火元に備えて毒水を
「ちょ、攫われたって……そもそもアルスって誰よ!」
「このキメラを作った錬金術師です」
「コカナシちゃんは大丈夫なんでしょうね!」
「今は、まだ」
アルスにとってもコカナシは大切であるはず、ならばすぐに何かしたりはしないだろう。
「何処に行ったの!」
「あっちの方ですけど……何処に向かったかはわかりません」
答えながら錬金の準備を始める。
「こんな時に何してるの」
「もし追いついたとしてもアルスの周りには数匹のネズミキメラがいます。それとアルス本人を封じるための毒を作ります」
「そんなもの作れるの?」
「麻酔薬の応用です。それに薬も本質は毒です」
この論は受け売りだが間違ってはいない。
薬は菌などを殺す毒。用法などを間違えれば人間にも毒となる。
その仕組みさえ分かっていれば毒を作るのなんて簡単だ。俺はそこまで詳しくはないから麻酔薬を応用するのだけど。
麻酔薬はいつも救急箱に入れて持ち歩いている。怪我人がその痛みに騒いで体力を失わないように必要なのだという。
この麻酔薬を少しだけ、ほんの少しだけ効力を高めてこれを毒とする。
「じゃあコレ使って」
セルロースさんがカバンから取り出したのは補修された錬金術用コート。
「まだ色々途中だからアルカロイドに戻ったらまたあたしに渡して」
「ありがとうございます」
コートに袖を通す。今回の錬金は簡単なものだ。
「すぐ終わらせます」
赤子が泣き止んで蓋を取る。問題なく毒は完成した。
「……どうですか?」
「ダメね、やっぱり出ないわ」
錬金している間セルロースさんのPHSでコカナシに連絡をとってもらっていたのだが……やはり無理だったようだ。
「足で探すしかないですね」
*
探すこと数十分。コカナシはまだ見つかっていない。
目の前には線路が、その周りは大きなフェンスに囲まれていて入れないようになっている。
線路は随分と先まで広がっているようだ。
「まるでベルリンの壁だな」
「タカ君!」
セルロースさんがコカナシのPHSを拾った。どうやらここを通ったことは間違いないようだ。
「コカナシ……どこにいるんだ」
しばらくの沈黙を破ったのは近くを通った電車。電車の後を追いかける風がこんがらがった思考を持ち去って行った。
「……アルスだ」
そう、いままでコカナシの事ばかり考えていてアルスの事を忘れていた。
PHSを取り出して番号を打ち込む。
「コカナシちゃんのならここにあるわよ」
「分かっています」
だから……俺はアルスに電話をかけた。アルスには番号を伝えていないから俺とは分からない筈だ。
数回のコールの後、繋がる音がした。
『……アルス・マグナ』
「どこにいる」
『誰だ』
「…………」
ここで答えたら切られてしまうかもしれない。幸い元の世界のスマートフォンよりも性能は低いから声が分かりにくいのかもしれない。
とりあえず話を繋いで……もしアルスがあの近くにいるのなら……
「匿名で頼みたい」
『要件は』
「…………」
先生か未開錬金術の話で場を持たせようとした時、横を電車が通り過ぎて行った。
もう話を繋ぐ必要は無い。俺は耳を澄ませて向こうの音を聞く。
『どうし……』
少しの間の後に発したアルスの声が電車の音でかき消された。
電話を切って電車の行った方を見る。少し距離はあるが追いつけない程ではないだろう。
「アルスはあっちの方、線路の近くにいます」




