それは、心を折る物語
男は、とある王国の兵士だった。
自らが魔女でないことに多少驚きつつも、兵士は人魚姫を救うために行動をはじめようとする。
しかし、王子が連れてきた人魚姫は声を失ってはいなかった。
明るく朗らかな人魚姫は、誰にでも優しく接し、すぐに城中の人気を集めることとなる。
さらに、人魚姫の歌声はこれまでのどの宮廷詩人よりもすばらしいもので、その評判は国中に広がっていく。
やがて、王子を救ったことも相まって、人魚姫と王子は国中から祝福される婚約者となる。
世界の流れは、そんな風に変わっていた。
兵士は、幾千幾万と人魚姫が愛し愛される世界を見た。
はじめのうちは、兵士も人魚姫と王子との仲を祝福していた。
しかし、繰り返される時の流れは、只人の身には有り余る物。
兵士が見るどの世界の人魚姫も言葉を喋り、歌を唄い、何の気負いもなく王子と結婚していく。
それは、人魚姫を救うため幾度となく世界を繰り返し、ようやく海に浸かることでのみ声を取り戻すことができた兵士の努力を無に帰すような世界達。
その世界達は、兵士の心を押し潰していく。
やがて、繰り返した世界の数が二万を越えた時から、その国の兵士が一人、必ず自殺するようになった。
終わりを求めて兵士は命を絶つ。
しかし、その次にはまた次の人生が始まってしまっている。
あの自称神との会話以来、世界が始まるたびに胸元に置いてあるナイフ。
兵士はそのナイフへ手を伸ばす。
平和な王国の城の中、一人の兵士が人魚姫を呼び止めた。
人魚姫は優しげな笑顔で近づいていく。
兵士は、近づいてきた人魚姫に懐に忍ばせていたナイフを突き出した。