注文しておけばよかったな。今からだと、かなり時間かかるぞ?」
「いいんじゃない? 聖夜はこれからなんだから」
「誠也は我慢できても……七海、お腹空いただろう?」
「あぃ!」
返事だけはいい。でも、やっぱり七海はよくわかっていないんだと思う。
「仕方ない。簡単なものを作るか。何かあったか?」
「パパ、鍋にしたら? 野菜はいっぱいあるよ? あ、ほら。冷凍していたばら肉もあるから」
「クリスマスに鍋か? 風情がないなぁ」
「ピザだって、似たようなものだよ」
けらけらと笑って、僕は冷凍庫から肉を取り出した。
「鍋の素はあるからな。よし、風情なくても鍋にするか! 七海、ちょっと待ってろよ?」
「あぃ!」
返事の良さのありがたさ。パパと僕はくすくす笑いながら、みそちゃんこ鍋の準備をはじめた。
七海は「ぶーぶーしゃ」と、車のおもちゃで遊んでいる。機嫌がいいうちに、鍋を完成させるのが、今のパパと僕の任務だ。
「ねぇ、パパ」
「ん? なんだ?」
「明日、ママのところに行くなら、僕も行きたい」
「あぁ、七海も連れて行こうと思ってるよ。クリスマスを、ママも一緒に過ごしたいと思っているはずだからさ」
「うん!」
僕は嬉しくなって、夕食の準備をした。
その夜中。
僕たちは、一階の和室で川の字になって眠っていた。なかなか眠れない中、パパがごそごそしていることに気づいた。パパが、「サンタクロース」に変身していることが分かったから、僕は気づいていないフリをして、目を閉じたまま時間の経過を待った。
そうしているうちに、不思議と眠気が来て朝まで寝てしまった。
朝、目を開けると外は一面雪景色。
僕と七海の枕元には、たくさんのお菓子の袋と、プレゼントの山が出来ていた。
「サンタしゃんなのー!」
七海が喜んだのは、言うまでもない。
ただ、サンタさんを生で見られなかったことが残念だったみたいで、パパに散々「サンタさんはどこいったの?」って、ついて回っていた。
サンタクロースは、信じている限り。一年に一度とっても身近から現れるのかもしれない。
僕のうちに、ちっちゃな電飾チカチカイルミネーションは、今日も綺麗に輝いてます。
こんにちは、小田です。メリークリスマス。
チカチカ。
我が家の小さなイルミネーションは、小田のママの残した手紙からの一文。
ママはきっと、空の上からこれを見ている。ママもきっと、一緒にクリスマスを楽しんでいるはず。
今年のクリスマスは、三回忌でもらったお菓子があるから、ケーキは買わなくていいとパパ。小田も、まぁ、いっか……と、思っていた。でも、この話を書きはじめて、やっぱり「ケーキ」とか、「シャンメリー」とか。クリスマスらしいものが欲しいって、思っちゃったんですよね。
だから、買ってきましたよ。ケーキ。九個も(笑)
ふたりで暮らしているのに、どれだけ買ってきたんだか。
いえ、明日になったらふたり、お客さん来るから、四人で九個か。うん。いい感じ。もう一個買ってきたらよかった。
昨年は、カガリとルシエルさまのクリスマス物語を描いたんですよね。一年が経つのって、すっごく早いなって思いました。
絵を描こうとも思いましたが、なんとなく気のりしなくて。だから、この「いつの日か。」の番外編としました。誠也がまだ、小学生だったとき。七海は一歳かな?
クリスマスに「鍋」な片瀬家。
アットホームな感じに出来上がっていたらいいな。 2016.12.24