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錬金薬学のすすめ  作者: ナガカタサンゴウ
第一部・異世界へすすめ
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錬金薬学との邂逅

「う、おおおお!?」

 次の瞬間、俺は空にいた。正確には木の上の渦巻く白から出てきた。

「ふげっ」

 情けない声を出して地面に叩きつけられる。

 立ち上がろうとしたがうまくいかない。どうやら落ちた衝撃で腰を痛めてしまったらしい。

「だ、誰か救急車を」

 うつ伏せのままそこに誰かがいる事を祈って手を伸ばすと誰かの手を掴めた。よかった、人がいたようだ。

「すいません、びょうい……うわぁぁぁぁ!」

 掴んだ手は地面から生えていた。驚いて振り払おうとするが、指が絡んで離れない。

 半ばパニック状態で手を上にやると地面から生えていた手が抜けた。

 手、だけだ。その先に腕があるわけでも人がいるわけでも……

「ん?」

 よく見てみるとその手は茶色だった。と、いうか手じゃない。手の形に似た何かだ。

「キノコ……かな」

 手触りとか見た感じはキノコ、匂いは土の匂い。木の下に生えてたしキノコだろう。

 土に生えたキノコ? 俺は室内にいた筈じゃ無かったか?

 顔を上げて周囲を見渡す。木、見渡す限りの木。どうやら森の中らしい。

 手入れをされている様子も無い。何が起きているのかはわからないが、とりあえずは人のいる場所へ向かおう。

 この歳になってほふく前進をする事になるとは。心の中で溜息をついて手を前にのば……せない。

 力が入らないというか痺れてるというか……とにかく手が動かせない。

 おまけに視界がボヤけ、意識が朦朧としてくる。

「まさか」

 毒キノコ。出そうとした声は口から出ずに喉で鳴る。誰か、助けてくれ。

「こんな虫の多いところで砂まみれの人が倒れていますよ。虫の気持ちになっているのでしょうか」

 後ろの方から声が聞こえた。振り向こうにも身体は痺れているし助けを呼ぶ為の声もでない。

「それはないだろ……ん? こいつまさかハンドテダケの胞子を吸ったのか」

「どうやらそのようです」

「馬鹿かこいつ」

 呆れたような罵倒を受けたのを最後に、俺は意識を手放した。


 *


 目を開けると見えたのは見慣れない天井。意識の覚醒と共に薬のような匂いを感じた。

「ようやくお目覚めか」

 後ろから聞こえた声に振り向く。

 綺麗な銀髪のショートヘア。歳も性別も判別しにくい人が椅子に座っていた。

 縁なしのメガネの奥にある細い目が俺の身体を舐め回すように見る。

「うむ、異常は無いようだな」

「えっと」

「倒れていた所を助けて治療までしてやったのに礼も無しか?」

 そういえば腰の痛みが殆どない。身体の痺れも無いようだ。

「あ、ありがとうございます」

 ベッドから降りて床に足をつける。立ち上がると同時に左足が痛む。

「ん? 足も捻っていたのか。ちょっと待ってろ」

 銀髪の人は近くにあった棚から幾つかの植物を取り出した。

 銀髪の人はそれを緑色の液体が入ったビーカーに入れ、近くの瓶の中にある何かの粉を数種類入れて少し混ぜて蓋をする。

「少し離れていろよ」

 銀髪の人がビーカーに手を当てると液体が淡く光りだす。

 液体が渦巻くと共にビーカーから光の粒が漏れ、液体が少しずつ減っていく。

 手を離すと同時に光の粒が渦巻きを作り、中身が見えなくなる。

「完璧だ」

 銀髪の人が呟くと同時に光の粒が辺りに拡散した。

 中に残っていたのは緑色をしたペースト状の物。銀髪の人はそれを大きめの葉に塗り込む。

「ほら、足をだせ」

 言われた通り足を出すとその葉を足首に巻きつけられた。うわ、なんか生ぬるい。

「即効性はない。しばらく貼っておけ」

「あ、ありがとうございます。えっと」

 視線を受けた銀髪の人は俺の意図を読み取ったようで、胸に手を当てる。

「ワタシの名前はキミア・G・プローションだ。キミアで構わない」

 キミアが視線を投げ返してくる。今度は俺の番だ。

「俺は御内隆也です」

「オナイ・タカヤか」

 なんだか発音が違うけど。ああ、そっか。

「正確にはタカヤ・オナイになります」

「ほう。ならばタカヤでいいのだな」

 俺は頷いて口を開く。

「あの」

 投げかけようとした質問は開いた扉の音に遮られる。

「キミア様、これはどうしましょう?」

 入ってきたのはメイド服のような軍服のような服装をした少女。赤と黒が混じったような綺麗な色の髪をしている。

 キミアが少女を指す。

「こいつはコカナシ・プローション。ワタシの家族だ」

「ただのコカナシです。呼び方はなんとでも」

 頭を下げたコカナシ。彼女の右腕には見覚えのあるポッドが担がれていた。

「そ、それって」

「ん? やはりお前の物だったか。なんだこれは?」

 キミアが合図を出してコカナシがポッドを降ろす。

「智乃!」

 転けそうになりながらも駆け寄って窓を透明にするボタンを押す。

 透明になった窓からは数年前から変わらない姿のトモ……じゃない、智乃が見えた。

「よかった」

「で、それはなんなんだ?」

「えっとですね」

 俺は智乃の状態について説明した。

「ほう、冷凍保存か」

 キミアが呟いて椅子に戻る。

「興味深い。興味深いが……先にお前の治療だな」

「え?」

「その腰はまだ痛みを感じにくくしているだけだ。今更だがヘタに動かすなよ」

 本当に今更だな。

 キミアがまたビーカーの中に液体と植物などを入れる。それに蓋をして手を置き……そうだ、俺はそれについても聞こうとしていたんだった。

「あの、それは」

「ん?」

 不機嫌そうな顔でこちらを見たキミアに疑問を投げかける。

「その、それは何を」

「……コカナシ」

 キミアの合図にコカナシが反応して俺の前に立つ。

「あれは錬金薬学というものです」

「錬金薬学?」

「はい。錬金術を応用した薬学です」

 錬金術? 錬金薬学? まるでファンタジーの世界だ。

「効き目は良いが生産性が低い。リスクも高いからあまり浸透していない医学だから知らなくても無理はない」

 いつの間にか薬を作り上げていたキミアがさっきと似たペースト状の入ったビーカーを持って歩いてくる。

 それを受け取ったコカナシが前触れ無しに俺をベッドに倒し、腰周辺にそのペースト状を塗り出す。

 背中にこそばゆさを感じていると、今度はキミアが質問をしてきた。

「お前、どうしてあんなポッドを持ってあの森にいたんだ? ハンドテダケを知らないって事は採取しに来たわけじゃないだろ?」

「いや、いきなり黒い渦に飲まれて、白い渦から吐き出されたらあの場所に落ちて」

「…………」

 二人揃って可哀想な物を見る目で見ないでほしい。俺も変な事を言っているのはわかってるんだ。

「じゃあ質問を変える。元々は何処にいた」

「大阪の大きい病院です」

「オオサカ?」

「大阪です。近畿の大阪府」

「キンキ……オオサカ……わかるか?」

 ふられたコカナシは首を横に振る。

 そういえばこの二人の名前は日本のモノでは無い。日本に住む外国人だと思っていたが違うようだ。

「日本、国は日本だ」

 キミアは怪訝な顔をする。

「ニホン、そんな国は知らんぞ」

「えっ」

「ニホン……二本?」

 コカナシが可愛らしく首をかしげた。


 *


「なるほど、わかりたくないが……わかった」

 色々質問を重ねた結果、どうやらここは俺のいた世界とは別の世界だということがわかった。

 昔小説で読んだ異世界トリップというやつらしい。

 どうにも受け入れ難い事だが現実なのだから仕方がない。

「思考は終わりましたか? タカ」

 コカナシが俺を覗き込んでくる。

「ああ……うん」

 タカ?

「ならば次の話題に入ろうか、タカ」

「えっと、はい」

 こいつら思ったよりフレンドリーだな。

「って、次の話題?」

「はい。話題というより質問です」

 コカナシが指したのは智乃の冷凍保存ポッド。

「先ほどからアレのランプが光っているのですが、赤は異常なのでは?」

 言われてポッドを見る。赤のランプ点滅が意味するのは……予備電源停止のサイン!?

「あの! ここに電気は!」

「電気はあるがそれに繋ぐ端子は無い」

 赤のランプが二つに増える。解凍準備の合図だ。ど、どうすれば

「コカナシ」

「了解です」

 コカナシが頷いてポッドを担ぐ。

「な、何を」

「応急処置です。冷凍室に運びます」

「いやいや、冷凍保存はそんなに雑なものじゃなくて」

 続きが口から出る前に塞がれる。

「ワタシは医者の免許を持っている。ここの特殊な冷凍室なら一年とちょっとは確実に問題無いと診断する」

 ここは異世界。キミアがこの世界の医者ならば俺に反論の余地はない。え、医者?

「もしかしてこの世界の医療技術なら智乃を治せたり……しないか?」

「一般的な医療では不可能だ」

「じゃあ特殊な医療があるのか」

「錬金術なら可能性はある」

 錬金術……ならば。

「キミアなら治せるのか!」

 キミアは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ワタシは医者だから嘘は言えん……治る可能性がある処置は可能だ」

「お願いだ! 治療費が必要なら一生働いてでも払う!」

「断る」

「え……」

 言葉を失う。辺りに響くのはコカナシが冷凍室の厚い扉を閉める音のみ。

「なんで」

「ワタシは錬金薬学師だ。錬金薬学なら幾らでも処方しよう。しかし……」

 キミアは本当に申し訳なさそうな顔で、それでも俺を見つめて口を開く。

「ワタシは錬金術を使わないと決めている。これだけは譲れない」

 それは真正面から、少しの混じりけもない本当の言葉。そう感じ取れた。

「冷凍保存にも……出来るならあのポッドの端子をこちらの端子に合わせる事にも協力する。しかし、錬金術だけは使用出来ない」

「キミア様」

 コカナシが小さく呟いた後、キミアが頭を下げる。

「本当にすまな」

「待ってくれ!」

 大声でキミアの謝罪を止める。

 まだ俺は希望を捨てていない。五年以上待つしかなかった俺に動くチャンスが訪れたのだ……諦めるものか。

「キミアが処方出来ないのなら……俺がやる!」

「は?」

 頭を上げたキミアが口を開いて固まる。

「お前、何を言って」

 キミアの声をまた遮り、土下座をしながら俺は叫ぶ。

「俺に……錬金術を教えてくれ!」


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