ホーンテッド・にゃんション
「死んだ人と会話……それって」
誰か大切な人を失った。そんな事を考えているとニャルは何かに気づいたように声をあげて手を振る。
「誰かが死んだからじゃないからね」
「え? じゃあなんで?」
「だってあたしが死んだ後誰とも話せないなんて悲しいじゃない」
「そういう理由か……」
だから幽霊の噂がある此処に来たわけだ。
そうか、幽霊か
「幽霊なら見た事あるぞ」
「ホント? 霊感?」
「霊感というか何というか……エルフの目みたいな感じかな」
「どこでみたの? 話はできた? その幽霊はどうしたの?」
額がぶつかりそうなくらい詰め寄ってくるニャルを「話すから」と押し返す。
咳払いをして水筒の水を飲む。
人に話をするのは結構好きである。それが刺激的な実体験であれば尚更。
「舞台はとある忘れさられた監獄。道に迷ってそこにたどり着いた俺たちを待っていたのは囚人の幽霊と一人の無垢な少女であった……」
「そうしてナディは無事に命を取り留め、俺たちは監獄を後にしたのでした……」
大きく息を吸い込んで少しだけ吐き出す。
随分長くなってしまった。智野ならもっと完結に、それでいて盛り上がるような話し方をしただろう。
そんな拙い俺の語りでもニャルは目を輝かせてくれた。
「とても良かった! アカサギさんが消えちゃったのは残念だけどその子が助かったならハッピーエンドね!」
そう言ったニャルは地面に何かを書き始める。
「……どうした?」
「今の話で幽霊についていくつか仮説が浮かんだから確かめてるの」
覗き込むと沢山の数式らしきものが書かれていた。全くわからん。
どうにか読み解こうとしたが眠くなる始末である。
「うん、もう寝るわ」
真剣な表情で数式を書き留めるニャルを置いて、俺はテントに戻った。
*
翌日、少しの間彷徨っていると話にあった建物らしき物を見つけた。
「建物っていうか廃墟だよな」
「元はマンションだったのかな?」
周りを調査したが何も見つからない。唯一わかったのは川が中を通っているという事だけだった。
「気は乗らないが入るしかないよなぁ」
せめて暗くなる前に。
「このマンションに幽霊が!」
嬉々とした表情のニャルを不思議そうに見た後、智野が小さく呟く。
「ホーンテッドマンション……」
「変なこと言うなよ」
こんな廃墟で一夜を過ごすのは幽霊が出なくても遠慮したいところである。
*
猫、猫、ネコ、ねこ……廃墟の中は猫だらけだった。
皆寝ているようだが命に別状はなさそうだ。原因を排除するまでは此処で眠っていて貰うしかないだろう。
「猫だけに効く睡眠薬でも撒いてあるのか?」
「撒いてるとしたら幽霊だね!」
「笑顔でなんていう事を言うんだ」
随分と前から手入れをしていないのだろう。中を通る川の水もあって雑草が生えまくりである。
「この雑草、調べるのに邪魔だな」
「雑草っていう草はないんだよ」
「ん? 雑草は雑草だろ?」
「雑草って名前の草は無いって事。どの草にも何かしらの名前はあるの」
「ふうん……」
「…………」
「……え? 終わり?」
話を聞いていたらしいニャルが声をあげる。
「ん? 終わりだけど?」
「そこから何かヒントに繋がるとかじゃないの? そうじゃなくても話が広がるとか」
俺と智野は顔を見合わせる。
「いや、特にないよな」
「そういえばそんな話があったな、くらいで話したよ?」
これはよくある事である。何かしらの本で読んだ事を言いたくなる、それだけの話だ。
俺たちの言い分を聞いたニャルは何度も首を捻った後
「うーん、二人ってお似合いだよね」とよくわからない感想を述べて先へ進んでいった。