ローラ嬢の婚約相手
「……迷った」
なんだこの豪邸の広さ。俺が泊まる部屋はどれだ。
どこがどこだかわからない上に部屋に書いてある文字は俺の読めない。この世界の国際共通言語……俺の世界でいうと英語といった感じだ。
公共施設やキリーさんの資料は『ネ語』で書かれていたから何とかなっていたが……試験が無事終わったら言語も学ばないといけないかもしれない。
どこだかわからない以上不用意に開けることもできない。
「戻った方がいいか……?」
「素晴らしいワインを仕入れたのですが、どうですかな」
呟きに被さってきたのは男の人の声、開いていた扉の隙間から覗いてみるとローラさんと小太りの男の人がいた。あれが婚約相手とかいうやつだろうか。
「お酒はまだ嗜みません」
「そうか、ならば珈琲にしようか。砂糖とミルクは?」
「砂糖は二つ、ミルクはいりません」
「そうか、さっそく入れようじゃないか。僕は自分で挽いて飲む派なのですよ」
「そう、それは楽しみですね」
「もっと心を開いてくれてもいいのですがね。婚約者なんですから」
男の言う通りローラさんはコカナシやヴァルクールさんと話す時とは違い、なんというか外用の話し方のようだ。
「……もどろうかな」
また呟いて扉を閉めようとしたらローラさんと目が合った。
「……………………」
なんかすごい見てくる。なんなんだ。
少しの間意味を考えているとしびれを切らしたようにローラさんが手招きをした。
「ああ、なるほど」
小さく咳払いをして男が帰ってくる前に部屋に入る。
奥の部屋で珈琲を作っている男に聞こえるような声を出す。
「ローラさん。ちょうどよかったです」
ローラさんは少し驚いたような演技をする。
「あら、どうしたのかしら」
「えーっと、部屋が分からなくなってしまって」
「その人は誰ですかな」
男がコーヒーミルを持って戻ってきた。
「こちらは客人です」
超簡易的に紹介された俺は頭を下げる。
「男の客人……行商人には見えませんが」
「この人に特に用事があるわけではありませんわ。本命はこの人の従者です」
「そうですか。ならいいのですが」
なんかすごい睨まれてる……悪い虫とかじゃないんだけどな。
「で、迷ってしまったのね」
脈絡もなくローラさんは話を戻した。
「えっと、はい」
「じゃあ誰かおよびいたしますわ」
ローラさんは部屋の端にあったトランシーバーのようなものを使って連絡を取り始めた。
「僕はショウと言う、よろしく頼むよ。砂糖は好みで入れたまえ」
ショウさんから渡された珈琲に幾つか砂糖を入れてかき混ぜて俺も簡単な自己紹介をした。
「ほう、錬金薬学師。軽度ならば量産している薬で、重度ならば手術を施す方が効率がいいと聞いている」
「まあ、そうですね」
「ならなぜそんなモノを学ぶ? どちらにしろ資格は同じなのだから普通の薬剤師になればいい」
智乃を救うには現状錬金術しか方法がない。それが答えなのだが……
「今は効率の悪い錬金薬学ですけど……研究を重ねれば現代薬学も追い越せると思うんです。ただ研究者が少なくて遅れているだけです」
俺は無意識にそう言っていた。いつだったか先生が言っていた受け売りだ。
「……ほう。面白い」
ショウさんがそう呟くと同時に扉が開いた
「タカ……何をしているのですか? 資格勉強はどうしたのですか?」
入ってきたのは恐ろしい笑顔を浮かべたコカナシ。穏やかな口調が余計に怖さを増幅させる。
「ま、迷ったんだよ……」
「問答無用です。これで殴ってやりましょうか」
そう言って近くに鉢に植えてある紫色の葉をした木を持つコカナシを見て俺は土下座をする。スライディング土下座である
「本当にすいません! ご足労ありがとうございます!」
「さっきまで感じた強い意志の欠片も見えないな……」
情けない俺の姿を見てショウさんはそう言ってため息をついた。